虐殺姫は可愛くありたい   作:クロプトケープ

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第三十三話

私は来るべき戦いに向けて、休む間もなく準備を進めていた。

 

まずは勝利の美酒を確かめさせるように、王子の妻子のような使い道のあるものを除いて各部隊へ捕虜の女たちを分配した。

 

兵士の性欲は瞬間的には抑え込むことが可能だ。しかし、長期になればなるほど、それは食事や水以上に重要になってくる。

 

なにしろ、女の供給というのは食料や水よりはるかに難しい。近くに都市があるとはいえ、大軍が集まれば、供給が需要にまったく追いつかない。そうなれば、どんなに恐怖で抑え込んでも、その辺の集落の女を襲いだす兵士が必ず出てしまう。

 

そこをしっかり管理するというのは、食料の供給と同様に指揮官の義務だ。特に征服した相手を組み敷くというのは、次の戦いへのモチベーションを高める効果が大きい。

 

捕虜の中でもそれなりの貴人の妻子は諸侯や将軍たちに回して彼らの名誉と自尊心を満たしてもらう。こちらは指揮権を預けてくれたことへの見返りに近い。私の権限で処理できるうえに、領土や物資よりも渡しやすく価値もそれなりにある。

 

まあ、そういう目的で使いにくい連中……幼すぎたり年を取っていたり、病気持ちだったり、需要のない男とか……については串刺しにして道標代わりに並べる予定だ。ただ、あんまり串刺しに慣れていない兵士が多いので、普通に磔でもいいとしている。串刺しは意外と技術と慣れが要求される。

 

 

なお、ゴスティバル族王子、ディミトリウスだったかな、の妻子だけはユリウス皇子へ渡していない。

 

理由はいろいろある。いろんな意味で利用価値があるというのもそうだ。

 

……うん、それも本当だ。でも、一番大きな理由は別にある。

 

私だって年頃の女の子。そしてユリウス皇子は私の婚約者候補の皇子様なのだ。蛮族の姫なんかに先を越されるのは、どうにも抵抗がある。

 

もちろん、正式に婚姻を結ぶ前に経験があることくらい珍しくも何ともない。王侯貴族ならなおさらだ。

 

……だけど。

 

もしゴスティバル族を滅ぼしたあと、その地を統治する正統性を得るため、王子の娘をユリウス皇子の妻として迎えることになったら。あるいは講和の条件として、私が帝国へ嫁いだ時のように、正式な婚姻が結ばれることになったら。いや、私はまだ結んでいないんだけど……

 

 

そう考えると、なんだか少しだけ嫌だった。せめて戦場での私を見て、一言くらい褒めてくれれば考えなくもない。

 

これでも私は、大公国ではカッコよさと美しさに定評があって、戦場の紅薔薇とか、死の女神だとかそれなりにいい感じの異名があったのだ。虐殺公女?……知りません。

 

そういうわけで、王子の妻三人は髪を切り落とし、鼻を削いで帝都へ送ることにした。王族としての威厳を失わせ、帝国中へ蛮族への勝利を知らしめるためだ。

 

王子の子供については、その場で撲殺する。子供の殺害は嫌がる兵士も多いので、私自らやることにした。各部族から選ばせた捕虜たちに一部始終を見届けさせ、死体をゴスティバル族の王とその従属部族長たちにそれぞれ送り届けさせた。要するに挑戦状といったところだった。

 

それを見ていた味方の間では、なぜか私が悪魔だという噂まで立っていたらしい。

 

心外だ。

 

これでも子供相手ということで、外にあんまり血が出なくて、殴る場所を選べば顔の確認がしやすいという目的から逆算して手段を選んだつもりだ。絞めても良かったけど、単に手元にちょうどいい縄がなかったというのが大きい。

 

子供の方を殺したのも、数が多くてかつ捕虜に持って帰らせるときに小さい方がいいという程度だ。別に意味もなく拷問したわけでもないのに、悪魔は大げさだと思う。

 

やっぱり女子供は苦手だ。男を拷問して泣き叫んでも、そいつが情けないような気がしてくる。一方で、ちょっと女や子供を斬ったら甲高い声で大泣きするし、なんか私が悪いような雰囲気になる。今も、子供の母親だろう妻三人がギャアギャア騒いでいる。

 

女子供が今は無力だといっても、何しろ私という前例があるので、生きての使い道がないなら殺せるうちに殺しておいた方がいいのは間違いない。なにしろ、私と同じくらいの年齢の娘もいた……その辺の諸侯ならともかく皇子の寝首を搔かれてはたまらない。

 

「すくなくとも、私なら二人になった瞬間に締め堕として逃げるわね……」

 

そうつぶやくと、ヨアヒムから声を掛けられる。

 

「姫様、珍しく思索に耽っておられるんですか?」

 

「少し判断を誤ったと思っただけよ。 あの三人は予想以上に騒がしかったわ。鼻ではなく舌を焼いておけば、移送も楽だったでしょうね。」

 

ヨアヒムは黙ったまま私を見る。

 

「それより、早く帝都へ送ってほしいわ。あれ以上ここへ置いておく理由もないもの。あれがあると私について変な噂が広まるみたいで……」

 

「……姫様。子供を目の前で失えばそうなるのも当然ですよ。」

 

「分かってるわよ。先見の明がなくて悪かったわね。あんなのにいつまでも構っていられないわ。次よ次!」

 

そういう外交も進めながら私は地盤固めも進めていた。

 

