虐殺姫は可愛くありたい   作:クロプトケープ

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第四話

重厚な扉が静かに閉ざされ、室内に深い静寂が落ちた。燭台の火がゆらめき、長い影を赤い絨毯に落とす。

 

テッサリア帝国の帝都カルディツァ、その宮殿の奥にある私室にて皇帝アウグスト四世は、重々しく玉座にも似た椅子に腰を下ろし、視線の先の三人、自らの息子たちを見つめていた。

 

「それで、お前たち。アイメレア姫を娶る決意は固まっただろうな?」

 

長子 エリアス、次子 ユリウス、三子 ライナルト。

これまで常に外征から内政までその才を発揮し、将来を嘱望される彼らであったからこそ皇帝は彼らの返答が最終的には自身の期待通りになることを疑わなかった。

 

しかし、その期待はあっさりと打ち砕かれることになる。

三人の答えはいずれも否定的なものだった。

 

「父上、再三申し上げておりますが、かの公女を帝国に招き入れること自体に私は反対しております。あれは劇物です。入れれば帝国を乗っ取られかねません」

 

長子エリアスが一歩進み出る。

皇妃譲りの赤毛が燃えるように揺れ、声には確かな怒りが宿っていた。

 

「そうです。あの者は倫理や仁義を欠いた所業を平然と行う者。

 為政者としての資質に著しく問題があります。

 父上は、フォキスの街や村々で何が起きたか、本当に把握しておられるのですか?」

 

次子ユリウスが鋭い視線で続く。

 

「父上が常々おっしゃられている王者としての徳とは正反対です。これまで数十万の命を奪ってきたあれを帝国に持ち込めばたちまち死体の山が築かれましょう」

 

三子ライナルトもまた、強くうなずいた。

 

皇帝アウグストは三人を静かに見渡し、

しばし深い沈黙のあと、低くゆっくりと口を開いた。

 

「……お前たち三人とも、同じ結論か。」

 

重い声には叱責ではなく、測るような響きがあった。

 

「フォキスでの出来事は、もちろん聞き及んでいる。いや、詳細に把握していると言ってもよい。確かに、あの地で行われた行為は尋常ではなかった。都市は根こそぎ破壊され、村落は皆殺しにされ、堤防も橋も破却、主要街道は徹底的に寸断された。まるで、その土地の文明そのものを刈り取るかのようにな。」

 

皇子たちは息を呑む。

 

「限界を超えた恐怖で敵国を震え上がらせ、精神的に戦意を奪う。帝都の者があれがアイメレア姫の目的だと主張するのも理解はできる。」

 

皇子たちは息を呑んだ。しかしアウグストは続ける。

 

「だが……だからこそ、だ。」

 

皇帝の声が鋼のように響いた。

 

「気づかぬのか。あの焦土化によって、我々はあの地へ進軍できなくなったことを」

 

三人が顔を上げる。

 

 

「補給が不可能では、どれほどの精兵であろうと戦えぬ。兵は飢え、馬は倒れ、武器は壊れたまま。これではいかに帝国軍とはいえ、なすすべはない。

 ゆえに、当面の間、我が帝国はあの地を越えてボイオティア公国に侵攻を考えることすらできなくなった。」

 

ユリウスが戸惑いを隠せずに口を開く。

 

「ですが……橋も道路も再建すれば、再び軍は進めるのでは?」

 

アウグストは即座に首を振った。

 

「違う。道と橋は建て直せるが、補給の基盤は復元できん。」

 

皇子たちの目が揃って揺らぐ。

 

「フォキス周辺はもともと沼地が多く、そもそも馬車での進軍が難しい地形だ。

 そこへ加えて、本来ならば食料の調達地となるべき村々も、

 輸送の中継点となる町も、すべて消え去った。」

 

アウグストは静かに、しかし鋭く続ける。

 

「近隣からの調達ができぬ土地で大軍は維持できん。後方からの輸送だけで戦を続けられるほど、戦場は甘くはないのだ。」

 

皇帝は淡々と告げた。

 

「ボイオティアとの国境で粘られれば、飢えるのは攻撃側の軍勢……すなわち我々の方だ。」

 

皇子たちは言葉を失った。

 

その言葉は、戦略家としての皇帝の冷徹な判断そのものだった。

 

「つまり、アイメレア公女は戦争を終わらせるために、あの地を焼き払ったのだ。

 決して暴虐の喜びではなく、勝利でも名誉でもない。我々から戦争という選択肢そのものを奪うために、だ。」

 

アウグストの説明を聞き終えた皇子たちは、しばし沈黙した。その重さに耐えきれず、最初に口を開いたのは長子エリアスだった。

 

「……そうして見れば、確かに筋は通ります。かの公女が包囲殲滅にこだわった理由も合点がいきます。」

 

その声音には、嫌悪と理解が入り混じっていた。

 

「会戦での勝利ではなく、野戦軍そのものを消し去り、二度と攻め込まれないようにした……つまり、物理的に我々が戦争を継続することが不可能になる戦い方を選んだのでしょう。特に、傭兵は逃がせば容易に賊になりかねないということでしょう。」

 

次子ユリウスが歯を噛みしめ、低く言葉を継ぐ。

 

「我らがフォキスで砦に籠った際も……援軍は各個撃破され、すべて沼に沈められました。その後、我らに興味をなくして撤退していったのは軍そのものが目標であったと……」

 

三子ライナルトが苦々しげに拳を握る。

 

「確かに、会戦での死者が異常に多いことの理由は分かります。ですが……父上、それでも……領土争いで領土を焦土にする。それを平然とやれる者が、統治者として適性があるとは、私は到底思えません。」

 

アウグストは重々しく腕を組み、しばし沈黙した。

そして、静かに口を開いた。

 

「……それも尤もだ。統治とは民を安心させ、諸侯を束ねること。戦場の論理をそのまま王座に持ち込めば、混乱を呼ぶだけだ。」

 

皇子たちは安堵の色を浮かべた。

しかし、それは一瞬だった。

 

「だが、皇帝とは時に、その矛盾した両者を併せ呑まねばならん。力も、徳も、時と場合によっては両立せねば国家は保てぬ。」

 

アウグストは椅子の肘掛けを軽く叩いた。

 

「アイメレア公女の考え方は、今の帝国に欠けている国を守るための冷徹だ。好もうと好むまいと、それは混乱の時代には必要な思考の一つだ。」

 

皇子たちは言葉を失い、呼吸を整えるしかなかった。

 

アウグストは口調をやや和らげた。

 

「……まあよい。向こうも同盟締結と同時に婚姻を急ぐつもりはあるまい。まずは顔を合わせ、言葉を交わし、為人を見極めよ。」

 

そして、少しだけ冗談めいた笑みを浮かべる。

 

「会う前から拒絶してどうする。それに、かなりの美人だという話ではないか。」

 

三人は一様に複雑な顔をした。

戦場で見た死の象徴と美人という言葉がまるで結びつかない。

そんな様子をみてからアウグストはゆっくりと立ち上がった。

 






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