呪術廻戦:昼飯の流儀──死滅回遊編   作:まだら模様

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第8話 空膳一饗 戦①──魂の晩餐会、開幕

 

仙台コロニー中央区──

そこは瓦礫と残響だけが残る、静寂の中心だった。

 

北海道にも似た鋭い冷気が流れ、その中央にぽっかりと空洞のような広場が広がっている。

ひろしたち四人はそこへ辿り着いた。

空膳の“におい”──魂の濃い煮詰められた香りと圧が、はっきり漂っていた。

 

秤が眉をひそめる。

「……ここ、マジで悪い。雰囲気が“殺す気だ”って言ってる」

 

真希は刀を肩に担ぎ、目を細めた。

「魂の濃さが異常。乙骨でもギリギリのレベル……かもしれない」

 

乙骨は静かに周囲を見渡し、ひろしの前に立って庇うように腕を伸ばした。

「ひろしさん……この先に空膳がいます。僕らが道を切り開きますから、絶対に油断しないでください」

 

だが、ひろしは違うものに集中していた。

地面に落ちていた砂をひとつまみ、指先でつまみ、軽く舐める。

 

「……これは……

昨日漬けたカレーが、一晩置かれて旨味が増したような……濃さ……?」

 

乙骨「ひろしさん!?なんで地面舐めてるんですか!?」

 

真希「だから一般人じゃないのよこの人!!」

 

秤「いや……これはこれで助かるんだよ……こいつ、味で危険度わかるから……」

 

ひろしは小さく頷き、

「“晩飯”の味だ……支配の味がする。

ここに……空膳がいる。俺の、昼飯哲学と正反対の……」

 

その瞬間──

 

ビリリリリッッ!!

 

空気が裂かれた。

四人の背筋を冷たい刃が走る。

 

黒く淀んだ“影”が地面から湧くように盛り上がり、

それがそのまま人の形を成していく。

 

長いコックコートのような黒衣。

顔は白磁のように滑らかで、目元だけが深い影となり、黒い炎のように揺れている。

 

その姿はまるで

“厨師”であり“死神”であり、

“魂を調理する存在”そのものだった。

 

──空膳(一饗)

 

「……ここまで、よく香りを辿ってきたな。

昼の哲学者にして……偽りのひろしよ」

 

声が低く、底冷えするほど滑らかだった。

語尾に余韻があり、聞くものの魂を揺らす。

 

ひろしは眉ひとつ動かさず、空膳を見据えた。

 

「昼飯……俺の昼飯を邪魔し続けるヤツだな。

お前の“晩餐の思想”……今日は、きっちり味を見せてもらうぞ」

 

空膳の口元だけがゆっくりと綻び、

美食家が至高の料理を前にしたような愉悦を帯びる。

 

「……その魂の輝き。

実に美味そうだ……

磨けば“至高の一皿”となる。

──ゆえに、私はお前を食らう」

 

真希が瞬時に間合いを詰める。

「やらせるかよ!!」

 

乙骨も続いて刀を抜く。

秤も坐殺博徒の構えに入る。

 

三人同時に飛びかかった──その瞬間。

 

パン……ッ。

 

乾いた音が広場に響いた。

空膳が指を鳴らしただけで、空気が反転し、世界が裏返ったような感覚が襲う。

 

床に並んだのは──

 

見えない“皿”。

 

皿の上から、黒い蒸気がふわりと浮き上がる。

 

乙骨「な……なんだ、この……っ!?」

 

真希「くっ……魂が……引っ張られて……」

 

秤「まずい……“魂料理”か!!」

 

三人の胸元から、

・苦味(殺意)

・酸味(恐怖)

・渋味(覚悟)

その三種がそれぞれ色として浮かび上がり──

見えない皿に“切り分けられていく”感覚が襲う。

 

空膳は一歩だけ歩み寄り、

指先で皿の“縁”を撫でるように動かす。

 

「この世界が恐怖している魂の皿……

さぁ、晩餐会の準備は整った」

 

乙骨「ダメだ……動け……ない──」

 

真希「魂……抜かれる……っ」

 

秤「くっそ……!!」

 

三人の身体がガクンと崩れ落ちる。

戦線、離脱。

 

その中心に、ひろしだけが立ち尽くしていた。

 

空膳の黒い瞳が、ゆっくりとひろしへ向けられる。

 

「さぁ──

晩餐会を始めようか、

偽りのひろしよ」

 

闘いは、ここから始まる。

 

