虐殺姫は可愛くありたい   作:クロプトケープ

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第五話

宮殿へと続く石造りの坂道を進むと、重厚なアーチを支える門がそびえ立っていた。

 

巨大な鉄格子の落とし扉。弩を構えた城衛兵。刃のように研ぎ澄まされた静寂。

門の左右に整列した騎士たちだが、その槍の石突がわずかに震えていた。

 

「ボ、ボイオティア公国……アイメレア公女殿下……!こ、これより…………!」

 

門番長らしき騎士がそういうが、その声は上ずり、震えていた。

 

「ここまででいいわ。ヨアヒム! 最低限の人員だけで行くわよ!それ以上は攻め入りに来た軍勢と誤解されるわ。宮殿の中で騎士をぞろぞろ連れて歩くなんて論外よ」

 

本音を言うなら、本来は向こうが何名まで入ってよいか提示するのが礼儀として普通だと思うのだけど。

そういえば、片手に槍を構えたままだったことを思い出す。不意打ちに備えていただけとはいえ、これは脅しに近い行為に取られていたのかもしれない。

 

私は馬を降り、ヨアヒムと十数名を従えて前へ進んだ。その瞬間、近衛騎士たちの間に緊張が走る。

 

 

私は丁寧に微笑んだ。

 

「案内、ありがとう。これで通れるかしら?」

 

すると門番長が、死刑宣告でも受けたかのような顔で叫ぶ。

 

「お、お待ちくださいませ!!この門より先は……武器の持ち込みは……」

 

 

槍や弩が一斉にこちらへ向かう中、一人、外交官が慌てて門の奥から飛び出してきた。その顔面は蒼白そのもの。まるで全責任を負わされる小役人のように震えている。

 

「姫殿下っ!!恐れながら……この先への武器の持ち込みは一切禁止でございます!」

 

「まあ、当然よね。どうぞ。」

 

あっさりと答えた瞬間、外交官は逆に目を丸くした。いや、日常過ぎて忘れていただけなんだけど……

 

「……よ、よろしいのですか?」

 

「ええ。戦いに来たんじゃないんだから。」

 

外交官は安堵の息を漏らし、その場に膝をつきかけた。流石にこの扱いには私もため息を漏らさざるを得ない。

「……そんなに怯えなくてもいいのに。まあ、これお気に入りの品だから、丁寧に保管しておいてくれると嬉しいわ。」

 

そう言って剣を渡すと、外交官は半泣きで頭を下げ、武具をまるで 呪いの品でも扱うような手つきで受け取った。

 

ヨアヒムが横でぼそりと呟く。

 

「姫様が一番の化け物に見えるのが問題なんですけどね……」

 

「なにか言った?」

 

「いえ!? 何も!」

 

ヨアヒムは深くため息をつきつつも、短く敬礼した。

 

 

 

 

 

 

謁見の間の巨大な扉が、低い重音を響かせながら開いた。

天井は高く、黄金の梁が蜘蛛の巣のように伸び、宝石を散りばめた巨大なシャンデリアが燦然と輝いている。

壁には、帝国の歴代皇帝の武勲を描いた巨大なタペストリーが並び、深紅と金を基調とした豪奢な装飾が空間を支配していた。

赤い絨毯が王座の前まで伸び、その両脇には騎士団が、その後ろには貴族たちが整列している。

 

 

私が歩みを進めるたび、 鎧の下で息が震え、膝がわずかに揺れるのが見えた。

……そんなに怖がらなくても。私はただ、挨拶しに来ただけなんだけど

そう思いつつ、私は堂々と絨毯を進んだ。背筋を伸ばし、純白のドレスの裾が静かに床を滑る。

王座の前で足を止め、ゆっくりと顔を上げるとそこに座する男の姿が目に入った。

 

帝国皇帝 アウグスト四世。

 

黒と金の儀礼衣を纏った威厳に満ちた堂々たる雰囲気。玉座に座しているだけで空間を支配するような威厳を放っていた。

凍てつくように鋭い眼差しだが、その瞳に宿っていたのは敵意ではないように感じる。

 

「遠路よく来た、アイメレア殿。まずは……帝国を代表して謝罪せねばならぬ。」

皇帝はゆっくり立ち上がった。周囲の廷臣が驚きに息を呑む。

「本日、姫殿下を襲撃した愚か者がいた。帝国はこれを断じて許さぬ。必ずや厳罰をもって裁くことを約束しよう。」

その声音には、政治的体面ではなく、客人を守る目的の本気が宿っていた。

私はそっと微笑む。

「お気になさらず。帝国として裁いていただけるのなら……安心ですわ。」

道中で襲ってきた賊は何度も処分してきたけれど……埋めるのが面倒だったのよね。吐かせておきたいような情報もないから帝国が全部やってくれるなら助かるわ。

 

続いて侍従長が進み出て、講和に関する条項を淡々と読み上げる。

テッサリア帝国とボイオティア公国の和平。領土と国境の相互不可侵。あとは私の扱いに対する確認。

もっとも、これらは既に何度も確認された内容なので、私は公国の代表としてそれを承認するだけだ。

こうして儀式は粛々と進められ、廷臣たちは固唾を呑みながら見守っていた。

 

それらの儀式が一通り終わると皇帝は満足げにうなずき、手を振って三人の皇子を呼び寄せた。

 

 

重い沈黙の中、緊張で顔がこわばった若い皇子が赤い絨毯の上へと進み出る。

 

 

 

私はそっと視線を上げ、目が合った瞬間、胸が小さく跳ねた。

 

……えっ

 

 

赤い髪を後ろで束ね、深い紺色の儀礼衣をきちんと着こなした立ち姿。

 

静かな灰金色の瞳は、戦場で震えていたときの印象とはまるで違い、どこか芯の通った誠実さを感じさせた。

 

……あれ? こんな人だったかしら

 

そう思わずにはいられないほど、整った所作と落ち着いた雰囲気があった。

荒々しさも鋼の匂いもなく、むしろ宮廷らしい洗練を纏っている。

 

私がずっと見てきたのは、煙と血の匂いが混ざる荒々しい世界。剣を握らなければ守れない場所ばかりだった。

 

けれど、いま目の前に立つ皇子には、そのどれとも異なる。穏やかで、傷のない世界の気配があった。

 

ほんの一瞬だけ、胸が静かに揺れた。

 

自覚した途端、頬の奥がふっと温まった気がして、私は慌てて視線を下へ落とした。

 

 

エリアス皇子は緊張しているのか顔を引きつらせながら、必死に頭を下げた。

 

「は、初めまして……アイメレア殿下。ど、どうか……その……よろしくお願いいたします……!」

 

私も静かに頭を下げる。

 

 

 

その瞬間、一度だけ視線がかち合った。

 

ほんの一瞬、互いの表情が固まる。

 

思わず素直な感想が漏れそうで、慌てて口を引き結ぶ。あちらも目をいったん合わせてから逸らした。皇帝はわざとらしく咳払いをして、場を仕切り直した。

 

「いずれは、いずれはだ。急かすつもりはない。まずは互いに信を結び、同盟を固めるところから始めよう。」

 

エリアスを含めた皇子たちは、安堵の息を吐くように深く頭を下げた。私も丁寧に礼を返し、謁見の儀は静かに幕を下ろしていった。

 

 

 

 

 








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