虐殺姫は可愛くありたい   作:クロプトケープ

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第三十一話

「右を押し込め、敵を川の方に逃がすな!!二度と奴らを北方に返すな。ここで殲滅しなさい!!!」

 

その姫様の指示に従って、こちらで傭兵たちに細かな指示を飛ばして右翼を前進させる。

 

「敵の大将は逃げたわ!!一気に突き崩しなさい!!」

 

その間にも、姫様は敵の大将めがけて突撃を敢行していた。

 

敵の大将、おそらくはゴスティバル族のディミトリウス王子を目掛けて突っ込んでいく。

獲物を狩るような姫様の気迫に押されたのか、或いは単純に危険を感じたからか、ついに敵の大将が耐え切れなくなって逃げ始める。 姫様の突撃が的の中央を粉砕した瞬間だった。

 

戦場へ出た姫様は、案の定、生き生きとしていた。

 

帝都で窮屈そうに礼儀作法をこなしていた姿とはまるで別人だった。風を切って馬を駆り、敵を見据え、次々と命令を飛ばしていく。やはり姫様は、戦場にいるべき人なのだろう。

 

そう思う一方で、それこそが帝都へ馴染めない理由なのだと考えると、少し複雑な気持ちにもなる。

 

それにしても、敵へ騎兵突撃を仕掛ける姫様というのは、少し珍しい。

 

普段の姫様は、できる限り最前線へ出ようとはしない。一部隊の指揮官ではなく、総指揮官として全軍を見渡し、戦略と戦術の判断に専念する。

 

指揮官に求められるのは、一人の兵士として武勇を競うことではなく、軍全体を勝たせることだと、姫様自身が誰より理解しているからだ。

 

だからこそ、自ら最前線へ立つのは限られた場合だけだった。

 

一つは、一瞬の衝撃力で敵陣を打ち破らなければならない時。もう一つは、新しく編成した軍を率いる時だ。

 

今回、その両方の条件が揃っていた。

 

帝国軍へ自らの武勇を示し、将兵の信頼を得ること。そして、遊牧民相手に決定的な突破口を作ること。

 

どちらを優先したのかと問われれば、おそらく後者だろう。遊牧民との戦いは、歩兵だけでは決着がつかない。

 

軽騎兵は崩れそうになれば距離を取り、再び矢を射掛けてくる。だからこそ、どこかで一撃を与え、敵軍そのものを崩壊させる必要がある。

 

その役目を担えるのは騎兵しかいない。

 

そして、その騎兵の突撃力を最も高められるのもまた、姫様だった。

 

姫様が先頭へ立った瞬間、兵たちの目の色が変わる。ただそれだけで、馬はさらに速く走り、槍はさらに深く突き出される。飢えたオオカミの一群になって、襲い掛かる。

 

士気という言葉では足りない。兵たちは自分の限界を忘れたように戦い始める。なにより、皆の先頭に立った時の姫様から放たれるプレッシャーは言葉では言い表せない。

 

そんな集団が相手が鬼気迫る勢いで一直線に敵将だけを狙ってくる。敵が恐慌に陥るのも当然だった。

 

もっとも、これは今回のような戦いだからこそ選べる戦法でもある。

 

遊牧民相手の騎兵戦では、一瞬の突破力がそのまま勝敗になる。

 

一方で、大軍同士の歩兵会戦となれば話は別だ。

予備兵の投入、兵站、戦線の維持、側面への対応。正面からの騎兵の突撃はよほどの隙が無いと難しい。突出した一部隊の働きよりも全体の統制がより重要になり、総指揮官としての判断こそが勝敗を左右する。

 

その時の姫様は決して前へ出ない。後方から戦場全体を見渡し、必要な命令だけを下し続ける。本人も、それが指揮官のあるべき姿だと考えている。

 

……それでも。

 

敵将を見つけた瞬間、目を輝かせながら馬腹を蹴る姫様を見ると、思わず苦笑してしまう。

 

理性では総指揮官であろうとしている。しかし本能では、誰よりも先頭で敵を叩き潰したいのだろう。それが私の敬愛する姫様だ。

 

 

 

 

 

傭兵を率いて前進していくと、戦況は徐々に会戦から殲滅戦へと変わりつつあった。

 

その原因は明白だった。

 

姫様が敵中央へ一直線に突撃し、司令部機能そのものを破壊してしまったのである。

敵将を守ろうと護衛が集まり、そこへ姫様がさらに食い込む。司令部は命令を出すどころか、自ら戦う羽目になった。

 

そして、ついにはゴスティバル族の王子が戦場から離脱した。

 

それも退路である東ではない。北西。すなわち、ユリウス皇子率いる本隊が陣を敷いている方向へと追い立てられたのである。

 

総大将が逃げる。

 

その事実だけでゴスティバル族の軍は一つの軍ではなくなった。

 

部族ごとに逃げる者。王子を追う者。なお戦おうとする者。

 

それぞれが勝手な方向へ馬首を向け始め、平原には無数の小集団が生まれる。馬と馬がぶつかり合い、味方同士で進路を塞ぎ、弓騎兵最大の武器である機動力を自ら失っていく。

 

そうなれば、軽騎兵は決して無敵ではない。

 

密集して動きを失ったところへ歩兵を差し向ければ、一隊ずつ着実に討ち取ることができる。敵はまだこちらより多く、万全ならあちらに利がある。

 

しかし、それは軍としてまとまっている場合の話だ。

 

百人、五十人、時には十数人という集団へ分断されれば、地理に明るいこちらが各個撃破していくだけになる。

 

だからこそ姫様は、残敵の掃討を私へ任せた。

 

「後はお願い。」

 

そう言い残すと、自らはわずか二百騎ほどを率い、なおも王子を追って北へ駆けていった。

 

 

 

 

 

その後、三日にわたって掃討戦が続いた。逃げ惑う遊牧民を各地で討ち、散らばった馬を確保し、残兵を狩る。そうして各部隊からの報告を突き合わせるうちに、この戦いの全体像がようやく見えてきた。

 

まず、ユリウス皇子の本隊が接触したのは、敗走してきた傭兵と、それを追撃していた敵先鋒数百騎だった。

 

敵勢は少なかったが、ユリウス皇子は予定どおり狼煙を上げた。

 

その時点では敵本隊はまだラリサ川を渡河中であり、半数以上が川の向こう側に残っていた。

 

そして、本隊が渡河を終えた直後。

 

姫様率いる別動隊が丘陵を越え、南から敵中央へ突撃した。その一撃で敵司令部は崩壊。以後、戦いは会戦ではなく掃討戦へ変わった。

 

唯一まとまった抵抗を続けているのは、敵将ディミトリウス王子が率いる一隊だけである。

 

彼らは北方の山中へ逃げ込み、ラリサ北方の小砦へ立て籠もっていた。もっとも、それも姫様自ら本隊を率いて監視している。

 

現時点では、ほぼ完全な勝利と言って差し支えない。

 

……問題は、その先だった。

 

この敗報を聞いたゴスティバル族の王がどう動くのか。

怒りに任せて南下してくるのか。それとも遠征そのものを諦めて草原へ帰るのか。本当の勝負は、まだ終わっていなかった。

 





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