Still in Loves,   作:soradayo

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4.白昼夢

 夢だと、わかっていた。

 訪れる結末も。

 それに目を背けて、別の道を探して、探して、探して……。

 何度も、出会い、別れ、それを繰り返す。

 未来を手に入れるまで続く、無限に続く悪夢。

 それを、何日も、何日も見ていた。

 ――いつか、夢と現実すらわからなくなった。

 そうして思い出すのは、私が見たはずの、現実――これは白昼夢?

 

 いつかの病院に居た。私が体を動かすことは出来ない。まるで主観視点の動画のようだった。ボディカメラで録画したような、あの感じ。

 これは……あの時だ。新年が明けて、入院を始めた後のこと。

 

 長期入院を終えて復調した私は、すぐに学園へと向かった。

 しかし……そこで知ったのは、あまりにも呆気ない別れ。

 私が学園に入ると、アドマイヤグルーヴが駆け寄ってきてくれた。

 彼女が教えてくれたのは、スティルの退学届けのこと。

 その事を知らされると、私はウマ娘よりも早く走って、たづなさんの元へと向かった。

 

「たづなさんッ! スティルは……」

 

 スティルの退学届けは、既に受理されていた。一体どうやったのか……私のサイン代わりに実印まで用意して。

 

「退、学……?」

 

 たづなさんから渡されたその退学届けには、おかしな所はひとつも無かった。私が入院しているから直接話すことはできないものの、既に承諾済みであるということも伝えられていたらしい。

 まさか、あのスティルが、そんなことを。――たづなさんも理事長も、ひどく驚いていた。

 様々な出来事が多重に襲いかかり、私は満身創痍になりながら理事長室を出た。ふらふらと覚束無い足取りで向かったのは、トレーナー室。……もしかしたら、スティルがいるかもしれないと思ったから。

 

 果たして、トレーナー室にウマ娘はいた。

 しかし、スティルインラブではなかった。

 そこにいたのは、ネオユニヴァース。スティルの同室のウマ娘だった。

 普段の彼女ならもっと難解な言葉を使うだろうに、私のことを気にかけて比較的分かりやすく要件を伝えてくれた。

 彼女によれば、スティルの机の上に手紙が置かれていたらしい。ネオユニヴァースはそれを届けに来てくれたようだった。

 ネオユニヴァースは私にしっかりと、手紙を手渡してくれた。だけど、その綺麗な折り目をしていた手紙を見て――不思議と違和感を抱いた。

 だけど、そんなものを気にしている余裕はなかった。

 焦りながらも、割れ物を扱うようにそっと開いて、スティルの字で綴られた、彼女の本当の気持ちを読んだ。

 ネオユニヴァースに顔を向けると、彼女は何も言わずに頷いた。

 そして――私は泣き崩れた。

 

 それから、一週間くらいだろうか。夢だから、あっという間に時が過ぎ去る。

 泣いているだけでは、生きていくことなんてできない。まるで婚約者に捨てられたような気分だったものの、スティルを責める気持ちにはならなかった。

 彼女が離れていった理由は、たった一つ。

 私を守るためだったから。

 私がこれ以上おかしくならないように――壊れないように、彼女から離れていった。

 私には、その意志を尊重することしか出来なかった。

 ……彼女を探しに行くことも、その後を追うことも――できなかった。

 

 しばらくして、私はトレーナーとしてチームを持った。三冠ウマ娘を導いたトレーナーだ。実績はそれだけなものの、チームを作るには事欠かない程度には志望者が集まってくれた。

 何人かの子と栄光を共にすることもあれば、道半ばにしてターフを去るその背中を後悔と共に見送ることもあった。程々に勝って、程々に負けて、泣いたり笑ったりの日常――それが数年続いた。

 時間は薬――日日(ひにち)薬だ。スティルを喪った心の穴は次第に幸福で埋められて、彼女との三年間は、ほろ苦い栄光の思い出に変わっていった。

 

 幸せな日々。

 なんでもない日常。

 私が求めていたのはそういうものだったのかもしれない。

 

 それでも、心の奥底でひとつの感情が消えることなく燻っていた。

 あの子の走りを、もう一度見てみたい。

 

