虐殺姫は可愛くありたい   作:クロプトケープ

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久々更新です…………




第三十九話

敵の先頭もすぐにこちらへ気付いた。号令が飛び、千を超える騎兵がこちらへ反応して動きを変える。

 

敵は真正面から受け止めるつもりはない。こっちが接近すると隊列の中央をわずかに引き、弓を持つ騎兵が左右へ広がる。

 

こちらの突撃を受け流しながら、横合いから矢を浴びせる遊牧民らしい迎撃だった。

矢が唸りを上げる。私は槍を掲げた。

 

「反転!」

 

重騎兵が一斉に馬首を返す。

敵の射程へ踏み込んだ時間は、ほんの一瞬。放たれた矢の多くは空を切り、わずかに届いたものも重い鎧を弾くだけだった。

 

距離を取りながら中央へ視線を送る。思った通りに敵中央では、こちらの突撃を警戒して騎兵が外側へ広がり始めている。

 

それでいい。

 

中央ではなお帝国軍が押し続けている。必要なのは敵の衝撃力を削ぐことだけ。その役目は果たせた。

 

何度か嫌がらせを繰り返すと、遠くから怒声が聞こえた。

 

「何をしている! あんなものは無視して中央へ突撃しろ!」

 

王旗の近くで指揮官が必死に叫んでいる。恐らく敵の王、ベリサデスだろう。

ようやく敵もこちらの狙いに気付いたのだ。こちらが中央から離れて敵の後方に進んだところで、騎兵が慌てて進路を変え中央へ向けて駆け出す。

 

だが、遅い。こちらに反応して隊形を変えたことで、隊列は大きく乱れ横へ広がってしまっている。こちらの隊列を突き崩す衝撃力は小さくできただろう。

 

「追うわよ!」

 

私は馬腹を蹴る。背後を向けた敵に向かって加速し、そのまま乱れた騎兵の列へ突っ込んだ。

 

「死になさい!!」

 

衝撃で敵味方の騎兵が吹き飛ばされる。背後から槍で付き伏せ、石突で騎馬から叩き落して敵中を突破していく。

 

味方を避けようとする馬。こちらへ振り向こうとする兵。命令が交錯し、ゴスティバル族の隊列はさらに混乱する。そこを切り伏せながら次々と敵を突破する。こちらもだんだん脚が止まりかけるが、隊の隙間を縫って前進する。

 

その奥で、黄金に輝く王旗が翻った。

ついに、振り返ったベリサデスと視線が交わる。驚愕に目を見開いた王が、何かを叫ぼうと口を開く。

 

「おま――」

 

最後まで言葉になることはなかった。私の放った投槍が一直線に飛び、護衛の腕を貫いてその胸元へ突き立つ。

 

ベリサデスの体が馬上からゆっくりと傾く。胸に突き立った投槍が、小さく震えていた。次の瞬間、その巨体が鈍い音を立てて地面へ崩れ落ちる。

 

 

旗が大きく揺らぎ、ほんの一瞬だけ、数千の兵が入り乱れていた戦場から音が消える。

敵も味方も、何が起きたのか理解できず、その場で動きを止めていた。私は馬を進める。倒れた王の傍らまでゆっくりと歩み寄り、槍を高く掲げ、なぜか固まっていた連中を貫く。

 

「敵総指揮官は討ち取ったわ!」

 

一拍置き、槍を敵軍へ突きつける。

 

「このまま前進! 敵を崩しなさい!」

 

その一声が合図だった。

 

それまで拮抗していた戦線は、一気に均衡を失う。王直属の精鋭だった部隊は、指揮官を失ったことで統率を失い、互いの動きも噛み合わなくなる。

 

突破を試みる部隊、そのまま中央への救援に向かう部隊、退却しようとする部隊。命令系統を失った軍勢は、それぞれが別々の方向へ動き始め、もはや一つの軍としての形を保てなかった。

 

その機を逃すほど、こちらは暇じゃない。

とにかく軍としてのまとまりをなくすために蹴散らしていく。

やがて右翼の戦いは完全に決着が付き、中央の敵軍もまた、その敗走を目の当たりにして動揺を隠せない。

 

私はすぐに部隊を反転させる。

 

「中央へ!」

 

敵を追い散らした勢いのまま中央へ雪崩れ込み、半包囲にあった敵の背後を突く。こちらの数は大したことないが、敵を挟み撃ちにする格好になればそれで十分だった。

 

中央の戦いが終わると、今度は左翼へ。その段階で敵は撤退ではなく敗走になっていく。これで戦場の主導権は完全にこちらへ移った。

 

北側に集結していたゴスティバル族の中核、機動力と突撃力を担っていた主力部隊は、この時点で事実上壊滅したのである。

 

