虐殺姫は可愛くありたい 作:クロプトケープ
おかしい、帝都で私の噂を収集させているが、どんどん酷くなっている気がする。
「最近、帝都での私の噂が怖すぎる気がするのよね……」
私は机に頬杖をついた。
「最近にも帝都にも限らず恐れられていますけど……」
と言ってくるヨアヒムに肘うちする。
全く、戦姫だの、破壊神だの、災厄だの。否定はしないけれど、さすがに盛られすぎではないだろうか。攻めて戦姫ならちょっと可愛さもあっていいんだけどなぁ。
「もう少しか弱いところを見せた方がいいかしら」
「例えば?」
ヨアヒムが首を傾げる。私も何かないかとひねり出す。
「占いとか?」
「……はい?」
「占い師に『近いうちに不吉なことがあります』なんて言われて、本気で怖がっていたら親しみやすくならない?」
ヨアヒムは少し考え、
「演技ですか?」
「いや、普通に怖いわよ?」
私は真顔で答えた。
「呪いとか幽霊とか苦手だもの。」
「…………」
「剣なら斬れるけど、呪いは斬れないじゃない。」
「基準がそこなんですね……。」
なにがおかしいのだろうか。転生があるのだから、この世界に幽霊が実在してもおかしくない。まあ、これまで結構人も殺してきたけど、呪いや幽霊を見たことはないのでかなりレアではあるはずだ。
結局、本当に帝都で評判の占い師を呼んでもらうことになった。
「では、姫様、お手を。」
私は少し緊張しながら手を差し出した。
「変なこと言われたらどうしよう……今度の出征で食糧が腐りますとか」
「姫様、まだ何も始まっておりません。それに、戦場にいく予定はないと思いますが……」
ヨアヒムが呆れたように肩をすくめる。
占い師は静かに目を閉じ、私の手を包み込むように握った。
最初は穏やかな表情だった。しかし、その眉がぴくりと震える。次第に血の気が引き、呼吸が浅くなり、額から汗が噴き出していく。
「……?」
占い師は私ではなく、その視線を私の背後へと向けていた。
「ど、どうされました?」
返事はない。
しばらく固まっていた占い師は、ようやく震える声を絞り出した。
「殿下の背後に……数え切れないほどの霊がおります。皆、おそらくは殿下への恨みかなにかで留まって害を成そうと近付いておりますが……」
「え。」
私は思わず椅子にもたれかかった。
「ええっ!? やっぱり呪いなんですか!?」
しかし占い師は、なおも背後を見つめたまま首を振った。
「違います……いえ、霊が集まっていること自体は事実なのですが、それ以上に……もっと恐ろしいものがおります。」
部屋の空気が張り詰める。
「その存在が、近付く霊を片端から……まるで虫でも払うかのように叩き潰しています。一体たりとも殿下へ近付くことを許しておりません。というより、霊のほうが殿下から逃げようとして、その何かに甚振られているようにすら見えます。」
「……はい?」
私は意味が分からず首を傾げた。
「守護霊……でしょうか?」
その問いに、占い師は青ざめた顔のまま力なく首を横に振る。
「守護霊というには、あまりにも異質です。私には姿を最後まで見る勇気すらありませんでした。巨大で、底知れず、おぞましい……。長年この仕事をしておりますが、あれほど禍々しい存在は一度たりとも見たことがございません。」
震える手で胸元の護符を握り締めながら、占い師は続けた。
「ですが、不思議なことに殿下への害意は感じません。少なくとも現在、その存在は殿下以外のものを手あたり次第攻撃することを目的としているようです。」
部屋は水を打ったように静まり返った。
私は恐る恐る後ろを振り返る。もちろん誰もいない。
「見えない……。」
占い師は半ば悲鳴のような声を上げた。
「もし見えてしまったら、私なら正気を保てる自信がありません!」
「じゃ、じゃあ危険なんですか?」
占い師はゆっくりと深呼吸し、どうにか平静を取り戻そうとする。
「殿下にとっては、おそらく危険ではありません。むしろこれ以上ないほど有用でしょう。ですが……これ以上霊視は……どうかお許しください。」
そこで言葉を切り、青白い顔のまま苦笑した。
「申し訳ございません。命だけは……」
「はぁ」
私は思わずヨアヒムの袖をぎゅっと掴んだ。やっぱり恐ろしい何かが憑いていて、それが私の悪評をもたらしているに違いない。そう思っていたのに……
「姫様、守護霊も主人に似るものなのですね。」
「……え?」
「敵を容赦なく叩き潰すあたり、実に姫様らしいかと――」
ゴッ。
考えるより先に拳が動いていた。
私の右拳は見事な軌道を描き、ヨアヒムの顎へと命中する。
「ぐふっ!」
ヨアヒムはその場で一回転して床へ転がった。
「ひ、人聞きの悪いこと言わないで!」
「いえ……姫様の方がよほど人聞きの悪いことを……。」
顎を押さえながらヨアヒムがぼやく。
占い師はその光景を見てさらに顔色を悪くし、
「やはり……あの存在と殿下は……」
などと何やら一人で納得していた。
私は必死に否定したのだが、時すでに遅し。
