虐殺姫は可愛くありたい   作:クロプトケープ

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第二十四話

こちらの事情を察しているのか、通常であれば取り次ぎに時間を要するはずの謁見願いは、ほとんど間を置かずに通された。気がつけば、私はすでに皇帝の私室へと導かれている。

 

 

皇帝は地図から目を上げ、私を一瞥する。

 

「……早いな」

 

「状況が状況ですもの」

 

形式的な礼だけを取り、私は顔を上げた。

前置きは不要だ。あちらもそれを求めていない。私が何を言うかもある程度察しているのだろう。

 

「そうだな。国境は既に抜かれた。マグネシア軍がなんとか防衛しているが、状況は芳しくない。」

 

私は地図をあらためて眺めて地形を確認する。マグネシア公爵領は南部の港町公都マグネシアから西に広がる平原と、そこから北に伸びる山と海に挟まれた細い回廊からなる。その回廊の半ばを超えて、蛮族の侵入を許してしまっていた。

 

逆に言えばマグネシア公領の中心地は健在であり、防衛に有利な領域で攻撃を受け止めることができていた。とはいえ、これが本体とは限らない。ゴスティバル族の全軍は最低でも数万規模。いま南下しているのが先鋒に過ぎないとすれば、後続が到着した時点で均衡は崩れる。

 

マグネシア側の戦力は、およそ二千。持ちこたえているのは地形と準備の成果に過ぎず、このままでも正面から押し切られれば時間の問題だ。私はその結論を頭の中で整理し終え、顔を上げた。そうでなくても、要塞の後ろに回り込んで進軍されても対応は難しい。

 

「陛下、何卒私に兵をお預けください」

 

間を置かずに言う。

 

「必ずや、蛮族を叩き切って御覧に入れます」

 

皇帝はわずかに目を細めた。

 

「……やはりか」

 

予想していた、という声音だった。私は一歩踏み出す。

 

「陛下は敵国の将であったこの身を、客将としてお迎えくださいました。にもかかわらず、未だ陛下に一つの首も献じておりません。このまま帝都に留まり、何も為さぬのでは――」

 

言葉を区切る。

 

「待遇に見合う働きとは申せません」

 

「いや。そなたは客将ではなく、わが皇子の婚約者として遇している…………つもりだ。そうだな…………あれの非礼についても、詫びねばならん。それに……公爵、いや失礼、大公殿……そなたの父に対してもな」

 

私は小さく息を吐いた。そして、静かに言う。

 

「陛下」

 

声の調子は変えない。だが、内容は一段踏み込む。

 

「そうであれば、この身はいずれ帝国の国母となる身。かつてのことを水に流していただいた以上、帝国のために働くのは当然のこと。それは父も承知の上です」

 

…………知らないけど、多分。別に帝国の敵と戦うなとは言われていない。言われたのは帝都で暴れるなという程度だ。帝都以外ならセーフなはずだ。

というか、こう斬ったら解決する敵と久々に戦いたくもなってきていた。

 

「今回の侵攻を短期間で収束できなければ、北方は継続的な戦場となります。そうなれば、動員・補給・再建、すべてが帝国の負担となる」

 

そう、帝国の経済は思ったよりも悪化している。そして、相次いだ敗戦と私による逆侵攻によって、その支配も末端からゆるみが見えている。ここでマグネシア公爵領の救援が遅れるか失敗すれば、崩壊の引き金になりかねない。

 

「ならば、初動で叩き潰すべきです。敵が二度と立ち上がれないほどに」

 

皇帝はしばらく私を見つめていた。

やがて、ゆっくりと口を開く。

 

「……そなたが帝都に来たとき、言ったはずだ…そなたには、心穏やかに過ごしてほしい、と。儂が親征し、そなたには帝都を任せるつもりでいた」

 

その口から出たのは意外な言葉だった。皇帝と帝国軍主力がいないのならば、容易に帝都を乗っ取ることもできるだろう。

 

「それは………………ありがたく存じます。しかし、陛下には帝都にて睨みを利かせていただく必要があると考えます。今回の侵攻は、単なる辺境の騒擾では収まりません。北方が動いた以上、内外の諸勢力もまた様子を見るでしょう」

 

机上の地図に目を落とす。

 

「ここで帝都の統制が揺らげば、戦場の勝敗に関わらず、帝国全体の均衡が崩れます。後ろが崩れれば戦えるものも戦えないでしょう。」

 

