虐殺姫は可愛くありたい 作:クロプトケープ
人は城、人は石垣、人は堀。
軍事において、この考え方は至高の一つだ。しかし、戦後処理においては、これに私は付け加えたい。すなわち、人は肥料でもあると。
畑から採れた作物を食べて人が育つのなら、人の身体にもまた、作物を育てるためのものが含まれている。
もちろん、だからといって普段から死人を肥料にする意味はない。手間がかかるし、一人や二人を処理したところで得られるものも知れている。
けれど、戦いのあととなれば話は別だ。
死体だけは有り余っている。そして焼けた村々では、畑を一日でも早く元に戻さなくてはならない。
「一番下には太い枝を敷きなさい。水が溜まらず、下から空気が入るように。その上に藁と落ち葉をたっぷり」
私はそう指示すると、転がっていた死体の一つを運ばせ、その上に横たえさせた。私も死体を二つほど放り投げて積んでいく。あまり強く投げると手足が捥げるので慎重にだ。
何人かが露骨に顔をしかめるが、ここにいる者たちにはやり方を覚えてもらわなければならない。これから帰る村々でも、同じような仕事が待っているのだから。
死体の周囲にも藁を押し込み、落ち葉と細かな枝で隙間を埋めさせる。
「大事なのは、肉を土の中に埋めることじゃない。空気を通しながら腐らせることよ。だから死体同士を直接重ねない。間には必ず藁か木屑を入れる」
その上から、運ばせた敷藁混じりの馬糞を薄く広げさせた。
「糞は使っていい。でも尿を何桶も流し込むのは駄目。水浸しにしたら腐るだけで、臭くなる」
最後にもう一度、藁と落ち葉を厚く積ませる。死体の姿が完全に見えなくなったところで、私は土を指さした。
「最後に土を薄くかける。風で藁が飛ばず、臭いも漏れにくい程度でいいわ。分厚く埋めたら息ができなくなる」
出来上がったものは墓というより、巨大な藁山だった。
「数日すれば中が熱を持つ。寒い朝なら湯気が見えることもあるわ。それでいい。熱くなっている間は、中で小さな生き物が働いている証拠だから」
「どのくらいで畑に撒けるので?」
農民の一人が尋ねた。
「少なくとも三月ほど…………春には間に合うわ。途中で熱が引いたら一度崩して、外側と内側を入れ替える。まだ肉の臭いがするうちは駄目。藁も肉も見分けがつかなくなって、土みたいな匂いになってからよ」
私は少し考えてから付け加えた。
「骨はもっと残る。大きいものはその時に拾いなさい。砕いて畑に戻してもいいし、気になるならまとめて埋めてもいい。骨には畑が欲しがるものがかなり残っているから、本当は捨てるのは惜しいわ」
誰も返事をしなかった。
死体の山を見つめるマグネシア領の農民たちの顔には、嫌悪と戸惑いが浮かんでいる。私は肩をすくめた。
「別にこれを畑に巻いても、ゴスティバル族が畑から這い出して来るわけでもない。もしそうなったら、もう一度叩き潰してあげるわ。それより、有り余る死体をどうにかして使うことが大事だから」
諸侯の相手や戦後処理、マグネシア領の復興と同時並行で、私が特に力を入れていたことがある。
外交だ。
ゴスティバル族は、一枚岩の国家ではない。主要な五つの部族と、それに従属したり離反したりを繰り返す多数の小部族。その上に蛮王ベリサデスが立ち、個人の力量と武威によって全体を束ねていたにすぎない。
だからこそ、ベリサデスを討ち取った意味は大きかった。
しかも、彼らが失ったのは王だけではない。
こちらで確認できただけでも一万を優に超える戦士がラリサ周辺で死んでいる。捕虜や行方不明者、敗走の途中で散った者まで含めれば、損失は二万から二万五千に達していてもおかしくない。その前のディミトリウスとの会戦で失われた兵まで含めれば、なおさらだ。
北に残っている戦力は、決して多くない。だからといって、そのまま北へ攻め込めるわけでもなかった。
ゴスティバル族は、こちらが望む場所で決戦してくれるような相手ではない。
帝国軍が北上すれば、家畜を連れて逃げる。こちらが追えばさらに逃げる。そうすれば、補給線だけが長く伸び、やがて帝国軍の方が疲弊する。それでは先の勝利を自分たちで台無しにするようなものだ。
ならば、戦場で得た勝利を、別の形に変えて使えばいい。私は机の上に広げられた北方の地図を眺めた。
五つの大きな駒。その周囲に、無数の小さな駒。それぞれが部族を示している。
「楔を打つ必要があるわ。奇を衒う必要はない。こういう時は古典的な手段が一番よ」
集めた幕僚たちを前に、私は五つの駒の間へ指を滑らせた。
「まず、全部族へ使者を出しなさい。ベリサデスに従って帝国領へ侵攻した罪について、帝国は各部族に責任を問う、と」
ヨアヒムが少し眉を上げる。
「姫様、全部族を敵と宣言すれば、かえって再びまとまる口実を与えることになります」
「最後まで聞きなさい。罪を問うのは全員。でも、罰するとは言っていないわ」
私は南に位置する部族の駒を一つ摘まんだ。
「最初に恭順した部族については、侵攻への加担を不問とする。現在の領地と家畜についても帝国が保証する。それから二番目、三番目と条件を少しずつ悪くしていく」
「なるほど。早い者勝ちにすると」
「そういうこと。しかも、誰が恭順したかは隠さない。むしろ積極的に知らせなさい。隣の部族が帝国と話を始めたと知れば、自分だけ取り残されることを恐れるでしょう」
