虐殺姫は可愛くありたい 作:クロプトケープ
二か月ほどで、草原の北半分からは人間の姿が消え去った。もっとも、完全とは言えないが、帝国に味方するディディバウス族から宿営地候補や水場・塩場の情報を得て、あちこちに罠を仕掛けていたのだ。粗方大集団は殺しつくせたといっていいだろう。
そして、その戦利品は莫大なものだった。
馬や羊をはじめとした大量の家畜。金銀や装飾品。武具、馬具、上等な毛皮、フェルト、織物。それ以外にも、冬を越すために蓄えられていた食料や日用品まで、集めればきりがない。
あまりに量が多く、こちらの兵だけでは運びきれなかった。
そのため、ゴスティバル族の捕虜を少し多めに残し、荷車を扱わせ、家畜を追わせ、戦利品を後方まで運ばせることにしたほどだ。
戦利品の処分については、最初から決めていた。
まず馬と羊、牛などの家畜については、軍馬として使える馬、食料や補給に必要な家畜は軍が優先して確保する。その上で余ったものを各部隊へ分配する。
金銀や装飾品についても同様だった。
全てを国庫へ入れてしまえば兵士は面白くないし、全てを兵士に渡してしまえば遠征そのものが国家にとって赤字になる。
だから一定量を戦功に応じて分け、残りを帝都へ送る。
前の戦いで働きの良かった諸侯については、すでに領地へ帰してしまっている者も多い。そこで彼らから預かっていた兵士を帰還させる際、それぞれの主君の取り分も一緒に持たせることにした。
遠征から先に帰したからといって、功績まで消えるわけではない。そういうところで不公平感を残す方が、あとあと面倒だった。
武具と馬具については、まず軍の担当者に選別させる。
状態がよく、帝国軍ですぐ使えるものはその場で接収。修理すれば使えるものもまとめて後方へ送る。それでも余るものは帝都行きだ。売却して金に換えてもいいし、倉庫に入れて次の戦争に備えてもいい。
毛皮や織物も同じだった。北方ではありふれたものでも、帝都まで運べば値が上がる。
山のように積み上がった戦利品を眺めながら、私は帳簿を閉じた。
不要な人間が減り、家畜と財産は増えた。
少なくとも帝国にとっては、実に分かりやすい収支だった。
そして、捕虜についても使い道は決まっていた。
「ヘブロス川の治水作業へ送りなさい。あそこにはいくら人手があっても足りないわ。危険な仕事も多いから、使い捨てできる労働力は都合がいいはずよ」
ヘブロス川は、ゴスティバル族の根拠地である北方草原地帯の中央を、幾重にも蛇行しながら流れる大河だ。
大河とはいっても、水量が飛び抜けて多いわけではない。勾配の緩やかな平原を流れるうちに、長い年月をかけて何度も川筋を変え、その両岸には広大な氾濫原が形成されていた。
かつて川が流れていた場所には、三日月形の湖や細長い窪地が残っている。春には雪解け水で増水し、低い土地に水が溢れるが、夏になると水位は下がり、岸辺には青々とした草が生い茂る。
乾季になっても川が完全に枯れることはない。北方の山々から流れ込む水に支えられたヘブロス川は、草原で暮らす人々と家畜にとって欠かせない水源だった。
帝都から連れてきた技術者たちは、川岸に沿って土地の高低を測り、古い河道や低湿地の分布を調べていた。測量の結果は次々と図面に書き込まれ、私の机には、細かな数字と線で埋め尽くされた地図が積み上がっていった。
「殿下、こちらが堤防完成後の予想図です。季節によって水位は多少変動しますが、おおむねこの範囲が水没するものと考えられます」
技術者が広げた地図には、ヘブロス川の北岸を中心に、広大な土地が青く塗り分けられていた。
「素晴らしいわ。その計画で進めさせなさい。結局、ゴスティバル族に限らず、北方の蛮族というのは草原から発生するのよ。だから、できるだけ巨大な草原をつくらないこと。それが重要だわ」
もちろん、草原の全てを水に沈められるとは思っていない。丘陵地や標高の高い場所には水が届かないし、増水した川がどこへ流れるかを完全に予測できるわけでもない。
それでも、河口付近をせき止めれば、かなりの領域が水に沈む。
そう、私の計画というのは、河口付近に巨大な堰を築き、ヘブロス川の両岸を中心とした広大な土地を水没させ、沼地へと変えてしまうことだった。
