虐殺姫は可愛くありたい 作:クロプトケープ
傭兵をかき集めるのと同時に、私は北方の諸侯たちへの動員をも進めていた。
諸侯らに向けて、軍役を果たすようにとの連絡を飛ばし、人数や装備、集合の場所と時間を通知する。とはいっても、帝国北部は広い。到着に時間がかかりそうな西半分には、資金や物資での貢献を求め、東半分程度からの動員を優先する。
基本的に、動員の時は舐められたら終わりだ。
北方情勢が急速に悪化し、マグネシア領が滅べば次は他の北方諸侯へと略奪の手がのびるであろうことをまず示す。そのうえで、私が討伐軍の総大将になったことを記し、帝国との契約に従い軍役義務を果たすことを要求する。
もちろん、それだけでは動かない者もいる。
だから最後に一文だけ付け加えておいた。
軍役義務を果たさない諸侯については、最初に討伐対象とし、皆殺しにすると。
そして、これに切り殺した罪人の指や耳を添えて送っておく。帝国に地盤のない私は多少はこういう脅しを使わないといけないというのは悲しいことだ。
そうは言っても、地方領主なんていう連中は、命令一つでおいそれと軍隊や物資を出してくるなんてことは普通はない。道中かつ命令を拒んだ諸侯を吊るし上げるといったパフォーマンスが必要になるだろう。そこで、ちょうどいい実戦訓練ができればいいんだけど…………。
もちろん、こういうものは柔剛をバランスよく織り交ぜるのが重要だ。
だからこそ、他の手も使う。
蛮族に攻め込まれているマグネシア領は、お茶会以来仲良くしているルミナ嬢の実家であり、そのお茶会には北方諸侯の令嬢たちも数多く参加していた。そうでなくても、ルミナ嬢は北方に知己が多い。
私におそらく良い印象を持っている可能性のある彼女たちの影響力を使わない手はない。私はルミナ嬢に頼み、彼女たちからも実家へ手紙を書いてもらうことにした。
ルミナ嬢からはマグネシア領を頼みますという応援をもらって私は出発することにした。私からも、寂しがっていたアマーリエ皇女のことをルミナ嬢に頼んでおいた。
最後に、私は皇帝陛下へもう一つお願いをした。
今回の北方遠征に、第二皇子ユリウス殿下を同行させていただきたいというものだ。
ユリウス殿下は日頃から軍略を学び、鍛錬も欠かさない努力家であるらしい。
以前、鍛錬場で少しだけ手合わせをしたこともあるが、真面目で向上心があり、軍事への関心も人一倍強い。ちょっと怖がりなのが心配だけど、きっといい将軍になるだろう。
私も痛感したが、書物から学べることには限界がある。
戦場でしか学べないもの。指揮官が何を見て、何を考え、どのように決断するのか。
兵站、行軍、偵察、情報収集、士気の維持。そうした生きた軍学は、実際に軍と共に行動しなければ決して身につかない。
陛下もその考えには賛同し、同行はあっさりと認められた。
私は内心、小さく喜ぶ。
ユリウス殿下なら、きっと多くのことを吸収してくれるだろう。
せっかく同じ軍事好きなのだから、道中も作戦について語り合えるかもしれない。以前は誤解されてゆっくり話す時間もなかったし、今度こそ親交を深めたい。
それに、私の指揮を間近で見れば、きっと何か感じるものがあるはずだ。きっと、私の戦場での凛々しさに惚れて、仲良くなってくれるに違いない。
そう信じて疑わなかった。
「それじゃあ、出発するわよ。」
その一言で、帝国軍はゆっくりと動き始めた。
慌ただしい出陣だった。
それでも、大公国で幾度となく経験してきたものとは比べものにならないほど壮麗だった。
皇帝陛下自らが城門まで姿を見せ、帝国の旗が風にはためく。
城門の外には、出征する軍を一目見ようと集まった思ったより少ない民衆。
歓声が上がり、手が振られる。けれど、その声にはどこかぎこちなさがあった。
当然だろう。
軍の先頭を進むのは、つい数年前まで帝国軍を打ち破り続けた敵国の姫なのだから。
期待と不安。安心と恐怖。そのどちらも入り混じった、何とも形容しがたい空気が街道を包んでいた。
私はそんな視線を気にすることなく馬を進める。
そのすぐ隣では、第二皇子ユリウス殿下が同じように馬を歩ませていた。
