虐殺姫は可愛くありたい 作:クロプトケープ
テッサリア帝国の帝都カルディツァ。千年の繁栄を誇るこの都では、数限りない栄光が祝われてきた。外敵からの防衛、敵国の征服、長く続いた内乱に終止符を打つ大勝利。そうした祝うべき時に執り行われてきたのが、歴史ある凱旋式だ。
その始まりは、帝都の北の郊外にある広場。私が出発の演説を行った場所だった。
ここで陣容を整えた軍は、旧北門まで厳かに、整然と行進する。軍旗を立てる角度も、部隊の間隔も揃え、歩調を合わせて進むのだ。今では道沿いに商店や屋敷が立ち並んでいるが、かつて、この一帯は城壁の外だったという。その道を進み、古い門をくぐることで、遠征軍の帝都への帰還を示すのである。
旧北門は、周囲を市街に取り込まれた今も、往時の姿を残していた。分厚い石壁の上には歴代皇帝の勝利を刻んだ浮彫が並び、中央の大きなアーチを、左右の角塔が挟んでいる。今日はその塔から長い旗が垂らされ、門の下には礼装の衛兵が槍を揃えていた。
そこで私たちを出迎えるのは、帝都の長官と宮廷の儀礼官だ。
私は門前で馬を降り、帰還と戦勝を報告する。決められた文言を述べている間、広場を埋める兵たちも、門の向こうに集まった民衆も待たされることになる。なかなか勿体ぶった手順だけれど、千年も続く都の儀式なのだから、このくらいの重々しさは必要なのだろう。
やがて儀礼官が皇帝の名において入城を認めると、門上に並んだラッパが一斉に鳴り響いた。
私は再び馬に乗り、手綱を取った。
旧北門から先が、帝都の民に勝利を披露する凱旋の行進となる。
薄暗い門の下を抜けた途端、歓声が押し寄せてきた。
私が初めて帝都に来た時とは、打って変わった光景だった。
大通りの両側は、幾重にも重なる人垣で埋まっていた。衛兵が確保した行進の道へ身を乗り出す者もいれば、子供を肩に担ぎ上げて見せている者もいる。商店の上階では開け放たれた窓という窓に顔が並び、柱廊の屋根や建物の屋上にまで、人が鈴なりになっていた。
その間を、色とりどりの旗や布が飾っている。普段は看板の掛かっている商店の軒にも花の輪が下げられ、裕福な商人の屋敷からは、刺繍入りの敷布まで垂らされていた。大通りの先には神殿の白い列柱が日を浴び、その向こうに、宮殿の屋根が幾重にも重なって見える。
これほど大きな都の、これほど多くの人間が、私たちを見るために集まっている。
楽隊の音に混じって、勝利を祝う声が飛び交った。帝国を称える声に続いて、私の名が聞こえる。一人が叫ぶと、その周囲からも同じ名が上がり、やがて遠くの窓からまで呼びかけられた。
そちらへ顔を向け、手を掲げてみる。
途端に、声援が一段と大きくなった。
窓辺の娘たちが身を乗り出し、手にした花を撒いた。白や桃色の花びらが日に透けながら舞い落ち、馬のたてがみや、私の膝の上にも降りかかる。
うん、素晴らしい。
手を振れば、さらに振り返してくれる。少し微笑んでみるだけで、近くの人々が嬉しそうに顔を見合わせる。これだけ歓迎されて、悪い気分になるはずがなかった。
私を乗せているのは、ベリサデスの側近が乗っていた立派な白馬だ。
よく手入れされた毛並みは陽光の下で艶めき、たてがみには細い銀の飾り紐が編み込まれている。馬具も今日は凱旋式のために整えさせた。濃紺の鞍覆いには金糸で帝国の紋章を刺繍し、その縁を房飾りで囲んである。胸に渡した革帯にも磨き上げた金具が並び、馬が一歩進むたびに光を返した。
元の持ち主には悪いけれど、なかなか似合っている。
もちろん、その上に乗っている私もだ。
今日のために選んだのは、白い絹のドレスだった。胸元には小粒の真珠を縫い留め、襟ぐりから袖にかけて、銀糸で花と葉の模様をあしらってある。遠くから見ても白く美しく、近くで見れば細工の細やかさがわかる。そして動きやすい。そういう仕立てにしてもらった。
腰は幅広の飾り帯で整え、そこから下は、鞍にまたがっても窮屈にならないよう、たっぷりと布を取ってある。馬の背から左右へ流れる裾は細かな襞を作り、歩みに合わせて揺れていた。白馬の毛並みと重なってしまわないよう、裾の縁にも銀の刺繍が施されている。
