虐殺姫は可愛くありたい 作:クロプトケープ
ラリサへ連れて来られてから、数日が過ぎました。
その間も、私たちは変わらず丁重に扱われていましたが、自分たちがなぜここへ集められたのかは、誰も教えてくれませんでした。
ただ、少なくとも私たちをここへ集め、こうして丁寧に扱うよう命じた人物が誰なのかは、ほどなくして分かりました。
ある日のこと、その本人が私たちの様子を見にやって来たのです。
アイメレア姫でした。
今回の遠征軍を率いる帝国の総指揮官であり、お爺様を戦場で討ち取った張本人だと聞いていたので、どれほど恐ろしい人なのだろうと身構えていましたが、実際に会ってみると拍子抜けするほど普通の女の子でした。歳も私たちとそれほど変わらず、軍装を脱いでしまえば、とても何万もの兵を率いて草原へ攻め込んできた人には見えませんでした。
それからもアイメレア姫は仕事の合間になると時折私たちのところへやって来て、お菓子を食べながら取り留めのない話をしていきました。
帝国の暮らしや食べ物の話をしたかと思えば、最近は皇子様との関係がうまくいかないらしく、どうして避けられるのか分からないと本気で悩んでいる様子まで見せました。お爺様の仇であり、街には彼女が作らせた戦勝塔まであるという話なのに、目の前にいるアイメレア姫からは、そんな恐ろしい姿をどうしても想像できませんでした。
最初は警戒していた妹はすぐに懐き、私もいつしか彼女が訪ねてくるのを楽しみにするようになりました。強くて、綺麗で、私たちには優しく、それなのに皇子様のことになると年頃の少女らしく悩んでいる。その姿は、敵であることを忘れてしまいそうになるほど魅力的で、いつしか私は、アイメレア姫という人を素敵だと思うようになっていました。
帝都へ向かうという日、私たちは外の見えない馬車に乗せられました。
ラリサまで連れてこられた時とは違い、窓には覆いが掛けられ、外の様子を窺うことはできませんでした。それでも帝都へ入ったことだけは、すぐに分かりました。馬車の外から聞こえてくる音が、それまでとはまるで違っていたからです。
大勢の人々の歓声が聞こえていました。
最初は何事なのか分かりませんでしたが、耳を澄ましているうちに、帝国軍の勝利を祝っているのだと気づきました。楽器の音や兵士たちの足音も聞こえ、時折アイメレア姫の名まで叫ばれています。
どうやら、私たちゴスティバル族に対する戦勝を祝う凱旋の最中らしいのです。
なのになぜ、馬車で隠されて運ばれているのか不思議です。帝国の風習なのかもしれません。
何も聞かされていなかった私は困惑しましたが、しばらく考えているうちに、それなりに納得できる理由を思いつきました。
おそらく、形式上必要なのでしょう。
私たちは敗れた王家や族長たちの娘です。帝国の人々からすれば、私たちがここにいること自体がゴスティバル族に勝った証になります。皇帝に献上されるのか、それとも民衆の前に姿を見せてから、どこかの貴族のもとへ預けられるのか。それは分かりませんでした。
けれど、それほど酷いことにはならないだろうと思っていました。
ラリサでの扱いが、あまりにも丁寧だったからです。
そう思っていられたのは、馬車から降ろされるまででした。
扉が開き、眩しさに目を細めながら外へ出ると、そこは帝都の中央にあるらしい巨大な広場でした。建物の窓や屋根にまで人がいて、広場を取り囲むように、数え切れないほどの群衆が集まっています。
私たちが姿を現すと、その歓声がさらに大きくなりました。
お祭りというのは、こういうものなのでしょうか。
そう思いながら兵士に促されて歩いていくと、広場の中央に設けられた大きな木造の壇が目に入りました。
そこで、足が止まりそうになりました。
壇上には、奇妙なものが並べられていました。
木で作られた固定具のようなものです。
同じ形のものが、横一列に十三個。
どうして十三個なのだろう。
そう考えた直後、私は自分たちの人数を数えてしまいました。
十三人でした。
私と妹を含め、ラリサから連れてこられた族長の娘は、ちょうど十三人。
その瞬間、胸の奥に冷たいものが広がりました。
けれど、まだ意味までは分かりませんでした。
