虐殺姫は可愛くありたい 作:クロプトケープ
帝都から連れてきていた技術者たちと文官にヘブロス川の工事を任せ、私はディディバウス族に見送られながらマグネシア領へと戻ることにした。
ディディバウス族をはじめとした残りのゴスティバル族についてもいずれは滅ぼす必要がある。すでに勢力は随分と小さくなっているし、背後の土地もゆっくりと沼地に変わるはずだ。今すぐどうこうする必要はなかった。
労働力を絞りだした後に、適当なところで反乱せざるを得ない状態に追い込んでしまえばいい。あそこまで戦力がすり減っていれば、もはや私が直接出向くほどの相手でもないだろう。反乱が起きたところで、ほかの将軍に任せれば十分なはずだ。
それよりも、早く帝都へ帰りたかった。
何しろ、随分と長いこと留守にしている。帝都のお菓子も食べたいし、久しぶりに何も考えずに過ごしたい。女の子らしい趣味というものの修練にも身を入れようと思っていたのに…………
けれど、残念ながら私にはまだラリサでやるべきことが山積みだった。ラリサ周辺の復旧工事は終わっていないし、マグネシア領の復興もようやく軌道に乗り始めたところだ。マグネシア公爵に丸投げしたい。だけど、領内をこっちの都合で荒らした以上は最低限のことはしないといけない。そういう義理を果たさないと諸侯の信頼を得ることは難しい。
戦争というのは、勝って終わりというわけにはいかない。軍を集める時には集める時の苦労があるけれど、解散する時にもそれはそれで面倒な仕事が山ほどある。
兵士の帰郷、軍馬や武具の返還、戦死者の確認、褒賞の分配。諸侯軍については、それぞれの領主への報告も必要だった。
それに加えて、以前にも増して北方諸侯からの陳情が舞い込むようになっていた。
軍馬を失ったので補償してほしい。隣の領主との境界を確認してほしい。あちらの家が受け取った褒賞は多すぎる。
本当に、次から次へとよく思いつくものだ。言い方は丁寧だし、こちらの裁定は受け入れる。とはいえ、それに甘えて道理に背いたことをやれば、彼らとは恐怖以外で結びつかない不安定な関係になってしまう。それは私にとっても帝国にとってもいいこととは思えなかった。瞬間的にはそれでもいいし、そうせざるを得ないことも多い。だけど、定期的に生贄を必要とするので面倒だ。
それに、どれも領主たちにとっては重要な問題なのだろう。私としても、轡を並べた戦友たる彼らの不満を放置しておくつもりはない。ただ、だからといって一日に何人もの話を聞かされれば、さすがに疲れる。ヨアヒムたちも各地の復興指揮に駆り出しているから、気軽に愚痴をこぼせる相手も少なかった。
そんな中で、ゴスティバル族から連れてきた族長の娘たちは、ちょうどいい話し相手になってくれた。
もちろん、彼女たちは捕虜だ。
帝都へ連れて帰ったら、予定どおり処刑するつもりでいる。けれど、それまでは別に冷たく扱う必要もない。私は彼女たちを苦しめたいわけではない。もったいない精神で何でも最期まで有効活用するというのは大事なことだ。
むしろ、私にとっては都合がよかった。
何しろ、いずれ死ぬのだから、彼女たちの前では多少お姫様らしくない振る舞いをしたところで問題にならない。私だって、いつでも凛々しく、威厳に満ちた大公女殿下でいるのは疲れるのだ。
彼女たちにはきちんとしたドレスを着せ、それなりの待遇を与えていた。
もっとも、何か特別な配慮をしたわけではない。もともと私のために用意されていた品々があったのだが、私は軍務で各地を飛び回ってばかりで、どういうわけかそれらを身につける機会がほとんどなかった。そのため、使わずに余っていたものを彼女たちへ回しただけである。
たとえば、諸侯から私への献上品の中には、上等なドレスや装飾品も少なくなかった。私一人で使い切れるような量でもないし、着る機会もない。だから、彼女たちに着せる衣装には困らなかったのである。
まあこれは、帝都での民衆へのアピールというのもある。ゴスティバル族の姫というのは帝都の民衆からしたら分かりにくい。というのも、遊牧民の衣装になじみがなく、服装から身分を推し量れないからだ。だからこそ、見て分かる高貴さというのは、戦勝記念の公開処刑には都合がいい。
彼女たちがしっかり処刑されるという役割こなしてくれるのならば、必要以上に痛めつける必要はない。思い切り泣き叫んで勝利を印象付けるのが仕事なのだから。
私は椅子に深く腰掛けると、背もたれに身体を預けた。
朝からずっと陳情を聞き、書類に目を通し、あちらこちらに命令を出していたのだ。少しくらいだらしない格好をしたって許されるだろう。
