虐殺姫は可愛くありたい   作:クロプトケープ

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第二十三話

 

「姫様、急報です!!」

 

ヨアヒムのその声の調子で、内容の重さは察せられた。寝起きの私のところに、もたらされた報は重大だった。

 

「北方の蛮族、ゴスティバル族の軍が国境地帯を大きく越え、侵攻しつつあります。すでにマグネシア公爵領北部は蛮族であふれているようです」

 

報告は簡潔だった。誇張はない。だが、それで十分だった。

 

「兵力と指揮官は?」

 

「兵力は不明ながら最低でも五千、おそらく一万はあるかと。指揮官は蛮王の王子の一人、ディミトリウスと推定されています」

 

私は一度、視線を落とす。北方蛮族との戦闘は直接の経験はしていないが、帝都の書庫には膨大な交戦記録が残されている。それを読んだ経験から言って、これは単なる略奪ではない。

 

「……本格侵攻とまではいかなくても、いつもの国境紛争にしては規模が大きい…………」

 

独り言のように言う。それに、ヨアヒムが短く応じる。

 

「はい、王子が出てきていることからも、単なる襲撃の範疇を超えています」

 

判断は一致している。

 

テッサリア帝国の北方。そこは気候限界線であり、農耕と遊牧の境界だ。

 

そして、その農耕側の最北部がマグネシア公爵領であり、そこから数十キロはゴスティバル族との国境地帯になっている。その北は平野と山がつらなる草原地帯であり、遊牧生活を送るゴスティバル族が王国を築き上げている。

 

国境地帯の南は耕作地、北は草原。生産様式の違いは、そのまま戦争様式の違いに直結する。

 

遊牧側は機動力に優れ、略奪で補給する。農耕側は拠点を防衛し、蓄積で戦う。

だからこそ帝国は、これまで一つの原則を維持してきた。

 

前に出る。

国境線で受けるのではなく、その北側で衝突する。それによって、農地への侵入を未然に防ぐ。

 

帝国軍は連年国境地帯に出兵しており、蛮族と矛を交えてきた。しかし、ここ数年はそのような出兵は行えていない。

 

 

「まあ、私のせいよね…………」

 

「姫様のせいですね…………」

 

否定はしない。否定する理由もない。別に私は悪いことをしたわけではないのだ。

 

 

数年前、私の祖国ボイオティア大公国は滅亡の寸前にあり、国家としての統治能力を欠いていた。周辺勢力に攻め込まれて軍が壊滅、略奪を止める力もない。各地の領主は半ば独立状態。徴税も動員も成り立たず、中央の命令は地方に届かない。

 

外から見れば、すでに崩壊した国家と大差ない。当然、帝国はそれを機会と見た。統治の及ばない辺境領を切り取り、既成事実化する意図だったのだろう。

 

そして私は、それを脅威として受け取った。

 

首都に近い順に反乱や賊、周辺勢力の軍を手当たり次第に叩き潰していった。

 

その中でも最大最強の敵が帝国だった。あの時、帝国が最初から全力だったら、私は捕虜としてここにいたかもしれない。しかし、そこまでの関心をもっていなかった帝国が送ったのは諸侯と傭兵主体の質の悪い軍であり、私の相手ではなかった。

 

「あの時は、それしかないと思っていたのよね」

 

そして、数回に渡って帝国軍を壊滅させた後、これ以上攻めてこれないように越境してフォキス公爵領を攻撃した。策源地であり、兵站拠点になるこの地をどうにかしなければ、いつでも帝国軍は公国になだれ込めてしまう。

 

結果として、帝国側の対応も変化する。帝国は越境攻撃に対して当然軍を送らざるをえなくなる。

 

当初は辺境部隊と傭兵を主体とした消耗前提の戦力だったが、それでは足りないと判断したのだろう。最終的には、皇帝直属の帝国軍の中核戦力が投入されるに至った。

そこから先は、単なる辺境紛争ではない。

 

帝国以外の敵対勢力を無力化していた私も本格的にフォキス公爵領の焦土化作戦を開始し、送られてくる帝国軍を叩き、可能な限り包囲殲滅で戦力の立て直しをさせないことを重視した。