敵国の王族や族長の娘を、民衆の前で晒し者にするのでしょうか。あそこへ並ばされ、帝国に服従したことを宣言させられるのかもしれません。
屈辱的ではあります。
それでも、生きていられるのなら耐えられます。
そして壇上に一際目立つ純白のドレスに身を包んだアイメレア姫の姿を見つけた時、私はむしろ安心してしまいました。
知っている人がいたからです。ラリサで何度も私たちのところへ遊びに来て、一緒にお菓子を食べ、皇子様とのことで悩んでいた、あのアイメレア姫でした。
この人なら大丈夫だと思いました。
少なくとも、私たちに理由もなく酷いことをするような人ではない。これも帝国の古い儀式か何かで、終わればまた笑って事情を説明してくれるのだろう。
そんなことさえ考えていました。
やがてアイメレア姫が前へ出ました。
広場を埋め尽くしていた歓声が静まり、彼女の声を待つように人々が口を閉ざしていきます。
そして、私が何度も聞いた声で、彼女は告げました。
「帝国の勝利を祝って、戦の神に十三人の処女の命を捧げます。願わくば、この勝利を神がお受け取りになり、帝国にさらなる繁栄をもたらされますように」
最初は、意味が分かりませんでした。
十三人。処女。捧げる。
一つ一つの言葉は理解できるのに、それらが自分たちと結びつくまでに少し時間がかかりました。
そして、アイメレア姫の手に握られているものを見ました。
金属製の、大きな槌のようなものでした。
そこでようやく、壇上に十三個並べられた固定具の意味が分かりました。
「いや……」
誰の声だったのか分かりません。
私だったかもしれません。
気がついた時には身体が勝手に動いていました。馬車へ戻ろうとしたのか、人混みへ逃げようとしたのか、自分でも覚えていません。ただ、この場所から離れなければならないということだけが頭を占めていました。
当然、逃げられるはずなどありませんでした。
数歩も進まないうちに兵士に腕を掴まれました。
「離して! お願い、離してください! 私は何もしていません!」
必死に身体を捩りましたが、敵うはずもありません。ラリサで大切に扱われ、汚さないようにとまで言われて着せられたドレスの上から、今度は容赦なく縄が掛けられていきました。
そこで初めて、あの厚遇の意味まで理解してしまいました。綺麗な服も十分な食事も、私たちだけを別にして守っていたことも全部、この日のためだったのです。
「どうしてですか!」
私は縛られながら叫びました。視線の先にはアイメレア姫がいました。
「どうしてですか! 私たち、一緒にお話ししたではありませんか! お菓子も食べましたよね! 妹だって、貴女のことを――」
返事を聞く余裕もありませんでした。
一人ずつ、壇上へ連れていかれます。そして十三人が、それぞれ別の固定具の前へ立たされました。
私は必死に抵抗しましたが、すぐに両腕を後ろへ回され、手首を重ねるようにしてきつく縄を掛けられました。そのまま兵士に両脇を抱えられて引き上げられ、身体を押さえつけられます。後ろ手に縛られているため手をつくことも、首元の固定具を払いのけることもできず、どれほど身を捩っても、ただドレスの裾が乱れるだけでした。
「嫌です、待ってください! お願いですから――」
訴えても兵士たちの手は止まりませんでした。首を所定の場所へ入れられ、そのまま木の固定具を閉じられると、身体を起こそうとしても首だけがそこに残され、ほとんど身動きが取れなくなりました。逃げなければならないのに、後ろ手に縛られた両腕は何の役にも立たず、足を動かしたところで首を押さえられている以上、どこへも行けませんでした。
十三人は壇の縁に沿って、それぞれ外側を向くように並べられていました。だから他の娘たちがどうなっているのかはほとんど見えませんでしたが、すぐ隣だけは視界の端に入ります。
そこにいたのは妹でした。
妹も私と同じように両手を後ろで縛られ、あれほど喜んでいた綺麗なドレスのまま、木の固定具へ首を入れられていました。必死に身体を起こそうとしているのでしょう。肩が何度も上下し、そのたびに背中で結ばれた縄が食い込んでいました。
「帝国の偉大なる勝利と、我らをお導きくださった神々の恩寵に、心より感謝を捧げます!
