虐殺姫は可愛くありたい   作:クロプトケープ

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第八話

ある日の午後、私が執筆用の資料を整理していると、廊下の向こうから妙に騒がしい声が聞こえてきた。

 

「お、お待ちください殿下!お立場を……っ!」

 

「離せ!離せと言っている!!私には言わねばならぬことがあるのだッ!」

 

「しかし、かの姫を怒らせては我が国は一人残らず皆殺しにされてしまいます!!」

 

という何ともドラマチックなシーンが繰り広げられていたのだが、私に声の主に聞き覚えはない。

 

 

何事かと侍女に聞いてみる。殿下って言ってるけど、どの殿下だろうか。そう期待して聞いた質問の答えは全く予想外の物だった。

 

「アッティカ王国からいらしているレオナトス王子にございます」

 

誰?

 

という疑問が顔に出たのか、侍女は慌てて補足した。

 

「まだ幼い方で、普段はお部屋に籠っておられますゆえ……」

 

要するに帝国への人質ということだろうか。ともあれ、会ってみることにした。

数秒後、扉が開き、まるで嵐の中心から飛び出してきたような少年が姿を現す。

 

少年は頬を紅潮させ、目には涙が溜まり、その背後では護衛や侍従たちが必死に彼の袖を掴んで引き戻していた。

 

「殿下、お願いでございます、無礼があっては!」

 

「放せと言っている!!私は、私は……っ!!」

 

少年の王子は、まだ10歳にも満たないが、その小さな体は抑えきれない激情に震えていた。

 

私が少し身を乗り出した瞬間、レオナトスの瞳が私を捉えていた。その瞳には少年らしからぬ、決死の覚悟が宿る。

 

「殿下……っ!っ、申し上げたいことが……あるのです!!」

 

家臣の一人が必死に説明し始めた。

 

「……申し訳ございません……!……その……帝都で流行している英雄物語にご立腹でして……!アッティカの武名が貶められていると……!」

 

家臣が説明しながら、まるで処刑を前にしたかのように震えている。

 

「そうです。我が伯父の名誉を汚すとは……」

 

ああ、と私はわずかに息を呑んだ。

辛うじて聞いた話では、あの川沿いで戦った敵軍指揮官は、彼の母の兄、つまり彼にとっては伯父にあたる人だった。

 

 

だとすれば、彼の怒りは当然のものだ。

私の戦記を勝手に改編した英雄譚では、彼の伯父はあまりにも間抜けな道化のように描かれていた。それは、たとえ敵国であっても侮辱に近い仕打ちだ。

 

しかし、私の目の前にいるのは、怒り狂う大の男ではない。

 

涙で滲んだ瞳。震える声。

震えるのは恐怖か怒りか、それともその両方か。

 

そして、10歳にも満たない身体に詰め込まれた、背負うには重すぎる誇りと責任。

 

私は微笑を浮かべ、静かに声をかけた。

 

「……いいわ、レオナトス王子。泣きながら押しかけてくるなんて立派とは言い難いけれど……その勇気だけは認めてあげるわ。あんなまがい物じゃなくて本当の姿を話してあげるわ」

 

少年は涙を拭い、真っ赤な目で私を見上げた。

 

「そうね。始まりは王国と公国の国境にあった小さな街の取り合いだったわ。当時、公国はいくつもの国から攻め込まれていてどうしようもない状況だった。そのなかで、最も都に迫っていたのがアッティカ王国の軍だったのよ。あなたの伯父が率いていた軍ね。

あのままでは、公国は領土の三分の一を差し出して講和するしかなかったかもしれないわ。」

 

レオナトスが息を呑み、幼い胸がわずかに上下する。

 

「問題は、都近くを流れるアソプス川。王国軍はその川をどこで、いつ、どう渡るかを読まれるのを嫌い、何度も陽動を仕掛けてきていたわ。だから、私は逆にこちらが渡って見せて適当に負けてから引くことで、王国軍を誘い込む作戦に出たの。」

 

レオナトスが目を見開く。

 

「わざと、ですか……?」

 

「ええ。優秀な指揮官ほど、好機を逃さない。あの方も例外じゃなかった。あの方は本当に鋭かったわ。こちらの退却の隙を見逃さずに、すぐに軍を動かしてきた。その判断力には感心したのよ。」

 

私は少し微笑んだ。

 

「でも、その鋭さが決断を早めたのね。橋頭堡を築く前に渡り切ってしまった。そこで、私は川の上流から突撃をかけ、下流に伏せていた部隊と挟み撃ちにしたわ。」

 

レオナトスは小さな拳を握る。

 

「……伯父上は、それでも……戦ったのですね?」

 

「ええ。見事な抵抗だったわ。」

 

私は静かに頷いた。

 

「あの状況で、あそこまで持ちこたえた指揮官は稀よ。最後、包囲網が完全に閉じて、川に飛び込もうとした。でも……私はなんとか捕らえた。」

 

私は少しずつ話を進める。

 

「ただ、当時の私は未熟でね……敵将を人質として丁重に扱う、という発想すらなかったのよ。だから、兵站の拠点、援軍の規模、補給路……どれもどうしても聞き出したかった。それによってどれに対処するかを決める必要があったのよ。」

 

少年はうつむいているが、耳はしっかりこちらに向いていた。

 

「だけど、あの方は痛みでは決して口を割ってくれなかったわ。今だともっと効果的にいろいろ出来るのだけど、当時の私は単純なやり方しか知らなかったからね。手足や耳鼻みたいな古典的な方法とか、伸ばしたり炙ったりとかしても絶対に話さなかった。祖国を売るくらいなら死んだ方がましだって言ってね」

 

昔を思い出して私は思わず笑みを浮かべてしまう。あの時の敵将の目は、今でもよく覚えている。

 

「……あの、姫様」

 

「ごめんなさいね、いいところなの。後にしてくれる?」

 

一個ずつ思い出しながら話を進める。

 

「そう、それで、結局一番効果があったのは一緒に捕らえていた部下とか侍女とかを使う方法ね。彼らに直接しゃべらせる必要はないから、思い切ったことができるのよ。

ここで大事なのは見た感じの派手さだけじゃなくて、それ以外の感覚にも訴えかけることよ。音や匂い、空気の重さ。人間は視覚以外もあるほうが、追い詰められるものなのよ。

汚物、血、悲鳴、打撃音、やっぱりこのあたりが一番効果的よ。水攻めは意外と見た目もしょぼいから向かないわ。

そうやって、10人くらい使うまで何も 「姫様!!」

 

悦に入って語っていた私は家臣の叫び声で我に返った。

 

「あれ?」

 

視線を落とすと、レオナトス少年が椅子に前のめりに倒れていた。

顔は真っ青、瞳はぐるぐると泳ぐように閉じられ、

細い肩はかすかに痙攣している。

 

気絶していた。

 

少々……刺激が強すぎたのかもしれない。私は軽くため息をつき、額を押さえた。

 

「……うん。まだ十歳に話す内容ではなかったわね。」

 

私は少し肩をすくめて微笑んだ。

 

皇子たちも、もう少しでもいいからこうしてくれればいいのに……

 







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