虐殺姫は可愛くありたい 作:クロプトケープ
宮廷では、季節というものを花で表すらしい。
春には何の花が咲き、夏には何が盛りを迎え、秋には何が散り、冬には何が雪の下で眠るのか。
けれど、私にとって季節とは、もっと実際的なものだった。
軍隊がどこまで動けるか。馬に何を食わせるか。川を渡れるのか。兵をいつまで故郷から引き離しておけるのか。
そういうものだ。
春は雪解け水で川が膨れ上がる。道は泥濘み、橋のない場所では、普段なら膝までしかない川が軍勢の行く手を遮ることすらある。
夏は道は乾き、軍を動かすには悪くない。けれど夏も深まれば、小麦の収穫が迫ってくる。今回、諸侯軍を早々に帰した理由の一つもそれだった。兵士である前に、彼らの多くは農民やその管理人だ。戦場で敵を殺している間に故郷の麦を腐らせてしまえば、勝ったところで冬に飢える。
そして秋。私が一番好きな戦争の季節だ。畑には収穫された麦があり、村には干し草が積まれ、家畜もよく肥えている。少なくとも秋の初めならば、現地で物資を調達するのは容易い。軍隊という巨大な胃袋を動かすには、これほど都合のいい季節もない。もっとも、秋が深まれば雨が降り、道が泥になり、やがて寒さがやってくる。
そして冬。普通ならば、軍隊を動かす季節ではない。雪が道を消し、寒さが兵士を殺し、馬の飼料にも困る。一日の行軍距離は縮まり、野営一つにも薪が必要になる。
誰もが冬を嫌う。
だからこそ、私は冬を選んだ。
遊牧民を相手にするなら、冬ほど都合のいい季節はない。夏の草原で彼らを追いかけるなど馬鹿げている。好きな方向へ逃げられ、好きな場所で家畜を食わせられる。こちらが追えば離れ、諦めれば戻ってくる。
草原そのものが、彼らの城壁なのだ。
しかし冬になれば事情が変わる。家畜を抱える者は、どこで冬を越してもいいわけではない。
風を避けられる谷。雪が比較的浅い土地。冬でも家畜を養える草地。夏の間に蓄えた干し草。凍らない水場や塩分の補給地。
そういう冬営地に、人も羊も馬も集まってくる。
遊牧民だからといって、一年中好き勝手に草原を動き回っているわけではない。
むしろ冬こそ、一年でもっとも動きにくい。何百頭、何千頭という羊や馬を連れ、老人も子供も天幕も財産も抱えたままでは、夏のようにはいかない。雪の中で移動を続ければ、敵に殺されるより先に家畜が弱り、家畜を失えば遊牧民は生きていけない。
要するに、冬には彼ら自身が、自分たちの財産によって土地に縫いつけられる。そこが狙いだった。
もちろん、冬の草原というのは想像を絶する環境だ。
だから準備には時間をかけた。
ディディバウス族の領内には、夏の終わりからいくつもの兵站拠点を設けさせている。
穀物。干し肉。干し草。薪。そして交換によって集めた羊毛と毛皮。
兵士には厚い外套を支給し、靴も冬用のものを揃えさせた。
人間だけ暖かくしても意味がない。軍馬が死ねば軍隊は止まる。だから人間の食料以上に、馬の飼料を集めさせた。
将軍たちは夏の終わりに追撃を控え、秋も深まってからの遠征に難色をしめしたが、これは達成したい目標が違うからの齟齬だった。
将軍たちからすれば、ゴスティバル族を叩き潰してしばらくは向かってこれなくなるというのが目標だと考えているのだろうが、私が目指しているのはそうではない。だからこそ、勢力を取り戻す前に、家畜と女子供を抑えなくてはならない。
そう、人間に不要な人間がいてそれを殺してしまった方がいいのと同様に、文明には不要な文明があり、滅ぼすしかない。勝利というのはその掃除の端緒であって、目的ではないのだ。
そうして秋も終わりかけた頃。
三か月にわたって続いたゴスティバル族内部の混乱にも、ようやく終わりが見え始めていた。
北部では、ベリサデスの死後から続いていた後継者争いが収束しつつある。いくつもの有力家が殺し合い、昨日まで敵だった者同士が手を結び、逆に昨日まで兄弟同然だった者が互いの首に値段をつけた。
最後に頭角を現したのは、ベリサデスの四男だった。どうせそのうち死ぬのだから名前は憶えていない。
父や兄たちほどの威勢はないと聞いていたが、それがかえって幸いしたのかもしれない。北部に残った有力部族の利害を調整し、婚姻や贈り物を重ね、父王への忠誠を掲げる者たちを少しずつ自分の周囲へ集めている。
放っておけば、再びゴスティバル族を一つにまとめるかもしれない。
そうして、私は北に軍を進めた。
私が率いる帝国軍は一万。長期間の遠征に向かない諸侯軍の大半を帰し、代わりに騎兵や傭兵、重装歩兵など必要な兵だけを残した。数こそ減ったが、軍としては以前よりずっと扱いやすい。指揮権も再編し、合図や伝令も整備している。まさしく、私の手足になれる軍隊だ。
そこへディディバウス族を中心とするゴスティバル族南部諸族の兵、およそ四千が加わる。
