メルトリリスは踊らない   作:もるげんれえて

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新宿に発生した特異点にレイシフトしたマスター、藤丸立香。
アストルフォのミスから新宿を爆走して逃げ、脱出しなければならなくなった。
何とかくぐり抜けたが、敵に囲まれる藤丸。
その窮地を助けたのは――

C107で頒布予定の小説、「メルトリリスは踊らない」のプロローグになります。
頒布版では加筆修正、展開の相違などがある可能性がありますので承知ください。


プロローグ

 新宿の夜闇に絶叫が響いた。

 

「アストルフォオオオ!!」

 

 砕け散ったガラスの中を青年と少女と見紛う少年とが宙を舞う。

 今まさに二人は高層ビルの窓をかち割り、新宿の空へと飛び出していったのだ。

 

「仕掛けるタイミングはもっと後だったでしょお!!」

 

 タキシードに身を包む青年は――藤丸立香は怒り任せに叫んだ。

 

「おかげでこっちは見つかるし、今は高層ビルから落ちてるんだけどお!!」

「あははははは!ごめーん!!」

 

 両手を合わせてピンク髪の少年、アストルフォがウィンクとてへぺろと舌を出した。

 

「まあ!何とかなったんだしいいじゃん!」

「なってないよ!今まさにピンチだよ!」

 

 敵はもうこちらの動きに気付いているはず。地上にはすでに遊撃部隊が待っていることだろう。

 目下、最大の問題は無事に地上に下りれるか、だが。

 

「アストルフォ、着地頼む!」

「はいよー。仕方ないなあ」

 

 仕方ないのは誰のせいだよ、というツッコミを飲み込む。巧みな身体操作でアストルフォが身を寄せると藤丸の腕を取って抱きかかえた。

 地面までの僅か数秒、身を固くし強化魔術を全身に張り巡らせる。

 着地と同時、アスファルトがクッキーのように砕けた。アストルフォ越しに強い衝撃が体を襲う。

 

「大丈夫、アストルフォ」

「平気だよー。僕を誰だって心得るのさ」

 

 ひょいとを降ろされ、埃を払う。お互いに大きな傷はない。さすがは英霊――サーヴァントだ。

 

「で、このあとはどうするのさ、マスター」

「ブリーフィングで説明しなかったっけ」

「忘れちゃった」

 

 てへぺろ、とまた舌を出して頭を小突く。大きなため息を漏らして藤丸は説明した。

 

「ここは特殊な結界が張られていて、レイシフトできる場所が限られている。一番近いスポットは、新宿御苑。今は西口の都庁付近だから、そこまで警護を頼む」

「りょうかーい。でも、今はヒポグリフォは使えないから、頑張って走っていこう!」

「ああ」

 

 踏み出すその瞬間、彼らの眼前にヘルメットをかぶった複数の人影、雀蜂が躍り出る。その手にはアサルトライフル。銃口はぴったり、二人を狙っていた。

「まず……!」

 

 藤丸は反応できず、身じろぐだけ。アストルフォが彼をかばうように身を乗り出した。

 銃口の閃光。しかし、銃弾はアストルフォではない、割って入った別の影によって阻まれる。

 真紅と黄金の二振りを携え、セイバーのディルムッドが二人の前に立っていた。

 

「ディルムッド!」

「遅れてすみません、マスター」

 

 こちらに視線を向けると、口元を緩めてた。

 

「えー、僕のかっこいい出番を取られたよ!」

「申し訳ありません、アストルフォ殿。どうかその活躍はこの先にとっておいてください。ここは私が引き受けますゆえ」

「仕方ないなあ。僕にはマスターを護衛するっていう大切な任務があるからね。ここは頼むよ!」

「承知。マスターもご無事で」

「わかった、ディルムッド、お願い!」

 

 藤丸とアストルフォが駆け出すと同時、ディルムッドは周囲に集まりつつある雀蜂を蹴散らしていく。

 戦闘の音が次第に遠くなるのを聞きながら、二人は都庁周辺のビル街を抜けて甲州街道に出た。大通りは本来なら人込みで溢れていただろうが、特異点であるここには人一人としていない。ただ、遠くからエンジンの音が近づいてくるのが分かる。

 甲州街道を御苑の方へと走りながら、その音の方へと振り返る。いくつものライトがこちらへと向かってきている。その数は、数十を超えるだろう。敵がバイクに乗って迫ってきていたのだ。その数にさしものアストルフォもげえ、としかめた。