乙骨、真希、秤──

三人が倒れた瞬間、広場には“異様な静寂”が訪れた。

 

風の音すら消え、

皿だけが、カタ……と揺れ

魂の蒸気だけが、ふわりと漂う。

 

ひろしは、ひとり立っていた。

 

空膳の黒いコックコートが風もなくひるがえり、

影のような視線が、ひろしの全身を舐める。

 

「……この三人は、前菜にすぎん。

だが──お前は違う。

ひろしよ。

お前の魂の“旨味”は……別格だ」

 

ひろしは拳を握り、深く息を吸い込む。

 

胸の奥で、“昼飯哲学”が熱を帯びていた。

それはまだ完全な術式ではない。

だが、確かにひろしの身体の奥で何かが動いていた。

 

ひろし

「……昼飯を馬鹿にするヤツの味は……全部、わかるんだよ」

 

空膳

「ほう……言ってみろ。

我が晩餐の、どの“味”に気づいた?」

 

ひろしはゆっくりと言葉を搾った。

 

「お前の魂……塩辛い。

焦げてんだよ。

支配欲で煮詰めすぎた“晩飯の味”だ」

 

空膳の影が、ピシリと揺れた。

 

一瞬──その顔に、“怒り”の微細な皺が走った。

 

「……面白い。

一般人にして味覚の天才。

その魂──やはり食い頃だ」

 

空膳が右手を上げる。

 

空膳

「──《魂包丁(こんぽうちょう)》」

 

空間が裂け、

黒い刃が空膳の手に収まる。

光さえ吸い込むような包丁──魂を切断するためだけに存在する具現化呪具。

 

ひろしの喉がひくりと鳴った。

だが、それは恐怖ではなかった。

 

昼飯を食べそびれた怒りだ。

 

ひろし

「……昼メシの邪魔をしたやつは、許せん」

 

空膳

「ならば──斬られながら言うがいい」

 

黒い影が地を這うように伸び、

空膳の姿が掻き消えた。

 

──速い。

 

ひろしは、反射だけで飛び退く。

すぐ横で、空間がスパッと切れた。

もし一歩遅れていれば、魂が砕けていた。

 

空膳(すぐ背後)

「避けたか……。

やはり面白い」

 

ひろし

「……昼休みのダッシュは得意なんだよ」

 

空膳

「意味がわからん」

 

次の瞬間──

空膳の黒い包丁が、三連続でひろしへ襲いかかった。

 

カッ、カンッ、ガッッ!!

 

ひろしは紙一重で避けながら、

空膳の動きを“味読”していく。

 

足の踏み込み、影の揺れ、包丁を握る角度──

そこに“味”がある。

 

(こいつの攻撃……

切っ先が辛い……

だが根っこにあるのは、塩辛さ……)

 

(晩飯の……支配の味だ!!)

 

空膳が歯を食いしばり、包丁を横薙ぎに振った。

 

空膳

「動きが鈍ったぞ、ひろし!」

 

ひろし

「鈍ってねぇ……

昼飯のリズムができただけだ!」

 

ひろしの身体に、

ふわりと温かい気流のような“調和の気配”が漂い始める。

 

空膳は一瞬だけ目を細めた。

 

「……それは……術式の兆しか?」

 

ひろし

「昼飯は心を整える儀式だ。

……戦いだって同じだろ?」

 

空膳

「戯れ言を!」

 

空膳がさらに深く踏み込んだ瞬間──

 

ドッ。

 

空膳の胸に、ひろしの拳がめり込む。

 

その拳には、

“支配されない心”の温度が宿っていた。

 

空膳

「……!?」

 

ひろし

「こっちは……昼飯の流儀なんだよ!」

 

空膳は数歩よろめき、初めて体勢を崩した。

 

怒りと興奮が入り混じった声が、広場に響き渡る。

 

空膳

「……いいぞ。

ひろし。

お前は──育つ。

至高の一皿へ、確実にな」

 

ひろし

「育てられる気はないね」

 

空膳が包丁を構え直す。

 

「では──晩餐会の“本番”を始めよう」

 

その背後で、

倒れた乙骨、真希、秤の魂が揺れる。

 

誰も動けない。

ここからは、本気の一騎打ち。

 

ひろしは拳を握り、

その先だけを見据える。

 

ひろし

「……昼メシを取り返すためだ。

絶対に負けねぇ」

 

二人の影が重なり合う。

 

昼と晩。

調和と支配。

偽ひろしと空膳。

 

──最終決戦の序章が、ここから始まった。

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