虐殺姫は可愛くありたい 作:クロプトケープ
両側に帝国の近衛騎士団を従えて、私は帝都の城門へと進んだ。旗槍が整然と並び、鎧の擦れる金属音が規則正しく続く。列はまるで鋼鉄の壁のように道を縁取っていた。
近衛騎士は皆、磨き上げられた黒鉄の鎧に身を包み、馬は艶のある毛並みを揺らし、装具も徹底的に手入れされている。その姿だけで、国家の威信というものが伝わってくる。
うちの国ではここまでの装備を持った騎士団を作るのは不可能だろう。
質の悪い傭兵隊だったからこそ対抗できていたけど、もし最初からうちの国にこれほどの部隊が送り込まれていたら、私たちはきっと対抗するのは難しかっただろう。
思わず苦笑が漏れそうになったが、顔の筋肉で押さえ込んだ。
今、その感情は見せられない。
沈黙が重苦しく続く中、私は空気を少しでも軟らげようと、軽い調子で口を開いた。
「そういえば皇子殿下って、どんな方たちなのかしら?戦場では遠目にお目にかかっただけで、詳しくは存じ上げないのだけれど。」
本当にただの雑談だった。これから嫁ぐ相手の性格くらい知っておきたい。ただそれだけ。
気づけば、言葉が口をついて出ていた。
「……あれは確か、皇子殿下の初陣だったのかしら。フォキス公爵領を殲滅した報復として、帝国の主力が雪崩れ込んできたときのこと。」
馬が鼻を鳴らし、誰かの鎧が小さくきしんだ。
「大軍を相手に正面でぶつかれば勝てるはずがないから、夜陰に紛れて間道を通って背後に回り込んだのよね。そしたら偶然、殿下たちの率いる部隊に遭遇したの。ラッキーだったわ。」
前列の騎士の肩がぴくりと震えたような気がした。
「小部隊を囮にして偽装退却で誘い込んで、突出したところで包囲を完成。分散していた他の軍を呼び寄せさせてから援軍の到着を待つ。そんな流れだったかしら。」
馬の蹄が一拍だけもつれた。
「砦に籠られたのは厄介だったけど、帝国軍の他の部隊が助けに来ないわけにもいかないでしょう?援軍の進路は限られるし、そこに伏せておけば各個撃破は簡単よね。装備は良かったけど、そういう部隊ほど沼地に追い込んでしまえば動きが鈍くなるものなのよ」
なぜか空気がさらに重く沈む。
「そうやって援軍を全滅させたうえで砦の士気を削るために、いろいろやってみたわ。簡易投石器で死体を投げ込んだり、捕らえた敵兵を砦の前で虐めてみたりね。もうちょっとで落とせるかなと思ったけれど、あの方たちは踏みとどまったわ。なかなか立派だったと思うわ!! ……最終的にはこっちが食料切れで撤退するしかなかったけれど。」
そこまで一気に話したところで、私ははっと口を噤んだ。
「……あれ? 私、いま何を話してたんだっけ?」
聞き上手なヨアヒムと他愛もない戦いについて話しているときの調子で、つい雑談みたいに語ってしまったらしい。
よく考えたら、これ雑談で言っちゃダメなやつよね?と私は馬上で苦笑を噛み殺した。
帝都の城門は流石に歴史ある門だけあって見事な装飾で彩られていた。帝国の象徴たる太陽を模した旗がはためき、年季の入った扉が重々しい金属の軋みを放つ。
とはいえ、これは都市全体を囲う外壁だ。私たちの目的地である宮城がある中心部まではまだそれなりの距離がある。
城門からそこまでを繋ぐのがこの帝都の大通り。そこは本来なら、そこは商人の声と子どもの笑い声で満ちているはずだった。
しかし、そこを今支配しているのは静寂だった。
誰もいない。
店の扉は固く閉ざされ、色とりどりの布が並ぶはずの市も、まるで最初から存在しなかったかのように空っぽだった。通りに面した家々の窓はそのほとんどが閉じられており、まるで怪物を見るようにそれらの窓の隙間から視線がこちらに向いていた。
馬の蹄だけが、石畳に乾いた音を落とす。その響きが、かえって死者の行進のように思えた。
私は目を細めて周囲を見渡した。視線の端に、不自然な影が揺れる。
屋根の上。
瓦がきしむ、小さな音。家の屋根、三棟ほど先。そこで布で顔を覆った数名が、弩を構え、こちらを狙っていた。
……やれやれ。歓迎ムードとは程遠いわね
「ヨアヒム、右上。三、二、散開」
最後の言葉を言い終えるより早く、護衛騎兵が前に出て盾を構え、残りの数人が身体を低くして周囲の警戒に移る。一瞬遅れて帝国の近衛も反応する。
直後、空気を裂く乾いた破裂音
バシュッ!バシュッ!!
