虐殺姫は可愛くありたい 作:クロプトケープ
「いい。躊躇せず、全て殺しなさい。女子供も例外にしないこと。今は捕虜を取るより、早さの方が大事よ。終わったらすぐに伝令を出して、次を探しなさい」
そう命令したところで、慣れない者は慣れないのだろう。
それはフォキスで、集落を一つずつ潰して回った時ですら同じだった。
敵を無力化したところで手を止める者。武器を持っていないからとそのまま見逃す者。中には「女子供は戦いに加わっていないのだから無罪だ」と言って、命令そのものを拒んだ兵士までいたという。
大公国時代ですら、末端にはそういう者がいた。
完全に平時と戦時を取り違えている。
そもそも私には、なぜ「罪があるから殺す」という発想になるのかがよく分からない。
処刑ではないのだ。裁判をしているわけでもない。必要だから殺す。必要がなければ殺さない。それだけの話だ。
とはいえ、口で言って理解できないのなら、最初は手本を見せてあげるしかない。そうして最初に選んだのが、戦場からさほど離れていないスレドナ族の冬営地の一つだった。
五大部族の中ではもっとも小さい部族で、先の戦いで動員できる男の大半を出していたらしく、営地に残っているのは老人と女、子供、それに傷を負って戻ってきた者ばかりだった。
荷車を繋いで即席の囲いを作り、最低限の備えだけはしている。
だが、それだけだ。
軍隊と呼べるものは、もう残っていない。
私は全軍で宿営地を取り囲ませ、逃げ場を潰した後、その中から千ほど連れて正面に回る。
飛んでくるヘロヘロの矢を払いながら車列まで向かうと、最初に立ちはだかったのは老人だった。
白い髭の隙間から歯を剥き、震える腕で槍を構えている。
私は馬を止めなかった。
いつものように槍を突き出し、胸を貫く。その手応えは軽かった。
老人は二、三歩よろめいて、そのまま荷車にもたれかかるように崩れた。
「難しいことじゃないわ。この中にいるのは敵よ。そして、敵は殺さなくてはならない。だから皆殺しにしなさい!!」
天幕の外では、わずかに残った戦えるスレドナ族の者たちが武器を手に抵抗の構えを見せていた。
数は少ない。こちらへ駆けてくる者に投槍を浴びせ、倒れていくのを確認してから私は命じた。
「火を放ちなさい!」
事前の打ち合わせ通りだった。
私たちが突入する側を除く三方から火矢が放たれ、荷車の向こうへ油を入れた壺が投げ込まれる。壺が割れて炎が走る。乾いた藁に火が付き、荷車を覆っていた布へ移り、やがて天幕の毛皮まで燃え始めた。
冬営地を囲っていた車列そのものが、炎の壁へと変わっていく。
本当なら族長の一族くらいは生かしておきたかった。帝都へ連れて帰れば、処刑台の上でいくらでも使い道がある。けれど、今回はそれより実演を優先する。
この戦いの目的は、スレドナ族一つを滅ぼすことだけではない。兵士たちに、これから何をするのかを理解させることだ。
「前進!」
炎を放っていない一角から、歩兵が車列を押し崩す。荷車が傾き、隙間が生まれた。そこへ一気になだれ込んだ。
その瞬間から、冬営地は戦場ではなく、狩場となった。
あちこちの天幕から悲鳴が上がる。子供を呼ぶ声。家畜の鳴き声。何か重いものを引きずる音。火から逃れようと、人々が次々と天幕の外へ飛び出してくる。
「射殺しなさい。一人残らず生かさないように!!!」
弓兵たちが弦を引いた。一斉に放たれた矢が煙の向こうへ消え、天幕の間に降り注ぐ。
それでも混乱の中では、こちらへ逃げてくる者もいた。
煙の中から、幼児と言っていい年頃の小さな子供が飛び出してくる。泣きながら、何が起きているのかも分からない様子でこちらへ走ってくる。
私の横にいた兵士が剣を構えた。
そして…………止まった。
ほんの一瞬だった。けれど、それで十分だった。
私は横から槍を突き出した。
眼窩から後頭部に向かって槍が貫き、子供の身体は支えを失ったように地面へ崩れ落ちる。その直後、煙の中から女が飛び出してきた。
「――!」
おそらく母親なのだろう。倒れた子供へ駆け寄ろうとする。
私は槍を返し、そのまま彼女も突くと、二人がほとんど重なるように地面へ崩れる。
横を見ると剣を止めた兵士は青ざめた顔でこちらを見ていた。
