虐殺姫は可愛くありたい   作:クロプトケープ

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第二話

帝都まで、あと少し……

空気が変わるのを肌で感じていた。風は冷たく、どこか鉄の味が混ざっている。

そのとき、馬車の外から緊迫した声が響いた。

 

「報告します! 偵察隊より連絡! 前方に軍影ありとのことです! その数、およそ千!

街道を完全に塞いでおります!」

 

馬車内の空気が凍りつく。ヨアヒムが目を細め、私はすぐに窓の外へ身を乗り出した。

 

千という数は野盗にしては多すぎる。なにより、堂々と街道を塞ぐ野盗など聞いたことがない。

 

これは、待ち伏せだ。

 

「帝国貴族の私兵……私に恨みがある連中でしょうね。」

 

思わず低く笑ってしまう。

 

幸いなことに、こちらにも三百近く戦える者がいる。国境地帯を抜けるため、護衛は精鋭を揃えている。しかも、その多くは騎兵だ。

 

突破できるかもしれない。

 

一瞬で計算は済んだ。

 

守るべき荷物が多すぎるこの状況では、引き返す選択肢はない。

 

ならば、ただ一つ。

 

正面から叩き割り、敵将の首を刎ねる。それ以外に生きる道はない。

 

私はすぐに号令をかけた。

 

「ヨアヒム! 私が先頭で突破する!あなたは歩兵を率いて追撃、殿の殲滅を任せるわ!」

 

「姫様、しかし――!」

 

ヨアヒムの制止の声を遮るように、馬車の扉が乱暴に開いた。

青ざめた顔の男、帝国の外交官が飛び込んでくる。

 

「お、お待ちください姫殿下ッ! そ、その軍勢は敵ではありません!!」

 

「……説明しなさい。」

 

外交官は汗まみれで早口にまくしたてた。

 

「こ、国境を越える際にお連れになった護衛の数が、予想を遥かに上回っておりまして……」

 

外交官は震える指で額の汗を拭いながら、言葉を慎重に選んだ。

 

「それを受け、帝国騎士団の一部が過度に警戒いたしました。中には、姫殿下が武力をもって帝都を掌握しに来られたのでは、と極めて遺憾な誤解が生じまして……」

 

馬車の中の空気が、鋭く張り詰める。

外交官は慌てて続けた。

 

「そ、そこで騎士団は、事態の拡大を防ぐため、城外にて整然と布陣し、姫殿下を迎え撃……ではなくお迎え申し上げる準備を整えた次第でございます。

決して、姫殿下に敵意を向ける意図ではございません!あくまで殿下の安全確保と、秩序維持のための措置にございます!」

 

 

言葉尻が震え、最後はほとんど懇願するような声になった。

 

迎え入れるのに千の軍勢か。それを街道に弓を番えたまま並ばせて?

いや、私って一応嫁ぎに来たお姫様なはずなんだけどなぁ。

 

馬車内の誰もが押し黙る。

ヨアヒムが小さく息を吸った。

 

「姫様……ここで突撃すれば、全面戦争になります。それも敵国奥深くでです。」

 

私は無言で剣の柄を指先で叩いた。

コツ、コツ、と硬い音が馬車の床に響き、胸の中の焦燥と怒りをリズムに変えていく。

 

「分かっているわよ。私は戦いたくてここに来たわけじゃないわ、武力で守れないものを守りに来たのよ……」

 

深く息を吸う。

 

「それに完全装備の騎士団に突撃するのは、流石に無理だわ。」

 

ヨアヒムの肩がわずかに下がる。

私はゆっくりと顔を上げ、静かに命じた。

 

「……いいわ。旗を掲げて、ゆっくり前進する。誤射したらその瞬間に敵将の首をとると伝えなさい!」

 

馬車の扉が開かれて外気が流れ込み、冷たい風が頬を打った。

 

ドレスの裾を片手で捌き、私は馬車から降りる。動きやすいように簡易の乗馬用に調整したとはいえ、ドレスで馬に跨るのはやはり窮屈だ。

 

だが、迷いはなかった。

 

側仕えが差し出した手綱をつかみ、馬に跨り槍を構える。戦場とはあまりに不釣り合いな、純白のドレスのまま。

 

この状態で本当に戦闘に入れば勝ち目はない。

 