 美しい紅をずっと求めていた。

 

 だから、こうなるのも時間の問題だったのだろう。

 夢から覚める時間だ。

 今度こそ、スティルを手放さない。

 あの夏を、もう一度。

 記憶を辿るような夢は、ついこの間――体調が悪くなった日の、深夜にまで辿り着く。

 私は布団から這い出て、玄関に向かった。

 玄関のドアは真っ赤で、その先からは彼女の声が聞こえた。

 手を伸ばす。

 紅い扉が開かれ――

 

 

 夢が溶けていくと同時に、現実を知覚した。

 頭のなかで生まれていた様々な情景は途端に忘れ去り、数秒前のことも思い出せない。

 現実で全てが上書きされる。

 

 額にひんやりとした物が触れていることに気が付いた。

 柔らかくて、冷たくて、暖かい。

 安心する温もりだった。

 落ち着いていく感情をどこか冷静な頭で観察していると、次第に紅い帳も消えていく。

 

 何が……起きたんだろう……。

 

 重い瞼をゆっくりと開くと、誰かがベッドの横に座っていて、私の頭をゆっくりと撫でていた。

 モリブデンじゃない。リリーでもない。彼女たちならこんなことはしない。

 愛おしげに、私のことを撫でてくれるなんてことは……あの子くらいしか。

 

 はっきりとした視界で、確かに彼女の姿を捉えた。

 

「ス……ティル……?」

 

 他のウマ娘と比べると少し小さな耳。栗毛に映える、特徴的な流星。

 ほとんど変わっていない。だけど、少しだけ……変わっている。

 私の記憶よりも幾分大人びた彼女が、そこに居た。

 

「はい……。貴方の、スティルインラブです」

 

 飛び起きた。

 スティルだ。

 抱きしめてしまった。

 良い香りがする。

 あの時からずっと変わらない、心の落ち着くスティルの香りだった。

 

「……スティル」

「スティルは……ここに、おりますよ」

「……あ」

 

 もう一度強く抱き締めた。

 本当に、そこにいた。スティルだ。

 いくら抱きしめても信じられなくて、現実であることを確認したくて、私の手が勝手に動く。

 背中から、首筋へと動いて、スティルの輪郭をなぞる。

 くすぐったそうに目を細めるスティルを見て、ようやく現実だという実感が湧いた。

 また、抱きしめる。

 今度は体温もわかった。……スティルは、ここにいる。

 

「スティル……スティル……っ!」

「トレーナーさん……なんて酷い……。もっと早くに来ておけば良かったわ……」

 

 私の拘束から逃れるように、スティルがそっと身体をよじった。その意図を察して、わずかに寂しさを覚えるものの、すぐに腕を離した。

 ――と思えば、スティルは私を抱き寄せて、頭が撫でられた。蕩けるような心地になんとか抗いながら、スティルの胸元で呟く。

 

「……スティル。どうしてここに」

「心配……でしたから。……間に合って良かったわ」

 

 私の耳を撫でながら、スティルは言った。

 彼女に抱かれていると、心の奥底に溜まっていたヘドロのような毒々しいモノが全て無くなっていくような気がした。ずっと追い求めていた、焦がれていたものへの執着が無くなっていくような……そんな感覚。

 

「スティル……。あのね、私……」

「……存じておりますよ。あの時のように、なってしまったのですね」

「……うん」

 

 あの時――スティルと共にいた時。三つのティアラを戴冠した後、私たちは更なる栄光を求めて彼女の『本能』を受け入れた。

 あらゆるものを喰らい尽くす、残酷なまでに美しい紅を。

 ……結果として、私は呑まれた。正体不明の体調不良に苛まされ、次第に身体が作り変わっていくように、夜の世界でしか生きられなくなっていった。

 寝なくても、食べなくても、スティルのことを考えていれば頭は冴えて全ての不調は消えて、限界を超えて活動することができていた。

 

「なんでだろう……」

「……私にも、わかりかねます。……しかし」

 