勝ったとはいえ、それは次の勝利を約束するわけではない。私は一個ずつ指示を出して、勝利の果実を次の勝利のために使っていく。

 

帝都へ早馬を送り、周辺から革鎧と盾を可能な限りかき集めさせた。

 

今回の掃討戦で、諸侯兵の装備の貧弱さは明らかになっている。矢に弱い兵をそのまま前へ出せば、また無駄に損害が増える。鉄鎧でなくとも、せめて革鎧があれば生存率は大きく変わる。

 

同時に、兵の再訓練も始めさせた。

 

特に諸侯兵には、遊牧民の矢を浴びながら隊列を崩さない訓練を徹底させる。盾を重ねる位置、柵の後ろで待つ姿勢、号令を聞いてから動く癖。地味だが、こういうものが生死を分ける。

 

さらに、遅れて到着する北方諸侯軍を受け入れるため、ラリサ周辺に新たな野営地を設けた。井戸を確保し、糧秣を積み上げ、馬の飼葉を分け、傭兵たちには追加の契約金を示して兵を集めさせる。

 

兵が増えれば、それだけ食う。

 

だから勝利の熱が冷めないうちに物資を運び込み、倉を満たしておかなければならない。

そして最後に、ラリサ川上流へ土木技術者を派遣した。

 

手の空いた兵と人夫を動員し、既存の堰を補強・拡張させる。石を積み、土嚢を並べ、流木を沈めて水をせき止める。

 

一見すると退屈な土木工事も、決戦の日には数千の兵にも勝る力を発揮する。戦場は敵を待つ場所ではない。勝てるように作り変えるものなのだから。

 

準備を万全にした場所、そこに飛び込んでくれるかが最後の問題だ。

 

 

 

 

そうやって忙しく働き続けていた私のもとへ、お父様から一通の手紙が届いた。

 

封を切って読み進める。

 

どうやら私が帝都を出発した頃の情報をもとに書かれたものらしい。

その内容は、私の出陣そのものを諫めるものだったが、それだけではなかった。

 

『帝国内で、あまり大きな権力を持ちすぎるな。』

 

その一文が、最初に目へ飛び込んできた。

 

「負けるとは思われていないようですね。」

 

ヨアヒムが苦笑する。

 

確かに、お父様は一言も「勝てるのか」とは書いていない。心配しているのはその後だった。戦いに勝ち、名声を得て、帝国内で私の存在が大きくなりすぎること。

 

それが皇帝陛下との関係を悪くし、大公国そのものを危うくすることを案じているのだ。

さらに読み進める。

 

『戦争だけではなく、外交も学びなさい。武力と恐怖だけに頼れば、人は従う。しかし、それだけで築いた秩序は、必ずどこかで反動を生む。』

 

『武力で勝てる相手にも、武力を背景にして言葉で紛争が解決できるなら、その方が遥かに安い。少なくとも予防といって領土を接している敵全てを滅ぼすよりは』

 

私は手紙を畳み、小さくため息をついた。

 

「耳が痛いわね……。」

 

「珍しいですね。姫様が素直に認めるなんて。」

 

「認めるしかないでしょう。」

 

戦争は得意だ。

兵站も、戦術指揮も、軍の統率も、それなりに自信はある。

 

だけど、外交となると話は別だった。敵を説得するより、包囲した方が早い。そんな考え方が、いつの間にか当たり前になってしまっている。敵の考えていることなど分からない。そして、殺してしまえば分からなくても問題はない。頭の片隅がそう考えている。

 

「……帰ったら、少し勉強しようかしら。」

 

そう呟いた私を見て、ヨアヒムはどこか安心したように笑っていた。

続きを読むと、長々と戦争を楽しむなといったことが書いてある。

 

「やっぱり、大公様にも疑われていますね。」

 

「疑われるって何よ。」

 

「いえ、姫様が戦争狂じゃないかって。」

 

「失礼ね」

 

 

私は思わず頬を膨らませた。お父様までそんなことを考えていたなんて、少し傷付く。

 

……まあ、今さら弁解しても仕方がない。

 

そうだ。王の首は皇帝陛下へ献上する約束になっている。ならば、その前に討ち取るであろう王子の首は、お父様へ送ればいい。

 

立派な戦果を見れば、少しは安心してくれるだろう。このために戦争をしていたのだと。

まずは敵の先鋒を打ち破ったことなんかを手紙にしたためる。

 

「そうだわ。」

 

私は手紙へ新しく一文を書き加える。

 

「レオンもいい年ですし、初陣として参加させてみるのはいかがでしょうか。もし、敵本隊を打ち破ったならば、その後の制圧戦だけでも、得るものは大きいと思います。」

 

そう、私には二つ年下の弟、レオンがいる。大公の跡継ぎでありながら、これまで実戦を経験したことはない。

 

お父様が大事に育てていることもあるし、本人もあまり戦場を好む性格ではなかった。

私は何度か従軍を勧めたことがある。もちろん、いきなり最前線へ放り込むつもりはない。

 

でも、大勢が決した後の制圧戦なら、比較的安全に戦場を経験できる。

 

勝利した軍がどう動くのか。敗軍をどう追撃するのか。補給や宿営はどう維持されるのか。そういう実戦でしか学べないことは、机の上では決して身につかない。

 

将来、大公として軍を率いるなら、一度くらいは自分の目で見ておくべきだと思う。

……まあ、今まで断られ続けているのだけど。

 

お父様も過保護だし、レオンも「姉上のようにはなれません」なんて言って逃げるし。

あの子はもう少し野心を持ってもいいと思うのだけれど。

 

 

 





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