これまで勝てていたのは、偽装退却、夜襲、待ち伏せ、首狩り、連絡線の遮断、あらゆる手を使い、敵の裏をかき、こちらの都合のいい土俵に引きずり込んだからだ。

 

 

一瞬でも弱さを悟られれば、場の空気は一気に崩壊する。

 

私の一声で、護衛騎兵たちが一斉に槍を掲げ、隊列を組む。

旗が翻り、「前進!」の号令が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帝都を守る近衛騎士団第三分隊、その先頭で槍を構えながら、俺、副隊長のリヒャルトは、凍り付いた喉を無理やり動かすように息を呑んだ。

 

視界の先、砂煙を巻き上げて近づいてくる軍勢。

 

二百。

 

だが、数字の小ささなど、何の慰めにもならなかった。

 

整然と組まれた騎兵の密度、無駄のない馬の歩幅、揃った槍の角度。

旗は一度たりとも乱れず、全軍が一つの生き物のように動く。

 

本物の戦場を知る軍の動きだ。

 

対して、こちらは千。

 

数では勝っている。

それなのに、胸の奥は氷塊を押し込まれたように冷たく強張り、手が震えた。

耳元で隣の騎士が掠れた声で囁く。

 

「……本当に来るのか、あれが……」

 

あれ、虐殺公女そう呼ばれた女。

 

敵国の公女にして、血の荒野を駆け抜けた、戦魔。

故郷のボイオティア公国を蹂躙していた傭兵軍を、わずか二年で殲滅。それも彼女に敗北した軍は死亡した兵の割合が異常に高い。たちまちのうちに公国内の周辺国の軍は全滅。

 

反攻して攻め込んだ帝国領、フォキス公爵領では逃げる者も降伏する者も関係なく、公爵の一族すら抵抗の芽を残さぬために全て斬り捨てたという。文字通りの焦土となったかの土地からの難民が連日帝都に押し寄せるほどの惨状だった。

 

千の兵も、堅固な城壁も、その彼女にとっては障害ですらない。

そんな噂が広がり、兵の背筋を蝕んでいた。

 

俺たちの任務は、姫を護衛し、帝都まで無傷で連れてくること。

本来なら、武器を構えるなどあってはならない。

 

なのに――

 

ガチャリ

 

自分の手が、恐怖に負けて剣を引き寄せ、構えてしまっていた。周囲でも同じ音が連鎖する。弓を、槍を、剣を、それぞれが握っている。

 

前列の一人、若い騎士が低く呟いた。

 

「殺される……一人残らず殺されるんだ……」

 

相手は帝国軍を文字通り全滅させている、それも何度も。仲間を、家族を、屠られた者もこの列にはいる。殺意と恐怖が混ざり、全隊が張りつめた弦のようになっていた。

 

俺は喉が裂けるほどの声で叫んだ。

 

「武器を下げろ!! 攻撃するな!!

ここで戦端を開いたら終わりだ!!」

 

その瞬間。

その姿を一目見て、俺は息を飲んだ。

 

前進してきた騎兵隊が馬を止め、白いドレスの少女が、静かに馬上からこちらを見渡した。

 

陽光を受けて煌めく黄金の髪が風に流れ、精緻なティアラが輝きを散らす。深い湖のような蒼い瞳は、澄んでいるのに底知れない冷たさを湛えていた。

 

まるで絵画の中から抜け出したような、清楚で無垢なお姫様そのものの容姿。

だが、その視線だけで、背骨に氷柱を差し込まれたような痛みが走る。

軍服も鎧も身につけていない。

 

にもかかわらず、鋼鉄の軍勢より重い威圧がそこにあった。

彼女は、ゆっくりと言った。

 

「護衛に来てくれたのね。……ご苦労さま。」

 

ただそれだけ。

怒号でもなく、挑発でもなく、まるで式典の穏やかな挨拶のように。

しかしその声音には、 もしその槍を向けるなら、私はあなた方を全員殺すという無言の確信が宿っていた。

 

誰も動けず、誰も目を合わせようとしない。

そして、旗がゆっくり掲げられると、 彼女は続けた。

 

「では、案内してくれるかしら?帝都まで。」

 

その瞬間、隊列が自然に割れ、道が開いた。

いつの間にか、槍は全て下がっていた。

 







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