虐殺姫は可愛くありたい   作:クロプトケープ

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第二十七話

帝都を出発して十日。

 

私たちは北方諸侯との集合地点へ到着した。

 

道中、ユリウス皇子とは軍事について随分と言葉を交わした。

 

帝国の軍制や要害地形の見方。街道を進みながら実際の山並みや河川を指差して話せるので、私もつい熱が入ってしまう。鉄板の戦場ジョークから兵士たちの性欲の管理まで、かなり砕けた話も出来ていた。熱くなりすぎてヨアヒムに諫められるほどだった。

 

やはり机の上で地図を眺めるだけとは違う。戦場になるかもしれない土地をこの目で見ながら考えると、頭の中で兵が動き始める。私自身、戦場へ近付くにつれて妙に口が回っていた気がする。

 

もっとも、ユリウス皇子の返事はどこかぎこちない。短く頷くだけだったり、言葉を選ぶように少し間を置いて答えたりすることも多かった。

 

それでも、軍事という共通の話題があるおかげか、不思議と話は尽きなかった。

 

 

 

 

集まったのは比較的近隣の諸侯だけだったが、それでも兵数は四千を超えていた。私が率いる軍と合わせれば、その数は一万にも達する。

 

大公国で率いた軍勢が、多くても五千程度だったことを思えば、その倍近い規模だ。諸侯らはかなり積極的に動員に応じてくれたこともあるが、改めて帝国の国力を実感する。

一方で、運用には大軍なりの困難も伴う。私の意を把握して実行してくれる部下も少ない。それなりの工夫はしないといけない。

 

 

 

ここからマグネシア領までは五日とかからない。

 

準備もなく進めば、補給線は乱れ、不意の遭遇で軍が混乱する危険もある。まずは方針を固める必要があった。

 

机いっぱいに広げられた地図を囲み、諸侯や将軍たちが集まる。

 

「ゴスティバル族は、要塞へ籠もるマグネシア領軍を攻めあぐねております。」

 

マグネシア公爵から伝えられた報告だった。

 

それ自体は悪くない。要塞が健在なら、防衛線はまだ辛うじて生きてはいる。しかし、敵は要塞を包囲する一方で、一部の騎兵を周辺へ放ち、広範囲で村々の略奪を始めているという。

 

典型的な遊牧民の戦い方だった。

 

 

私は別の報告へ目を移す。

 

「ところで、船団はどうかしら。」

 

帝都を出る際、私は軍を二つに分けていた。

歩兵の一部と軽騎兵を船へ乗せ、河と海を経由して直接マグネシア港へ送り込んでいる。

 

海路と河は陸路よりも早く、しかも大量に運べる。

 

「今のところは順調なようです。予定通りに行くならば数日以内には港へ到着するかと。」

 

「そう。」

 

これで選択肢は二つ。

一つ目は、港で合流した軍と陸路からの軍がそのまま北上し、マグネシア領内で敵と決戦する案。

もう一つは、陸路からの軍で敵を領内奥にまで引き付け、その隙に港へ上陸した別働隊で退路を断つ案。

 

私はしばらく地図を見つめ、ゆっくりと首を振った。

 

「……やっぱり、敵を北で押さえ込むのは良くないわね。」

 

遊牧民は危険を察知すれば草原へ逃げる。逃げられれば終わりだ。来年も、その次の年も略奪は続く。

 

「しっかり引き込まないと。」

 

その言葉に、一人の伯爵が口を開いた。

 

「恐れながら姫様。蛮族は大軍が近付けばすぐに退却いたします。まして武勇名高い姫様自ら率いる軍と知れば、戦うことなく北へ逃げ帰るのではないでしょうか。」

 

部屋の何人かも頷いた。目の前の状況だけ見れば、それももっともな意見だった。

 

特に、諸侯らは遊牧民の軽騎兵とやり合って、自軍をすり減らされることを嫌うだろう。

 

「それじゃ困るのよ。それに、おそらくこれは先遣隊よ。本隊を引き付けて叩き潰すためにも、無理にでも戦う必要があるわ。そのためにも、先遣隊には精々いい声で泣いてもらわなくちゃいけないの」

 

部屋が静まりこみ、ユリウス皇子も少し顔を青くする。

 

 

そこへ、一人の伝令が駆け込んできた。

 

「姫様、陣中で少々いさかいが。」

 

私はすぐに席を立った。丁度煮詰まってきていたところだった。

騒がしい現場へ向かうと、騒ぎはぴたりと止み、周囲にいた兵士たちが一斉に道を開いてひれ伏した。

 

中央には、血溜まりの中に横たわる一人の傭兵。

 

その向かいには槍を下ろした諸侯の兵士が立ち尽くし、さらにその後ろでは青ざめた商人が震えている。

 

