虐殺姫は可愛くありたい   作:クロプトケープ

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第三十二話

先遣隊として囮役を務め、生き残った傭兵たちへ約束していた手付金を支払い終えた私は、ようやく自分の天幕へ戻った。

 

戦いの熱気も、兵たちの歓声も、外へ置いてくる。

 

机の上には各部隊から届けられた戦果報告と損害報告が山のように積まれていた。

一枚ずつ目を通し、数字を整理していく。

 

そして、小さく息を吐いた。

 

「思ったより損害が出たわね……」

 

最初の突撃で敵軍そのものはほぼ粉砕していた。さらに退路まで断ち、軍としての形を失わせることにも成功した。

 

本来なら、あとは掃討戦になるはずだった。

 

しかし、その掃討戦が思いのほか兵を食った。

徹底的に討ち取るよう命じたことも一因だろう。逃げる軽騎兵を追えば、当然こちらも散開する連中が出る。各地で制御できない小規模な戦闘が繰り返され、そのたびに矢が飛ぶ。

 

特に諸侯軍の兵は装備にばらつきが大きく、貧弱な鎧しか持たない者も少なくなかった。彼らは遊牧民の弓に弱く、小競り合いだけでも予想以上の損害を積み重ねてしまった。

やはり寄せ集めの軍だ。精鋭だけで構成された軍なら、もう少し損害を抑えられたかもしれない。

 

もっとも、戦果そのものに不満はない。

 

マグネシア領の大半から敵は駆逐した。

 

確認できただけでも四千近い敵兵を討ち取り、谷や森へ逃げ込んだ末に力尽きた者まで含めれば、おそらく七千前後には達しているだろう。対してこちらの損害は二千程度であり、死者は多くはない。

 

テンペ平原から要塞までに展開していた部隊は多少取り逃がしたものの、ラリサ川を渡ってきた敵は、その大半を始末できたはずだ。

 

残党は目の前の小砦へ立て籠もっている。力攻めなら攻め落とすことは難しくない。

だが、今はその必要がなかった。

 

あれは餌だ。

 

ゴスティバル族の王にとって、王子を見捨てるという選択肢は取りにくいだろう。権威にもかかわるし、息子を見捨てるというのも難しいものだ。

 

砦を残しておけば、必ず救援へ向かわざるを得ない。

 

その時こそ、本当の決戦になる。

 

私は各地へ早馬を放った。

 

帝都へ。北方諸侯へ。そして近隣の諸都市へ。

 

勝報は、一日でも早く広めるべきだ。戦争は剣だけでなく、噂でも勝敗が決まる。同時に、到着の遅れている北方諸侯には、ラリサへ急行するよう命じた。

 

勝者の陣営へ兵は集まり、敗者の陣営から兵は離れる。この流れを加速させる。

 

 

それと同時に、私はラリサの東門近くに討ち取った首を使って大きな戦勝碑を作り上げた。首を積み上げて塔にしたのだ。

 

これは単なる見せしめではない。

 

誰の目にも分かる戦勝の証であり、味方には勝利を、敵には絶望を刻み込むための戦勝碑だった。

 

私は戦勝碑の築造にも自ら立ち会い、一つ一つ確認した。時には兵と一緒に土を運び、首の並びまで指示する。

 

勝利とは敵を倒した瞬間に終わるものではない。その勝利をどれだけ多くの人間に「揺るぎない事実」として認識させるかで、その後の戦局は大きく変わる。

 

こうした積み重ねはすぐには成果が見えない。だからこそ、多くの将は面倒がって部下へ任せきりにしてしまう。けれど、私はそういう仕事ほど疎かにしてはいけないと思っている。だからこそ、最初は折角なので現場指揮はユリウス皇子との共同でやろうと誘ったのだが、残念ながら体調が優れないとのことだった。

 

でも、こうして指揮官自らが率先して取り組めば、兵たちは「姫は細かなことまで目を配る」と知る。敵は「ここまで徹底する相手なのか」と恐れる。

 

派手な勝利は一日の士気を高める。だが、こうした地道な積み重ねこそが、一月、一年という長い戦争で味方を強くし、敵を弱くしていくのだ。

 

勝利は戦場だけで終わるものではない。勝った後に何を残すかもまた、戦いなのだ。

 

一方で、目的以外の死体は放置しない。放置すれば疫病の温床となり、川へ流せば水を汚すからだ。討ち取った敵兵は集めて焼却し、その前に戦果確認のため小指だけを切り取らせた。その小指は樽へ詰め、砦へ送り届ける。

 

「返しておくわ。」

 

ただ、それだけを伝えて。

 

