虐殺姫は可愛くありたい   作:クロプトケープ

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第三十話

 

しばらくすると、北の丘の向こうに薄く土煙が立ち始めた。

 

来た。

 

私は急いで陣へ戻る。

 

「騎兵は鎧を準備しなさい。それから馬に十分な水を与えなさい。今のうちよ。」

 

命令が飛び、従兵たちが慌ただしく鎧を締め、陣夫たちが馬へ水桶を運ぶ。

やがて一本の狼煙が空へ昇った。

 

ユリウス皇子からの合図。

 

敵がラリサ川を渡り、攻撃を開始したようだった。

 

 

 

「出るわよ」

 

すぐに出撃の準備を完了させ、行軍速度を意識して縦に並んで進ませる。

 

私は丘陵の陰の森を縫うように北へ進む。騎兵が音もなく続き、その後ろをヨアヒム率いる傭兵二千が追う。

 

この瞬間だけは衝撃力が必要だ。だから、敵を見つけ次第、私を先頭に騎兵で突撃する。正直、非常識だし、大将のやることじゃない。それでも騎兵で可能な限り崩さないとこの戦いは一気に苦しくなる。私の頭はそれが最適だと囁いていた。

 

一つ目の丘を越える。

二つ目。

そして三つ目。

 

眼下の平原に、遊牧民の騎兵が広がっていた。

 

広がっているせいで全体の数は分からないが、およそ二千はくだらない。

 

どうやら敵は部隊を分散させて進軍しているらしい。この部隊は南の渡河点を越えたばかり。まだ隊列も整っていない。というか整える気もない。

 

川を渡るときに集合しただけで、ここからまた四方に略奪に走るのだろう。馬を休めている者や、戦利品らしき奴隷を弄っている者さえいるほどだった。

 

 

最高だ。食べごろの獲物を前にして、私の精神は高揚していた。このくらい纏まっているほうが、むしろ好都合だ。

 

私は一度だけ大きく息を吸った。

そして槍を静かに掲げる。日の光を受けた穂先が白く輝いた。

 

全員が私を見る。私は穂先をゆっくり敵軍へ向けた。

 

「……敵は袋の中にいる。これは絶好の機会よ。一騎たりとも逃がさず殺しつくすわよ!」

 

大公国から連れてきた二百の重騎兵を中心に五百騎ほどで一斉に駆け下りる。

 

地鳴り。鉄蹄。白い軍旗が風を裂き、私を先頭に楔の陣形が一直線に敵へ突き刺さる。

背後ではヨアヒムが剣を掲げる。

 

「傭兵ども! 姫様に続けぇ!」

 

二千の傭兵が鬨の声を上げ、土煙を巻き上げながら丘を駆け下りた。

遊牧民がようやくこちらへ気付き、鏑矢が放たれる。

 

しかし、その時にはもう遅い。迎え撃つには距離が近すぎた。

 

彼らが得意とする戦いは、十分な距離を保ち、騎馬で回り込みながら矢を浴びせ続けることだ。距離があってこそ弓騎兵は恐ろしい。しかし今、その距離はなかった。

 

私を先頭にして丘を駆け下りる重騎兵の勢いは凄まじい。遊牧民が慌てて馬首を返し、弓を構える。

矢が雨のように降り注ぐ。

 

乾いた音を立てて鎧へ突き刺さるもの、盾に弾かれるもの、馬の脇を掠めて飛び去るもの。後ろの軽装備の騎兵が数騎が馬から転げ落ちた。

 

それでも突撃の勢いは一切衰えない。

 

「止まるな!」

 

私は馬腹を蹴った。槍を低く構え、敵陣中央へ一直線に駆ける。

構うものか。

 

重騎兵とは、この距離まで辿り着くための兵科だ。この程度で止まるなら存在価値などない。

 

敵はまだ隊形を整え切れていない。馬を並べる暇もなく、前列の騎兵がこちらへ槍を向ける。私は身体を僅かに傾け、その槍を受け流すと、そのまま胸を貫いた。

 

勢いのまま馬体が敵兵を弾き飛ばす。

 

左右では私の騎兵たちが次々と敵へ食い込み、槍が折れれば剣を抜き、馬蹄で蹴散らしながら前進していた。

 

「中央を割る!」

 

私の声が響く。

 

敵を斬り伏せながら距離を縮め、馬を真っ直ぐ走らせる。こういう敵中突破は好きじゃないけど、相手が弓騎兵なら話は別だ。

 

気持ちいいほどに次々と敵を討ち取って進んでいく。

 

目指すのはただ一つ。

 

指揮官だ。

 

戦場を見渡すし、敵兵たちの動きと命令が飛んでいる場所。そして、大体の場所から服装と旗を見れば指揮官はすぐに見つかる。

 

私は腰から投槍を抜く。

 

息を止めて、周囲の敵を任せて集中する。

 

放つ。

 

唸りを上げた槍は一直線に飛び、敵将らしき男の胸を貫いた。男は何が起きたのか理解する暇もなく馬上から転げ落ちる。

 

その瞬間だった。敵中央が揺らぐ。

私は迷わず叫んだ。

 

「敵将はこの私が討ち取った! 中央を押し潰せ!」

 

重騎兵がさらに勢いを増す。

 

楔形の陣が敵中央へ深く食い込み、左右の部隊を完全に分断した。

遊牧民たちはようやく異変に気付く。

 

しかし、既に遅い。混乱した敵に歩兵中心の傭兵が遅れて襲いかかる。

命令系統を喪失した敵は浮足立った。

 

一人が北へ逃げる。それを見た周囲も続く。逃走は瞬く間に全軍へ伝染した。

 

