虐殺姫は可愛くありたい   作:クロプトケープ

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お久しぶりです。不定期更新の本領発揮です。


第十八話

次々と進んでいくトーナメントに、私は確かな満足を覚えていた。

騎士たちはそれぞれの名誉と誇りを背負い、心・技・体のすべてを賭けて相手に挑む。

剣がぶつかり合う音、息を詰める一瞬の静寂、勝敗が決した直後のざわめき。

それら一つ一つが、私にはどこか懐かしく、また当然の光景として映っていた。

 

私はそれを見て、良い点は素直に褒め、足りぬ点は率直に指摘する。

槍の踏み込み、間合いの取り方、馬との呼吸、そして戦場を想定した視野の広さ。

要するに、軍で日常的に行っていた訓練を、より格式ばった形に整えただけのものだ。

形式は華やかでも、本質は変わらない。

 

 

「アルト・ラウフェン殿。貴殿の勝利、そして芸術的と呼ぶにふさわしい馬術に、これを」

 

そう言って、私は花束を軽く放る。白と赤を基調にした、いかにもこの場に相応しい取り合わせだ。

 

受け取る側の騎士が、一瞬だけ戸惑い、それから深く礼をするのが見えた。このあたりは、軍での経験が生きている。要するに、論功行賞だ。

 

戦場では、勲章や昇進、時には名を呼ばれる一言だけが報酬になる。ここではそれが、花束や称賛の言葉に置き換わっているにすぎない。

与える側が評価を明確に示し、受け取る側がそれを理解する。その構図自体は、何一つ変わらない。

 

だから私は、迷いなく投げ渡す。これは祝祭の飾りであり、同時に「貴殿を認めた」という合図なのだから。

 

 

 

おまけに、隣に腰掛けている陛下が、意外なほど気さくに話しかけてくれるのも大きかった。

それはあたかも、親戚の子どもに向けるような柔らかさでありながら、

戦闘や戦争の話題になれば、一切の遠慮なく応じてくる。

兵の損耗、指揮官の判断、勝利の代償――そうした話題にも、

陛下は笑みを崩さぬまま、しかし決して軽く扱うことはなかった。

 

 

 

順調に見えたトーナメントも、そう上手くは進まない。問題はクライマックスだ。

 

試合の片方はユリウス皇子。対するは西方に領地を持つ伯爵家の嫡男。

 

なるほど、と私は内心で頷く。

この組み合わせは、強さだけで決めたものではない。もっと露骨に言えば、皇子の相手が負けたときの後始末まで計算した配置だ。

 

まず、伯爵家の嫡男が相手なら格が足りる。皇子の相手が無名の騎士では、勝っても当然で終わる。

だが伯爵家の名なら違う。勝てば、皇子の武名はそれだけで飾りになる。観衆も貴族も、納得する見栄えが整う。

 

次に、相手が同じか少し若いこと。これが重要で、若い者が皇子に敗れるのは、むしろ順当だと受け取られる。むしろ。果敢に立ち向かったことを評価されるかもしれない。

伯爵家としても面子の損失が小さい。負けが傷になりにくい相手を選んである。

 

いろいろ副作用もあるけど、実際のところマイナスを避ければ大きなプラスは必要ないという思考だろう。国力に秀でた帝国らしい考え方で羨ましい。

 

 

 

 

場内が静まり返る。

 

「ユリウス皇子殿下!」

 

呼名の声が高く響く。皇子は馬上で軽く槍を掲げ、観衆に応えた。その所作には余裕があり、どこまでも堂々としている。

 

「続いてヨアニナ伯爵家嫡男、アールハルト・パンボティス殿!」

 

呼ばれた男、というか少年は一拍置いて前に進み出た。礼は深く、だが過剰ではない。視線は真っ直ぐ、皇子だけを捉えている。

 

「パンボティスの名にかけ、全力を尽くす」

 

緊張しているようで言葉は少なく、動きはぎこちない。

 

「正々堂々戦われよ!始め!」

 

合図と同時に、両者が馬を前へと進めた。

 

向かい合い、槍を脇に抱え、盾を構える。

蹄が地を打ち、速度が上がるにつれて、観衆のざわめきが遠のいていく。

 

一度目の衝突。

 

相手の騎士は、わずかに体勢を崩していた。槍の穂先が安定せず、本来狙うべき胴から逸れ、危うく皇子の肩ほどの高さをかすめる。

 

咄嗟に、ユリウス皇子は首を引き、盾を前に出した。槍は盾の縁を擦り、決定打にはならない。

 

互いにすれ違い、馬を制しながら距離を取る。

皇子の動きは落ち着いているが、今の一撃はかなり危ない。もう少し高くなれば顔に当たりかねない位置だった。

 

