虐殺姫は可愛くありたい 作:クロプトケープ
時間、それは戦争を行ううえで、この上なく重要な資源だ。
戦略的な機動から、戦術的な一瞬の判断に至るまで、大小を問わず、すべての戦いの基盤となる。
兵力に余裕がある国なら、多少の齟齬は数で押し潰せる。けれど、寡兵で大軍と戦うことが多かった私たちにとってはそうはいかなかった。
将兵の結束。天の時。地の利。
それらを最大限に生かし、ようやく同じ土俵に立てる。それが最低条件だった。
そして、そのすべてを束ねるもの、部隊間の行動を同時に開始させるための基準。そのための、重要な兵器。
それこそが、私が作らせた時計だった。
もちろん、この世界に時計そのものが存在しないわけではない。大都市の中央広場には立派な時計塔があり、中規模の都市でも、市庁舎や大聖堂の鐘楼に時計が据え付けられている。
一刻ごとに鐘を鳴らし、人々に大雑把な時間を知らせる。生活を律するには、それで十分なのかもしれない。
だけど、それでは戦争には足りない。
精度が酷すぎる。原理だけを見れば、前世で愛用していた懐中時計と大差はないはずなのに、毎日一時間は平気でずれる。
しかも、どれも巨大だ。塔に組み込まれ、歯車は人の背丈ほどもある。運搬など、考えるまでもなく絶望的。
部隊間で分刻みの連携を取るなど、夢物語に等しかった。
「とてもじゃないけど、使えなかったわ」
そういうわけで、他の器具の開発と並行して、私は振り子時計を作らせていた。
「まあ、あれも運ぶのは大変だったけど」
「ですが、その分、時計係は名誉職として人気でしたよ」
振り子時計が比較的小型とはいえ、その振り子の長さは一メートルを優に超える。
しかも、常に鉛直を保たなければならない。少しでも傾けば、たちまち狂い始める。
そのため、頑丈な骨組みを組み、そこから振り子を吊るす構造にせざるを得なかった。
時計本体に加えて、その支持構造だけで馬車一台分が埋まる。
さらに、専任の運用係が必要になる。
戦場に持ち込むには、正直言って馬鹿げた装置だ。
それでも、これ以上に信頼できるものはなかった。
「それに、姫様が作られた中で、ほとんど唯一と言っていいほど、公都の民たちが喜んでいましたよ。今では、姫様のお名前で呼ばれています。良かったですね」
都に置いていた試作品が、思いのほか受けたらしい。まあ、試作品とはいえ、一日の誤差は10分を切っていたし、調節も容易だ。褒められるのは当然と言えば当然か。
それにしても、他のものは……
ええと、まずは簡易投石機。
携行性を最優先した結果、威力も射程も大幅に妥協した代物だ。本来の用途は城壁破壊ではなく、心理と衛生への攻撃。燃焼弾、腐肉、疫病死体、そういったものを投げ込むための兵器で、敵を直接殺すよりも、内部を混乱させることを狙った。
次に簡易破門兵器。組み立てが早く、部材も少なく、移動にも向く。
だけど、その代償として、丈夫な門には歯が立たない。農村の柵や、急造の防御施設ならともかく、石と鉄で固められた正規の城門には、傷一つ残せなかった。
あとは、橋梁を落とすための切断具。水路を塞ぐための沈積装置。街道を破壊するための各種楔と梃子。このあたりは効率性を重視して規格を決めて大量に作ったものだ。
あとは……
効率的な処刑具と拷問具くらいかしら。
そう考えると当然な気もしてきた。
「……まあ、時計が一番有用って言われるのも、分からなくはないけど」
戦場で人を殺すための道具よりはよほど役に立つ。それはいいことだろう。
「それで、工房に行く許可は取れたのよね?」
「ええ。鍛錬場より、はるかに簡単でしたよ」
そうでしょうね。武器より時計のほうが、よほど政治的に無害に見える。
けれど、私は知っている。時間を制する者が、戦争を制する。そして、戦争を制する者が、国を動かす。
帝都の加工技術なら、軸受の改良も期待できる。摩擦を減らし、脱進を安定させれば、もう一段、精度を詰められるはず。
そう考えると、自然と口元が緩んだ。
-------------ヨアヒム視点-------------
人を伸ばして潰して皮を剥ぎ、体を切り刻む。さらには焼いて詰め込んだ。我が主ながら、姫様はどうして、あそこまで嬉々として新しい発想が出てくるのだろう。
ただ残虐なだけなら、誰もついては来なかっただろう。命じるだけで心から人を動かせるわけはない。
だけど、姫様は違った。決してやらせるだけではなかった。
