虐殺姫は可愛くありたい   作:クロプトケープ

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第十六話

トーナメント。

それは、騎士たちが己の名誉を賭けて一騎打ちをする、夏の風物詩である。

 

白砂が敷かれた競技場の上では、朝から何度も馬蹄が鳴り、乾いた音が帝都の外壁に反響していた。甲冑が擦れ合う金属音、槍の穂先を確かめる低い声、観客席に集まった貴族たちのざわめき。

 

夏の陽射しは容赦なく、鎧の上からでも熱がこもるのが分かるほどだ。

 

貴族の男子ともなれば、一対一で名誉を受けてこその誉。

その価値観は、帝都においてはいまだ健在だった。勝ち残った者の名は語られ、敗れた者もまた、正々堂々と敗れたという事実によって記憶される。

 

だからこそ、皆、ここに立ちたがる。

 

もっとも、今回は私が出ないことが分かるまで参加を渋るものが多かったというのを聞いているのだけど…………。

 

「姫様、あまり乗り気ではなさそうですね」

 

侍女の声に、私は視線を競技場から外した。

 

槍を構えた騎士たちの列が、整然と並んでいるのが見える。

 

「当たり前でしょう。完全武装の騎士の中で、丸腰でいるなんて……」

 

鎧に守られた身体と、薄いドレス一枚の自分とでは、世界の見え方が違う。手の中に武器がないという感覚が、どうしても落ち着かない。

 

なにしろ、ここは帝国の重要人物が集まっている場所、いわば敵の本陣。ここを叩けば帝国は再起すら難しくなる絶好の好機!!と私の頭は判断してしまっていた。

 

「あ、まあ……姫様は、そうですよね」

 

それでも。令嬢みたいなことをやってみたい、という気持ちがないわけではない。

 

観覧席の最前列。飾られた天幕、柔らかな椅子、刺繍の施された手すり。

そこに座り、騎士たちの名乗りを受け、勝者に言葉をかける。そういう役目を、きちんと果たしてみたい、と思う。

 

ちゃんと出来るかは少し不安だけれど、これもお姫様道、というものなのだろう。ちょっと憧れていた場である分、いつになく緊張しているような気がする。

 

 

ちなみに、公都では、こんな催しを開く余裕はなかった。そんな時間があれば、私は騎兵突撃の練習をさせていた。それに、参加者の地方封建領主の領地が荒れすぎていて、とてもそれどころではなかった。

 

そもそも、武威を見せる場に困らないので、やる意味がなかったのだ。

 

 

 

 

観覧席に集まる令嬢たちの中には、ルミナ様たちの姿もあった。皆、きちんとした夏用の正装に身を包み、扇子を手にしている。見慣れた顔があるだけで、少しだけ肩の力が抜けた。

 

皇女殿下は幼いので留守番だ。まだ、この熱気と騒音の中に置くには早すぎる。皇妃様も体調が優れないとのことで、今日は姿を見せられなかった。

 

となれば。自然と、仕切り役は皇帝陛下と、私、ということになる。

 

当然ながら、勝者に与えられる栄誉、花冠、帯、あるいは剣章。それらを授ける役目は、私のものだ。

 

まあ、要するに客人からのランクアップ、姫としての初仕事に近いかもしれない。

 

そして、こういう場ではただ飾りを渡せばいい、という話ではない。その騎士が、どんな戦いをしたのか。名誉に足る勝利だったのか。その一瞬の判断が、彼の名と家の評価に直結する。

 

 

さらに言えば。引き分けか、続行か。反則があったか、なかったか。そして名誉を守ったと言えるのかどうか。

 

基本的には審判のいうことを認めるという形になるものの、最終的な裁定を下すのは私だ。

 

皇帝陛下が隣にいるとはいえ、すべてを委ねられるわけではない。むしろ、こういう場では令嬢の判断が重んじられる。

 

私は、膝の上で扇子を握り直した。冷たい木の感触が、少しだけ頭を冷やしてくれる。

 

 

……大丈夫。

見て、聞いて、決めるだけだ。自分が戦うわけではない場で

 

私は視線を競技場に戻した。

 

 

とまあ、私と陛下、そして夫人たちが観覧席に着けば、

競技場のざわめきは、波が引くように静まった。

 

それを合図に、私は立ち上がる。

開会の挨拶だ。

 

視線を一度、白砂の競技場へと巡らせる。

整列した騎士たちの甲冑が、陽光を受けて鈍く光っていた。

 

 

 

「よく集まってくれました。名誉ある騎士の皆さま。私は、アイメリア。

アイメリア・ボイオティア。ボイオティア大公国の大公女です。」

 

そう宣言した瞬間、騎士たち、夫人や令嬢たち、その後ろに詰めかけた従者と民衆、無数の視線が、一斉にこちらへ突き刺さった。

 

「陛下にお招きいただいた身ではありますが、私は帝国の外に生まれ、この帝国と刃を交えた者です。ですが、だからこそ、皆さまの勇猛さと覚悟について、私は身に染みて承知しています」

 

戦場で見た彼らの姿。沼に追いつめられても必死に剣をふるっていたその姿を思い出しながら、言葉を選ぶ。

 

「ただ勝つためではなく、名を守るために戦うということが、どういう意味を持つのか。それを、私は理解しているつもりです」

 

一拍。視線を逸らさず、続ける。

 

 

「この場で行われる勝敗はすべて陛下から一任された私の名の下に置かれます。

名誉が与えられるなら、その責任は私が負います。裁定に異議が出るなら、その矢面に立つのも私です。

異議があるなら、私に言いなさい。背後で囁くのではなく。仲間に愚痴るのでもなく。観客に訴えるのでもない。この場での不満も疑義も、すべて私が受けます。」

 

視線を少しだけ下げ、騎士たち一人ひとりを見る。

 

「規律を守り、正々堂々と戦いなさい。この場で名を汚すことは、私の名を汚すことと同じです。私は、それを許すほど寛大ではありません。

卑怯な行為を行った者。故意に危険を拡大した者。あるいは、敗れた者の名誉を踏みにじる振る舞いをした者。その者は、勝敗にかかわらず私直々に切り捨てます!!!」

 

あっ、いけない。いつもの癖で、つい。

 

私は、軽く咳払いをして、言い直す。

 

「だから、安心して戦いなさい。ここは、あなた方が、騎士であるか否かを示す場です。騎士としての誇りを胸に、己の名に恥じぬ戦いをなさりなさい。」

 

 

しばし、沈黙が落ちた。

 

代表として前に出ていた騎士たちは、誰もが分かりやすいほど、がちがちに固まっている。

槍を握る手に、わずかな力が入り直されるのが見えた。

 

やがて、その中の一人が一歩進み出る。深く息を吸い、兜を外し、地に片膝をついた。

 

「……姫殿下の御前にて、我ら騎士一同、名誉と規律を守り抜くことを誓います」

 

声は低く、硬い。言葉を選ぶ余裕は、もう残っていないらしい。

 

それに続いて、他の代表騎士たちも、一斉に槍を立て、同じ姿勢を取る。

 

「姫殿下の裁定に従い、正々堂々と戦うことを、ここに誓います」

 

槍の石突きが地に触れる音が、重なって、乾いた響きを立てた。

 

私は小さく頷き、視線を横へ送る。

 

合図を受けた役人が、一歩前に出た。手にしているのは、対戦表だ。

 

「これより、トーナメントの組み合わせを読み上げます」

 

場の空気が、わずかに動く。騎士たちの視線が、自然と集まった。

 

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