虐殺姫は可愛くありたい 作:クロプトケープ
砲弾の雨と黒煙が空を覆う地獄のような世界で、私は意識を失った。
次に目を開けたとき、世界は静かだった。
体は小さく、手足は頼りない。鏡を覗けば、そこにいたのは豪奢なドレスを着た幼い少女。
銃も大砲もない。鉄と火薬の匂いに満ちた前世とは違う、眩しいほどきらびやかな宮殿。
私は、どうやらお姫様に生まれ変わったらしい。
幸福そのものの、第二の人生。
そう、思っていた。
しかし現実は違った。
この世界を知るにつれ、私の国はすでに崩壊寸前だったと知る。
国境は炎に包まれ、民は嘆き、四方の隣国から侵略軍が雪崩れ込む。
傭兵は街を焼き、農地を荒らし、民衆を奴隷として売り払っていた。
胸が張り裂けるような光景を前に、気がつけば私は剣を握っていた。
首都の若者から義勇軍を募り、隊列の組み方から集団戦の基礎まで、私の知るすべてを叩き込んだ。
鍛え上げた軍は、略奪者へと成り下がった傭兵軍をあまりにも容易く撃破した。
初めての勝利に皆が歓声を上げ、希望の火が灯った。
だが、それはまだ始まりにすぎない。
四方から侵入する敵軍のほんの一部を退けただけ。
戦いは、これからが本番だった。
私は知っている。
守るだけでは、国を救えないということを。
だからっ!!
「だからって、あそこまでやるのは流石にやり過ぎたかしら?」
ぽつりと呟いた声は、馬車の狭い空間の中ですぐに消えた。
こういう考え方自体、多分この時代には存在しないのだろう、そう私は心の中でごちった。
戦術面で、傭兵主体の軍では到底取りにくい作戦が上手くいったまでは良かった。
ただ、その先をどう収めればいいのか、私は知らなかった。
なにしろ、この世界の政治的常識も、戦後処理の慣習も、私はほとんど理解していなかったのだ。
近代的な講和会議だとか、国際法だとか、
そういうものが生まれるはるか前の時代について、私は何も知らない。
だから、攻めてこられないようにすることこそが戦争を終わらせる最良の方法だと思った。
思って、実行した。
それが、ひどく間違っていたのかもしれない。
向かいの席で腕を組んでいた副官のヨアヒムが、呆れたような、しかしどこか尊敬を滲ませた視線で笑った。
「大公様は姫様の前では辛うじて威厳保ってましたけど……俺、真剣に相談されましたから。『あの娘は世界中の人間を殺しつくしても満足しないのではないか』って。」
「失礼ね。私もやりたくてやったわけじゃないのよ!」
思わず語気が強くなる。
慣れない馬車の揺れが、疲れの残る身体に微かな痛みを与える。車輪が砂利を踏む音だけが単調に続き、外は薄く曇った灰色の空が広がっていた。
「野戦軍をいくら倒しても次から次に湧いてくるんだから……。ああすれば攻めては来られないでしょう?」
「いやぁ、だからって敵国の国境地帯を無人化なんてします?あれのせいで、大公様の和平交渉、全部破断になりましたからね?」
ヨアヒムは首をすくめた。
「もちろん、姫様が国を守ろうとしたってことは伝えましたよ。自分の娘が血に飢えた悪魔じゃないって知って、大公様泣いてました。」
「ああ、だからこの間泣きながら抱きついてきたのね……」
「そうですよ。大公様は国のために姫様をあそこまで追い詰めたことを悔やんで、
最高の嫁ぎ先を用意して苦労なく生きられるようにって」
ヨアヒムが苦笑しながら肩をすくめる。
「うん、それ言われたんだけど……。
それで最大の宿敵の帝国にぶち込むって神経がわからないわ。」
私は肩を落としながら、窓の外へと視線をそらした。
「えー、そりゃ大公様が可哀そうですよ。
あの皇帝との間で姫様と結婚した皇子を、皇太子にするって約束までさせたんですから。
未来の皇妃様じゃないですか。婚姻関係が結ばれていれば他国も手を出しづらいですし、
これ以上何を望むんです?」
ヨアヒムの口調は軽いが、声の奥には疲れが滲んでいた。
この数年、一緒に泥と血の中を転げ回ってきたのだ。私にはヨアヒムの言いたいことは痛いほどわかった。
「いやでも、帝国って……ねぇ。私、どんだけ帝国の人民を殺したかわからないわよ?貴族ですらめっちゃ斬ってるし。なにより、その皇子たちって前の作戦で私がエサに使ったあれでしょう?ちょっと怖がられてるかもしれないし……」
馬車の窓の向こうには、黒々とした森が流れていく。どこか、墓場のような空気が漂っていた。
「えーっと、まあそうかもですね。いやぁ、それにしても街落として速攻で領主一族まるごとやっちゃった時はびっくりしましたよ。」
ヨアヒムは冗談めかして言うが、どこか怯えた色が混じっていた。
その視線に、私は苦く笑う。
「でも、領主一族が残ってると抵抗勢力の核になっちゃうでしょ?
折角中心都市を潰しても、他で再起されたら殲滅までに時間がかかっちゃうし……。
領土に組み込んでも統治できないからね」
馬車の車輪が深い轍に沈み、軋む音とともに大きく揺れた。
息が詰まるような沈黙のあと、ヨアヒムが小声で言う。
「姫様、帝都でそのノリで敵対勢力の屋敷を焼き討ちにするとか、
絶っ対にやっちゃダメですからね?」
「いやっ、するか!?」
思わず声が裏返る。
『切り落とした逸物その口に突っ込んでやろうか』
と悪口が喉まで出かかったが、私は慌てて口を閉ざした。
いけない、いけない。
私は清楚なお姫様。
少なくとも、黙っていれば。
馬車が大きく揺れ、鈍い軋み音とともに再び動き出した。窓の向こう、薄靄の向こうに帝都を守る砦が姿を現す。
黒い岩を削り出したような壁は、まるで巨大な刃のように空を裂いていた。
正面からの力攻めでは、とても抜けないだろうな
そんな軍人めいた感想が頭をかすめ、私は首を振って追い払うのだった。
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