「……リリー、モリブデン。こちらの方は――」
「大丈夫です、トレーナーさん。急なご訪問、失礼致しました。……それでは」
「あ、ちょっと!」
突然の乱入者たちにスティルのことを紹介しようと立ち上がると、スティルは顔を伏せたまま病室を出ていってしまった。手を伸ばそうとするも、間に合わない。
リリーとモリブデンの間を割るように、スティルは去ってしまった。
「……追ったほうがいいのか?」
「ていうか、あの人『トレーナーさん』って呼んでたね。私たちの先輩?」
「姉弟子ってやつか?」
リリーとモリブデンは何が起こったのかいまいち理解していないみたいだった。……そっちの方が都合は良いかもしれない。
二人の疑問には適当に返しておこう。そうすれば、私とスティルの関係はごまかせるはず。下手な詮索も、あまりされたくない。
「なんて言えばいいのかな……。でも、そう。私の元担当」
「となると、だいぶ最初の頃の方だよね? 大人だったし……大学生ではなさそう」
モリブデンが少しだけ考え込む。
その思考を中断させようと、私はベッドから降りて二人に差し出すための飲み物を探した。病み上がりの私が動き回るのを無視するほど、彼女たちは冷たくない。……ちょっとだけ罪悪感。
そんな私の様子を見て、リリーが声を上げた。
「てか、おい、モリブデン。見てみろよトレーナーの顔」
「え?」
え?
そう思ったのは私も一緒だった。
二人の方へ振り向くと、驚いた顔が返ってきた。
「すっごい良くなってる……」
「な。目も治ってるし。……何があったんだ?」
「いろいろと、ね。ごめんね迷惑かけちゃって。もう平気だよ」
考えるよりも先に、彼女たちを安心させるための文句がすらすらと出てくる。
言い終えると、ようやく実感が湧いた。
鏡を見ていなかったからわからなかったものの、どうやら私は驚かれるほどに元気になっていたらしい。
「そう。良かった。それで……」
「どうしたの、モリブデン?」
「本当に追わなくて良いの? 私たちが来たタイミングのせいかな。逃げるように去ってしまったけれど……」
心臓が跳ねた。
嫌なところを突かれた。
スティルのことは、もう……これで終わりになっても良かった。
あの子と会いたくないからじゃない。あの子との関係を修復したくないから、でもない。
ただ……。
……彼女から来てくれるならまだしも、私から何かするのは……それは、違う気がしたから。
「……大丈夫」
「本当に?」
「本当」
「嘘だね」
「……うるさい」
大人げない返事になってしまった。
でも、それしか言えなかった。
私はこれで良い。
ほんの少しだけスティルと話して、一瞬だけあの時に戻って、スティルの本当の気持ちを伝えてもらった。
……これ以上は求められない。
「顔色は良くなったけど、気分は最悪そうだね」
「適当言わないでよ」
「顔に書いてあるよ」
私がいくら言い逃れようとしても、モリブデンはずっと言ってくる。楽しんでるのかと思って彼女を見てみても、そんなのわからない。彼女の生粋のポーカーフェイスは、感情と関係無しにあらゆる表情を使い分けることが出来た。
誰にでもわかるくらいに顔に書いてあるであろう私とは違う。
「……本当に、気にしないで。大丈夫だから」
ベッドサイドに座っていた私は、モリブデンの視線から逃れるように身体を曲げた。
両手で顔を覆って、止せばいいのに、ひび割れた感情はありのままを零すことをやめられなかった。
「……あの子をいまさら……そんなことできない……」
モリブデンとリリーはどんな表情で、私のことを見ているのだろう?
呆れているのかな、同情してくれているのかな。
そのどちらであっても良かったけど、そのどちらであっても、事実を受け止めるのは怖かった。
二人の前ではできる限り大人ぶっているけれど、本当の私はこんなものなんだ。
昔の担当の感情を受け止めきれなくて、そこから逃げようとする弱い人。
「……私には……その資格が、無いから」
私は、スティルには相応しくない。
あの子はそうは思っていないのだろうけれど。
今、下手に感情を揺さぶるよりも、この悲しみを乗り越えて、もっと相応しい人を見つけて欲しい。
そんな気持ちが、言葉になって外に出てしまった。
もう言うことは無い。
顔を上げようとした時――
「――はあ?」
肩を掴まれて、強引に身体を起こされた。
勢い余ってベッドに押し倒される。
眼前には頬を赤くして目を見開き、睨みつけてくるリリーの顔があった。
本気で怒ったウマ娘の顔だった。
人間が本能的に恐怖を覚えるような、そんな顔。
「さっきから聞いてればよ。おいトレーナー。何様のつもりなんだよ、アンタは」
「ちょ、イリリ……! やめなって!」
「止めるなモリブデン。あたしはな、相手の都合を考えてるようなフリをする奴が大嫌いなんだ。実際に考えてるのは、自分の都合だけだからな」
リリーは、ナイフを突き立てるように、私に向かって人差し指を差していた。
リリーの言葉は全て真実だった。
私は――私が傷付きたくないから、スティルから離れようとしている。
「は……はは。確かに、その通りかも……」
顔を逸らしてそう言うと、リリーは私の胸に拳を押し込んできた。銃口を突きつけられているような気分になる。
もう、なにをされても良かった。
スティルを見捨てる――見捨てる。
あの子と距離を置くというのは、そういうことだ。
そのような行いをするなら、どのような事が返ってきても因果応報になる。
「そういう所もムカつく! アンタとあのウマ娘がどういう関係かわかんねえけど――飛び出て行ったのを放っておくような関係じゃねえのはわかるぜ」
