虐殺姫は可愛くありたい   作:クロプトケープ

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第三十四話

ゴスティバル族の王、ベリサデスは激怒していた。

 

長年育て上げ、いずれ自らの後を継ぐと信じていた嫡男ディミトリウス。

そのディミトリウスが率いた先遣隊が、帝国軍を深追いした末に壊滅したという報が届いたのである。

それだけではない。

生き残った王子は北方の小砦へ追い詰められ、帝国軍に包囲されて孤立しているという。

最悪の報せだった。

 

遊牧民の軍は正面決戦を避けようと思えば避けることが可能だ。そして、略奪後に逃げるというのも不名誉だとはされていない。

だからこそ、ベリサデスは帝国が援軍を送ってきたことを指して気に留めていなかった。

 

もとより、後継者たるディミトリウスが各部族からなる連合軍を率いて敵から略奪するという形を作ることが目的だった。それが、会戦に及んで惨敗、それも勝敗が微妙な程度なら問題ないが、文字通り全滅に近い大敗北だ。

多少劣勢で引き上げることは王家の威信は揺るがないが、ここまでの大敗北で配下部族の兵を多く失ったとあれば、そのままにしていれば内部から瓦解してしまう。

 

ベリサデスの脳内で一瞬でそのような思考が回る。

 

 

幸いなことにベリサデスは各部族の族長を集め、帝国侵攻の最終的な方針を定める最中であり、今すぐ他の部族が離反することは考えにくい。分散する前に失点を取り戻せば何の問題もない。

 

「皇帝は帝都から動いていないはず。まともな統率力の有る指揮官などどっから湧いてきた……」

 

近年の帝国は南での戦いで軍を失い、北方諸侯の結束も弱くなっていた。

だからこそ、ディミトリウスから送られてきた帝国の地形や、今の守備体制、補給路についての報告をもとに、どこまで南下するかを議論していた矢先だったのだ。

 

軍議は一瞬にして善後策の会議へ変わる。

積極策か、消極策か。山道から小部隊で救出に向かうのか、本隊でマグネシアの港を占領して交換条件で取り戻すのか、各部族の長が口々に意見を述べていく。幸いにして、ここで引き下がるという意見は少数派ではあった。

 

数日かけて、大攻勢に意見が傾いていく、その時だった。

 

「帝国軍より使者として捕虜が帰ってきただと?」

 

天幕の外からの声にベリサデスは聞き返す。

 

族長らを引き連れて外に出ると、現れたのは数人の男たちだった。

彼らはゴスティバル族の衣服を身につけており、確かに先遣隊で捕虜となった各部族の戦士たちだった。

 

しかし、その後ろには荷車が続いている。荷台には粗末な布が掛けられていた。

 

使者となった戦士たちは何も言わず、その布を取り払った。

 

中から現れたのは、小さな亡骸だった。それも、首から下のいたるところに痣や打痕があり、どのような目にあったのかは明らかだった。

 

一つ。

二つ。

三つ。

 

ベリサデスは息を呑む。

それが誰なのか、一目で分かった。顔だけは比較的きれいなままだったからだ。

 

それは王子ディミトリウスの子供たち。すなわち、自らの孫であった。

 

一瞬、その場から音が消えた。次の瞬間、ベリサデスは怒りに任せ、側の樽を拳で叩き割る。

 

怒声が天幕を震わせた。

使者は震える手で封蝋の施された手紙を差し出す。ベリサデスは奪い取るように封を破り、内容へ目を通した。

 

 

ゴスティバル族の王、ベリサデスへ。

お前の自慢の軍勢は、帝国の勇士によってことごとく討ち砕かれた。

その将たるディミトリウスもまた、我が軍の包囲下にある。

なおも帝国へ兵を進めるというのなら、お前も、その部族も、送りつけたお前の孫と同じ末路を辿ることになるだろう。

これまで帝国へ与えた損害の賠償として、奴隷一万人、馬三万頭を差し出せ。あわせて、今後は毎年の貢納を命ずる。

従うならば和平を認める。拒むならば、お前たちの部族そのものを滅ぼす。

 

 

その下にさらに馬鹿にしたような言葉が連ねられているが、もはやベリサデスは読む気はなかった。手紙を握るベリサデスの手が震える。怒りだった。

ここまで露骨な侮辱を受けたのは、生涯で初めてだった。その場には重苦しい沈黙が落ちる。族長たちも誰一人として口を開かない。

 

和平条件などではない。

これは、北方の王に対する挑戦状だった。

 

ベリサデスは周囲の部族を武力と威信で従え、ゴスティバル族を北方最大の勢力へと育て上げた王である。初老に差しかかってなお、その覇気は衰えていない。

 

幾度となく帝国軍と刃を交え、そのたびに帝国は城壁へ逃げ込み、あるいは講和を求めてきた。南方の人間は農地に縛られている。

 

こちらが馬で荒らし回れば、畑は焼かれ、村は奪われ、彼らは飢える。だからこそ、帝国はいつも守る側だった。

 

要求した貢納も、帝国は最終的には支払ってきた。

 

それが当然だった。それが北方と南方の力関係だった。

 

今度の帝国軍は違う。こちらへ貢納を要求し、王族を辱め、王に命令までしてきた。一度勝った程度で、自分たちが勝者になったつもりでいる。

 

