虐殺姫は可愛くありたい   作:クロプトケープ

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第三十五話

来るべき決戦に向け、私はさらに準備を進めていた。

 

まずは軍を休ませる。疲弊した軍では勝てない。

 

補給拠点ごとの食料や物資を確認し、輸送計画を実施。結果として積み上げられた食料を兵士の胃に流し込む。

 

「これだけの軍が留まって、それを維持できるというのは素晴らしいことだわ!」

 

十分な食事と休養を与え、負傷者を治療して、復帰できるものは復帰させる。

 

そして、兵士たちには戦利品を分配する。そう、きっちり兵士に行き渡るようにと厳命したのだ。諸侯や傭兵団長らに反発を受けるかと思ったものの、案外すんなり通る。

 

そして、もちろん名誉にも配慮する必要がある。特に私とともに敵中央へ突撃した傭兵二千と囮になった傭兵千には、全員へ羽飾りを授けた。 後から到着した部隊にも、彼らがいかに活躍したかを見せつけるためだ。

 

名誉というものは、金よりも兵を動かすことがある。

 

実際、羽飾りを受け取った傭兵たちは、それだけでラリサの酒場中へ自慢して回り、新たに雇われた傭兵たちも羨望の眼差しを向けていたようだった。

 

そして、彼らの一部にはラリサの街とその周辺での治安業務を行わせることにした。

 

新たに合流した北方諸侯軍まで含めれば、ラリサとその周辺は一つの巨大な野営都市になっていた。盗難や喧嘩、火災を防ぐためにも、街と野営地を巡回する兵はむしろ不足しているくらいだった。

 

ユリウス皇子には、ラリサの街の要塞化を任せた。

もっとも、本人は未だ床から起き上がれない。

 

実際に指揮を執っているのは側近や幕僚たちであり、皇子の名で命令を出しているだけだった。

 

とはいえ、それで十分だ。

 

万一敗れた場合、ラリサは最後の兵站拠点となる。

城壁の補強、食糧の備蓄、井戸の確保、住民の避難場所の整備。どれも今のうちに済ませておかなければならない。

 

それにしても…………私は何度も見舞いへ行っているのだけれど、ユリウス皇子の様子は相変わらずだった。

 

顔色は悪いままで、私を見るとさらに青ざめる。どうにも回復の兆しが見えない。

 

「困ったわね……。」

 

 

何か思い切ったことでもして、一度頭を切り替えさせた方がいいのではないか。

 

そう考えた私は、いくつか案を出してみた。

 

騎兵突撃の先頭へ立たせてみる。あるいは処刑を見学させれば、案外こういうものかと慣れるかもしれない。

 

しかし、そのたびにヨアヒムが真顔で首を横に振る。

 

「姫様…………全部、逆効果です。」

 

「そうかしら。」

 

「間違いなく悪化します。」

 

そこまで断言されると、少し自信がなくなる。

 

「じゃあ、どうすればいいの?」

 

「……時間しかありません。」

 

ヨアヒムはため息をついた。

 

「姫様は、できればしばらく皇子殿下のお部屋へ行かないでください。それが一番の治療です。」

 

「酷くないかしら…………」

 

 

 

 

考えても仕方ないことを放置して、やるべきことを進めないといけない。私はいったん頭から追い出した。

 

「軍そのものを作り替えるわよ」

 

先の勝利によって、寄せ集めだった軍はようやく私の指揮を受け入れ始めていた。ユリウス皇子も引きこもっているので、私がそれなりに強権を振るっても反対される可能性は低い。ならば、この機を逃す手はない。

 

次の段階へ進む。

 

一般的な軍では、諸侯の兵も傭兵も、それぞれ好き勝手な武器を持って戦う。一応の規定はあるものの、槍兵も剣兵も弓兵も同じ部隊へ混在し、指揮系統も私から諸侯や傭兵団長へ命令を下し、その下で雑多な兵を動かす形になっていた。

 

それでは限界がある。

 

部隊ごとに武器も役割も違えば、命令は複雑になり、集団戦で本来の力を発揮できない。だから、兵科ごとに軍を再編する。そして防衛線の背後に予備隊を作り、決定的な場面での攻め駒を確保する。

 

これが私のやりたかったことだった。

 

もっとも、こんな大規模な再編は、勝利の直後で兵も諸侯も高揚している今しかできない。

 

まず、私は各部隊から槍の扱いに優れた兵を選び、長槍兵として再編成することにした。もちろん、諸侯の兵を勝手に引き抜くわけにはいかない。軍議で目的を説明し、それぞれの将から了承を得ながら人員を集めていく。

 

幸い、先の勝利で私への信頼は十分に高まっていた。反対する者はいない。むしろ諸侯たちも、自らの軍が決戦でより大きな武功を立てられるならと積極的に協力してくれた。反対した諸侯を前線で使いつぶすことを前提にした布陣を修正する必要があったほどだ。

 

 

 

