虐殺姫は可愛くありたい   作:クロプトケープ

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第十五話

「ここが工房なのね」

 

一歩足を踏み入れた瞬間、そう口にした。素晴らしい場所だった。

 

宮殿のように華麗でも綺麗でもない。だが、雑然と並ぶ各種工具には無駄がなく、使い込まれた跡がそのまま残っている。外には炉がいくつも並び、金属の匂いと熱が、ここが生きた場所であることを主張していた。

 

職人たちが、慣れない様子で最敬礼をする。その動きが揃いきらないのが、かえってこの工房らしかった。私は軽く手を上げ、それを制する。

 

もともとは、数代前の皇族が純粋な趣味で開いた工房だと聞いている。だが今は、ライナルト皇子の管理下にあるらしい。

 

道楽が、いつの間にか帝都屈指の加工拠点になっていた、というわけだ。

 

 

そこに、私は帝都に持ち込んでいた時計を、慎重に運び入れた。

 

最初、職人たちの視線は硬かった。

見慣れない装置や客人への警戒、当然それだけではない。

 

彼らが見ていたのは、私の手元ではなく、私そのものだった。視線は合わず、呼吸は浅く、誰一人として不用意に口を開こうとしない。工房に満ちていたのは、好奇心ではなく、明確な緊張だった。

 

噂は、すでに届いているのだろう。私について、ここにいる誰もが、それを知らずにいられる立場ではない。

 

説明を始めても、相槌は最小限。頷きはあっても、意見は出ない。工具に触れる手さえ、どこか遠慮がちだった。

 

気がつけば、職人たちは距離を取り、必要以上に近づこうとしなくなっていた。失敗することより、目に留まることを恐れている。

 

だが、構造を説明し、実際に動かしてみせるうちに、張り詰めていた空気は少しずつ変わっていった。

 

歯車の噛み合い。

どこで力を受け、どこで逃がしているのか。

 

脱進の癖。

 

音が揃う理由と、揃わないときに何が起きるのか。

 

振り子の安定。

 

揺れが乱れたとき、まず疑うべき箇所。

 

一つ一つは決して難しい理屈ではない。手を動かし、目で見れば分かることばかりだ。振り子の周期についても理論を抜きにして、それが成立していることを見せれば職人たちも納得する。

 

 

最初は距離を保っていた職人たちも、いつの間にか一歩、また一歩と近づいていた。

相槌が増え、頷きが深くなり、やがて、遠慮がちにではあるが、自分たちの工夫を口にし始める。

 

 

恐怖が消えたわけではない。ただ、それよりも強いもの、作り手としての興味が、前に出てきただけだ。

 

時計の良さを、彼らはきちんと分かってくれたらしい。

 

そして私のことも、姫や将軍としてではなく、この装置を作った一人の人間として。

 

 

 

 

 

数十分も経つころには、どこの加工精度が要になっているのか、どんな部品が必要で、どこを改めれば安定するのか、そんな議論が自然と白熱していた。

 

誰が言い出したわけでもない。ただ、気づけば私が持っていた図面は机の上に広げられ、

工具の名前が飛び交い、仮定と修正が繰り返されていく。

 

いつの間にか、私はその輪の中にいた。迎え入れられたという感覚すらなく、ただ、最初からそこに居たかのように。

 

「……姫様らしいですね」

 

少し離れたところで、ヨアヒムが小さく呟く。その声には、呆れと、どこか誇らしげな響きが混じっていた。

 

「ずいぶん盛り上がっていますね。私も、参加させてもらっても?」

 

倉庫区画の奥から、穏やかな声がかかる。振り返ると、柔らかな表情を浮かべた青年が一歩前に出た。

 

「ライナルトです。この工房を預かっています。ようこそ」

 

そう名前だけの自己紹介にとどめたのはライナルト皇子殿下。あえて、余計な名乗りをしなかったのはここをそういう場所だと示しているのだろう。

 

目が合った。その目は逃げていない。探るでもない。評価も警戒も含まない、まっすぐな視線。怯えがないわけではないが、表にはほとんど出ていない。

 

それだけで、胸の奥がわずかに暖かくなる。

 

職人たちも、皇子の存在を当然のものとして受け入れていた。誰も怯えず、誰も構えない。それがどれほど難しいことかを、私は知っている。

 

少なくともここでは私をただのアイメレアとして扱ってくれるようだった。

 

そして何より、皇子はこの手の機構に、はっきりとした興味を示した。

 

「振り子、ですか?これで時間を刻んでいるのですか」

 

