敵の謎も解けないまま、時は流れていた。
C107で頒布予定の小説、「メルトリリスは踊らない」です。
頒布版では加筆修正、展開の相違などがある可能性がありますので承知ください。
カルデアに出現した敵の報告はすぐさまダ・ヴィンチはじめ管制室に報告された。
トリスメギストスの走査、各種カルデア内の重要システムの点検が行われたが、以上の報告は終ぞ見られなかった。
ダ・ヴィンチたちもこの事態には頭を傾げ、藤丸立香のレム睡眠中の異常体験――通常レムレム――ではないかと疑った。しかし、護衛に当たったメルトリリスの証言、事件の起こった廊下の損傷から現実での出来事であったことは確かであった。
カルデア内での敵性存在の出現という事態に、「非戦闘員はサーヴァント同伴なしでの単独行動の禁止」という緊急の非常事態宣言が出されることとなった。
◇◇◇
――懐かしい夢を見た。
いや、それほどの時が流れたわけじゃない。ただいろんなことがありすぎて、その日々がすっかり遠くに感じられていたのだ。
『文字通り、地の底から羽ばたいて戻ってきたわ。もう一度、貴女たちと戦う為にね』
とても輝かしい冒険だった。楽しくも大変な旅だった。
彼女の声と嫌味と笑顔。美しいプリマドンナ。
いつだって自分は彼女に見惚れていたんだ。
間もなく胸に湧く鼓動の意味に気づくことにもなった。
この意味を伝ることはなかった。そんな時じゃなかったし、それ以前に君にはやるべきことがあるようだったから。
すべてを終え、もし叶えられそうならば君にこの意味を話したかった。
だから。
君に、最後の言葉を伝えられなかったことが――
画面の光ではたと目を覚ました。どうやらレポートを書きながらうつらうつらとしてしまったみたいだ。
「……」
まだぼんやりと司会は霞んでいる。胸は、甘い疼きのような鼓動を刻んでいた。
それは、恋と呼ぶには苦すぎた。後悔と呼ぶには甘すぎた。
詰まるとこと、自分の胸の中に燻っているものの正体だった。
「……はあ」
呼吸は逃がすことができる。けれど感情は胸にこびり付いて離れない。そうなってしまえば、あの日々を彷彿とさせる彼女を前にしたとき、この思いは動き始めてしまう。鼓動に乗せて流れる血液が、自分の視界を色付けてしまうのだ。
そのことを、メルトリリスは分かったのだろう。それが彼女の態度の原因だ。
分かっている。分かっていた。けれど、
「どうすれば、いいんだろう」
椅子の背もたれに体重を預けると、ぎしりと軋んだ。
当てどない思考を巡らせ、どうしようもないと悟った。少なくとも今この時は。
気持ちを切り替えるために少しだけ部屋から出た。数分程度のリフレッシュなのだから、わざわざサーヴァントを呼ぶほどのことではないだろう。
南極の地下は非常灯のみの暗い場所だった。グイっと背中を伸ばす。
「あら、マスター」
ストレッチをしていた背中に声をかけられ、びくりと振り返る。そこにいたのは殺生院キアラであった。
「殺生院、さん」思わず言葉が詰まる。
「キアラで結構です、と毎回おっしゃっていますのに。こうも年上扱いされますと私も傷ついてしまいます」
彼女は困ったように笑う。でも、年上ですよねと答えようとしたがそれは飲み込んだ。
「キアラさんはどうしてこちらに」
さすがに呼び捨ては気が咎めたから、さん付けで呼ぶことにする。キアラはやや納得しない様子ではあるが受け入れたようだった。
「とくには。のんびりと散歩をしていただけです。マスターは」
「少しだけ外の空気を吸いたくてね」
「まあ。一人では危ないのではありませんか」
「部屋はすぐそこですから」
そうですか、とキアラは頷く。足を止めて聞き入る様子は、どうも自分が部屋に戻るまでここにいることに決めたようだった。多分サーヴァントとしての義務感からだろうか。彼女の時間を使わせるのは申し訳ないから、そろそろ戻ることにした。