長きにわたり帝国の北方を脅かしてきた蛮族は、今やその王を失い、軍勢を打ち砕かれ、我らの前に屈しました。これもひとえに神々の御加護と、皇帝陛下の御威光、そして勇敢なる将兵たちの献身によるものです!
古来、我らが帝国では、かくも偉大なる勝利を収めた際、十三の供物を神前に捧げ、その恩寵に感謝する習わしがございました。今ここに、偉大なる先帝たちの伝統に倣い、勝利の証たる十三の供物を、神々の御前に捧げます!
どうか神々よ、我らの感謝をお受け取りください!この捧げ物が、帝国のさらなる繁栄と、皇帝陛下の御代の安寧をもたらしますように!
そして今日の勝利が、帝国の歴史に永く刻まれ、我らが子々孫々に至るまで、神々の御加護が絶えることなく続きますように!
偉大なる皇帝陛下に栄光あれ! 我らが帝国に、永遠の繁栄あれ!」
そう、アイメレア姫の澄んだ声が、広場に高らかに響き渡っていました。
その声は明るく、晴れやかで、まるでこれから素晴らしい祝典が始まるかのようでした。
その時、列の一番端から悲鳴が上がりました。
何をされたのかは見えませんでした。
ただ、甲高い悲鳴の直後に、重いものを力任せに叩きつけたような鈍い音が響きました。それまで勝利に沸いていた観衆からも悲鳴が上がり、広場の空気が一瞬にして変わりました。
続いて、また音がしました。
一人目とは少し違う声でした。
そこでようやく分かりました。端から、一人ずつなのです。私は十三人の中ほどにいました。妹は、その隣にいます。
次の音がしました。そして、また次。
見えないからこそ、どこまで来ているのかを数えられてしまいました。
広場の歓声はもう聞こえませんでした。ざわめきと泣き声、それから固定具を揺らして逃れようとする娘たちの叫びだけが耳に入りました。
その中に、ひどく場違いな音が混じっていることに気づきました。
鼻歌でした。
誰かが、鼻歌を歌っていました。
聞き覚えがありました。
ラリサでお菓子を食べていた時にも、アイメレア姫が機嫌のいい時に時折口ずさんでいたものです。
そのことに気づいた瞬間、身体の震えが止まらなくなりました。
あの人でした。
私たちと笑っていた人が、今も同じように鼻歌を口ずさんでいるのでした。
隣で妹が泣き叫びました。
「お姉様、嫌です! 私、死にたくありません! お姉様、助けてください! お願いですから、こっちを見てください!」
「大丈夫だから! 私がいるから、お願い、暴れないで!」
何が大丈夫なのでしょう。
私自身、後ろ手に縛られ、首を固定されて、指一本妹へ伸ばすことができないのに。
それでも、それ以外の言葉が出ませんでした。
「お姉様、手を握ってください! お願いです、怖いです! 一人にしないでください!」
妹も分かっているはずでした。私の両手も背中で縛られているのですから、手を握れるはずがありません。
それでも何度も同じことを叫びました。
私は妹の名前を呼び続けることしかできませんでした。
また、鈍い音がしました。
鼻歌が、すぐそこまで近づいていました。
「お姉様! お姉様、お願い――」
不意に、衝撃音とともに妹の声が途切れました。
視界の端を赤いものが横切り、頬に生温かいものが散りました。
私は妹の名前を呼びました。
返事はありませんでした。もう一度、呼びました。
けれど、隣から聞こえてくるのは、あの楽しげな鼻歌だけでした。
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