虐殺姫は可愛くありたい 作:クロプトケープ
傭兵業は情報が命だ。
どの戦に乗るかで、生き残る確率は決まる。負け戦に加われば、死体の一つになるだけだし、金払いの悪い相手や略奪の見込みがない戦場に行く理由もない。
危険に見合う対価があるからこそ、傭兵は剣を取る。それがなければ、故郷に戻って狭い畑を耕すか、都市で荷運びや護衛をしているほうがよほどましだ。
だから傭兵は戦場より先に情報を買う。
どの将軍が勝ちそうなのか。どの国が負けそうなのか。
そしてなにより、どの相手とは戦ってはいけないのか。
ボイオティア公国のアイメレア姫、その名は最初は誰にも知られていなかった。せいぜい与太話として、女だてらに兵を率いて戦ったという話があった程度だ。
そして、アイメレアと戦ったものはそのほとんどが死体となったことで、帝国内の多くの傭兵がボイオティア公国との戦いに参加しようとはしなかった。
「冗談じゃない。これまでいろんな戦いを見てきたが、負けても七割は生き残るもんだ。ほとんど生きて帰ってこないなんていうのは、聞いたことがねえ」
「あの姫は紛れもない化け物だ!せめて人間に殺されるなら納得もできるが、化け物と戦って死ぬなんて馬鹿なことがあるか!」
そんな言葉が、酒場を巡り、街道を渡り、話は尾ひれを付けながら広がる
「アイメレア姫と戦った部隊は全滅する。」
「アイメレア姫が睨みつけただけで軍が崩壊した。」
「アイメレア姫に捕まった仲間が生きたまま腹を割かれた。」
やがて噂は、事実よりも強い力を持ち始めた。そのため、ボイオティア公国との戦いに参加しようという傭兵団は年々減っていった。
金を積まれても断る。倍額でも考える。三倍でようやく悩む。
それほどまでに敵としてのアイメレア姫の名は、傭兵たちにとって縁起の悪い名前になっていた。
だからこそ、アイメレア姫が蛮族と戦うために傭兵をかき集めているという話が流れた時、だれもがその名前だけに過剰に反応した。
嗅覚の効かないものでも、アイメレア姫相手の戦いに赴くほど馬鹿ではない。
帝国でまことしやかにそう囁かれてはや数年。その化け物が敵ではなく味方であれば、これ以上に楽な傭兵業もないだろう。そう誰もが語った。
なにしろ、あの小国でもって四方の敵を悉く平らげ、帝国に逆侵攻をして公爵領を飲み込んでいるのだ。味方にいて欲しいと願う将として、これ以上のものはこの大陸には存在しない。
「あの虐殺公女が大将だそうな」
「帝国軍をあの姫が率いるのか?」
その情報は帝都の隅々まで速やかに広がった。
「あれと戦わなくていいならこんなに楽なことはない」
とまで豪語するものまでいた。その一言に、一同が大笑いした。
これほど心強い総大将は、大陸中を探しても他にはいなかった。
その噂は瞬く間に帝都中へ広がり、有名傭兵団から昨日まで盗賊だったようなならず者まで、こぞって従軍を希望するようになる。
帝国軍の募集所には、近年見たこともないほど長い列ができていた。
六千。その数字だけを見れば、過剰とすら言える。
帝都で三千。周辺都市からさらに三千。それなりに選抜したにも関わらず、当初の見積もり三千にも届かぬと踏んでいたそれを、倍近く上回った。
しかし、問題は数ではない。集まったのは質のいい兵ではなく、傭兵だ。
統一された訓練もなく、指揮系統も曖昧。武器も癖もばらばらで、戦列を組めば隙だらけになる。とりわけ、遊牧民を相手にするとなれば致命的だった。
六千いようと関係はない。崩れれば、それは六千の敗走兵になるだけだ。
だが、長期の訓練に費やす時間はない。猶予は、あまりにも短い。すでに、一部の部隊はマグネシア公領に向けて進ませている。
