煙が立昇る。徒、只管に黙々と、其れ等は重力に諍う。おのれとは異なり、運命を全うして逝く。白く見えていた其れは軈て掻き消える。霧散し、周りに同化し、無かった者に成る。重力と云う、我々を此の地に深く、深く縛り付ける物体はおのれを逃がさない。おのれだけではない、人々は皆、其れ等に逆らえず生きる。然而、此の、人の手に拠って生み出された、此の、人が吐き出した老物質は……簡単に生み出されるにも拘らず、我々ヒトの子に一生賭けても成し遂げられない其の偉業を易々と成し遂げる。
実に可笑しい事だと思わないか?おのれは出来ぬのに、おのれから要らぬと捨てられた者は其れを出来て仕舞うのだ。
仕様もない事を考え、手に持つ煙草を咥える。
吸い込んで……口から外し、吐き出す。
溜息を吐く。黙々と煙が昇る。様に見えて、おのれの気持ちが沈むのと同様に煙も降っていく。
消え逝く其れが惜しい気が為て、直ぐに煙草を咥える。
――
吸い込んで……口から外し、吐き出す。
溜息と共に、亦、白い煙を吐き出した。
煙は一般的には白色で在る。然し、燃やされる者に応じて色は変わる。周りの環境に応じても変わる。おのれが吐き出す此の煙は、白と云う寄り灰色。漆黒。……否、自然に依って作られた夜灯りを受けても尚、其れは色を得る事無く、
其れに比べておのれはどうだ。直ぐに周りに流され、……朝令暮改、意見を
此の思考も何回目か解らぬ。孟、良い。疲れて仕舞った。
――
吸い込んで……口から外し、吐き出す。
溜息を吐く。見えるのは漆黒の中で一所懸命白に発光する煙。
屯々と煙草を叩いた。叩き起こされた灰は重力に逆らえず、地へと墜ちる。
墜ちた其れを見遣り乍、おのれはフと思考を巡らす。
同様の母から産まれたおのれとスミは、同様に育った筈だった。然し今と成って見れば、どうだ。格差等一目瞭然、明々白々。スミはアレよコレよと云う間に別嬪に成って、勉学も出来て、家事も出来て……何寄り性格も優れている物だから、アッと云う間に嫁に出て行って仕舞った。遺されるのは、世界を腐った眼で観るおのれと、おのれに一縷の望みを掛け、一所懸命育ててくれた母のみ。
おのれには何も無い。優れた容姿も、優れた頭脳も、発想も、何も残っては居ない。徒、妹だけが自慢だったのだ。然し、其の、自慢の妹も、おのれでは無い事を最近知った。母はおのれに無理は為なくとも良いと云った。其うと云われ共、焦る。
而乍、其れではいけぬ、ならぬ。其う、自尊心が高らかに出来ぬ事を出来ぬと諦める事を許してはくれない。全く、迷惑な心で在る。疾うの昔に解り切って居る。無理なのだ。おのれの全能力、全財力、全気力を以て為ても、
アァ、為らぬ。良くない。……真面目にせねば。
――
吸い込んで……口から外し、吐き出す。
黙々と、暗闇の中へ真白乃煙は立ち上る。
着いていく様に、おのれの中の自尊心も立ち上って行く。
結局、重力と云う力に抗えるのは、ヒトが捨てた者のみなのだと気付く。では、自尊心を拾えば、おのれもあちら側へ行けるのだろうか。
……答えは否、何度考えようと、一切そんな事は有り得ない。自尊心を拾えど、唯の自尊心の塊の化物が生まれるだけで在る。
拾っては、無駄だ。成らば、捨て、其れ等が元気に立ち上る様を眺めるのみ。おのれは無駄な事をせず、世の通りに抗う事無く、唯、其れを淡々徒受け入れ続ける寄り他無い。
――
煙を思ッ切り吸い込んだ。
吸い込み、其の儘吐き出した。
「ゔ、ぁ……ケホッ……ケホッ……」
気付かぬ間に短くなった煙草が、おのれの手と、肺を焼いた。盛大に過剰摂取為た瀝青が、おのれの肺をタンと痛め付けた。耐えられなく成り、煙草を其の場へ捨てた。
……ゲホッ、ゲホッ。
渇いた咳が、段々潤いを持つ。
目の前がまるで漫画のように洸々と為り、おのれは立って居られなく為る。死に物狂いで公園の片隅に見付けた長椅子へ、おのれは転げるように倒れ込んだ。
薄らと見える瞳の中で、星々はおのれにも光を注ぐ。
ハァ、何て無様だ。……此の儘、手前盍死んで仕舞えばどんなに良かろうか。
フと、手を見れば先程焼けた真赤な指と……余りにもグロテスクな掌が視界へ入る。ドウヤラ先程の咳の湿気は、之れだった様だ。真赤に染った掌を、震える眼で捉え、亦、手を口元へ寄せる。
脳と筋が、喧嘩した様に、おのれの身体の節々が震える。特に深い意味など無い、然し、おのれは明確な意思を持ち、手を舐め込んだ。
――美味。
之れが、生の味。
手前の中を、循環為る、手前を動かす塵屑の味。
ホンノリ鉄の様で、鉄とは似てもニツカヌ味。
暫く狂った様に舐めて居れば、何れは其れは無くなる。おのれの其れからも、一切生命の味はしなく成った。
味のしなくなった
誰に対しても無差別に降り注ぐ光は、おのれを歓迎為て居る様で、伺い知れぬ満足感を得た。おのれの居場所は此処だったのだと、其う思い知る程に。
夜風は心地よい。自然の明かり而存在せぬ此の空間も、唯、おのれと云う塵を受け入れてやろう、其う云って居る様で……。
「ハア。」
いけない、直ぐに之うやって、都合良く解釈為て仕舞う。良くない癖だ。
非常に莫迦々しい。おのれの唾液に塗れ、其の明かりに艶やかに輝く右手を見た。
気持が悪い。最初其う思った。気持悪い。其れと同時に、おのれの物で良かったとさえ思う。おのれの物で有った時でさえ、此うも虫唾が走るのだから、他人の物で有ったなら気絶為て仕舞うかもや知れぬ。
全身を預けて居た長椅子から起き上がった。ギ……と錆び付いた軋みが鳴る。
視界も未だクラクラと鳴る。頭を抱え、……スゥ、ハァ、スゥ、ハァ、……と何度か深呼吸を行うと、幾分か透明度が増した。
「…………ハァ。」
溜息を零す。古びた長椅子から立ち上がり、公園に備え付けの手洗い場の方へ寄った。蛇口を捻れば、水が流れ出る。おのれは其れで、手を思う存分ゴシゴシと擦り、気持ちが悪いを洗い浚い手放して仕舞った。
手を払い、水を地面へ叩き付ける。疲れた。
かくしから、煙草の箱を取り出す。男は慣れた手付きで箱を開け、一本抜き取り、其れを咥えた。
かくしに箱を戻し乍、此度はライターを取り出す。
そして、亦、慣れた手付きで其れに火を灯した。
ゲホ、ゲホ。男は咳をする。
而乍、お構い無しに、咥えた煙草を、思い切り吸い込んだ。