虐殺姫は可愛くありたい 作:クロプトケープ
私の気分はいやがおうにも高まっていた。なんと今日は女の子同士のお茶会に出かけるのだ。
もちろん、ここで言う女の子とは調達と維持が面倒な兵の士気を維持するための戦略物資などではない。
華やかな帝都に集う令嬢の中でも、とりわけ名高い華やかな令嬢たちのことだ。
そんな場に私が招かれるなんて、なんだか胸の奥が落ち着かない。
侍女が静かに一礼し、私の代わりに扉へと進む。
きちんと定められた手順どおり、軽やかな所作でノックが三度。
「アイメレア様、御入室なさいます」と柔らかく声が響き、次の瞬間、扉は恭しく開かれた。
眩しいほどの光が差し込む室内では、色鮮やかなドレスをまとった令嬢たちが一斉にこちらへ視線を向ける。そして、その全員が立ち上がり、スカートの裾を優雅に広げて一礼した。
「本日はお越しくださり、光栄でございます、アイメレア様」
「お会いできる日を楽しみにしておりましたわ」
重々しい威圧ではなく、どこか花のように柔らかい歓迎の気配が漂う。その温かさに、胸の奥で張りつめていた緊張がほんの少しほころんだ。
彼女たちの柔らかな笑顔に胸をなで下ろしながらも、心のどこかではまだ身構えていた。
無いとは思うけれど、帝都の令嬢ならば「返り血の匂いがしますわ」くらい、平然と言われてもおかしくない……。実際は血を浴びるときは泥や汚物も浴びるのでそちらの臭いの方が強いことが多いのだけれども……。
もっとも、微塵もそんなことはなく、暖かい空気で場が進んでいく。
案内役の令嬢が席へと促し、私が腰掛けると同時に、上品な香りの茶が静かに注がれる。
ふわりと立ち上る甘い湯気が、緊張していた心をゆっくりとほぐしていく。
「本当にお会いできて嬉しゅうございます、アイメレア様」
「思っていたより、ずっと柔らかい雰囲気の方なのですね」
「わたくし、今日をとても楽しみにしておりましたの」
一人が言えば、周りも続くように声をかけてくれる。そのどれもが作り物ではなく、純粋に歓迎してくれているのだと分かる調子で、思わず頬が熱くなる。
やがて、中央に座るルミナ嬢が、楽しげな笑みを浮かべながらこちらへ身を寄せた。
薄い桃色の唇がゆるやかに開き、柔らかな声がこぼれる。
「アイメレア様は、令嬢たちの憧れなのですわ。女ながら剣を握り、国難に立ち向かわれた勇気、並大抵のものではありませんもの」
「そ、そういうふうに言われると……困りますわ。あれは、物語として脚色されたお話でして。実際はそんな立派なものでは……」
私が慌てて否定すると、ルミナ嬢はそっと首を振った。その仕草は驚くほど真剣で、茶会の華やぎの中でひときわ静かな芯を感じさせた。
「いいえ。わたくしが読んだのは、物語ではありませんわ。アイメレア様ご自身が記された本当の戦記です」
胸がどくりと跳ねる。まさか、あれを読んだ令嬢がいるとは思っていなかった。どちらかといえば軍人が読むことを想定していたものだ。
ルミナ嬢は、そっと両手を膝の上で重ね、まっすぐに私を見つめる。
「壮絶でした……。読んでいて胸が痛むほどに。それでも目が離せませんでした。だからこそ、心の底から尊敬していますわ、アイメレア様」
穏やかで、飾り気のない言葉だった。
大公国ですら、ここまで私の行いを理解しようとしてくれた人は多くなかったというのに。
もしかすると私は、ずっとこうした言葉を、どこかで求め続けていたのかもしれない。
胸の奥に温かな灯がともり、静かに広がっていく。
ちょうどそのとき、銀の盆に載せられた果物皿が運ばれてきた。
ふと視線を向けた瞬間、呼吸がわずかに止まる。
「ここ数年、とても注目されている果物、アゼリア柑ですわ。」
甘い香りが漂うほどに、心のどこかがざわめき始める。それは、誰にも悟られてはならない種類のざわめきだった。
笑顔を湛えたままでいるというのに、指先の奥がかすかに冷えていく。
アゼリア柑。
よりによって、これが今日の席に出てくるなんて。
それは、私が軍資金を調達するために、いくつかの国で行った詐欺でよく使った果物だった。
手口は単純。アゼリア柑の南方貿易に投資してもらい、後日配当を渡す。そう説明するだけ。 知り合いを勧誘させることで出資が雪だるま式に膨れ上がり、実際には取引など一切せず、新規の出資金を配当として返すだけの仕組みだ。
制度や法律整備が不十分な地域では、驚くほど簡単に成り立ってしまう。
やがて人の流入が止まった瞬間、資金を抱えて姿を消させる。 なかには、一部の貴族家までが引っかかったという話もあり、予想外の実入りになってしまったほどだ。
アゼリア柑を選んだ理由など、本当に些細なものだった。
それなりに珍しく、日持ちが良く、見栄えがする。ただそれだけ。儲かりそうと思ってもらえればなんでもいいのだ。
だがそのせいで市場価格は跳ね上がり、高級果実として扱われるようになったらしい。
令嬢たちにとっては、旬の贅沢で優雅な茶会の彩り。
……もしかして、本当は責められているのだろうか?批難の色を見せずにあえてこれを出してきたのでは?にこやかな笑顔の裏に、探りや皮肉が隠れているのでは?
そんな疑念がひととき頭をかすめる。戦場とは異なった種類の霧がかかっている。
だが、続く会話は驚くほど和やかだった。戦記の話はもちろん、普段どんな装備を好むのか、剣の重さはどれほどか、という戦いに関すること。日常のことまで興味津々に質問してくる。あちらから聞かれるからか、いつも以上に話しやすい。
笑い声が絶えず、アゼリア柑の甘い香りとともに華やかな空気が満ちていく。
「アイメレア様のお話、とても素敵ですわ」
「ご勇名は聞いておりましたが、思った以上に柔らかな方なのですね」
「またご一緒したいですわ」
そんな言葉までかけられ、まるで囲むように距離を詰めてくる令嬢たち。
どうやら……好かれているらしい。
けれど、そう素直に受け取れない自分がいる。本当に歓迎されているのか、それとも何か意図があるのか。笑顔を返しながら、私は密かに自問し続けていた。
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