「逃がすな!」

 

私は馬首を北へ向ける。

 

「川に逃げた敵は追わなくていい。このまま北に向かって追撃する。私に続け!」

 

逃げ散った敵を追いかけてさらに北へと向かう。

 

もはや彼らに隊形はない。あるのは、生き延びようとする本能だけだった。

矢を番えながら逃げる者。振り返って一射だけ放つ者。

 

しかし、逃げる者ほど背中を見せる。騎兵にとって、それほど狩りやすい獲物はない。

私は先頭で馬を駆り続けた。

 

敵を殲滅するには、一度崩れた軍へ立ち直る時間を与えてはならない。

追い立てる。休ませない。隊形を作らせない。

 

逃げる敵の背を追いながら、私たちの軍勢はそのまま北へと駆け抜けていった。

 

 

 

いくつかの小部隊を各個撃破したところで、私は追撃を止めさせた。

 

「十分よ。一度休ませなさい。」

 

人馬ともに息が上がっている。後ろから追いかけてくる歩兵を待つ必要がある。

 

重騎兵の突撃は絶大な威力を誇る反面、何度も繰り返せるものではない。馬は汗に濡れ、兵も槍を持つ腕が重くなり始めていた。

 

兵たちは水を飲み、馬の口元へ桶が運ばれる。

 

倒れた敵の馬をどかし、折れた槍を拾い集めていると、斥候が駆け込んできた。

 

「姫様!北に大きな土煙です!」

 

私は立ち上がり、丘の上まで上がってから北方へ目を凝らした。

土煙は先ほどまでとは比べ物にならない。草原を覆うほどの騎馬の群れが、ゆっくりと大きく広がって進んでいるのが見えた。

 

「あれが本隊ね。」

 

敵もまた、こちらの存在を察知したらしい。西ではなく、南に向かって残兵の収容を行っている。そこに先ほど潰走させた遊牧民の残兵が、泣きつくように本隊へ逃げ込んでいく。

 

私は眉をひそめた。

 

「あれは駄目ね。」

 

せっかく各個撃破できるよう散らした敵だ。本隊へ吸収されれば、また一つの軍勢になってしまう。ここで再び一つになられては、この日ここまで積み重ねてきた戦果が水泡に帰す。

 

何か弱点はないものかと私は目の良い一人の騎兵を呼び寄せた。

 

「あの軍旗の周り、よく見える?」

 

騎兵は馬上から目を細める。しばらく観察した後、静かに口を開いた。

 

「中央の白馬です。周囲だけ装備も護衛も一段と豪華です。」

 

「それがおそらくゴスティバル族の王子ね。」

 

この遠征軍を率いる総指揮官。

 

「あれの首を取れば終わるわね」

 

それだけで十分だった。

 

遊牧民の軍は帝国軍よりさらに命令系統が整ってはいない。だからこそ、一人の有力者へ依存する。族長や王族が退けば、それだけで軍全体が動揺する。逆に言えば、兵を千人討ち取るより、王子一人を討つ方が効果は大きい。

 

「全軍、私に続け!」

 

すぐさま支度を完了し、丘を駆ける。

 

再び丘を駆け下りる鉄蹄が大地を揺らした。敵も今度ばかりは迎撃の構えを見せる。ゴスティバル族は左右へ広がりながら矢を放ち、私たちの突撃を止めようとしていた。

 

確かに、不意を突いた敵よりは抵抗してくるが、逆落としの重騎兵を止めるには余りにも心もとない攻撃だ。

 

だが、私は前を見据えたまま槍を構える。

 

有象無象の敵兵など見ていない。

 

私が見るのは、敵軍の中央。その少し右の、密集していない一点だけだった。

護衛の騎兵が行く手を塞ぐ。槍を合わせる。

 

互いの馬がすれ違う一瞬で、敵の胸甲を貫き、そのまま馬体で二人目を弾き飛ばす。左右から斬りかかる敵兵も、後ろの騎兵が押さえ込む。

 

楔形の先端だけが、一直線に敵の中核へ食い込んでいく。

 

「殿下を守れ!」

 

敵軍の叫びが響く。

 

その声を聞いた瞬間、私は勝利を確信した。敵もまた、誰を守るべきか理解している。

つまり、そこが急所だ。

 

「前進しなさい!!敵の首は目の前よ」

 

時間がかかって散開している騎兵が中央に駆けつけてくる前にケリをつけたいところだ。

腰の投槍を引き抜いてすぐさま投げる。

 

距離は十分。放たれた槍は一直線に王子へ向かった。

 

しかし、その直前に護衛の騎兵が馬を滑り込ませる。槍は騎手ではなく、軍馬の胸を深々と貫いた。馬が前脚から崩れ落ち、護衛ごと地面を転がる。

 

あと一歩、惜しくも王子本人には届かなかった。

 

だが、その一投で十分だった。王子は完全にこちらを見た。

 

私と目が合う。その顔から余裕が消え失せる。

 

私は護衛を斬り伏せ、進路を切り開き、ただ王子だけを追い続ける。

 

「止めろ!」

 

「近付けるな!」

 

「なんだこの化け物たちは」

 

ゴスティバル族の兵たちが次々と私の前へ飛び出してくる。私はそれを切り伏せ、馬で跳ね飛ばし、援護を受けて叩き落す。

 

ついに、王子は私の圧に耐えられなくなったのか、一目散に北西へ走り出した。 私は槍を掲げて命令した。

 

「敵の総大将が逃げた!!!残った敵を皆殺しにしなさい!!」

 

 

 

 

 

 





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