仙台コロニーの薄暗い通路。ひろしは秤の隣で立ち止まる。
「……なるほどな、昼飯は心を整える儀式か……」
秤はボロボロの体で拳を握り直す。彼が仙台コロニーに飛ばされてきたのは、結界の揺らぎによる偶然だった。遠隔での空間の歪みに巻き込まれ、気づけば戦場のど真ん中に落ちていたのだ。坐殺博徒の拳で反撃を試みるも、空膳の残り香と術式の干渉で思うように動けず、何度も叩き伏せられていた。
ひろしは秤を見つめ、無意識に〈味読〉を展開する。
「……この人の“味”、弱ってるな。ここを補強すれば少し戦える」
〈整味〉の術式が発動し、秤の身体を微調整する。疲れ切った筋肉に小さな活力が戻り、拳の振りがほんのわずか速くなる。秤は驚きと困惑が入り混じった表情でひろしを見る。
「……お前、何者だ?」
「昼飯の達人だ。いや、達人かどうかはわからんが……昼飯で心も体も整うんだ」
秤は思わず苦笑し、拳を握り直す。ひろしの不可解な術式だが、確実に戦闘力を補助しているのを感じた。
その間、乙骨と真希は別の通路で情報を収集していた。空膳の残した“魂料理”や結界の歪みを調べ、戦況を把握する。二人は後でひろしたちと合流する予定で、今は安全圏でデータを集めつつ戦線を監視していた。
秤は小さく息を整え、ようやく立ち上がる。
「……なるほど、こいつの“味読”ってのは、戦闘補助にもなるんだな……」
ひろしは笑顔で頷く。
「昼飯の力を舐めるなよ!」
仙台コロニーの空気は依然として重く、空膳の残り香が漂う。だが、ひろしの昼飯哲学が少しずつ形を取り、術式としての輪郭を帯び始めた瞬間だった。これが、これから始まる戦い──空膳との決戦──に必要な布石となる。
仙台コロニーの暗がりで、ひろしは秤の横に立ち、〈整味〉を展開する。
「……昼メシを想像すると、体も頭も動きやすくなるんだな……」
独り言のような呟きは、秤の疲弊した身体に奇妙な回復効果をもたらす。筋肉の張りが緩み、拳の振り速度が少しだけ上がった。秤は眉をひそめて怪訝な顔をする。
「……お前、何やってんだ?」
ひろしは手を振って笑う。
「いや、ちょっとした昼飯の力だ。わかるか? 心を整える儀式ってやつ」
秤は戸惑いつつも、少しだけ動きやすくなった感覚に驚く。どうやらこの一般人(?)、ただの“昼メシ好き”ではないらしい。戦闘の最中に謎の支援が入ることに、秤は軽くツッコミを入れたくなるのを抑える。
その瞬間、奥の通路から足音が響いた。
「遅いぞ、二人とも!」
乙骨と真希が到着した。二人とも息を整えながら、ひろしと秤の戦闘を一瞥する。
乙骨は眉を寄せ、真希は腕を組んで観察する。
「……これが、噂の“偽ひろし”の術式か?」
真希が低く呟く。乙骨も頷きながら、冷静に分析を始める。
ひろしは相変わらず昼飯の話を止めず、秤の腕の動きを〈味読〉で補完し、疲弊を感じさせない動きを強化する。秤は無言で拳を握り直し、少しずつ戦線復帰していく。
「お前、本当に昼飯で回復させてるのか……?」
秤の呆れた声に、ひろしは得意げに返す。
「そう、昼メシは命の源。心も体も整うんだ。知らなきゃ損だぞ!」
乙骨は横から冷静に指摘する。
「いや、術式として明確に機能してます……これは戦闘補助系の強化術としても完全に理論化されてます」
真希も腕を組みながら、やや呆れつつも感心する。
「……まさか、昼飯の集中がここまで呪力化するとは……いや、逆に面白いな」
ひろしは笑顔で、軽くツッコミを入れるように手を振る。
「面白いとか言うな! 昼メシは真剣だぞ!」
乙骨がさらに考察する。
「味読で敵の術式を分析し、整味で仲間の回復、さらに一匙で敵の呪力を微調整……そして昼餉最適化で戦闘スタイルまで瞬時に変える……」
真希は唸る。
「これ……完全に戦闘万能型だぞ。いや、マジでチートすぎる」
ひろしは昼飯哲学を誇らしげに口にする。
「心を整え、味を知る。それが俺の戦い方だ!」
乙骨と真希は互いに目を合わせ、無言で頷く。
「……つまり、昼飯で相手を読む、仲間を強化、戦術最適化、攻撃微調整までできるってことか……」
「……この子、まさに“味読万能術師”じゃんか……」
ひろしは気付かずに笑う。
「そ、それが俺の哲学だ!」
秤はまだ息を整えながら、少しだけ顔をほころばせる。
「……なんか……使えるかもしれんな、コイツ」
仙台コロニーの薄暗い空間に、昼飯哲学の光が少しずつ差し込む。空膳の残り香に押されながらも、ひろしの術式は完全覚醒に向かって動き始めた。初対面の四人が、ここで戦力として噛み合い、次の決戦へ向かう瞬間だった。