鎧に身を包み、姿勢は正しい。けれど、その横顔は少し硬い。緊張しているのが伝わってくる。というか、怖がっているといえるほど顔が青い。今からそれでは戦場では少し心配かもしれない。
「姫様、嬉しそうですね。」
後方からヨアヒムが小さく笑う。
「そうかしら。」
「ええ。全身に出ています。」
言われて初めて、自分でも口元が少し緩んでいることに気付いた。
…………気を付けよう。
北方の蛮族。それは、農耕を基盤とするテッサリア以南の諸国とは根本から異なる文明だった。
南の人間は土地を耕し、その収穫によって人口を支え、国家を維持する。対して北方の遊牧民は、家畜そのものが財産であり、生活そのものだ。
広大な草原を家畜とともに移動し、季節と牧草を追って居を変える。馬は移動手段であると同時に戦力でもあり、幼い頃から馬上で育つ彼らは、生まれながらの弓騎兵だった。
歩兵主体の軍では決して真似のできない機動力。戦う場所も時間も彼らが選び、危なくなれば風のように散り、優勢と見れば再び集まる。
集合と離散。
それこそが彼らの戦術であり、生き方そのものだった。農耕国家から見れば、まさに天敵と言っていい。国境を越えて村を襲い、人畜や財貨を奪い、追撃されれば草原の奥深くへ逃げ帰る
こちらが報復遠征を仕掛けても、決戦には応じず姿を消す。都市も城も持たない以上、落とすべき拠点すら存在しない。
「……だからこそ。」
私は地図へ視線を落とした。
「前がかりになった今、一度にまとめて叩き潰す必要があるわ。」
何度撃退しても意味はない。
略奪部隊を追い払ったところで、翌年には別の部族がやって来る。
本隊を捕捉し、その戦力そのものを壊滅させなければ、この戦争に終わりはない。
だが、その方法が問題だった。
地図を前に腕を組み、私は低く唸る。
きっかけとなったのは、マグネシア領北方の防衛線が突破されかけているという急報だった。
帝都を発ってから数日。ここまでの行軍は驚くほど順調だった。
もちろん、小さな騒動がなかったわけではない。
途中の村が物資の徴発を拒み、数人の犠牲をかけて説得することになったこともある。脱走を図った傭兵を軍律に従って晒し首にしたこともあった。村娘へ手を出そうとした傭兵を、その場で串刺しにして見せしめにしたこともある。
それでも軍は乱れなかった。私が思っていた以上に、傭兵たちは私の命令へ素直に従ってくれていた。
夕食の席へ顔を出せば、彼らは席を空け、酒を勧めてくる。戦の話、故郷の話、処刑具の話など、他愛のない話に笑いが起きることもあった。
北方諸侯も予想以上に素直に軍役へ応じ、それどころか私の指揮下に入ることを誓約する文書まで送ってきている。道中の諸侯も、誓約どころか妻子の助命を懇願してきたものまでいる…………。
何か勘違いされてそうだけど、私には分からなかったので、ヨアヒムに誤解を解いてもらった。
兵の集結も順調。兵糧や矢、馬の飼葉といった物資も計画どおりマグネシア領の手前まで運ばれつつある。
準備そのものは、ほぼ理想的と言っていい。しかし、戦いは物質的な準備だけでは勝てない。
問題は、相手が遊牧民だということだった。
帝国軍は歩兵を中心とする軍勢。対する蛮族は軽装の騎馬兵。
正面から追いかければ、決して追いつけない。逃げられ、疲弊し、補給線だけが伸び切る。それでは相手の思う壺だ。冷兵器主体で内燃機関もないのだ。蛮族を甘く見てはいけない。
「どこかへ引き込まないと。」
私は駒を動かす。
地形。河川。補給路。遊牧民が略奪したくなる都市。
その全てを頭の中で組み立てていく。
そして、もう一つ。
「……今来ているのは、おそらく先遣隊。」
防衛線を揺さぶるには十分な規模だが、本隊は必ず別の場所にいる。
おそらく、帝国の反応を見て動きを決めるのだろう。
ならば、この支隊を餌にして本隊を引きずり出す。
そこを包囲し、一戦で戦力の中核を叩き潰す。そうでなければ、この遠征は一時しのぎにしかならない。
私は地図の一点を指先でなぞりながら、小さく笑った。
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