「はぁ……。本当に、面倒なことばっかりね」
思わず声が漏れる。
目の前では、色とりどりのドレスを着た少女たちが、所在なさげに立っていた。年頃も私とそう変わらない。帝都にいた頃なら、お茶会で顔を合わせてもおかしくないような娘たちだ。
私はそんな彼女たちを見渡し、思わず笑ってしまった。
「ドレスを着た女の子に囲まれていると、なんだか自分が姫ってのを思い出すわね」
誰も笑わなかった。
まあ、仕方がない。
彼女たちからすれば、私は父親や兄弟を殺した敵なのだから。とはいえ、だからといって私が気を遣う必要もないだろう。
「ねえ、あなたたちも座ったら? そんなに突っ立っていたら疲れるでしょう」
そう言って、私は侍女にお茶とお菓子を持ってこさせた。
どうせ帝都に着くまでは一緒なのだ。
せっかくなら、少しくらい楽しく過ごした方がいい。私は皿に並べられた焼き菓子を一つ摘まんだ。
「それにしても、早く帝都に帰りたいわ。こっちのお菓子も悪くないけど、やっぱり宮廷の料理人が作るものとは違うもの」
返事はない。
「あなたたちも、帝都に着いたら一度くらいは食べてみるといいわ。とっても美味しいのよ」
そこで、ふと気づいた。ああ、そうか。帝都では到着して早々に処刑する予定だった。それでは食べる暇がないかもしれない。
「……まあ、時間があれば、だけれど」
私はそう付け加えると、もう一つお菓子を取った。
そして、それと並行して凱旋式の準備を進めることにした。
何しろ、久しぶりの帝都への帰還。それも、今回は大勝利を収めた将軍としての凱旋である。
当然、皇子たちも見るはずだ。
ここはぜひとも、私の可愛らしい姿を見ていただかなくてはならない。
頑張れ、アイメレア。ここが勝負だぞ。
戦場ではあれほど活躍したのだから、今度こそ少しくらい興味を持ってもらいたい。
私は気合いを入れるために、ぺちりと両頬を叩いた。
よし。
凱旋式というのは思っていた以上に面倒なものだった。皇帝からはこちらに一任するとのことだったけど、それはそれでこっちで決めないといけない。
特に厄介だったのが、北方諸侯たちの扱いである。今回の遠征には多くの諸侯が参加していたし、彼らも当然ながら凱旋式に加わりたがった。
それ自体は構わない。問題は、誰をどこに並べるかだった。自分の軍功を誇示したい者、先祖代々の家格を持ち出す者、隣の諸侯より後ろを歩くのは面目が立たないと訴える者。
まったく、面倒くさい。
私としては戦場で役に立った順に並べればいいと思うのだけれど、貴族社会ではそう単純にもいかないらしい。結局、ヨアヒムたちと相談しながら、軍功と家格の両方を考慮して順番を決めることになった。
凱旋式の行列については、かなり大掛かりなものを予定している。
まず先頭を進むのは、帝国の軍旗を掲げた旗手たちだ。
その後ろには、逆さまに掲げたゴスティバル族の旗を並べる。
帝国の勝利と敵の敗北を、一目で分かるようにするためだ。
続くのは戦利品である。
北方から連れてきた大量の馬や羊、牛といった家畜。
荷車には奪い取った金銀財宝や装飾品、武具、馬具、毛皮などを積み上げ、帝都の民衆に披露する。
そして捕虜や敵将の首が続く。首に縄をかけ、いかにも捕虜らしい捕虜を演出して、勝利をアピールする。
もちろん、例の十三人の娘たちもここに加わることになるが、サプライズ要員なので馬車の中に入れて置く。せっかく綺麗なドレスを用意したのだから、汚さずに済むようにというのもあるし…………
その後ろには、今回の遠征で功績の大きかった兵士たちを並べる。
負傷した兵士についても、歩ける者は行列に加え、難しい者には馬車を用意する。彼らも帝国の勝利に貢献したのだから、きちんと民衆に称えてもらうべきだろう。
そして最後に、私を先頭として将軍や諸侯たちが続く。そのまま帝都の大通りを進み、宮殿前の大広場まで行進するという手はずだった。
そこで皇帝陛下に戦勝を報告し、戦の神への奉納を行うことになっている。
なかなか立派な凱旋式になりそうだ。
あとは私自身の準備である。
せっかくなのだから、鎧ではなくドレスを着たい。それも、とびきり可愛らしいものがいい。大軍を率いて敵国を滅ぼした将軍であることは、もう十分に示したのだ。
今度は私が可愛らしい姫であるということもアピールしなくては…………
やっぱり、白いドレスがいいかなぁ。
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