皇帝はしばし沈黙し、それから小さく頷いた。

 

「……分かった」

 

短く、だが明確な同意。

 

「そなたが行ってくれるのなら、これ以上はない」

 

視線がこちらに戻る。

 

「して、どれほど必要だ」

 

私は即座に答える。帝都周辺の直轄軍は再編中のものも多く、数はいるとはいえ、あまり多く引き抜くわけにもいかない。

 

「北方の諸侯への動員、そして中央から軽騎兵二千、重歩兵一千。あとは傭兵と私の

部下、それだけあれば十分滅ぼせます」

 

ほんの少しだけ間を置く。

 

「それから船の徴用許可をいただきたく。加えて土木および灌漑の専門家を数名、お貸しいただけませんか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

----皇帝視点----

 

 

北方の蛮族の襲来。それは非常に頭の痛い問題だった。

 

異民族であり、生活形態も国家形態も帝国とは全く異なる存在。機動力の高い弓騎兵が脅威なだけでなく、家畜を伴って補給を無視するかのような長距離侵攻を行ってくる。

 

ボイオティア大公国とフォキス公爵領で戦力を失い、国力をすり減らした帝国にとって、これほど厄介な相手はいない。

 

なにより、総指揮官として方面軍を動かせるような実力があり、信頼できる人材は残っていない。それらはほぼ全てボイオティアとの……アイメレア姫との闘いで討ち取られるか廃人になっていた。だからこそ帝都を空にしてでも親征でけりをつける必要がある。

 

それに、フォキス公爵領を守れなかったことで帝国に対する求心力は低下し続けている。なにしろ、領民が虐殺されたのを全くもって守れなかったのだ。ここで、救援が間に合わなければ信頼は一気に失われるだろう。

 

そして、それを辛うじて防いでいるのはアイメレア姫がいるからだ。それは先の馬上槍試合でも明らかだった。あの姫がいるからこそ反乱がほとんど起こっていないのだろう。しかし、次にマグネシア公領を守れなければ…………

 

 

いずれにしろ、帝国の後継者はアイメレア姫を取り込んだものでないと務まらない。帝都を空にするのは本来ならば恐ろしいことだ。帝都でなにものが蠢動するか分からない。しかし、ことここにあってはあの姫がクーデターを起こすことは考えにくい。そんなことをしなくても、誰もがあの姫に従うだろう。

 

息子たちがあの姫をつなぎとめてくれればいいのだが、聞こえてくるのはひどい話ばかりだ。三人もいれば一人くらい相性がいいのが見つかるかと期待したのだが…………

 

アマーリエが男であれば、迷いはなかった。性格の相性も悪くない。あの姫に対しても自然に接している。後継として据え、帝国の中枢に固定することもできただろう。

 

 

しかし、蛮族の問題はそのアイメレア姫によって解決された。

 

無論、まだ出兵すらしていない。戦端も開かれていないし、戦果も上がってはいない。

それでもあの姫が、

 

「北方の諸侯と軽騎兵二千、重歩兵一千。あとは傭兵と私の部下で十分滅ぼせます」

 

と口にした時点で、結論は出ている。

 

帝国軍の現状、再編の遅れ、動員可能な兵力、その限界。それらをすべて織り込んだうえで、必要最小限の戦力を提示してきた。信頼しない理由がない。帝都に十分な戦力を残すことを意識していることからしても、帝国の現状を理解してのことだろう。

 

そして、アイメレア姫は、ゴスティバル族を撃退するのではなく……文字通り、滅ぼすつもりなのだろう。

 

兵ではなく灌漑技術者を求めた時点で明らかだ。相手の兵を削るのではなく、土地を、生活を、水を断つ。部族という単位ではなく、その存在の持続可能性そのものを破壊する……再び立ち上がる余地すら残さないということだろう。

 

普通ならそんなことは考えない。

 

だが、あの姫はやる。なにしろ、実績があるのだから。

 

勝つかどうか、ではない。どの程度まで徹底するか、その差でしかない。おそらく世界で最も、それを信じられるのは他でもない帝国だろう。

 

「お任せ下さい。必ずや、陛下の御前に蛮族の王の首をお持ちいたします!」

 

と言ったアイメレア姫の瞳はかつてないほど輝きに溢れていたのだ。

 

 




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