後日。どこから漏れたのか、帝都では新たな噂が静かに広まり始める。
アイメレア姫は討ち取った敵兵の魂を喰らい、その力を己のものにしている。
背後には無数の怨霊を従え、その王たる存在が姫を守護している。
だからこそ、誰も姫を呪えない。
もちろん、どれも事実無根である。
……少なくとも、私にはそんな覚えはまったくなかった。
ただ、あの占い師だけは、以後二度と私の依頼を受けることはなかった。
気落ちした私は、気を紛らわせるために書庫の資料を漁っていた。
その一角には各地の兵制や徴兵記録、諸侯への軍役命令など、多少古いが動員体制が分かる資料が山のように積まれていた。私は何冊目かの台帳を閉じ、小さく息をつく。
「……なるほど。」
戦場で感じていた違和感が、ようやく繋がった。
敵として帝国軍と幾度も相対した私は、常々不思議に思っていたことがある。
帝国は人口も国力もこちらを大きく上回る。それなのに、どうして戦力を小出しにするのか。
もちろん、兵站の問題もあるが、国境を複数地点で同時突破されればこちらとしては、対処が各段に難しくなる。
こちらが一方面で勝利を収めても、なお温存した兵力があるように見える一方、一気呵成に全軍を投入して押し潰そうとはしない。
当時は慢心や油断だと思っていた。あるいは貴族同士の縄張り争いかと。
「思った以上に統制が無茶苦茶ね。」
帝国の軍勢というのは、基本的に三つで構成されている。
皇帝が直接保有する直轄の中央軍。各地の諸侯が軍役義務として差し出す諸侯軍。そして契約によって雇われる傭兵だ。
領地ごとに定められた義務に従い、諸侯は兵や軍資金を提供し、それらを皇帝が任命した将軍が統率する。
制度そのものは決して珍しいものではない。むしろ、大陸では最も一般的な軍制と言っていい。うちの国も規模は違えど、似た仕組みを採用している。
問題は、その制度ではなく帝国という国家の大きさだった。
帝国は広すぎる。
中央の命令が辺境まで届く頃には情勢が変わっていることも珍しくなく、皇帝の権威も国境へ近づくほど薄れていく。
そのため、諸侯の中には将軍の命令を平然と無視する者もいる。自領を守るという名目で出兵を渋る者。 敗色が濃くなれば兵をまとめて帰国する者までいるのだ。
それを咎めようにも辺境まで軍を出すというのも面倒なので、なあなあで許されることが多い。
逆に勝ち戦となれば、それはそれで厄介だった。
どこから聞きつけたのか、呼んでもいない諸侯や傭兵隊長が兵を率いて現れる。
彼らの目的は勝利への貢献ではない。
略奪だ。
敵軍を撃破して戦後の恩賞を待つより、近隣の村や都市を襲って財貨や食糧、人を奪った方が手っ取り早く儲かる。自分の領土から離れた土地をもらうよりも、物資や労働力の方が優先度が上なのだ。
その結果、本来一か所に集まるべき軍勢は、獲物を求めて四方八方へ散らばってしまう。
軍事的には最悪で、戦う私にとってはありがたいことこの上ない。
その上、私に負け続けた帝国の権威は、ここ数年で目に見えて低下していた。
中央の命令を軽んじる諸侯。独自に兵を増やす辺境領主。帝国に従うより、自らの利益を優先する有力者たち。
さらには周辺諸国まで帝国の出方を窺い始め、国境では小競り合いが以前よりも増えている。
「……一度崩れ始めた権威というのは、立て直すのが本当に難しいのね。」
私は静かに資料を閉じる。
その上、
「私が執拗に首狩りをやったせいで、歴戦の指揮官がほとんど残っていない」
、と。
帝国を支えてきた将軍たちは戦場で討ち取られ、後継はまだ経験不足。若い将軍はいても、大軍を束ねるだけの実績も威望も足りない。
これでは皇帝が軍を集めても、それを率いる者がいない。
「これは……大変そうね。」
他人事のように呟いてから、少しだけ気まずくなる。原因の一端が私なのだから、複雑な気分だった。
数時間にわたる考察を終え、私は本を元の棚へ戻した。
重い扉を開けて書庫を出る。頭の中では、地図と兵站線と諸侯の勢力図がまだぐるぐると回っていた。
「やっぱり軍事についてあれこれ考えるのは楽しいわ。」
思わず本音が漏れる。
戦場の勝敗を決める要因を一つずつ紐解き、制度の欠点や国家の構造を考察する。まるで難解なパズルを解いているようで、時間を忘れてしまう。
もちろん、それは戦争が好きという意味ではない。
戦争にはものすごく金がかかる。
できることなら起こらない方がいい。だからこそ、どうすれば起こるのか、どうすれば防げるのかを考えるのが好きなのだ。
「……姫様。」
隣を歩くヨアヒムが、何とも言えない表情でこちらを見る。
「今の台詞だけ切り取ると、完全に戦争狂みたいですよ。」
「違うわよ。」
私は即座に否定した。
「私は軍事が好きなだけ。」
「その言い換えで印象が良くなると思っているのが姫様らしいですね。」
「ヨアヒム。」
軽く睨みつけると、ヨアヒムは肩をすくめながら苦笑した。
「失礼しました。」
……どうも最近、私への遠慮が足りない気がする。