本来、首から上への攻撃はご法度だ。

もっとも、それが未熟さゆえか、普段の相手が大柄な騎士ばかりだからか、今の段階では、まだ判断がつかない。

 

多くの者は気づいていないようで、観衆は歓声と野次を混ぜたざわめきを絶やさない。

その熱気が、かえって異常を覆い隠している。

 

私は、無意識のうちに褒章用の冠剣へと手を伸ばしていた。

いや、正確には、伸ばさせられていた。

 

再び、両者が槍を構える。

 

その瞬間、私は息を呑んだ。

 

相手の騎士の穂先が、さきほどよりも明らかに高い。狙いが上ずっている。修正する余裕もなく、必死さだけが動きを押し上げている。

 

本人は気づいていない。そして皇子も、まだ気づいていない。

 

思考よりも先に、声と手が出た。

 

「そこまで!!」

 

叫ぶと同時に、私は手にしていた剣を投げ放っていた。

 

空気を裂く音。一瞬の閃光。

 

剣は槍の穂先を正確に打ち、軌道を皇子から逸らす。衝撃に耐えきれず、騎士は大きく体勢を崩し、反射的に馬の首へとしがみついた。

 

馬が嘶き、速度が落ちる。衝突は起きなかった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二度目の突撃。今度こそは、と馬腹を蹴った。

 

蹄が地を叩き、視界が一直線に収束していく。盾の縁、相手の胸元、槍の軌道。余計な音も、観衆の声も、もう耳には入らない。

 

 

相手も明らかに必死だった。その気迫は、嫌というほど伝わってくる。

 

だが、何かがおかしい。

 

槍先が、わずかに高い。気のせいかと思った次の瞬間、そのわずかなズレが、致命的なものに変わった。

そう認識した刹那だった。

 

視界の端を、白い閃光が横切る。

 

次の瞬間、甲高い金属音が響き、相手の槍が弾かれるのが見えた。

 

衝撃は凄まじく、アールハルトの手から槍がすっぽ抜け、宙を舞う。

 

「――っ!?」

 

反射的に手綱を引いた。馬が急停止し、体が前に投げ出されそうになる。

 

衝突は起きなかった。だが、何が起きたのか理解する前に、

場が止まっていた。

 

視線が、自然と飛来した方向へ向く。

 

貴賓席。バルコニーの縁に、アイメレア姫が立っている。投げ終えた姿勢のまま、こちらを見下ろしていた。

 

その姿勢を見て、ようやく理解した。あの閃光、姫が投げた、飾り剣だ。

正気の沙汰ではない。そして、正確すぎる。

 

 

ざわめきかけた観衆を、姫は片手を上げるだけで制した。それだけで、場の空気が凍りつく。声は届かないはずなのに、その仕草だけで場が静まる。

 

姫は、下に降りて歩き出す。こちらではない。アールハルトの方へ。

 

 

 

 

 

アールハルトは下馬していた。

疲労と混乱で足元が定まらず、地面がわずかに揺れて見える。

 

姫は彼の前で足を止め、落ちていた剣を拾い上げると、その刃先を確かめるでもなく、淡々と告げた。

 

「アールハルト・パンボティス殿」

 

名を呼ばれた瞬間、彼の顔から血の気が引くのが、はっきりと分かった。

 

「貴殿の槍は、ユリウス皇子の首より上に当たりかねない高さまで上がっていました。

私の判断により、危険行為と見なし、この試合はユリウス皇子の勝利とします」

 

一拍。

 

「意図的であろうとなかろうと、首から上の急所を狙う行為は、戦場であれば有効な手段です。しかし、ここでは許されません」

 

その声は冷たく、だが一切の怒気を含んでいなかった。それが、なおさら恐ろしい。

 

アールハルトは震える身体に鞭打つようにして、必死に膝を立てている。

そして、彼と向かい合っている姫の目を見た瞬間、理解してしまった。

 

あの目だ。

 

かつての籠城戦で見た目。捕虜を我々の前に引きずり出し、叫び声が途切れるまで、淡々と甚振り、殺していった時の目。

 

もう、あの時のように、犠牲をだしたくはない。

震える体に鞭打って必死に馬を降りて走る。

 

「よく練習して、次からは……「お待ちください!!」

 

姫の声が、そこで止まった。ここしかない。

 

「アイメレア姫! この者は、決して故意に狙ったわけではありません!

どうか……どうか、慈悲を!」

 

この言葉で止まるとは思えない。しかし、アイメレア姫はただ、剣を持ったまま、静かに立っていた。

 

その沈黙こそが、この場にいる誰にとっても、最も重い時間だった。

 







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