もちろん、その個人を責める気は私にはない。彼は平時と戦時の切り替えが苦手なだけなのだ。新兵のころは誰もが戦場に適応するまでに時間を要する。それと似たようなものなのだろう。
「敵が武器を持っているか、戦えるかどうかを、一人ずつ確かめる必要はないわ。ここに残っている者を残せば、あとでまた集まる。逃げた者を追う手間も増える」
燃える天幕の向こうで、また悲鳴が上がった。
「今日は戦い方を教えているんじゃない。終わらせ方を教えているのよ」
日が傾く頃には、宿営地だった場所は死体で溢れていた。車列沿いには老人の死体が転がり、天幕の入り口には子供の死体が折り重なるように倒れている。
剣についた脂と血を、近くの死体の服の端で拭う。どこかの敵将から奪ったものだったが、さすがにこれだけ斬れば、どんな名剣でも刃が鈍る。範を示すために、自ら首を刎ねて回ったのがよくなかった。素直に突いていればよかったけど…………。
もっとも、普段の戦場では槍を使うことが多い。剣をこれほど振るったのは久しぶりだった。狭い集落や宿営地では、長い槍よりも剣の方が取り回しやすい。
踏み荒らされた糞と血と煙の臭いが混じり、冬の乾いた風に乗って鼻を刺した。
あまりいい香りではない。けれど、今となってはそれほど嫌な臭いとも感じなくなっていた。
でも、きっとこうやって帝国の敵を滅ぼせば帝都での私の噂も良くなるはず。昔の私と帝国で戦ったことは確かだけど、こうやって帝国の役に立つことが分かれば…………
もう一度、死体の山に目を向ける。
そういえば、動物を絶滅させるときには、大きな動物ほど簡単なのだという話を聞いたことがある。個体数が少なく、見つけやすい。特に繁殖地が限られる動物などは、その傾向が強いのだという。
「そう考えると、人間というのはちょっと数が多いけど、なんとかなりそうな大きさね」
これからの作業を思い浮かべ、私は一人でうなずいた。
とはいえ、ここに転がっている死体のすべてが敵というわけではない。その中には、私自ら手討ちにした帝国軍兵士の死体も混じっていた。
「生きている者がいないか確かめろ」と命じていたにもかかわらず、それを怠り、まだ仕事が終わってもいないうちから勝手に略奪を始めたからだ。
命令違反である。しかも三人とも、自分たちが奪った品物を抱えたまま死んだ。
実にくだらない。
殺すことそのものを躊躇する兵士については、まだ理解できる。慣れていないのだから仕方がない。だが、命令された仕事を放り出して、自分の欲のために勝手な行動を取る者は駄目だ。
それでは軍隊ではない。
私は三人の死体をしばらくそのままにしておくよう命じた。
見せしめというほど大げさなものではない。単に、何をすれば罰せられ、何をすれば褒められるのかを、兵士たちには早いうちに覚えてもらった方がいいからだ。
そして次の冬営地からは、軍をいくつかに分けることにした。
それぞれ将軍に任せる。
「今後、働きの良かった部隊には家畜を多く配るわ」
集めた将軍たちにそう告げると、何人かが顔を上げた。
「兵士を倒したから偉い、女だから数えない、子供だから功績にならない………そういう区別は必要ないわ。残せと命じた者以外は全部、出来るだけ多く処分すること。それだけよ」
幕僚には各隊の結果を記録させることにした。誇張して報告する者が出るだろうから、将軍自身の申告だけを信用するつもりはない。鼻の数で最低限の確認をすればいい。
それに、競わせれば兵士も多少は熱心になる。
褒賞がある。隣の部隊には負けたくない。
それだけでも、人間は驚くほどよく働くものだ。
私は燃え残った天幕の向こうを眺めた。
兵士たちが家畜を集めている。
羊、馬、牛。
こちらはできるだけ傷つけるなと命じておいたので、思っていたより多く残っていた。
人間と違って、家畜はこれから役に立つ。人間も多少は良いけど、あんまり多すぎても使い道もない。土木工事に使えそうな者は多少残し、それ以外は持って帰るのにもコストがかかるのだ。なにより、敵が態勢を立て直す前に終わらせてしまわなくてはならない。
戦いで勝つことよりも、それを使ってその後ろにあるものを叩き潰すこと。後者の苦労というのは分かりにくいが、それだけ効果は大きいのだ。
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そろそろサブタイつけるべきか…………