長槍は個人で扱う武器ではない。前後左右の兵が歩調を合わせ、一枚の槍壁となって初めて真価を発揮する。だからこそ、槍術よりも隊列の維持を徹底して叩き込んだ。

 

一方、体格に優れた兵は選抜し、帝都から集めさせた板金鎧と長柄武器を支給して重装歩兵へ編成する。個々の武勇ではなく、密集隊形を崩さず前進し、押し込み、味方と歩調を合わせて敵陣を切り裂く。そのためだけの訓練を何度も繰り返させた。

 

さらに、大盾兵も新たに編成する。こちらは志願制としたが、募集を始めると瞬く間に三百人以上が集まった。最前列に立つ最も危険な役目にもかかわらず、先の勝利が兵たちへ大きな自信を与えていたのだろう。

 

「良い軍になりつつあるわね」

 

野営地にはこれまでとは違う熱気が満ち始めていた。

 

 

 

 

兵だけではない。戦場そのものも、こちらに有利な形へ変えていく。

 

まず、マグネシア公爵にテンペ要塞の放棄を進言した。

 

ゴスティバル族の本隊から守るには狭すぎ、周囲の地形も迎え撃つ場所としても適さない。

 

マグネシア公軍の主力と傭兵千人を派遣して港町マグネシアを徹底的に固め、川の防衛線を維持して海上補給の拠点とする。代わりに帝都から船でマグネシアに着いていた重歩兵千と軽騎兵二千を呼び戻した。

 

さらにペネイオス川北岸に残っていた数少ない領民を改めてペネイオス川南岸へ避難させ、北岸の村々は計画的に放棄する。同時に村を破壊して敵が使える進撃路を限定する。

 

これまで敵できるだけ北で迎え撃つことを主張していたマグネシア公も、今回は素直に私の提案に従ってくれた。

 

戦術的にはラリサ川とその周囲を徹底的に決戦場として固めていく。

 

ラリサ川上流では工兵と土木技術者が昼夜を問わず堰の拡張を進め、大量の水を溜めていた。

 

平原では丘陵との境界に人夫と兵士が何万本もの杭を打ち込み、逆茂木を並べる。背後に抜けられそうな場所は丸太や岩で封鎖し、もしくは落とし穴を掘る。

 

一つ一つは小さな障害物に過ぎない。しかし、それが何千と並べば、遊牧民最大の武器である騎兵の機動力を奪う巨大な要塞へと姿を変える。

 

 

 

 

 

 

蛮王、動く。

 

私のもとにその南下開始の第一報がようやく届いた。怯えて出てこないかもと考えていたが、準備が無駄になりそうになくて良かった。各所に、作業を急がせる。一隊には道案内の標識の準備をさせ、陣地構築も進めさせる。

 

もっとも、伝令がここへ辿り着くまでの時間を考えれば、残された猶予は決して多くない。

 

「ならば、こちらも動くわ。まずは、もう不要なものから処分しなさい。」

 

私が最初に命じたのは、ゴスティバル族の王子ディミトリウスが籠る小砦への総攻撃だった。

 

ラリサ北方にある放棄された古い砦であり、これまでは遠巻きに包囲するだけに留めていた。 挑発し、ときに投石器で処刑した捕虜の亡骸を投げ込む程度で、本格的な攻撃は控えていた。

 

その砦は今や物資も尽き果てたころだろう。脱出を図っての攻撃もこちらが先手を打って潰している。

 

それも終わりだ。

 

「投石器を前へ。」

 

小型投石器が一斉に唸りを上げ、石弾が木と土で築かれた外壁へ叩きつけられる。飢えと疲労で消耗しきった守備隊に、崩れた防壁を支える力は残っていなかった。外壁が破られると同時に重装歩兵が雪崩れ込み、抵抗は瞬く間に制圧される。

 

 

 

 

そして、私の前に蛮族の王子ディミトリウスが姿を表す。まあ、王子といってもボロボロになった筋肉質のおじさんなので、見てもしょうがない。ユリウス皇子あたりに任せたいところだけど、なぜか体調が悪いようで心配だ。

 

 

「この悪魔が……!」

 

縛り上げられたディミトリウスは、なおも私を睨みつける。首にしてお父様にプレゼントしようかと考えていたけど、ちょっと威厳が足りないかもしれない。

 

「断じて、お前などには……。」

 

「元気ね。」

 

私は淡々と答える。

 

「叫ぶ気力があるなら十分だわ。」

 

王子が逃亡も抵抗も自殺もできないように、細剣を突き立てて手足の腱を断っておく。

 

「ぎゃああああ」

 

下品な鳴き声を出すが、死なれても困るので大した出血ではない。傷口を炙るだけで十分な軽傷なはずだ。

 

「それにしても、変な技術ばっかり上手くなって困るわ」

 

ユリウス皇子と私の本陣にこの捕虜たちを運ばせる。

いよいよ、決戦の日が迫っていた。

 





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