 果たして、いかに対するべきか。そう考えていると、彼らの行く先に一人の大柄な男が立っていた。 

 ダレイオス三世、この特異点にマスターたちとともにやってきたサーヴァントの一人だ。彼は仁王に立ってますたーたちを待っていた。ダレイオスを認めるとアストルフォが気色ばんだ。

 

「おお、ここで食い止めてくれるんだね!でも一人で平気かな」

「ダレイオス三世の宝具ならもちろん、彼だけでも十分だと思う!」

「じゃあ、お任せしようか!」

 

 二人の会話はダレイオス三世の元まで届いており、彼は大きく頷いた。

 

「じゃ、よろしくね!」

 

 マスターとアストルフォが彼の脇を駆け抜ける。

 直立の姿勢からダレイオス三世はゆっくりと両手の斧を構える。排煙を上げながら、エンジンとクラクションの威嚇を唸らせて大群のバイクと雀蜂が迫る。

 咆哮。

 ダレイオス三世の一声で敵の群衆が揺らぐ。続けざまに斧を振り下ろし、アスファルトの礫岩が雨霰と敵に降り注いだ。

 勢いそがれたその中に、身長2メートルを超す大男が斧を振り回しながら入っていくのだから、その光景は凄惨に尽きるだろう。

 バーサーカー、ダレイオス三世の膂力と高躯だからこそ一群を食い止められたのだ。

 その轟音を聞きながら二人はさらに走る。緩やかな上り坂は新宿駅南口へと繋がる。これまでのビル街と打って変わり、周囲には背の高いビルなどはない。

 もしも、スナイパーにとってみればこれほど狙いやすい場所はないだろう。

 

 撃鉄、銃声。

 

 目に捉えることもできない速度で鉛の飛翔体が藤丸に目掛けて放たれる。

 時にしてわずかに一瞬。こればかりはアストルフォの反射神経すら凌駕し、彼は気付かない。

 直撃のコースを走る銃弾は、しかし、一矢によって阻まれた。

 弾丸をはじく音と矢が地面を穿つ音で藤丸とアストルフォは危機をようやく察知した。

 

「アルジュナ!」

 

 駅の向こう、ドコモタワーの尖塔にアルジュナは立っていた。彼は既に二射目を放ち終え、次の矢をつがえている。遠くに矢の轟音とともに悲鳴が聞こえてくる。

 

『マスター、狙撃手は私が相手します。援護もしますが、如何せん構造物が多く……』

「大丈夫、見てくれているだけで頼もしいから!」

 

 そう叫んで二人は新宿駅の南口を駆け抜ける。空にはアルジュナの援護射撃が線を描いていた。遠くに矢の着弾した音が藤丸の足を軽くする。

 新宿駅前を通り抜けると、緩やかな下りの先に新宿御苑が見えてくる。

 

「もうすぐだ!」

 

 アストルフォが言うのと同時、彼らの前にバイクに跨った雀蜂が現れる。

 まずい、と藤丸は舌打ちをするが足は止めない。既にアストルフォが先行して宝具たる馬上槍を構えていた。サーヴァントの脚力で一瞬に肉薄すると、その真名を叫んだ。

 

触れれば転倒!(トラップ・オブ・アルガリア)

 

 槍の一振りはどのバイクにも少し掠った程度だ。けれど、その逸話によって雀蜂はことごとくを転倒せしめた。

 アストルフォが雀蜂たちに止めを刺そうとする他方、藤丸の後方から別の雀蜂たちが接近していた。数発、アルジュナからの援護射撃が来るが全ては倒せず、数騎が迫った。

 今度は逃げるために足に力をこめる藤丸だが、人間の脚力では到底太刀打ちはできない。距離は詰まり、サブマシンガンを雀蜂が構えた。銃口がマスターを捉える。

 

「マスター!」

 

 アストルフォが叫ぶ。しかし彼は別の敵を相手取って、間に合わない。

 ビルから、鎖が伸びる。ひとりの雀蜂を捉えると紫の影がそれを打ち倒した。さらに鎖は舞い、その先の死神を思わせる鎌剣が無数の斬撃を雀蜂たちに見舞った。

 紫髪の少女、メドゥーサが藤丸の背後に降り立った。

 

「敵はまだ来ます。背中は任せてください」

「ここは僕たちが抑えるから!」

「分かった!頼む!」

 