 けど、そうした異常はスティルが離れたことで鳴りを潜めた。……結局、スティルの考えた通りだった。私が元の私に戻るためには、スティルと距離をとる事が必須だった。

 そのはずだったのに……今回のそれは違う。同じような症状なのに、なんの前触れもなく訪れた。

 そしてすぐに倒れた。

 まるで、タイムリミットのようだった。ビデオゲームによくある、強制的にゲームオーバーにされるような時間的限界。

 

内なる紅(あの子)が無関係であることは、事実のようです。……私が貴方に触れても、近付いても、酷くはなっておりません。むしろ、良くなったようです」

「……そっか。私……どうしちゃったんだろう」

 

 けど――あらゆる不調は、スティルが来てくれたことで良くなったようだった。どうしてかはわからない。そもそも、あの子とのことだって、いくら検査してもわからないことだった。ウマ娘という、現代の科学をもってしても解明することの出来ない神秘的な存在と関わるのなら、常識の埒外のことはあまり考えないようにするべきなのかもしれない。

 ともかく、今理解しておくべきことは、スティルが居てくれたから助かった――それ一点だけ。

 

 やっぱり聞かなければよかった。忘れて、と言おうと思って、私が随分と考え込んでしまっていたことに気が付いた。

 スティルも黙っていてくれていた。

 ……話を切り出すタイミングを掴み損ねて、無言が続く。

 スティルの目を見つめると、逸らされた。なんとなく気まずくて他の場所に顔を向けて、もう一度スティルのことを見てみると、今度は私が見つめられていた。

 目を逸らしてしまう。

 ……このままだとこの繰り返しになりそうだ。意を決して適当に……雑談でも良いから、この空気をどうにかしたい。

 

「ねえ」

「……あの」

 

 声が重なった。

 

「あ、トレーナーさん、お先にどうぞ」

「え、いいよ、スティルが先に……」

 

 もう一度声が重なる。

 堪えきれなくて、笑ってしまった。

 

「……く、ふふ」

「ふふっ」

 

 はあーあ、と大きく息を吐きながらベッドに倒れ込んだ。天井は変わらず白色だったものの、先程までとは違う色に見えた。

 横を向くとスティルがいる。幸せだった。

 そうなんだ。思い出した。

 スティルが隣にいるだけで十分に幸せだったことを、思い出した。

 

「変わらないね」

「貴方こそ。……私のことなど、忘れていると思っていました」

 

 スティルの表情から察するに、本当にそう思っていたみたいだった。……そんなこと有り得ないのに。

 私が知っているこの子は引っ込み思案で自信もあまり持っていなかった。もう既に成人しているはず。それも変わっているかと思えば、人っていうものはそう簡単に変わらないらしい。

 

「忘れないよ。……忘れられるわけなんてない。ずっと、貴方の……」

 

 そこまで言って胸が痛んだ。

 ……忘れられなかったのは、どうしてなのか?

 スティルが居ないから? 円満な別れができなかったのが、ずっと心残りになっていたか?

 違う。

 私が求めていたのは、スティルじゃなくて……あの走りじゃないの?

 そう思うと、何も言えなくなってしまった。

 

「トレーナーさん?」

「ううん、なんでもない。……ねえ、スティルは何をしていたの? 表に出てきてくれなかったから……すごく気になるな」

「そう、ですね……」

 

 スティルは唇に指を当て、視線をほんの少し上に向かせて考え始めた。

 爪が良く手入れされているのが観察せずともわかった。勝負服のときに、左手の薬指にマニキュアを付けていたのを思い出す。

 膝の上に置かれている左手を見ようとすると、スティルは言いたいことをまとめたようで、視線を私に戻した。

 私も目を合わせる。優しげな瞳だった。

 

「母の、職業をご存知でしょうか」

「小説家、だったよね」

「はい。その縁を使わせていただき、私も少々……。それで、生計を立てておりました」

 

 スティルは誇らしげに言った。誰にも分からない程度に、誇らしげに。私くらいにしかわからないと思う。

 スティルが小説家なんて……。驚いたものの、すぐに納得した。そういえば、トレーナー室には歴史小説がいくつか置かれていた。

 トレーニングや出かける予定が無くなってしまった日には、私も一緒に本を読んでゆっくりと過ごしていた。……スティルと話していると、昔のことをたくさん思い出す。

 

