虐殺姫は可愛くありたい 作:クロプトケープ
もともと帝都でも執務に熱心であると評判の第一皇子、エリアス。
だが、最近の彼は、宮廷史上稀に見る勤勉さを見せていた。
明らかに異常な量になっている書類の山と格闘し、形式上の承認ではなくきちんと中身を確認してから意見を発する。朝起きてから夜寝るまで、その間の休憩はほとんどゼロに等しく、儀式にも最低限の出席をしてすぐに机に向かう。
働きすぎのエリアスに側近が心配して声をかける。
「殿下……さすがに働きすぎでは……?」
「……仕方なかろう。空き時間を作ったら会えることになってしまうだろう?」
ある意味期待通りの返答に側近は目をそらす。
会えるとエリアスが述べたのは、他ならぬアイメレア姫との件であった。かの姫に忙しくて会えないという理由を作るため、エリアスはここまで根をつめていたのだ。
「殿下、必ずしもかの姫への返答通りにする必要はございません。お体ご自愛なさって下さい。」
しかし、それにしても限度がある。そもそも、執務室でどうしていようと外には分からないのであり、忙しくなかったのではないかと面と向かって問い詰める者もいないだろう。
「否、それでは不用心にすぎるぞ。あの姫のことだ、私が偽りを騙っていることに勘付ば、その場で斬り殺すやもしれん。理外の怪物には油断などしておられんのだ。それに、皇族たるもの一度でも発したことに嘘があってはいかん」
「それにしても、父上は何を考えておいでなのだ。あのようなものを帝都に迎え入れて、あろうことか婚姻関係を結ぼうなどとは。涼しい顔で万の無辜の人民を殺しつくせるものが人間なはずがない。私は奴らが殺しつくしたあとのあの都市で見た光景が未だに忘れられない。女子供まで城壁に串刺しにされていたあの光景だ。奴らはわが軍を怒り狂わせるためだけに、時には市民たちの四肢を切り落として、その表情が良く見えるように石畳の上に放置していたのだ。あんな所業が人間に可能なのか?」
そういってエリアスの拳が執務室机を強くたたく。
エリアスが警戒するのは、なにも過去のトラウマからのみではない。
現在進行形でアイメレア姫から送りつけられてくる手紙――
その内容が、まるで戦場の亡霊のように彼の神経を削っていたからだった。
アイメレア姫の手紙は、見た目だけならいたって普通であった。
淡い香りのする上質な紙。端正で丁寧な筆致。穏やかな挨拶と、ぎこちなくも礼節正しい言い回し。
なのに、 読めば読むほど、心臓が冷えていく。
ある日の手紙にはこう書かれていた。
『殿下の髪色、とても素敵ですね。血がついても汚れが見えにくいので、戦場向きだと思います。』
エリアスは、読み終えた瞬間に固まった。別の日の手紙には、もっと恐ろしい一文があった。
『こんな素敵な方なら、あの砦での戦いで無理にでも攻めて手に入れておけば良かったと反省しています。』
明らかに反省ポイントがおかしい。というツッコミを入れられるほどエリアスには余裕がなかった。
どれもこれも姫の真意が読み取れない。他の部分は婚約者候補に送る手紙として不自然でない文面だけに、これが姫の嗜虐心の現れではないかとエリアスは恐れおののいていた。
「弟たちが相手をしてくれればよいのだけれどな」
エリアスはため息をついて書類との格闘に戻るのだった。
とある日の昼下がり、最近日課になりつつある地図を使った架空演習を終えた私は、いよいよ戦記の第二章を執筆していた。いろいろ誤解はあったものの、私の書いたものが曲がりなりにもその一部が婦人令嬢方に受け入れられたというのは希望をもたらすものだった。
やはり、相手には相手に会った戦術が有効なのだ。大軍には補給断ち、城攻めには感染症が有効なように、帝都では紙とペンこそが力の源なのだろう。
今回扱うのは、コリンティア族という蛮族が占領した港湾都市と、その周辺地域の解放、さらに陸伝いに彼らの本拠地へと逆襲を行った一連の戦役である。
「あの戦役が私にとって転機だったかしらね」
港を奪われた時点で首都周辺への物資が途絶え、交易も止まり、周辺の村々は怯えきっていた。そして、何度領内から叩きだしても、敵は逃げ去っては直ぐに侵入してくる。そういう意味で、こちらから越境しての攻撃が不可欠だった。
それにコリンティア族は周囲の地形を熟知していたので、港湾での戦闘は予想以上に手強かった。けれども彼らは小部隊で散発的に戦うことに慣れていて、組織的な戦術を理解していなかった。
分散しているところを各個に叩いた結果、コリンティア族はようやくまとまり始める。そして、寄せ集めの密集した大軍相手ならばこそ崩してからの騎兵突撃が有効だった。
「先に逃げ場を無くして逸らせないようにすれば、最後の衝撃で全軍が崩れるのよね」
決戦で殆どの戦力を壊滅させたことで、私たちは一気に有利になる。兵力差がある状態で敵の首都を伺えば首都の防備を固めざるを得ない。ただ、そこまでの時間的な余裕がなかったからこそ、敵の生活基盤を破壊することで攻撃を封じ込めることに成功したのだった。
私はそこで筆を置き、背筋を伸ばした。
こうやって書いていると当時のことを思い出す。空気の乾き、兵たちの息遣い、鉄の匂い。
それらが記憶の底からじわじわと上ってきて、そして自然と体がむずむずしてくる。
「……久しぶりに鍛錬したいわね。ヨアヒム、付き合いなさい」
当時のことをしゃべらせるために呼んでいたヨアヒムはきょとんとした顔をし、眉をひくりと持ち上げた。
「姫様、いいですけど……ほんとにいいんですよね?姫様が分かっていないと怖いんで言っときますけど、最近姫様が求めているような令嬢っぽさは鍛錬には無いですよ?」
などと軽口を叩く。
「いいのよ。たまには必要だわ。身体を動かさないと、頭も鈍るのよ。行くわよ」
軽い革鎧を纏い、身体に再び戦いの重みが乗る感覚を楽しむ。肩口の締めつけ、腰のベルトのずっしり感、戦場に戻るわけでもないのに、落ち着く自分が少し可笑しい。
帝都の鍛錬場は大小いくつもある。
その中で、一番近い場所を借りられるよう頼んだのだが、門兵たちは要らぬ誤解をし、妙に青ざめていた。
「ひ、姫様の訓練相手は……っ、わ、我々には荷が重すぎますので……!!」
「相手は必要ないと言っているでしょう。ただ場所を貸してほしいだけよ」
ようやく伝わった頃には、門兵たち全員の背中がこわばっていた気がする。
……気のせいであってほしい。
鍛錬場へと続く石畳を歩いていくと、打ち合いの音、砂を踏む気配、汗の匂いが近づいてくる。
そして、鍛錬場の扉を押し開けた瞬間、聞こえてきた声に私は思わず足を止めた。
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