肩から背へ垂らした薄青の外套は、胸元の宝石飾りで留めた。鎧の上に羽織るものよりずっと軽く、風を受けると、ドレスの白い袖からふわりと離れる。
髪も、今日は兜に押し込んでいない。丁寧に編ませた髪に真珠の飾りを留め、後ろへ流した髪が外套の上に広がるように整えてある。
支度には、なかなか時間がかかったけれど、その甲斐はあったと思う。
何しろ、今日は都中の人間が見るのだ。前の方で歓声を上げている者だけでなく、窓や屋上から眺めている者にも、私がどこにいるか、すぐにわかってもらわなければならない。白馬に白いドレスなら、その点でも申し分なかった。
それに、勝って帰ってきたからといって、鎧姿でなければならない理由もない。
私が戦に勝ったことは、先を進む敵旗や戦利品が十分に伝えてくれている。ならば私は、綺麗な姿で皆の声援に応えればよい。
沿道から、また私の名が呼ばれた。
今度は反対側へ手を振る。大人たちの間から懸命に腕を伸ばしていた子供が、飛び跳ねて喜ぶのが見えた。
私は口元が緩むのを、そのままにしておいた。
やがて行列は、宮城前の中央広場へと入った。
大通りを満たしていた歓声が、ここでは四方から響いてくる。広場を囲む建物の窓にも、柱廊の上にも人が並び、衛兵が押しとどめる人垣の向こうでは、後ろの者が少しでもよく見ようと背伸びをしていた。
その奥には、宮城の白い壁がそびえている。
広場の端に設けられた観覧席には、皇帝と皇子の姿があった。その左右を廷臣や貴族たちが占め、さらに後方には、色鮮やかな装いの令嬢たちが並んでいる。日除けの天幕の下で扇を動かす者もいれば、私の方を見ながら隣の者に何か囁いている娘もいた。
私はそちらへ微笑みを向けてから、馬を止めた。
広場の中央には、昨日のうちに組ませた木の台がある。遠くからでも上に立つ者が見えるよう、十分な高さを取らせていた。側面は布で覆ってあるが、階段へ足を掛けると、まだ新しい木の匂いがした。
裾を持ち上げ、一段ずつ上がる。
台の上に立つと、広場の大きさがよくわかった。
正面にも、左右にも、振り返った先にまで人の顔が続いている。その視線が私へ集まっていた。ここならば、これから何が行われるのか、十分に見てもらえるだろう。
私は裾を整え、顔を上げた。
楽隊の演奏が止まる。
衛兵が静粛を呼びかけると、近くから順に歓声が収まっていった。遠くにはまだ話し声が残っていたが、それも周囲に促されるように小さくなる。
「これより、帝国を守りたまう神に、このたびの勝利をご報告する」
声を張り、広場へ告げた。そして、用意しておいたメイスを軽く手に取る。
可愛らしい私の姿は、ここまでで十分に示せただろう。
白馬も、ドレスも、沿道へ向けた微笑みも、なかなか好評だった。けれど、凱旋式はそれだけでは終わらない。この遠征で軍を率いた将軍として、私には最後の勤めが残っている。
それこそが、帝都の民に、そして帝国に、勝利をはっきりと示すこと。すなわち敵の敗北と屈服を暴力と血によって、これ以上ない形で表現することだ。
台の上には、首を固定するための木製の台が据えられていく。
造りは簡単なものだった。膝をついた者が首を預ける横木と、身体の動きを抑えるための留め具。それが人の重みで揺れないよう、太い脚を足場へ固定してある。余計な装飾はつけさせていない。何のためのものなのか、見ればわかる形だった。
その前へ、数台の馬車が進み出た。
車輪が止まり、護衛の兵が扉を開ける。最初に姿を見せた娘は、差し出された兵の手と、その後ろに広がる人垣を交互に見た。降りるよう促されて、ようやく足先を踏み台へ下ろす。
続いて、残りの娘たちも馬車から降りてきた。
ゴスティバル族の族長の娘たちである。
皆、きちんと着飾らせてある。艶のある布を幾重にも重ねたドレスに、刺繍の帯。髪は結い直させ、耳元や胸元にも、それぞれの身分に見合う飾りをつけている。馬車から降りる際には、長い裾を汚さないよう、兵に手を添えさせたほどだ。
これなら、ただの捕虜だと思う者はいないだろう。
私たちが打ち破った相手にも、富があり、家柄があり、こうして美しく装う娘たちがいた。それが今、帝都へ連れてこられ、私の前に立っている。実際は私に送られてきたドレスや装飾品だが、それを使って彼女たちの身分は一目でわかるようにしておく必要があった。