かつて無数の家畜が草を食み、天幕が並び、人々が行き交っていた平原。そのかなりの部分が、将来は浅い湖や葦の茂る湿原になる。なかなか壮観な眺めになることだろう。
「害虫対策というのはね、目の前の害虫をいくら叩き潰しても、それだけでは駄目なの。大切なのは、そもそも害虫が発生しない環境を作ることよ。巣を取り除いて、住み着く場所そのものをなくしてしまえばいいの」
窓の外では、工事に動員された兵士やディディバウス族の男たちが、資材を積んだ荷車を運んでいた。彼らは帝国に協力することで、戦争が終わった後も自分たちの土地と家畜を守れると信じているのだろう。
実際、彼らはよく働いてくれている。川沿いの道にも詳しいし、資材の運搬にも随分と協力してもらった。ありがたいことだ。
「ディディバウス族の人たちも、まさか自分たちの生存圏を狭める工事に、自分たちの手で協力しているとは思わないでしょうね」
工事が終わるのは数年後になるという。その頃には、今とは随分と違った景色が広がっているはずだ。
「ふふ、数年後が楽しみだわ」
これで大半の捕虜については片付く。ただし、普通の捕虜に混ぜるわけにもいかず、別に拘束している者たちがいた。それが族長たちの一族だ。
「姫様、王家や族長らの一族はどうしますか? もっとも、男はあらかた討ち取っていますので、残っているのは女子供ばかりですが」
ヨアヒムに尋ねられて、私は書類から顔を上げた。
「ああ、あれね」
確かに、まだ処遇を決めていなかった。私としては、帝都で敵の象徴として公開処刑にするための駒が欲しかった。だけど、族長たちやそれに連なる成人男子はとっくに首になっていて、良さげな駒が残っていなかい。なんの文脈もなく女子供を処刑しても、あまり勝利を実感できないだろう。
それに、すでに主要な抵抗勢力は潰しているので、今さら一族を人質として抱えたところで、交渉相手そのものが残っていない。
どうしたものか。そう考えていると、ふと思い出した。
帝都を発つ前に読んだ、帝国の古い文献だ。歴代皇帝や将軍の凱旋について記録した随分と古い本で、言葉遣いも今とは違っていて読むのに苦労したのだが、その中に戦勝感謝祭についての記述があった。
かつて帝国では、大勝を収めた際、敵から十三人の処女を選び、神前で潰して?捧げる風習があったらしい。細かいところは上手く読めなかったけど、大事な部分は分かっている。
今では長らく行われていない、古い儀式だという。
なるほど。これはちょうどいい。
私はこれでも、帝国では客人という立場だ。その私が帝国軍を預かって戦争をしている以上、帝国の伝統や風習を軽んじていると思われるのはよろしくない。まして今回は、ゴスティバル族の王を討ち、その軍勢を壊滅させ、長年帝国北部を脅かしてきた勢力を屈服させた大勝である。
これほどの勝利なのだから、古式に則った感謝祭を催すには十分なはず。どうせ執り行うのなら、最高の形にしたい。
「あー、分かったわ。私と年が近い少女だけを集めて隔離しておいて、まずはラリサまで送って丁寧に扱うように。監視をつけて乱暴はさせないで。食事もちゃんとしたものを与えて、お風呂にも入れてあげなさい。服も……そうね、諸侯から私に贈られてきたドレスが余っていたでしょう。体格の合うものがあれば、あれを着せても構わないわ。それ以外はいらないから…………変なことに使われてもこまるし斬っておいて」
もったいない精神を発動しすぎると良くない。思い切ってそれ以外は斬っておくのも大切だ。
「はあ、分かりました」
ヨアヒムはいまいち納得がいかないような顔をしながらも、それ以上は何も言わず、命令を書き留めた。
儀式で使うものは大切に扱う。粗雑と思われがちな私にもその程度の気遣いはある。帝都に着く前に自殺されたら数が合わなくなってしまう。
何か引っかかるところでもあったのだろうか。けれど、わざわざ聞き返してくるほどのことでもなかったらしい。私としても、すでに決めた捕虜の処遇についていつまでも話しているつもりはなかった。
「それで、次は?」
私が促すと、ヨアヒムは一度だけ手元の書類をめくり、すぐに別の報告へ移っていった。
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