このまま引き下がれば、ベリサデスの権威にも傷がつく。

 

ベリサデスは手紙を握り潰した。

 

帝国は勘違いをしている。

遊牧民の軍は、一つの先遣隊が滅んだから終わるような軍ではない。

 

北方にはまだ数万の騎馬兵がいる。

そのすべてを率いて南へ下れば、この侮辱がどれほど愚かなものだったか、帝国の連中も嫌というほど思い知ることになる。

 

そして、族長たちもまた黙ってはいられなかった。王族が辱められた。それ以上に、北方の戦士そのものが侮辱されたのである。

 

「王よ!帝国は、我らを羊とでも思っているのでしょう。ならば、その思い上がりを血で償わせましょう!」

 

別の族長も拳を掲げる。

 

「王子を救い出し、敵の首を草原へ晒しましょう!」

 

怒号が次々と上がる。

 

先ほどまで敗戦の報に沈んでいた天幕は、いつしか復讐の熱気に包まれていた。

ベリサデスは静かに立ち上がる。その目から、怒りは消えていた。残っているのは、敵を滅ぼすという確固たる決意だけだった。

 

「全軍を集結させよ。」

 

短い一言だった。しかし、その命令一つで、北方全土が動き始めた。

 

 

 

 

 

--------------------------------

 

 

 

 

 

 

北方遠征、マグネシア領へ侵攻した蛮族との初戦は、大勝利に終わった。

 

もっとも、その勝利をもたらしたのは私ではない。

 

敵軍は大きく二つに分かれて進軍していたらしい。

 

その一方へ、アイメレア姫が自ら率いる騎兵が突撃し、敵の中核を粉砕した。もう片方についても、やはり突撃して総大将を追い回し、軍を四分五裂にしたという。

 

一方、私の前へ現れたのは、その別働隊に過ぎなかった。私が率いていた軍は、姫が築いた陣地を守るよう命じられ、そのとおり防御に徹していただけである。

 

やがて、姫に追い立てられた敵兵がこちらへ雪崩れ込んできた。陣地から矢を浴びせると、彼らはろくに隊形も整えられず、一目散に北へ逃げ去っていった。

 

戦いというより、逃げ惑う敵を追い払っただけだった。

 

それでも結果だけを見れば圧勝だった。

 

敵遠征軍は四分五裂となり、ラリサの街からラリサ川までの平原は、蛮族の死体で埋め尽くされていた。

 

敵の王子ディミトリウスは北方の小砦へ追い詰められ、今もアイメレア姫の軍に包囲されている。

 

さらに姫は敵の退路を断つよう別働隊を送り、宿営地まで襲撃させた。

そこから奪った馬、羊、毛皮、宝石、そして捕虜になった女子供。

 

その全てが諸侯や兵士へ惜しみなく分配される。実質アイメレア姫の率いる部隊だけで勝ったようなものなのに、決して自分たちだけで独占しようとはしなかった。

 

兵たちは戦利品を手に笑い、酒を飲み、勝利を語る。どこの焚き火へ行っても聞こえてくるのは、アイメレア姫の武勇だった。

 

敵将を追い回した話。丘を駆け下りた突撃の話。一人で王子へ迫った話。

日を追うごとに尾ひれが付き、まるで英雄譚のようになっていく。アイメレア姫への賛辞や逸話が聞こえてこない日はないほどだ。

 

勝ち戦とは、これほどまでに人の心を変えるものなのか。

 

そう感心する一方で、私は時折、砦へ追い詰められたディミトリウスへ自分を重ねてしまう。

そう、フォキス公爵領であっという間に帝国側の軍が崩壊していき、砦に押し込められたあの戦いだ。

 

 

 

そして、あの時と同様、捕虜には過酷な運命が待っていた。砦の前での見せつけるような屈辱的な処刑、兵士たちの慰み者にされる女性たち……。それは分からなくはない。戦いとはそういうものだ。私とて、戦いを綺麗なものだなどと考えたことはない。

 

「それでも、あんな……あんなことができるのか」

 

母親の懇願する声の前で子供を……。鎧の調達についての冷静な計算を行いながら、無抵抗の少女を踏みつけ、泣き叫ぶ幼児を叩きつける。

 

思い出すだけで体の毛が全て逆立つような悍ましさだ。帝国でも反乱を起こした諸侯の妻子が処刑されたりするが、ここまで吐き気を催すようなものではない。処刑するにしてもそれなりの手順があり、処刑人とて戸惑うのだ。

 

平気な顔をしながら、串刺しのコツを取得させようと、三歳の幼女を使って何度もそれを実演するのか。老婆を磔にしながら、どうして兵の練度について悩めるのか。拷問具のアイディアを羊皮紙にまとめながら、人体を切り刻めるのか。

 

それに、思い出してしまう。

幼い頃から支えてくれた側近、ともに鍛錬した騎士、焚火を囲んだ兵たち。砦の前で、彼らがあの姫に処刑されて断末魔を叫びながら生き絶えて行ったことを。

 

頭では自分勝手だとは思っている。それでも、あの日の光景だけは、なんども頭をめぐりどうしても心から消えてくれない。

 

アイメレア姫が指示を出すのを見ながら、私は何もできずにいた。

 

 

 

 

 

 

 





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