娘の一人が、台の上を見た。
視線が私の顔から横へ移り、木製の台のところで止まる。胸元に添えていた手が、そのまま動かなくなった。別の娘は、広場の周囲を見回していた。人垣の切れ目を探すように顔を動かし、背後に兵が立っていることを確かめると、隣の娘へ身を寄せた。二人の袖が重なり、その陰で指が互いを掴む。
私は、兵たちの配置を見渡した。
馬車の脇も、階段の下も、問題はない。台の上で待つ者たちも、指示を待っていた。
「始めなさい」
兵が動いた。
娘たちは、近づいてきた兵の手に縄があるのを見て、初めてはっきりと身を引いた。一人が何かを言いかけたが、その腕はもう取られていた。背中へ回された両手に縄が掛けられ、手首を揃えて締められる。
隣の娘が掴んでいた指も、兵の手で引き離された。
衣装を整えたばかりの肩が、腕を後ろへ引かれて強張る。胸元の宝石が揺れ、結い上げた髪から細い後れ毛がこぼれた。
娘たちは縛られた手を動かしながら、兵の顔を見上げていた。何かを訴える声が、ここまでも聞こえてくる。けれど、兵は短く指示を返すだけで、それぞれの腕を支え、階段へ向かわせた。
最初の娘が、段の前で足を止める。
兵が腕を引くと、ドレスの裾が靴先に絡んだ。もう一人の兵が屈んで布を持ち上げ、足を置く場所を空ける。そうして一段ずつ、娘は私のいる高さまで上がってきた。
先ほどまで歓声を上げていた人々が、その様子を見つめていた。
後ろにいる者たちは、何が起きているのか確かめようと首を伸ばしている。観覧席でも、こちらへ向けられた扇のいくつかが止まっていた。
娘たちは順に台へ上げられ、木の台の前へ引き立てられた。
その一人が、私を見た。
白いドレスへ目を落とし、それから顔を見上げる。何か言ってもらえるのを待つように、唇がわずかに開いていた。
私はその視線を受けたまま、所定の位置へ進むよう、兵に小さく頷いた。
兵たちが娘の両脇へ進み出る。背後に回された両腕を縄で厳重に縛り、上半身にも縄を回して、腕を身体に固定した。娘が身をよじっても、動くのはドレスの裾ばかりだった。兵は縄に緩みがないことを確かめると、その両脇を抱え、木の台の前へ連れていった。
そこで、娘は足を止めた。
首を横に振り、身体を引こうとする。兵に腕を取られると、今度ははっきりと声を上げた。先ほどまで私へ向けていた言葉とは違う、広場の向こうまで届くような声だった。
それを聞いて、後ろにいた娘たちも騒ぎ始めた。
泣きながら何かを訴える者も、馬車の方へ戻ろうとする者もいる。けれど、すでに兵が周囲を固めていた。着飾った娘たちの列が乱れかけても、その外へ出られる者はいなかった。
最初の娘は台の前へ膝をつかされた。なおも顔を上げようとしていたが、やがて首を据えられ、留め具が閉じられる。兵が配置につくと、その姿は広場のどこからでも見渡せるようになった。
私は周囲へ目を向けた。
先ほどまで私の衣装を眺めていた人々が、今は娘たちを見ている。後ろの者に何か説明している男がいた。隣の者と笑い合う者も、黙って台を見つめる者もいた。娘の一人が大きな声を上げると、人垣のあちこちで首が伸びた。
そう、この姿を見せるために、彼女たちをここまで連れてきたのだ。
美しい衣装も、髪飾りも、わざわざ身に着けさせたものだけど、その効果は大きい。遠目にも高貴な身分だとわかる娘たちが、今は兵の指示一つで動かされている。かつてなら彼女たちの命令に従った者が大勢いたはずだが、この広場には、その命令を聞く者はいない。
帝都の民にとっては、長く語り草になる見世物になるだろう。そして、その話をするたびに、誰を打ち破ったのかも思い出すことになる。
誰が勝ち、誰が敗れたのか。
凱旋式は、それを帝国の民に示すための場だった。
私は広場の正面へ向き直った。背筋を伸ばし、声が遠くまで届くよう、ゆっくりと息を吸う。
「帝国の偉大なる勝利と、我らをお導きくださった神々の恩寵に、心より感謝を捧げます!」
私の声に合わせ、儀礼官たちが頭を垂れた。