「はい。長さが同じなら、揺れの周期も同じになります。だから、長さだけ揃えれば、どこでも同じ時を刻めるというわけです」

 

そう、言い換えれば振幅の影響が微細なことがこの精度の高さを保障している。それを聞いた皇子は意外にもそこに喰いついた。

 

「なるほど……どうして、そんなことが起きるのですか」

 

私は、重力の話をした。落ちていく力を、そのまま消してしまうのではなく、回る動きへと受け渡していく、という話だ。

 

単振動を言葉だけで説明するのは、正直、骨が折れる。

文明教育を受けたことがあるものとして、多少の三角関数や簡単な微分なら扱えるけれど、そういう考え方そのものが、ここではないに等しい。もしくは、砲弾の計算がなければあっても使われないのかもしれない。

 

だから、図形を使った。線と曲線をなぞりながら、これなら伝わるだろうか、と考えつつ。

 

ひとまず納得してもらえたと思ったところで、その下から新たな図面がのぞかせる。

 

出てきたのは、完全なサイクロイド振り子の図面。それは、より完璧な等時性を求めて作ったものだったけど、説明はより難しい。というか、私も原理はよくわからない。

 

仕方がないので、今度は振り子からの脱進機の接続について説明する。

 

「ここが、振り子に力を与える部分です。速度を抑えつつ、必要な分だけ力を返します」

 

一瞬、場が静まった。

 

「……ええ、殿下。これは、相当よく出来ていますぜ」

 

職人の一人が、素直にそう漏らした。

 

「これがあれば、城のどの部屋でも、同じ時間を知れるわけですね」

 

「ええ。持ち運びもできます。

 もっとも、移動中は狂いが出るので、こうして常に鉛直を保ちますが」

 

 

 

 

 

ライナルト皇子には感心して頂けたようだった。いける。そう私は踏んだ。

 

これまでで一番まともな会話がしっかりできている。それもこれも、共通の趣味のお陰だろう。思わず、頬が少し上がる。

 

「これは、そう!!軍の集合や離散、作戦行動にも有用です」

 

「……軍、ですか」

 

「はい。私の軍では、軍法も、移動も、食事や睡眠の時刻もすべて、この時計に従っていました」

 

「え、ええ」

 

そう、機械として美しいだけでなく、なにより有用なのだ。それを理解してくれるのは、職人ではなく、実際に使う指揮官たちだ。ただし彼らは、機構そのものを理解しようとはしてくれない。

 

そういう意味で、軍というものを多少なりとも理解してくれているライナルト皇子は貴重だった。

 

……思わず、話のギアが上がる。

 

そうだ。ライナルト皇子とは、共通の話題があったのだった。

 

「分かっていただいて嬉しいですわ!ライナルト様。」

 

さらに下から出てきた図面、それは私のお気に入りで、何よりぱっと見では有効性が分かりにくいもの。だけど、見たことがあれば……。

 

「それからこちらの図面なのですが、これも私が考えたもので、このねじを締めて、ここに頭部を固定します。徐々に締まっていって、最後には……。見た目重視なのですが、意外と効果的です。ただ、力が均等でないと、安定しないのですが………………」

 

話しているあいだ、皇子は一言も口を挟まなかった。けれど、視線が、わずかに泳いでいる。

 

分かりにくかったかな。。

 

だけど、なによりこれは殿下が籠城したときに城壁から見える位置で使っていた器具なのだ。大まかなことは見ていたはずなので、もっと具体的に話してみた方がいいかもしれない。

 

使い方を聞かれることはあっても、設計の苦労や運用の大変さを共有出来る相手は少ない。私にとって、これは至高の時間だ。

 

「それから、こちらが首元で固定して、全身を締めていく形式です。重りに石を使えば、徐々に下がっていきますので、一人でも数台扱えます。おそらく、ご覧になったことが…」

 

皇子は、そこで小さく肩を揺らした。唇に手を当て、目を伏せる。顔色が、先ほどよりも明らかに悪い。

 

「……」

 

一瞬、何か言いかけたように見えて。

 

「失礼」

 

それだけ告げて、皇子は踵を返した。

 

立ち去る背中は、どこか急いでいるようにも見えた。

 

私は、その場に残された図面を見下ろしながら、少しだけ考える。

……説明の順番を、間違えただろうか。

 

具体的な使い方は刺激が強かったのかもしれない。

 

また、ヨアヒムあたりに呆れられちゃうかも……。

 

今度はもう少し、技術的な点に絞って話さないと……

 






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