虐殺姫は可愛くありたい 作:クロプトケープ
謁見が終わると、侍従長が恭しく一歩前へ進み、銀の飾りのついた杖を軽く床に突いた。
「アイメレア殿下。ご滞在の間、殿下には宮殿の西の楼の一部をご提供いたします。書庫と庭園に面した静かな場所でございます。」
皇帝もゆっくりとうなずく。
「この都では、そなたに安らぎを得てほしい。不自由があれば直ちに申すがよい」
私は丁寧に礼を返した。
「お気遣い、痛み入りますわ。」
侍従長が先導し、エリアスたち皇子が控えの間へ下がる中、私は近衛に囲まれながら長い回廊を歩いた。
白い大理石の床、陽光を反射するガラス窓、夜会の肖像画が並ぶ重厚な壁。
そのどれもが、ずっと戦場で暮らしていた私には、やけに静かで、落ち着かない。だけど、同時にこれからの生活に心が躍るものだった。
案内された宮殿は、庭園を望む明るい廊下と、香木の匂いがする静かな部屋が並ぶ別世界だった。
扉が閉じられ、侍女たちが下がると、ようやく、私は大きく息を吐いた。
「……はあ。緊張した。」
窓辺に歩み寄り、帝都の屋根が連なる景色を眺める。
柔らかな午後の日差しが瓦屋根の上に反射し、戦とは無縁の、平穏そのものの光景だった。
視線を庭園側へ向けると、静けさとは真逆の光景が広がっていた。
公国から同行してきた侍女たちが、早くも部屋の中を忙しなく動き回っていた。
わずかに苦笑しつつ見守っていると、侍女の一人が目を丸くした。
「執務机がありませんわね……どうしましょう」
……まあ、ないのも当然よね
帝国側の女官は私がここで執務なんてしない前提だったのだろう。戦場ですら書類を処理していた癖が抜けないだけで、普通の公女はこんな机を必要としない。
「任せてください姫様。こういうのは手が早い連中がいますから」
悪ノリか本気か分からないヨアヒムが指示を飛ばすと、
公国から随伴してきた兵士たちが、帝国の宮廷役人を引き連れて走り回り始めた。
まもなく、どこからともなく巨大な執務机が運び込まれてくる。
帝国の役人らしき男が汗だくで不手際を詫びてくるが、間違いなくこちらの常識がおかしいだけだ。
「でっ……殿下の御為なら、この程度……な、何でもご用命くださいませ……!」
私もそうだけど、なんで当然みたいな雰囲気で机が出てくるの……?
よく見ると、侍女たちも騎士たちも全員同じ表情でうなずいていた。
「姫様は執務机が必要ですものね」
「むしろ無いほうが不自然です」
思わず額を押さえながら、私は机や執務用の道具類であっという間に狭くなった部屋に目を向けた。
精巧な彫刻、磨かれた天板、戦利品の旗と武器のレプリカそれらが勇ましさを感じられるように配置されている。
立派ではある。重厚でもある。
だが、どう見ても優雅な姫君の私室ではない気がしてならない。なんか砦で使っていた部屋と雰囲気が似てきてるような……
私は思わず額を押さえた。
……おしゃれにしたいけど、センスが分かんないなぁ……
天井を見上げ、ため息をつきながら首を傾げる。
旗か武器の配置が悪いのかな?もしかして……騎馬像の彫刻を足せばバランスがよくなる?馬に乗って槍を構える像とか……
実家の城は小さくて古かったので、内装の豪華さなんて気にしたこともなかった。
駐屯していた砦にいたっては、奪った敵旗をとりあえず壁に貼っていただけの生活で……
「姫様、騎馬像を増やしたら雰囲気がまとまるとか、そういう方向には行かないでくださいよ?」
隣でヨアヒムが半眼で釘を刺してくる。
「……言ってないわよ?」
私はむっとしながら視線をそらした。
せめて、この執務机くらいは姫らしく使いたい。
そう思って机の前に立つと、磨かれた木目が柔らかな光を返し、ほんの少しだけ気持ちが落ち着いた。
……そうだわ
これまで考えてきたこと。戦の中で学んだこと。そして、残しておくべき記録。
次代のためでも、亡くなった者たちのためでもいい。私にしか書けないものがある気がする。
「本に……まとめてみようかしら」
口に出してみると、その響きはとても静かで穏やかだった。
戦場を駆け回っていた時には思いつきもしなかった、平和にふさわしい、優しい趣味。
執務机にそっと手を置き、私は小さく微笑んだ。
新たな居室がようやく片付きはじめた頃、控えめなノック音がした。
「アイメレア殿下。皇女殿下がお見えです」
侍女の報告に、私は思わず瞬きをした。
皇女さまが……?
入ってきたのは、幼く小柄でそして品のある少女だった。
ふわりと揺れる優しい茶髪に、宮廷らしい柔らかなドレス。その両眼に怯えの色はなく、どこか期待に輝いていた。
「はじめまして、アイメレア殿下!わたくし、アマーリエと申します!」
まるで光そのものみたいに明るい笑顔で、彼女は勢いよく頭を下げる。
「ずっと……あなたにお会いしたかったのです!」
「え、わたしに?」
アマーリエは頬を赤くしながら、胸元に抱えていた本を差し出した。
「これ……ご存じでしょうか?」
それは帝都で流行している軍記物語のようだった。英雄譚の主人公が、絶望的な戦況を知略で覆す話。
アマーリエはきらきらした目で続けた。
「戦場で大勢の民を救い、悪しき軍勢を退け、国を守るために剣を振るった英雄……そういう方に、ずっと憧れておりました!」
……絶対、勘違いされてる
心の中で私は頭を抱えた。
きっと周囲の大人たちが、この子には刺激の強い部分をぼかして伝えたのだろう。その結果、私がまるで本に出てくるような高潔な英雄として美化されてしまっている。
いや……私、そんな立派な人じゃないのよ……
村人を皆殺しにした後で飲めなくなるように井戸に死体を詰めてみたり、都市の住民を根絶やしにしてから灌漑とか水道までしっかり破壊してみたりね。少し手間はかかったけれど、あの土地はしばらくは人の住めない無人地帯になったはず。
……でも、そんなことを正直に話してしまったら、きっと怖がられちゃう。
帝都では怖がる人が多いのに、この子だけは怖がっていないのに……。わざわざ自分から距離を置かれるような真似はできないわ。
それに、皇子らとの関係を考えても、その幼い妹に懐かれているというのはポイントが高いはず。
そんなことをうじうじ考えている私をアマーリエ皇女は信じられないほど無垢な瞳でこちらを見上げている。やはり怖れの色はどこにもない。ただ、憧れと期待だけ。
もしかしたら……これまであまりできなかった女の子の友達になれるかもしれない。
胸の奥が、ほんの少しだけあたたかくなった。
「ええ、もしよければ少しお話しようかしら」
「本当ですか? じゃあ、お茶を用意させますね!」
彼女はぱっと顔を輝かせ、スカートの裾をひらりと揺らして立ち上がった。
私よりは5歳は幼いのに、その仕草のなんと柔らかく優雅で、そして眩しいこと。
ああ、こういうのをきっとお姫様と言うのだろうなぁ。
そして私たちは、ほんの少しだけ、女の子のするようなお話ができたのだった。
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