彼らが先導する街道を進み、彼らが架けた橋を渡り、彼らが用意した宿営地で休む。三か月前なら敵地だった場所を、今では何の妨害も受けずに軍が進んでいた。
そして数日の行軍の末、私たちはついに、服属した南部諸族と、なおゴスティバル王家に従う北部諸族との境界へ到達する。
そこは緩やかな丘が連なる場所だった。その向こうからは広い草原が始まっている。私は丘の上からしばらく地形を眺めた。
「ここで宿営するわ」
「本日はこれ以上進まれませんか?」
「進まない。ここから先は、もうディディバウス族の土地ではないもの。敵がどこにいるかも分からない状態で、日暮れまで進む必要はないわ」
水場は近く、背後には道があり、物資も運び込める。丘を利用すれば守りやすい。宿営地としては悪くない。
「外周に柵を。荷車は内側へ並べなさい。ディディバウス族は勝手に散らさないで、南側にまとめて宿営させて。帝国軍との間に連絡路を一本空けておくこと」
次々と命令を出す。
「それから偵察を出して。北と北東を重点的に。軽騎兵を――」
そこで、丘の上にいた見張りが声を上げた。
「北方から砂煙、数は不明ですが敵です!」
全員の視線がそちらへ向く。
予想より早いが、想定通りだった。ベリサデスの後継者である以上、その仇である私が国境まで駒を進めれば、逃げ回ることは政治的に難しい。だから、こちらに対して正面決戦を挑まざるを得ない。
私はディディバウス族らに左右へ展開するよう命じ、中央を帝国軍で固めた。敵の突撃を中央で受け止め、その間に両翼を回り込ませる。退路まで塞ぐつもりだと分かると、指揮官たちは一度だけ私の顔を見て、それぞれの持ち場へ戻っていった。
北の砂煙は、少しずつ横に広がっていた。風に乗って、角笛の音が届く。盾を並べる兵士たちの間で交わされていた声が途絶え、代わりに、革帯を締め直す音や武具の触れ合う音が聞こえるようになった。
私は馬を進め、中央の隊列の前に出た。
敵を迎え撃てと命じるだけなら、それで済む。だが、この戦いの先で何をさせるつもりなのかは、私自身の口から告げなければならなかった。勝利に沸いてから命じれば、勢いに任せて従う者もいるだろう。それでは、自分が何をしたのかを後になって知ることになる。
手綱を引いて馬を止め、居並ぶ兵士たちを見渡した。私の声を待っている顔がある。砂煙から目を離せずにいる者もいる。私は息を吸い、後列まで届くよう声を張った。
「帝国の将兵よ、北を見なさい。あの砂煙の向こうにいるのが、百年にわたり私たちの国境を侵し、父祖を殺し、子供たちの未来を脅かしてきた宿敵よ。私たちの祖父も、その祖父も、あそこから来る敵に備えて生きてきた。畑を焼かれ、家族を奪われ、それでも次の襲撃に備えなければならなかった。その百年を、今日ここで終わらせます。敵の王を討つだけでは足りない。敗れた者が故郷へ帰り、子に復讐を教え、その子がまた私たちの子を殺しに来る。それを、これ以上繰り返させてはならない。これは敵軍を破るだけの戦いではありません。私たちを憎み、侵し続けてきた文明そのものを滅ぼす戦いよ。各人、その覚悟を持って臨みなさい。百年の宿敵を、今こそ皆殺しにする時です。私たちと、その子孫が、北の空を恐れることなく暮らせるように。今日の働きを誇りとして語れるように。帝国軍、前へ。誰一人、逃してはなりません」
言い終えた直後、私の近くにいた兵士が槍を掲げた。その叫びに隣の者が続き、やがて隊列の奥からも声が返ってきた。盾が打ち鳴らされ、軍旗が揺れる。口を結んだまま、槍を握り直す者もいた。
私はその顔も見届けてから、馬首を北へ向けた。
彼らが何を思って従うにせよ、今の命令を下したのは私だ。後に残るものを、兵士たちの怒りや百年の恨みのせいにすることはできない。私は剣を抜き、迫る砂煙へ切っ先を向けた。
戦いそのものは、長くは続かなかった。
初撃の勢いを大盾で受け止めると、敵はもう次の押し込みに移れなかった。こちらが反撃を始める頃には後列が乱れ、左右に回ったディディバウス族らの姿を見て、さらに混乱が広がった。
近づいて初めて、若い兵と老年の兵が多いことが分かった。前列に並ぶ者たちに比べ、後方は装備も揃っていない。かき集めた兵を、崩れる前に勢いで押し通すつもりだったのだろう。
私が突撃をかける間もなく、敵の後方では敗走が始まっていた。ただ、その先には、すでに両翼を回り込んだ部隊が待っていた。私は追撃の命令を出し、剣を下ろさなかった。
「地平線の果てまで追いなさい!」
開戦1時間で戦場は既に追撃戦の様相を呈する。ディディバウス族の騎兵が左右から包み込み、そこに帝国軍が致命の一撃を加える。部族長クラスの首級が次々に上がり、あっけないほどに戦いは完勝に終わった。
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