 返事もそこそこに藤丸は走りを止めずに新宿御苑に入っていく。背後からはバイクの排気音と斬撃、アストルフォの笑い声が聞こえてくる。

 

 閉園を知らせる扉を飛び越え、人一人いない園内を進む。電灯は消え、月明かりだけが彼の道行きを照らしている。

 木々を抜け、芝生の広がる庭園に出た。季節外れの桜が桃色に輝き、奥の池に反射している。30メートルは超えるだろう木の影が、藤丸を覆っていた。

 

 そこで足を止めたのは、ここがゴールであったから。そして、もはやどうしようもない状況であると悟ったから。

 眼前には無数の雀蜂に加えてオートマタにキマイラ、スプリガンが大挙して待ち構えていた。ごくりと息を呑む。背後からも足音があり、どうやら囲まれてしまっているようだ。

 遠く、銃声と剣戟の音が響いてくる。握り締める拳に滲む汗が冷たい。

 簡易召喚でどこまで耐えられるだろうか。冷静に考えれば考えるほど絶望的な、この状況をどうやって潜り抜ければいいか、その思考を重ねていく。

 だが、敵はそれを許さない。雀蜂の銃口がぴたりと自分に重ね合わされた。

 じわり、と背中が冷たくなる。

 月光が自分の影を形作る。

 

 ――蜜の匂いがした。甘い、甘い蜜が。まるで、月から垂れ落ちてきたかのように。

 一滴は張り詰めた空気の中で誰ひとりに気づかれることはなかった。だから、その漂う甘い花の蜜のような香りによって異変は始まった。

 藤丸も、雀蜂たちも、その場にいたすべての存在がその匂いを感じたとき、世界は水面のように揺らめいた。

 空気は流体となり、粘度を保ってうねり、平衡感覚を惑わす。ふらふら揺れる体を保つだけで皆、精いっぱいだった。それは藤丸も例外ではなかった。脳髄の芯がしびれるような酩酊が心地よい浮遊感と一緒に体中を満たしている。

 歪み、屈折する空気はすでに液体であった。一つの潮流を作り、敵を、藤丸を中心に渦を作っている。この異常現象が、ようやく自分を守るための攻撃であると藤丸は理解した。だが、周囲を渦巻く液体から醸される芳醇な蜜の匂いが鼻腔を埋め尽くす。

 

「――これなるは五弦琵琶、全ての洛を飲み込む柱」

 

 渦潮が高く、高く塔のようにせりあがる。まるで液体自体がしゃべるかのように、ガラスのような凛とした声が波を打った。

 ああ、この声を知っている。棘のように鋭く、蜜のように甘く、少女のように可憐な声を。

 あらゆるものを飲み込んでいた水は、空中で球を作る。月光を背景に、その透明な水風船には大小さまざまな敵が、まるでぼうと呆けてただよっていた。

 

弁財天五弦琵琶(サラスヴァティー・メルトアウト)

 

 巨大な球は、少女の声によって突如として凝縮される。本来ありえざるその現象に内容物のすべてが圧力と蜜によって溶け、液体となり、一つとなった。

 

 そうやって最後に形作られたのは、少女であった。

 紺碧の長髪を揺蕩わせ、薄い紅色唇の細い顔をわずかに伏せ、目を閉じている。両手を包む黒の袖を翼のように流して、まるで月から舞い降りたかのようにゆっくりと落ちてくる。明るい月光(つきびかり)に照らされて、少女の細足を形作る白銀のブーツと棘は恐ろしい凶器というよりも日本刀のような静謐な美しさを漂わせていた。

 少女の――メルトリリスの蜜の匂いに酔わされて、地面にへたり込んだ藤丸はその光景をただ見蕩れていた。

 月から舞い降りた少女はゆっくりと目を開く。髪に結われた青いリボンと同じ、海色の瞳が、目の前に座る彼に注がれていた。

 

「敵は片づけたわ。私の舞台は、これで終わりね」

 

 ただそれだけを伝えるとメルトリリスはくるりと踵を翻し、藤丸の前から立ち去って行った。

 藤丸は何も言うことができなかった。あ、ともお、ともとれる口元を小さく動かして、返し忘れた返事を口の中でもてあそんでいた。

 遠くから他のサーヴァントたちの声が聞こえる。けれど、藤丸の耳にはそれすら届かず、立ち去る少女の小さな背中を、じっと見つめていた。




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