誰よりも先に、自身で手を動かす。まず試し、確かめ、問題点を洗い出す。それから、目的と理由、やり方を何度も言葉にして聞かせ、理解させる。分かったふりを許さず、腑に落ちるまで説明を重ねた。
そのうえで、部下にやらせる。
うまくいけば、はっきりと褒めた。成果は個人のものとして認め、功績を奪わない。時には部下の意見を取り入れ、より良い方法があれば即座に修正する。そして、一度任せると決めた仕事については、細かく口出しせず、必要な権限を与えて信頼した。
だから、部下は逃げなかった。だから、誰も目を逸らさなかった。
それは戦場での指揮と、まったく同じだった。前線に立ち、状況を見て、判断し、説明し、任せる。成功すれば評価し、失敗は個人ではなく手順の問題として切り分ける。
処置をする兵への気遣いはわざわざ自身でやることで範を示すほど、戦場では頼れる指揮官であり、城にあっては高潔な姫君であった。それと同じように処刑場でも上に立つものとして相応しいものであった。
それらは、姫様の中では同じ線上にあるらしい。
フォキス公爵領殲滅戦の折、その都を急襲して包囲したときもそうだった。
城門前で行われた一連の処置は、あまりにも徹底していた。
毎日規則正しく行われる処刑と拷問。見せるための行為。恐怖を最大化するための配置。
結果、小心者のフォキス公爵は恐怖に駆られて混乱、援軍を待って籠城するのではなく逃走を決意した。当然ながら意図的に開けていた包囲網の隙から逃げ出した公爵一家を確保、援軍が到着する前に都は陥落した。
籠城されていたら、こちらの補給からして長期間包囲するのは難しかっただろう。
しかし、早く陥落させたとはいえ、帝国軍本体が援軍に来る前に破壊して撤退しなくてはならなかった。さらに、援軍を怒りによって無理な追撃に駆り立てる。姫様はそこまで意図していた。
その後の都の住人を上から下まで効率的に処刑できたのも姫様の指揮あってのことだった。降伏した兵士や住民ら大部分は領主館や食糧庫に押し込んで、建物ごと燃やして処分。
そして、都市の要となる人物たち、貴族、指揮官、役人、聖職者らはそれぞれふさわしい服装をさせたうえで年齢や性別に関係なく、串に刺して城壁に並べられた。
どう並べれば、より強く相手の判断を歪められるか。真顔で配置を試行錯誤する姫様の横顔に、背中に冷たいものを感じた。
ただし、姫様にとって彼らの苦痛は目的ではなかった。
見せる必要がなければ暴れられないように先に命を断つ。壮絶な表情が必要と判断すれば、他の処刑を見せてその表情を作らせた。
「公爵一家は大聖堂に」
配置場所を告げる声に、感情は混じらない。
「尊厳を辱められたと、誰が見ても判断できる状態にしておきなさい。夫人と娘にも、手心は不要。私の前だからと遠慮せずにやりなさい。」
言葉は簡潔で、曖昧さがない。
「それから従者を数人選び、その光景を見せなさい。その後で拘束し、逃がさず、証言できる状態で保管しておくこと。」
恐怖を広げるには、目撃者が必要だ。噂ではなく、証言として残すための措置。
そう理解できるほどには、こちらも慣れてしまっていた。
それらすべてを指示する姫様の声は、驚くほど淡々としていた。まるで物資の配置や部隊の進行経路を確認するのと、何ひとつ変わらないかのように。
その結果、怒りと恐怖に突き動かされた敵の援軍は、考える余地もなく追撃を開始した。
撤退や、補給線を構築してからの進撃といった選択肢は、最初から頭になかったのだろう。
だが、こちらはすでに、彼らが補給に頼れるであろう村々を片端から刈り取っていた。食糧も、飼料も、宿営地も残っていない。無理な進軍が長く続くはずがなかった。
夜襲や奇襲を重ね、余力を削いでいく。兵は疲弊し、隊列は伸び、指揮系統は鈍る。
結果として、我々が入った国境の砦に彼らが近づく頃には、帝国軍はすでに戦う部隊ではなくなっていた。怒りは空回りし、恐怖は隊列の内側に沈殿し、残ったのは、追いかけてきたという事実だけ。
あとは、受け止めて、叩くだけだった。
公都に帰還した後、嬉しそうな姫様を褒め称えていた大公様は、用意周到にも姫様が用意した従軍画家の描いた戦場の風景を見た途端、泡を吹いた。
ただ、姫様だけが「問題でも?」という顔で首を傾げていた
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