「すごい。教えてよ、どんなの書いてるの?」

「また今度、教えます。トレーナーさんの方は、どうでしたか?」

 

 スティルにそう聞かれて、今までのこと――そして、今のことを話した。

 リリーと、モリブデンのことを。……彼女たちの名前はすんなりと出るようになっていた。

 

「……良かったです。幸せな日常を過ごせていたようで」

 

 私の話を楽しそうに――時折悲しそうに――しながら、うんうん、と頷いて聞いてくれたスティルは、私の話を聞き終えるとそう呟いた。

 聞こえないで欲しいと願うような、そんな声量だった。

 だけどその言い方がなにか引っかかって、無視することは出来なかった。

 

「スティルは……」

 

 やめておいた方がいい。

 彼女はそのことに触れようとしていない。

 その質問は、優しさを踏み躙ることになる。

 

「……幸せ、じゃなかったの?」

 

 理解していたのに、訊ねてしまった。

 

「不幸……ではありませんでした。両親は良くしてくれましたし、今では私の作品を待っていただいているファンの方たちも居ます」

 

 私の酷い行いに対して、スティルは怒ることも、呆れることもせずに、悲しそうに笑った。

 

「……でも……」

 

 スティルは肩を揺らして大きく息を吸う。

 纏う雰囲気が変わって、私は身体を強ばらせてしまった。

 

「……ずっと、貴方の傍にいたかった。貴方のお傍に居るだけで、幸せでしたから」

 

 壊れそうな笑顔だった。

 

「トレーナーさん。私も、もう、大人になってしまいました」

 

 スティルは泣いていた。

 私は泣けなかった。

 だって……もう、私にとっては『過去のこと』になってしまっていたから。スティルとの日々は、既に思い出に変わってしまっていた。

 残酷なことを……してしまった……。

 

「……時は、戻りません。この世界は現実で、小説のように、過去のページに戻ることはできません。それに……過去の選択が、間違いだったなどとも思いません」

 

 スティルは「ですが」と続けて、私の手を握る。

 手の大きさは、あまり変わっていなかった。何よりも大切で、守りたいと思っていた、あの時のスティルのままだった。

 ……大人になったのは、あくまで彼女の主観から見た彼女自身(スティルインラブ)だ。

 私から見ればずっと年下の女の子のままで、守るべき相手として見てしまう。

 

「もっと、貴方と一緒に居たかった……!」

 

 ――そんな子にここまで言わせるなんて、情けなかった。

 ずっと、彼女の気持ちをわかっていた。それをずっと避けて、曖昧な関係を続けていた。様々な障壁があったから――なんていうのは言い訳だ。気持ちに真剣に向き合うことに、障壁なんてない。

 

「貴方の隣に居て……たくさんの日常を。たくさんの感情を、貴方と共有したかった……」

 

 スティルは私を見つめていた。美しい緋色の瞳からは、涙がとめどなく溢れている。瞳に反射した赤色が涙を彩り、鮮血のようにも見えた。

 抱きしめたかった。

 「もう、平気だよ」。

 「これからずっと一緒に居よう」。

 痛みを和らげたくて、そんな言葉を投げかけたかった。

 無意識のうちに右手が動くが、その手はすぐに落ちてシーツを強く握る。

 

 ……私に、その資格はあるの?

 

 スティルが離れていった理由に納得をして、追わなかったのは私の決断だ。

 どれほど想われて、愛されていたのかを自覚していたのに、我が身可愛さにスティルよりも自分の未来を選んでいた。

 

 逡巡を繰り返していると、不意に病室の扉が開かれた。

 

「おーいトレーナー。見舞いにきてやったぜ――って誰?」

「トレーナーさん。体調はどう――あら。どなた?」




スティルインラブ(二十代前半)くらいのイメージです。

ハメでの感想評価お気に入り、ほかにも感想ツイや支援絵等々どれか一つだけでもすごく嬉しいです!よろしくお願いします!
してくれてる人はありがとうございます!あなたのお陰で作品は完結まで続きます!

ウマ娘用X▶︎@chitosejinko
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