別の幕僚が地図を覗き込んだ。
「では、王位についてはいかがいたしますか。ベリサデスの死後、すでに何人かが後継者を名乗ろうとしているとの情報があります」
私は即答した。
「そこには触らないわ。そもそも、各部族に対する宗主権を帝国として認めていないというスタンスでいればいいのよ。王を僭称するものの首に褒章を出す程度で十分よ」
最初に恭順の意思を示したのは、ディディバウス族だった。主要五部族の中では、ベリサデスの本族に次ぐ勢力を持つ大部族である。
これは私にとっても都合が良かった。
弱小部族が一つ寝返っただけでは、他の部族もさほど気にしない。しかし第二の勢力ともなれば話は違う。
しかも、彼らの根拠地はゴスティバル族の中でも南寄りだった。昔から帝国との交易が多く、馬や毛皮を南へ売り、その代わりに穀物や酒、金属製品を買っている。帝国の商人と顔馴染みの有力者も珍しくない。
ゴスティバル族でありながら、帝国という存在を最も身近に知る部族だった。そして何より、帝国軍が再び北上した場合、最初にぶつかるのも彼らだった。彼らの族長が寄越した使者は、随分と慎重に言葉を選んでいた。
「我らディディバウスは、ベリサデス王の招集に応じて兵を出しました。しかし、それは王への義務を果たしたまでのこと。我ら自身が帝国との戦を望んだわけではありません」
私は最後まで黙って聞いてから、問い返した。
「つまり、ベリサデスが死んだ以上、その義務もなくなったということ?」
使者は少し迷ってから頷いた。
「新たな王が定まっていない今、誰に従うべきかについては、我らの族長も慎重に考えねばならぬと申しております」
ずいぶん便利な理屈だけれど、今はそれでいい。
「では、こちらも昔のことを細かく言うつもりはないわ。ディディバウス族が帝国への敵対を止め、今後ベリサデスの後継者を名乗る者が帝国へ侵攻しようとしても兵を出さない。それを誓うなら、今回の侵攻への参加は不問にします」
使者の表情がわずかに緩む。そこで私は、もう一つ付け加えた。
「現在ディディバウス族が支配している土地と家畜についても、帝国は異議を唱えない。他部族が今回の和平を理由にあなたたちを攻撃した場合も、その和平を破壊する行為として扱います」
今度こそ、使者の顔色が変わった。やはり、欲しかった言葉だったのだろう。帝国へ降伏するということは、周囲から裏切り者と見なされる危険を伴う。
だからこそ、その危険までこちらが引き受けてやる。
もっとも、無償ではない。
「その代わり、道と労役を貸してもらうわ」
「道……でございますか」
「ええ。帝国の使者と商人、それから必要に応じて軍があなたたちの領内を通行することを認めてもらいます。食料や馬草は奪わない。必要なものはこちらが代価を払って買い取るわ。その代わり、あなたたちにも帝国領での交易を認めます」
使者はすぐには答えなかった。土地も家畜も奪われず、貢納まで要求されない。それだけを聞けば破格の条件だろう。しかし、帝国軍に道を開くという意味くらいは理解しているらしい。
「それから労役ね。街道の整備や橋の架設、帝国軍の砦、そのほかいくつかの土木工事に人夫を出してもらいます。必要な人数と期間はこちらから指定するけれど、誰を出すかまでは口を出さないわ。あなたたちの民でも、奴隷でも、他部族から得た捕虜でも構わない。決められた人数さえ揃えてくれれば、それでいいわ 」
使者は長い沈黙の末、頭を下げた。
ディディバウス族がこちらについたことで、状況は大きく変わった。私は帝国軍をすぐには動かさなかった。
代わりにディディバウス族を動かした。彼ら自身の使者を周辺の小部族へ送り、帝国との和平に加わるよう勧告させる。帝国人から降伏を迫られるのと、昨日まで同じ陣営にいた遊牧民から、「もう戦争は終わった」と言われるのとでは意味が違う。
しかも、拒否すればディディバウス族との交易路を失う。
その背後には帝国軍がいる。
最初の小部族が一つ降った。次に二つ。その次には、こちらから何も言わないうちに使者を寄越してくる者まで現れた。
そうやって二か月。
私たちはほとんど大規模な戦闘を行わないまま、南部の小部族を一つずつ服属させていった。
そのたびに、ディディバウス族の勢力は大きくなる。もちろん、ただ大きくしてやったわけではない。新たに服属した部族とは、必ず帝国が直接条約を結んだ。
ディディバウス族の属民にはしない。帝国とそれぞれ個別に関係を持たせる。ディディバウス族には尖兵として働いてもらう。
しかし、彼ら自身が第二のベリサデスになることは許さない。そして、こちらへ降った部族には、少しずつ役割を与えた。
街道や橋、砦の建設。帝国軍への馬草の供給。次の部族への使者。地理に詳しい案内人の提供。
彼ら自身の手で、帝国軍が北へ進むための道が出来上がっていく。二か月も経つ頃には、最初に引いた国境線はほとんど意味を失っていた。
帝国軍そのものは大して北上していない。それなのに、帝国の使者が安全に移動できる範囲は、以前とは比べものにならないほど北へ伸びている。
いよいよ、最終段階の入口までたどり着いた。
感想・評価 よろしくお願いいたします。