虐殺姫は可愛くありたい   作:クロプトケープ

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不定期更新で申し訳ないです。





第二十話

殺人論は完全に失敗だった。

 

最初のうちは良かった。

 

爆発的な支持を得るというほどではないが、かといって強烈な反発も受けない。それなりに読まれ、それなりに議論される…………そんな穏当な反応だったと思う。

 

もっとも、それは単に、ややこしそうな本にわざわざ目を通す人間が多くなかっただけかもしれない。

 

しかし、事はそこで終わらなかった。

 

以前書いた戦記を思い出してほしい。

 

あのときも、誰かが内容を面白おかしい英雄譚に書き換え、それがいつの間にか世間に広まっていた。

 

だが今回は、それよりもずっとひどい。

 

なんと、肝心の議論にはほとんど触れず、ただ殺し方や拷問の方法、あるいは劇的な死に方ばかりを抜き出して、センセーショナルに紹介する書籍がいくつも作られたのだ。

 

しかも、それは宮廷や上流階級の娯楽として消費されるだけでは終わらなかった。いつの間にか庶民の間にまで広まり、街の貸本屋にまで並び始めたのである。帝都の高い文化レベルはそれを娯楽として受け入れるだけの素地を持っていた。

 

前のときは、まだよかった。あれは一つの英雄譚にまとめられていたから、多少誇張されても笑っていられた。

 

でも、今回は誰か一人が編集したわけではない。複数の人間が、それぞれ好き勝手に抜き出し、書き換え、広めてしまったのだ。結果として私の本は議論の書ではなく、奇妙な見世物の種本のような扱いを受けることになった。

 

……どうしてこうなるのだろう。

 

ヨアヒムたちが言うように、最初から内容をもっと絞っておけば良かったのかもしれない。理屈を整えることに夢中になって、読まれる形というものを考えていなかったのだろう。

 

椅子にもたれながら、私はふと思う。

 

いっそのことお姫様論でも書いてみようかな。あるいは、ロマンスものでもいいかもしれない。

 

 

 

 

 

そんな私の心を癒す数少ない楽しみとして、相変わらずアマーリエ皇女とのお茶会は続いていた。最近では、部下や侍女たちを除けば、いちばん長く言葉を交わす相手かもしれない。

 

一番うれしかったのは

 

「お兄様たちの誰かと結婚するのよね? じゃあ、お義姉様って呼んでいい?」

 

といってくれたことだ。嬉しすぎて抱きしめてしまいそうになったほどだ。

 

「この間のトーナメントではね――」

 

私が話し始めると、アマーリエ皇女は身を乗り出す。

 

「私も見に行きたかったわ。お義姉様に騎士たちが跪くところを見たかったわ。きっと素敵だわ」

 

その瞳は、まるで舞台劇の話を聞く子供のように輝いていた。この国の宮廷に来てからというもの、私に向けられる視線は警戒か計算のどちらかであることが多い。

 

だからこうして、ただ楽しそうに話を聞いてくれる相手というのは、案外貴重だった。

そんな穏やかな時間が、いつまでも続くのだろう……そう思いかけたときだった。

 

突然、扉が荒々しく開かれた。

 

侍女たちが小さく悲鳴を上げる。部屋の空気が一瞬で凍りついた。

そこに立っていたのは、一人の男だった。

 

エリアス皇子。

 

怒りを隠そうともしない表情で、まっすぐこちらを睨んでいる。こころなしか、素敵な赤い髪が燃えているように見えた。

 

だが、その奥にあるものは単純な激昂ではない。

 

恐怖がある。それも、対象を前にしたときに初めて立ち上がる種類の、遅れてやってくる恐怖だ。

 

そして、それを押さえ込もうとする緊張。思考と感情がかみ合わず、言葉より先に身体だけが前に出てしまう、あの不安定な均衡。

 

戦場で何度も見てきた。初めて血の匂いに触れた新兵が、踏みとどまるために無理に声を張り上げるときの、奇妙な高揚。恐怖を押し潰すために、無理に作られた怒りだ。

そう分析している私に向かって、エリアス皇子は低い声で言った。

 

「……アマーリエに、何を吹き込んでいる」

 

低く、押し殺した声。

 

「この間のトーナメントについてお話していただけですわ」

 

私は、普段通りに答える。それが、余計に癇に障ったのだろう。

 

「ふざけるな」

 

吐き捨てるように言って、エリアス皇子は一歩踏み込んだ。

 

「アマーリエ、こちらに来なさい」

 

その声音は、命令だった。アマーリエ皇女は一瞬きょとんとして、それから小さく首を傾げる。

 

「お兄様、どうしてお義姉様にそんなに怒っているのですか?」

 

その問いは、あまりにも真っ直ぐだった。だからこそ、エリアス皇子の表情が歪む。

しまった。確かに、私の評判はすこぶる悪い。特に、この間の殺人論以降、私は快楽殺人鬼か何かであると誤解を受けているようだった。それをエリアス皇子は心配しているのだろう。妹思いの兄の姿に思わず私の頬は緩んでいた。

 

そして、それはともかく誤解を解く必要がある。

 

「……安心なさってくださいな、エリアス殿下」

 

アマーリエ皇女に聞こえないように静かに言う。

 

「今この場で、誰かを殺すつもりはありませんわ」

 

事実だけを簡潔に。それ以上でも、それ以下でもない。

ただ、これは逆効果だった。

 

「つまり、いずれは殺す、ということだな」

 

間髪入れずに、低い声が返ってくる。その解釈は、あまりにも直線的だった。訂正しようと口を開きかけて、やめる。

エリアス皇子はどんどんヒートアップして、こちらが口を開く前に矢継ぎ早に言葉を繰り出した。

 

ならば、言葉を重ねる意味はない。

 

「……そのように受け取られるのであれば、否定はしませんわ」

 

本気でそう信じているのなら、私の言葉を聞いてはくれないだろう。どうしてこうなったのかは分からないが、今はこの溝を埋めようがない。なにかしらの劇薬がないと無理だろう。

 

どうして、こうして誤解されちゃうんだろう。

 

ならば、とりあえず出て行ってもらうのが先決だ。

 

「……アマーリエだけではない。この帝都にいるすべての者を、あのような最期から守る義務がある。俺には、それがある」

 

そのときだった。

 

「――お兄様」

 

それまで黙っていたアマーリエ皇女が、静かに口を開いた。ゆっくりと立ち上がり、こちらへ一歩近づく。

そして、幼いながらも芯の残る言葉ではっきりと言った。

 

「お義姉様を、いじめないでください」

 

一瞬、空気が止まる。エリアス皇子の表情が固まる。

 

「……いじめているのではない。」

 

「あります」

 

間を置かずに、否定する。

 

「お兄様は怖い顔をして、難しい言葉で責めているだけです。でも、お義姉様は何もしません」

 

「しないのではなく、まだしていないだけだ」

 

アマーリエ皇女は、私の袖をそっと掴む。小さな手だった。けれど、その力は意外なほど確かだった。

 

「お義姉様は、私に優しくしてくれます。お話も聞いてくれます。」

 

アマーリエは皇女は一歩前に出る。そして、決定的な一言を告げた。

 

「お義姉様をいじめるお兄様なんて、大嫌いです」

 

エリアス皇子は、何も言わない。ただ、妹を見つめていた。

 

 

 

 

 

 





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