その中には、メルトリリスの姿もあった。
マスターである藤丸は、そんな彼女に対してなにか思うところがある様子で――
C107で頒布予定の小説、「メルトリリスは踊らない」です。
頒布版では加筆修正、展開の相違などがある可能性がありますので承知ください。
「さてマスター、特異点の修正お疲れ様だ」
カルデアの指令室にはマスターである自分をはじめ、数人のサーヴァントたちが集っていた。彼らを前にダ・ヴィンチがすらりと長い腕を組んで豊かな胸を乗せる。
「ただ、最後の最後がちょっと、ねえ」
「すみません、ダ・ヴィンチちゃん」
「まあ、一概にマスターくんのせいだけとは言い難いんだけど……」
ダ・ヴィンチが目を細めて一人の英霊をにらむ。彼女の視線に気づいたアストルフォはてへぺろと頭を小突いた。隣のアルジュナがすごい剣幕を発しているが、彼には響いていないようだ。理性の蒸発したアストルフォに反省を促すのは、パラケルススが悪事をしないことと同じくらい難しいことかもしれない。
小さくため息をついてダ・ヴィンチは話を進める。
「とにかく、いろいろあった直後だっていうのにお疲れさまだ。連続の出撃になって申し訳ないよ」
「いえ、それは大丈夫です」
別の特異点、セラフィックスで発生した亜種特異点のことだ。ダ・ヴィンチちゃんたちはセラフィックスで起きたことを実際に見たわけじゃないが、すでにレポートで提出して読んでいる。現実の時間ではほんのわずかな瞬間だったけれど、自分にとっては一つの冒険を終えた後の疲労のまま、すぐに今回の特異点に出動したわけだ。幸いにして微小特異点であったため、解決にはそこまでに苦労はなかった。特異点自体の、問題では。
「サーヴァントの諸君もありがとう」
ダ・ヴィンチちゃんが皆を労う。アストルフォが堂々と胸を張るとアルジュナが「この人は何を考えているのでしょうか」という呆れ顔をし、ディルムッドがそれに苦笑いを浮かべた。ダレイオスとメドゥーサはあまり変わらない様子だけれど、なんとなく誇らしそうだ。
「それに」とダ・ヴィンチちゃんは部屋の隅にいる一人の少女へと視線を送った。「まだカルデアに来て日が浅い中、協力してくれてありがとう。メルトリリス」
メルトリリス。その名前を聞いて胸が走り始めそうになる。表情を崩さないように、ごく自然に彼女を見る。
壁に体重を預け、目を閉じて俯きがちに立っている。メルトリリスはかけられた言葉にゆっくりと壁から離れて応じる。
「いえ。サーヴァントとして当然のことをしたまでです」
凛然と、氷を伝う雫のような声。拒絶ではない遠い距離にさしものダ・ヴィンチも困り顔になっていた。
「君の活躍でマスターくんの危機が逃れたわけだ。それだけでも感謝に値するものさ」
「あ、ああ。ありがとう、メルトリリス」
感謝の言葉が突いて出る。メルトリリスは一瞥だけをくれた。青い瞳がまるで値踏みするかのように自分を見る。冷たい水面のような瞳。喉が言葉を発したことの後悔で痙攣する。
そんなたじろいだ自分すら見通して、メルトリリスは優雅に礼をして、そのまま立ち去ってしまった。
彼女の振る舞いにはこの部屋にいる誰もが口を閉ざした。いや、アストルフォだけが「なになに、彼女どうしちゃったの」と分からないでいる。ダ・ヴィンチの眉間にある谷が少しだけ深くなった。
「なかなか、個性的な子だねえマスターくん」
「……」
自分の視線は今しがた出て行った彼女を見つめていた。空気が少しだけ暖かくなっている。心のどこかで安心している自分がいた。
「ひとまずは特異点も解決できたんだ。みんな、ありがとう」
そうダ・ヴィンチちゃんがいうとその場はお開きとなった。サーヴァントたちは指令室から出ていくとめいめい、好きな方へと出て行った。
「先輩?」
マシュが近寄ってきて、自分を覗き込んできた。
「どうかしましたか」
「いや、大丈夫だよ。少し疲れたのかな」
「セラフィックスの件と合わせて連続の出撃です。疲れがたまっていたのかもしれませんね」
「かもね。心配させちゃったかな」
「というよりも、どこか上の空と言いますか」
どきり、と胸が跳ねた。
「そ、そうかな」
「はい。気を付けてくださいね」
またお昼に、とそのままマシュは出て行った。ダ・ヴィンチちゃんも自分の工房に引っ込んで、指令室には自分しかいない。
はあ、とことさら大きなため息が漏れた。どうやらマシュにも心配させるくらいに今の自分はいつも通りじゃないようだ。そんなことはわかっている。何とかいつも通りを演じながら、けれど、メルトリリスを前にすると簡単にたじろいでしまう。
くしゃり、と髪をつかむようにかき上げる。
これまで多くのサーヴァントと出会いと別れを繰り返した。特異点での悲劇的な別れからカルデアで再会できたサーヴァントもいる。どのサーヴァントも以前の記憶を持たない。それが英霊召喚のルール、当然だ。だから、自分は気を付ける。以前の彼らと重ね合わせすぎないようにする。いま目の前にいる彼ら自身との対話を重んじる。そうやって、過去と今を区切ることはだいぶ慣れていたはずだった。
「……」
ふう、と胸に溜まっている色々を吐き出す。気分を切り替えるつもりで目線を上げる。
そのままいったん指令室を後にする。けれど、胸の重さだけは変わらなかった。
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