とりあえず、帝都で集めた傭兵を多少戦えるように士気をあげておく必要がある。最低限、こちらの命令を実行させるだけの力を感じさせる必要がある。そうでなくては肉壁にすらならない。
何しろ私は見た目だけなら見目麗しいお姫様だ。戦場での評判のためにも、たまには可愛らしい挨拶というのもしてみたい。ユリウス皇子にも来てもらっているので、私は張り切っていた。
「よくいらしてくれました。私はアイメレア。ボイオティア大公の娘です。」
そう、姫らしくだけど、今日だけは弱さは見せない。
「されど、今ここにいるのは、か弱き姫としてではなく、帝国の客将として北辺を侵す蛮族を討伐するためです。先日、北方に割拠するゴスティバル族は一方的にこれまでの協定を無視、国境地帯を超えてマグネシア公領に侵入して乱暴狼藉の限りを働いています。」
ゆっくりと見回す。
「帝国はこれを座して見ているわけにはいきません。寸土と言えども国土を侵し、民を殺し、農地を荒らすなら、そのような蛮族を一匹たりとも逃さずに八つ裂きにし、その妻子を奴隷にする。そのために、私はいるのです。」
大きく頷く。
「私は戦いを恐れる人間を笑いません。私は名誉よりも命を重んじる人間を軽んじません。けれど、それを乗り越えた者たち、先頭で槍を突き立て、盾で味方を守護し、矢で敵将を射抜く者たち。そして、私と共に戦うことにした勇者たちには金と名誉、それから勝利をもって報いるつもりです。」
声を強める。
「同時に罪ある者は、この私自ら裁きます。指揮に従えぬ者。軍規を破る者。戦列を乱し、隣を死なせる者。そして何より敵と通じ、背後から刃を向ける者」
ゆっくりと視線を巡らせる。
「それらはすべて、その場で殺します。これは脅しではありません。約束です」
合図とともに、三人の男が引き出される。縛られ、口を塞がれ、ただ震えている。適当な罪人だが、せいぜい役に立ってもらおう。
「この者たちは、蛮族と内通し、帝都に火を放とうとした者たちです。戦の前に、私の手で裁きを与えます」
剣を抜く音が、やけに大きく響く気がする。といっても、実戦では槍ばかりつかっていたので気のせいかもしれない。
「よく見なさい」
一人目の喉に、刃が触れる。そのまま、迷いなく押し込む。
血が噴き上がり、私の白いドレスを汚した。温い飛沫が頬にかかる。私は指でそれを拭い、そのまま舐めた。
ざわめきが広がる。
「この匂いも、この味も、特別なものではない。きっとすぐに慣れます」
静かに言い切る。
「躊躇うのは最初の一人だけです」
剣を引き抜き、二人目へと歩く。
「だが躊躇えばその一瞬で、隣の誰かが死ぬでしょう」
刃が、腹へと沈む。鈍い音。息の漏れる音。
「だから私は、貴方たちにだけ敵を殺すようなことはさせません」
さらに押し込み、体を貫く。
「貴方たちと同じように、私もこの手を汚します」
引き抜いた刃から、血が滴る。腹部は脂が多いからよくないなと考えながらも、言葉は止めない。
「貴方たちと同じように、この重さを背負います」
三人目の前で、足を止める。
「だから目を逸らさないで」
一閃。
首が落ちる。
落ちた首を、剣先で持ち上げる。
「私は逃げません。貴方たちの後ろに立つこともしません」
掲げる。
血が滴り、地面を打つ。
「常に前にいます。常に同じものを見て、同じものを斬ります」
声が、強くなる。
「だから、力を貸してください。私と共に来てください。私と共に戦ってください」
剣を振り上げる。
「私の命令に従いなさい。そうすれば貴方たちは、勝って、奪って、そして生きて帰れる」
最後に、叩きつける。
「逆らう者は、今ここで、私がこの手で殺します」
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