「長きにわたり帝国の北方を脅かしてきた者たちは、今やその王を失い、軍勢を打ち砕かれ、我らの前に屈しました。我らが取り戻した土地には再び帝国の旗が翻り、敵が誇った富も武具も、今ここに、勝利の証として並んでおります!」
私は一度言葉を切り、広場に並べられた戦利品へ手を向けた。
「この勝利は、神々の御加護と、皇帝陛下の御威光、そして遠征に加わった将兵たちの献身によって成し遂げられました。ここに帰還した者にも、戦場に倒れた者にも、その功にふさわしい誉れが与えられますように!」
軍旗の下で、兵たちが胸を張った。沿道から続いてきた歓声がまた上がりかけ、儀礼官の掲げた手を見て静まる。
私はその静けさを待って、先を続けた。
「古来、我らが帝国には、大いなる勝利を収めたとき、十三の供物を神前に捧げ、その恩寵に感謝する習わしがございました。今ここに、歴代の皇帝陛下が守り伝えてこられた儀礼に倣い、勝利の証たる十三の供物を、神々の御前に捧げます!」
背後で娘たちの声が重なった。私は顔を上げ、観覧席にも、その向こうの宮城にも届くつもりで告げた。
「どうか神々よ、我らの感謝をお受け取りください。この捧げ物が、帝国のさらなる繁栄と、皇帝陛下の御代の安寧をもたらしますように。そして今日の勝利が永く記憶され、我らの子々孫々に至るまで、御加護が絶えることなく続きますように!」
メイスの柄を握ると、その重さが掌に収まった。私は裾を踏まないよう足元を確かめ、一人目の傍らへ進んだ。
「偉大なる皇帝陛下に栄光あれ! 我らが帝国に、永遠の繁栄あれ!」
唱和が広場に響いた。私はメイスを振り上げた。
空を切る音に続いて、鈍い衝撃が柄を伝わった。
中身が噴き出して私のドレスを真っ赤に染める。
思っていたほど、声が上がらない。
先ほどまであれほど熱心に私の名を呼んでいた人々が、今は口を閉じて台を見つめている。最前列では胸元に手を当てている者もいた。隣の者が何か言いかけると、肘で制して黙らせている。
なるほど。神々へ供物を捧げると宣言したのだから、祈りの途中だと思っているのかもしれない。
私は儀礼官へ目を向けた。彼もまた、頭を垂れたままだった。これでは民衆も、いつ声を上げてよいのかわからないだろう。
「顔を上げなさい。今日の勝利は、この広場にいる皆が喜んでよいものです。北方の敵を恐れ、遠征軍の帰りを案じていた日々は、終わったのですから」
私は隣の娘へ歩み寄った。
私が近づくと、その娘は顔をこちらへ向けようとしながら、大声で何かを訴え始めた。言葉を重ねるあまり息が続かず、途中から泣き声になる。その先には目を閉じて祈り続ける者も、声を出せずに肩を震わせている者もいた。
私はその娘へ向き直り、足を踏み直した。今度は身体をひねり、その回転に乗せてメイスを横薙ぎに振るった。衝撃で固定していた器具ごと壊れ、娘の体が崩れ落ちる。
切れ味を気にしなくていいのがメイスのいいところだ。固定された頭部に一定以上の力で叩きつければいいだけなのだから。
私は一人ずつ、自分の手で儀式を進めた。
将軍として勝利を報告する以上、その最後まで私が務める。民衆には、敵の敗北と私の姿を、一緒に覚えてもらいたかった。
大公国にいた頃、公都では、不安そうな顔をよく見た。
商人は次の街道が閉ざされることを心配し、親たちは子供が兵に取られる噂に怯えていた。少し悪い知らせが届くだけで、人々は声を落とし、明日の暮らしまで危うくなったような顔をした。
必要なのは、自信だった。
自分たちは守られている。こちらには、敵を打ち破る力がある。そう信じられなければ、勝利を知らせる布告を何枚出しても、次の噂に負けてしまう。
この広場にいる者のほとんどは、戦場を知らない。敵の軍旗が倒れるところも、その軍勢が退いていくところも見ていない。
だから、勝利を見せる。
私には、公開処刑もそのためのものだった。昨日まで恐れていた相手が、今日は帝都の兵に引かれている。その光景を、自分の目で確かめてもらうのだ。
皆が何を持ち帰るのかは、まだわからない。
だけど、少なくとも、今日のことを忘れはしないだろう。
感想・お気に入りよろしくお願いいたします。
すみませんが、しばらく不定期更新になりそうです。