 

結果として、帝国は戦力を拘束され、すさまじい勢いですり減らし続けることになる。私には最初無限に思われていた兵力も、実態としては補充はされるが質も量も維持できていない。指揮官は消耗し、部隊の練度は低下する。

 

最終的に私は補給線を断ち、拠点を焼き、維持可能性を消し去ることにした。戦術としては単純だが、効果は決定的だった。帝国はそれ以上の戦力投射を断念せざるを得なくなり、こちらも安全保障の懸念がなくなり和平が成立する。

 

そこまでに失われた帝国の兵力と指揮官は、単なる数の問題ではなくなっていたようだ。

代替の効かない層。特に機動戦力と、それを運用できる中級以上の指揮官。それらは戦争継続を断念させるために私が執拗に狙った対象だった。

 

結果として、帝国軍は前に出て押さえる能力を喪失した。ボイオティアにも、北方に対しても。そして、本来維持されるべき圧力が消える。

 

その空白は、ゴスティバル族によって時間を置かずに埋められる。

 

南下は偶然ではない。圧力の消失という条件が整い、機動戦力の不在という隙が生じた。それに対する、当然の反応だ。

 

私は小さく息を吐く。

 

「……因果なものね」

 

悪いことをしたとは思わない。

 

最初に大規模な侵攻を仕掛けてきたのは帝国だ。私は祖国を守るために戦い、敵将を討ち、敵軍を打ち破った。

 

戦場で情けをかける余裕などなかったし、あの時に別の判断をしていれば、滅んでいたのはこちらだったかもしれない。

 

……もっとも。

 

「もっと遡れば、うちの国境領主が帝国側へ何度も略奪に入って、それを止められなかったのが発端なのだけれど。」

 

それにしたって、今帝国につぶれられるのはいろんな意味で困る。

 

「こうしてはいられないわ。陛下にお会いしたいと伝えて」

 

私は椅子から立ち上がりながら言った。

 

「姫様、何を考えておられるのですか?」

 

ヨアヒムの声は静かだったが、その中身は確認ではなく結論の追認だ。

 

「ヨアヒム、貴方が分からないはずはないわよね」

 

視線を向ける。

 

ヨアヒムは一瞬だけ沈黙し、それから小さく息を吐いた。

 

「……姫様が北方に出るつもりであることは、理解しています。だから聞いているのです」

 

「なら話は早いわ」

 

と続ける前に、ヨアヒムが問いかける。

 

「姫様…………そんなに戦いたいんですか?」

 

私は肩をすくめた。

 

「そうじゃないわよ!!見たでしょう!!皇子たちにあんなに嫌われるなら、帝都にいてもしょうがないわよ」

 

「それで現実逃避ですか?」

 

「辛辣過ぎないかしら!?異国で心細い姫君にかける言葉じゃないわよ」

 

「姫様、落ち着いてください。異国で心細い姫君は婚約者候補の皇子にトラウマを植え付けたりしませんし、ましてや蛮族を討伐したがったりはしません」

 

「いい?確かに私には哀れな姫は似合わないわ。周りの反応を見てたらわかるもの。でも、戦場の私って美しいって評判なのよ。凛々しい姿に王子も惚れるはずよ。」

 

「戦場という女不足の場所でハードルを下げる気ですか?」

 

「うるさいわね。それに、そろそろ体が鈍ってきた気がするの。健康な肉体は恋愛の第一歩よ!!」

 

ああいえばこう言う。全くもって呆れた部下だ。それに、私が行かなきゃいけないのは帝都の不安定化を避けるため。それを分かっていないはずはない。

 

今の帝国の人材不足を鑑みるに、私が行かなければ皇帝自らが出陣せざるを得ない。そうなれば帝都で私に対抗できるものはいなくなるし、他の地域ににらみを利かせられなくなる。

 

帝都に兵を残して、私が蛮族を叩き潰すというシナリオが最善なのだ。

 

そう、別に戦いたいわけではないのだ……たぶん。





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