 

さらに王を失ったことで、各地のゴスティバル族は互いに連携を取れなくなった。

伝令は途絶え、旗は乱れ、各隊は孤立したまま行動するしかない。一方、平原を覆っていた水も少しずつ引き始める。

 

しかし、その頃には戦局はすでに決していた。

 

帝国軍は孤立した敵部隊を順に包囲し、降伏する者は武装解除し、なお抵抗を続ける部隊を一つずつ制圧していく。

 

南では、ヨアヒム率いる中央軍が川際まで敵を追い込み、退路を完全に断っていた。

前方は帝国軍の槍衾、背後は増水したラリサ川。突破を試みる者、武器を捨てる者、なお最後まで踏みとどまる者、その運命はそれぞれ異なったが、軍としてのゴスティバル族は、もはや完全に戦う力を失っていた。

 

 

ただ、完全に殲滅できたとは言い難い。王を討ったことで、ゴスティバル族は小部族ごとに分裂し、独自に逃走したので追跡が困難だったのだ。かなりの数が、強引ながらもラリサ川を渡河して逃げ去った。そして、帝国軍も陣容が乱れきっていて、追撃部隊をすぐに出せる段階になかった。なにより、川のこちら側での殲滅に力をいれるのが最優先だった。

 

 

 

 

 

「とりあえずは勝利よ。」

 

私は戦場を見渡した。

まだあちこちで角笛が鳴り、追撃部隊が敗残兵を追い散らしている。兵士たちは戦利品を手に歓声を上げ、空前の規模の大勝利の熱気に酔っていた。

 

「敵の中核は打ち砕いた。相手は王も失い、遠征軍も壊滅した。でも、これで戦争が終わったわけではないわ」

 

将軍たちは黙って耳を傾ける。戦いが終わった直後だからこそ、次の一手を誤れば、この勝利は無意味になる。

 

一人の将軍が興奮を抑えきれず口を開いた。

 

「この勢いで北へ攻め込みましょう!敗残兵を追撃すれば、そのまま殲滅できます」

 

別の将軍も頷く。

 

「今なら敵は混乱しています。全軍で国境を越え、一気に征服してしまうべきです」

 

その言葉に周囲も賛同する。誰もが勝利の勢いに乗りたいのだ。

私は首を横に振った。

 

「どう考えても補給が持たないし、却って動きが遅くなるわ」

 

私は北を指さした。地図の上を指がゆっくりと滑る。

 

「ゴスティバル族は都市国家ではないわ。首都を落とせば終わる相手でもない。彼らは遊牧民。戦えば戦うほど後ろへ退き、草原を渡っていくらでも逃げられる」

 

将軍たちの表情が少しずつ引き締まっていく。

 

「私たちは城を築き、補給線を維持しながら進軍する。彼らは家畜を連れて移動するだけ。こちらが一歩進めば、補給は一歩長くなる。彼らは一歩退くだけで済む」

 

私は小さく息をついた。

 

「今の帝国軍には、草原の奥深くまで追い続けるだけの兵站も、諸侯軍を何か月も動員し続けるだけの余力もない。」

 

「では……。敵を見逃すのですか。」

 

誰かが口を開く。

 

「いいえ。」

 

私は即座に否定した。

 

「彼らには死んでもらう必要があるわ。その力の源を破壊することによってね。そして、それに必要な労働力をこっちが出すのは馬鹿らしいわ。彼らには彼ら自身の手で死んでもらうつもりよ」

 

将軍たちは顔を見合わせる。

 

「国境付近に五千ほど進ませて、そこで圧を掛けるわ。敵は王を失い、遠征軍を失った。今頃、各部族は次の王や族長を決めるのか、それとも互いに争うのかで混乱しているでしょう。いくつかをこちらに引き込んでしまいましょう」

 

しばらく沈黙が流れた。

やがて私は実務的な口調に戻す。

 

「それよりまずは軍の立て直しよ。負傷兵をラリサへ運び、治療を始める。各軍は部隊を再編成し、失われた武器と馬を補充しなさい。それから、北へ向かう橋と街道を整備するわ。物資集積所も増設し、補給線を完成させる。草原地帯に攻め込むのはそれからよ」

 

私は地図を畳んだ。

 

「ヨアヒム、聞いたわね。五千で追い立てながらマグネシア領の境界までを掃討しなさい。ナルセス将軍は残りの一万をもってラリサから草原までの補給路の構築と復旧に務めること。残りの諸侯軍は一部を除いて帰国してもらうわ」

 

まずは敵の本隊を壊滅させた。しかし、それで終わりではない。根源を絶つには更なる遠征が必要だった。

 

 

 





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