事情はすぐに分かった。傭兵は商人から物資を買おうとした。しかし商人は既に諸侯兵へ売る約束をしていたが、それを忘れていた。互いに譲らず口論となり、剣が抜かれ、傭兵は命を落とした。

本来なら、ここまではよくある話だ。残りの二人を切り捨てて一件落着だろう。

 

問題はその後だった。

 

傭兵団は仲間の死に激昂し、諸侯兵も「舐められてたまるか」と武器を手に集まり始めている。

 

あと一歩で乱戦になる。

 

商人たちも顔を真っ青にして荷車へ荷を戻し始めていた。

 

彼らが逃げれば補給は止まる。補給が止まれば軍は戦う前に飢える。たった一人の死から、一万の軍が瓦解することさえある。

 

軍とは、敵よりもまず内部から崩れるものなのだ。

 

私は静かに全員を見渡した。

 

ここで誰か一方だけを罰すれば、もう一方は「自分たちは軽く見られた」と受け取る。諸侯は面子を失い、傭兵は信用を失う。どちらも今後の指揮に悪影響を及ぼす。しかし、二人だけを斬るのも、処分を軽く見られないために一芝居必要だろう。

 

だからこそ、最初に最悪の未来を示す必要があった。私が厳しめの処分を告げてから減刑していく形の方がいい。

 

こういうことをやるから私がやばいやつみたいな認識になってしまうのだ。

私はゆっくりと剣の柄へ手を置く。

 

「軍律を乱すなと言ったはずよ。」

 

静かな声だった。それでも野営地全体が凍り付く。

 

「この騒動に関わった者は、当事者だけではない。剣を抜いた者。煽った者。加勢しようとした者。全員、残らず私自ら首を刎ねる。」

 

息を呑む音が、あちこちから聞こえた。

 

「規律を守らない者は私の軍には不要よ。首を陣の外に並べれば自然と引き締まるというものだわ」

 

悲しいことに私はよそ者かつ女だ。舐められないようにするにはこういうことを形だけでも示す必要がある。

 

 

「アイメレア殿下、お考え直しください!」

 

真っ先に声を上げたのは諸侯の一人だった。

 

「騒ぎに加わった者全員を処刑など、戦う前から味方を失うことになります! どうかご再考を!」

 

「軍が戦えなくなります!」

 

「どうか、お慈悲を!」

 

しばらく、怒りを見せながら、私は心の中で小さく安堵する。

 

正直なところ、こうした微妙な利害調整にはあまり自信がない。誰をどこまで罰し、誰の顔を立てれば最も角が立たないのか。

 

そんな駆け引きを器用にこなせるほど、政治の経験は積んでいなかった。かといって、いつも暴力と恐怖で支配すれば、だんだんとその効果は薄くなる。

 

だから私は、いつも同じやり方を取る。最初に最悪の結末を示し、そこから譲歩する。そうすれば、誰もが譲歩そのものに感謝し、本来の処分が重かったか軽かったかを考えなくなる。

 

「……今回限りです。」

 

私は静かに告げた。

 

「処刑は当事者二名のみとします。」

 

野営地の空気が一変する。

 

先ほどまで全員処刑を覚悟していた者たちにとって、それは驚くほど寛大な裁定に聞こえた。百人を斬ると言われた後では、二人だけという裁定は恩赦にも等しく映る。

もちろん、結果としては随分と甘い処分になった。

 

だが、最初からこの裁定を下していては駄目だった。人は厳罰を恐れるからこそ軍律に従う。最初から穏便に済ませれば、「この程度なら大丈夫だ」と侮られるだけだ。

だからこそ、一度は最悪の処分を宣告し、全員に自分たちの命が私の裁量一つに掛かっていることを理解させる必要があった。

 

そして、その上で必死に助命を嘆願させる。私が情けを掛けたという形を作ることが重要なのだ。これで軍律は守られる。

 

当事者二人に剣を振るい、脳天から真っ二つに切り裂く。

 

 

そして私は商人へ向き直った。

 

「商人が正当な取引をしている限り、誰であろうと手を出すことは許さない。」

 

商人たちが息を呑む。

 

「逆に、商人が詐欺や契約違反を働いた場合も同じよ。」

 

私は兵士たちを見渡した。

 

「その場で私刑にすることは許しません。必ず軍へ報告し、裁きを仰ぎなさい。然るべき罪があれば、私自ら切り捨てます。」

 

商人は軍の血管だ。

 

彼らが安心して荷を運べなければ、兵糧も武具も届かない。だからこそ、兵士からも、商人からも平等に守られなければならない。

 

最後に私は傭兵たちへ視線を向ける。

 

「そして、今回命を落とした者の名誉は軍が引き受けます。先陣の栄誉を与えそこで挙げた戦功に対する恩賞は通常の倍とします。」

 

仲間を失った怒りは消えない。だが、その怒りは味方へ向くべきではない。敵へ向けるべきものだ。

 

それに、突出する部隊が私には必要だった。

 

 

 





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