「でもキアラさんの言う通りですね。自分は戻ります」
挨拶を告げ、部屋に戻るためにドアを開けた。
「――え」
「まあ」
部屋の光景を見て、自分は言葉をなくしてキアラは感嘆とつぶやいた。
本来なら個人部屋があるべきそこは、青に光る格子状の空間へと変貌していた。その光景には見覚えがあった。
「セラフィックスの電脳空間……!」
すぐに足を引く。しかし、すでに周囲の空間はカルデアではなかった。最初からそうであったかのように、電脳空間に入れ替わっていた。
「マスター、これは」
キアラが自分の真横に来る。いつもの温和な表情は鳴りを潜め、怪訝そうに眼を細めている。
「最近のやつだと思う。キアラさんは――」
この光景を知っているのではないか、と問い掛けようとして押し黙った。それはもちろん知っているはずだ。なぜならセラフィックスの事件を引き起こしたのは、彼女なのだから。Ⅲ/Rのビーストとして殺生院キアラは君臨し、しかし敗れた。その一側面が自分の隣に顕現しているのだ。
自分の続く言葉を承知してキアラは頷く。あたりを見渡し、さらに電脳化した地面に手を当てて調べる。
「これは……」
片方の眉が吊り上がった。さらに彼女は何らかの術式を用いて周囲を調べ始めた。その術は自分にはわからない。ダ・ヴィンチちゃんや他の魔術師も「あまり見ないタイプのものだ」と話していたものだ。
充分に走査を終えると、会得したと表情を柔らかくした。ふふ、と笑みもこぼしていた。
「キアラさん、どうしました」
「すみません。少々思うところがありまして。ですが、少なくともここからは出られるでしょう」
キアラは立ち上がると、再び術式を発動して一振りする。
たちまち、周囲の電脳空間は光の粒子となって解けていった。蜃気楼のようにカルデアの廊下と自室が立ち現われ、現実となる。
瞬く間のことに、自分は驚きに言葉を失っていた。殺生院キアラという女性が、こんなにも優れた魔術師だとは知らなかった。BB曰く、彼女が優秀な治療者であり
「ご期待に沿えましたでしょうか」
おそらく自分の驚きが顔に出ていたのだろう、キアラは笑いながら言ってきた。慌てて姿勢を正す。
「あ、ああ。ありがとうございます、キアラさん。すごいんですね」
「いえいえ、これくらいであれば大したことはございません。分かる人が見れば分かることですから」
「分かる、というのは」
電脳空間を解除したということは何かこの事態のヒントを掴んでいるということだ。ならば、是非にも聞きたい。
しかし、彼女はまた柔和で捉えどころのない笑みを浮かべて答えるだけだ。
「些細なことでございます。ですから、ええ、私から答えられることはございません」
明らかにはぐらかされている。それがどんな理由なのか。はたまた彼女という存在を考えると別の理由があってもおかしくなかった。
そんな疑念が浮かぶ中、彼女は続けて言った。
「ですが、こちらをあなたに授けましょう」
お手を、と言われたので出した。キアラが自分の手を握る。暖かいと思ったが、冷たく、少し硬い皮膚の手だった。そこに電気のようなしびれが流れ込んでくる。自分の魔術回路に、何かを流し込まれる違和感だった。思わず顔をゆがめた。
「これは、五停心観という術式にございます。先ほどの場面であれば正しい帰り道を指し示しましょう。それに、いざという時には必要になると思います故」
「いざという時……?」
ええ、いざという時でございます、とキアラは甘く微笑む。思わずどきり、と胸が跳ね飛んだ。もしも彼女の素性を知らなければ、たちまち毒されてしまいそうな笑みだった。
「ですが、それは申し上げられません。私にだって慎みというものはございますから」
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