砦に籠もるゴスティバル族は、自分たちが救援を待つ間にも、仲間が一人また一人と確実に死んでいったことを思い知るだろう。

 

もちろん、意味なく死体を弄んだり甚振ったりすることは禁止している。ストレス発散程度なら構わないが、その場合でも片付けをするように命じておいた。

 

ただ、意外なことにそういう行いをする兵はごく少数だったけど…………

 

 

 

 

そして、生かしておく必要のない敵の捕虜を、私は敵の砦の前でゆっくりと処刑した。

 

時間がなかったため、簡易的な処刑具だが、受刑者へ屈辱とちょっとした苦痛を与えることを目的としたものだ。

 

一本の縄を滑車に通し、一方を受刑者の首へ、もう一方へ空の桶を取り付ける。あとは桶へ少しずつ液体を注ぐだけでいい。

 

液体が溜まるにつれて桶は重くなり、その重みがゆっくりと受刑者の首を締め上げていく。暴れれば暴れるほど縄は食い込み、最期には自らの体重と桶の重さによって息の根を止められる。

 

即座に死ぬことは許されない。

 

苦しみながら、仲間へ助けを求め続けるための処刑だった。私はその桶の前へ、一枚の立て札を立てさせ、桶を便所として使わせた。

 

敵兵は首を吊られたまま、桶へ溜まっていく糞尿の重みでゆっくりと首を締め上げられる。どちらかと言えば、死そのものよりも屈辱を与えるための処刑だった。

 

もっとも、この光景を見せたい相手は、砦へ籠る残党ではない。

 

本当に見せたい相手は、こちらの兵たちだった。

 

次にここへ来るのは…いや、私がここへ引きずり出すのは、ゴスティバル族の本隊である。

 

彼ら北方の遊牧民は、長年にわたって帝国を脅かし続けてきた強敵だ。だからこそ、多くの兵は心のどこかで「本当に勝てるのか」という不安を抱えている。その不安を戦場へ持ち込ませてはいけない。兵は理屈ではなく、目に映る光景で勝敗を判断する。

 

敵が怯え、逃げ、屈辱に耐えながら死んでいく姿を見れば、「勝てる」という確信は自然と生まれる。そう、兵たちには勝って当たり前と思ってもらえばいい、負けた時を考えるのは指揮官の仕事だ。

 

だから私は、敵を徹底的に辱める。ゴスティバル族は歴戦の勇士ではなく、目の前で仲間が処刑されても助けに出ることすらできない。恐怖に怯えて砦へ隠れるだけの敗残兵として味方の目に映る。

 

特に、自分の力で敵兵を苦しめるというのはいい経験だ。戦場で実際戦って敵を討ち取ったのは一部の兵で、出番がなかったものも多い。参加するまでもなく、戦いが終わっていたというのは、いろいろ実感がわきにくい。

 

こちらが優位に立っているという事実を、言葉ではなく光景として兵たちの脳裏へ焼き付けるために。

 

今回の会戦での勝利は敵を討ち取った瞬間に終わるものではない。

兵士一人ひとりの心から「敵は恐ろしい」という幻想を消し去って、初めて本当の勝利になるのだから。

 

 

 

 

戦いから三日して、ようやく北方に派遣していた軽騎兵からの勝報が入った。

 

「うーん、なかなかそう上手くは行かないものね」

 

遊牧民というのは、後方に家族と家畜を伴って遠征を行う。戦士だけで戦うのではなく、女子供や老人まで含めた一つの共同体ごと移動するのが彼らの戦い方だ。今回の場合、その宿営地はマグネシア領北部に置かれているはずだった。

 

そこを狙った軽騎兵の奇襲だったが、思ったより敵の対応は早く、多くは北方へ逃がしてしまったらしい。

 

それでも船へ積み切れないほどの戦利品と、およそ千五百人の捕虜、そして大量の家畜を確保していた。

 

私は捕虜よりも敵の戦力を削ぐことを優先し、可能な限り討ち取るよう命じていた。だが、その意図は十分には伝わっていなかったようだ。

 

討ち取られたのは、主に逃げ遅れた老人や負傷者で五百人にも満たない。数字だけ見れば、一つの宿営地を押さえた以上の成果ではなかった。

 

……もっとも、その評価は追加の報告によって一変する。

 

捕虜の中に、ゴスティバル族王子の妻と子供たちが含まれていたのである。

 

どうやら案内役を務めたマグネシア領の騎兵が遊牧民の風習に詳しく、最も大きな天幕と旗印を見て王族の宿営地だと見抜いたらしい。戦利品よりも身柄の確保を優先した結果、思わぬ大物を捕らえていたのだった。

 

 

 






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