鋭い矢が馬車に突き刺さり、その側板がえぐれた。悲鳴が上がる。
さらに護衛の一人が呻き声を漏らし、肩を貫かれて槍を取り落とした。
バシュッ!!
キィイン!!
次の矢は私の正面から飛んでくるが、流石にこんなものが当たるわけもない。槍先で軽くいなして落とす。
私は馬に備え付けていた投槍を一本抜いて持ち替える。純白のドレスにはあまりに不釣り合いな、鈍い鋼の輝き。
馬の上で体勢を整え、屋根の影に向けて腕を引き絞る。
「狙ってきたなら、覚悟はできてるのでしょう?」
そして、投げた。
投槍は一直線に走り、屋根上の狙撃手の弩を弾き砕く。金属音とともに男が体勢を崩し、瓦の上を転がり落ちる。
そこを近衛騎士らが素早く囲み、縄で男を縛り上げる。逃げた男たちを一部の近衛騎士が追っていく。
「連れて来なさい!ヨアヒム、あれは持ってきている?」
「姫様、まだ敵が残っている可能性が、馬車にお戻りを。それから嫁入りに拷問具を持ってくる姫などありません。」
しかし、意外なことに連れてこられた男は恐怖で蒼白になった顔と途切れ途切れの声で唸る。
「フォキスでの……虐殺の恨み……!忘れたとは言わさないぞ」
私はゆっくりと馬を進め、見下ろす位置に移動した。
なるほど、そう来たのね。うーん、これは裏になにかいても分からないかぁ。
「フォキス公爵領での虐殺の恨み、ね。うーん……恨まれちゃってるか。まあ、そうだろうね。」
軽い調子で答えた瞬間、その場の空気が凍りついた。
私は小さく首を傾げ、思案するように続ける。
国境を攻勢発起点にされないためにやった措置だったが、詰めが甘かったらしい。敵地だけあって、詳細な地図もない以上は殺し残しが生まれるのはしょうがない。もっとも、その程度では焦土化の効果を変えられるものでもないことでもある。
馬上で軽く手綱を引き、息を整える。
「あー、主要都市は囲んで殲滅したけど、奥地の農村は甘かったしね。これって、フォキスの住民を全員しっかり殺せなかったから、こうして恨まれる結果になったってことは、……私の落ち度なのかぁ。」
静寂。言葉そのものが、氷柱となって突き刺さったようだった。周囲の騎士たちの喉が一斉に鳴った。
私は顔面を蒼白にしながらもごもご言っている外交官へ、何気ない調子で声をかける。
「いいわ、こうして防げたんだし気にしてないわ。陛下にも先に行って、そのように伝えてもらえる?」
外交官は震える声で「か、かしこまりました……!」と頭を下げた。
私は軽く息をついて、ぽつり。
「帝国では反逆罪は一族ごと皆殺しって聞いたけど……そう考えると、最初から全部やっておいたほうが楽だったわね。……反省しないと。」
と後悔するのだった。
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