けれど……ずっと言われていると、段々腹が立ってきた。
悲劇のヒロインに徹しようとしていた自分も馬鹿らしくなってくる。
私たちの事情を知らないのに好き勝手言われるのは、スティルのためにも我慢ならなかった。
「だからって……!」
リリーの肩を掴んで押し退ける。ウマ娘に勝てるかはわからなかったけれど、意表を突けたからか簡単だった。ベッドサイドから立ち上がったせいで、リリーは床に尻もちをついた。
……こんなのいけない。教え子に手を挙げるような真似をしてしまった。でも……。
もうどうにでもなれ。
感情のままに叫ぶ。
「私は、あの子に酷いことをしてしまったんだよ!? 取り返しのつかないことを!」
手を大袈裟に振って、私は感情を振りまいた。
大人げないなんて、そんなのわかっている。でもやめられなかった。
勢いのままに「だから、今更何をしても許されることは無い」。
そう続けるつもりだったのに、リリーの冷たい視線を向けられて押し黙ってしまった。
「じゃあなんだ、さらに傷を増やしてやるつもりなのか?」
リリーが立ち上がる。
私よりも一回り大きい彼女に見下ろされると、威圧感で萎縮してしまう。
「わかってねえのか? 今ここで、どんな形になっても良い。行動しとかねえと」
……彼女はなんで、私のこの行いに、ここまで怒るんだろう。その疑問を抱くことで、彼女の生い立ちについて、昔話してくれたことを思い出した。
リリーには両親が居ない。……いや、正確には、居た。
生まれた時の彼女とその両親は、酷く困窮した生活を営んでいたらしい。
そうした現状からリリーだけでも助けるために、彼女の両親は祖父母にリリーを預けて、どこかに消えてしまった。
定期的に微々たるお金は入ってくるものの、実の両親との関係はそれだけだと――過去の笑い話のように、私に語ってくれたのを思い出した。
「イリリ、いい加減にしなよ!」
「あたしたちはッ!」
リリーからその過去を聞いた私は、彼女を捨てるようなことは絶対にしない、そんな誓いを立てた。
「……あたしたちは、アンタのそんな……悲しんだ顔を見たくない。心につっかえてる何かがあるんなら、さっさとどうにかしてこいよ」
彼女が怒ることに、全て納得がいった。
今の――あの状態のスティルから距離を置いてしまうことは、リリーが私を失望するには十分な事なんだ。
「約束、覚えてないのか? あたしを舐めたヤツらに目にもの見せてやろうって。モリブデンにも言ったんだろ? でかい事を――世界で活躍させてやるって」
リリーの後ろで、モリブデンはなにかを我慢するように俯いていた。モリブデンは何も言ってこないものの、きっと、リリーと同じように思っている。
「大切なウマ娘を放っておくトレーナーに、あたしたちの未来を任せるつもりなのか? あたしたちのトレーナーなら……そんなこと、させねえよな……?」
想いをぶつけて来た勢いも無くして、縋るように言ってくるリリーの言葉で、私の頭も心も、全部すっきりとした。
私は……彼女たちを教え導き、栄光への舞台を整える役目に、従事している。
トレーナーなんだ。
今の担当だろうと、元担当だろうと、彼女たちを悲しませることは許されない。
「ふふっ……」
リリーを抱きしめて、頭を撫でる。
少しだけ背伸びをして。
「……生意気になったね。はあーあ、貴方たちくらいの歳の子って、気がついたらすごく成長しちゃってるんだから」
ありがとう、とは言わない。
なんだか悔しいから。
情けなくて大人げないところを見せたなら、最後まで貫き通そう。
この子たちと話すことで、ようやく勇気が出てきた。
「よし、わかった。行ってくる。あの子としっかり話してくるよ」
私に資格があるかなんかどうでもいい。
スティルの言った通りに、過去に戻ることなんてできない。過去は過去だ。大切なのは今。
あの三年間を、今一度、思い返す。
ありのままのスティルが好きだったのか。それとも、本能に魅了されていたのか。
答えは単純――その両方。
「スティルのこと、迎えに行ってくるよ」
私は病室から飛び出した。
「スティル……って、ええっ!?」
「誰だ?」
「トリプルティアラウマ娘! 史上二人目の……!」
「ああ、トレーナーの担当してた……。……は? スティルインラブ? マジ?」
◇
声が聞こえたような気がした。
私を呼ぶ声が。
セイレーンの歌声のようなものではなく、もっと純粋な――迷い子が親を探し求めるような声だった。
その声の場所はすぐにわかった。
距離があったから日が暮れてしまったけれど、無事に着いた。
「スティルが好きなのはこれだったかな。今でも味は変わってないといいけど」
道中にある自動販売機で缶コーヒーを二つ買った。
熱い。
たどり着いたのはあの夏の日と同じ場所だった。
スティルインラブは、コートを着込んでベンチに座り、満月を眺めていた。
「……やっぱり。満月だけど、スティル。平気なの?」
「……トレーナー、さん」
「ほら、あったかいコーヒー。一緒に話そ」
スティルの隣に座って、缶コーヒーを手渡す。
彼女の白い手が一瞬だけ当たった。氷のように冷えていた。
「……なぜ、ここが?」
「勘、だよ。貴方を見つけるのは、得意だったから」
もしかしたら――とか、そんな風に願っていて、まるで本当のように行動していたけど、声なんて聞こえていなかった。
この場所がわかったのは、スティルのことを想っているから。
ハメでの感想評価お気に入り、ほかにも感想ツイや支援絵等々どれか一つだけでもすごく嬉しいです!よろしくお願いします!
してくれてる人はありがとうございます!あなたのお陰で作品は完結まで続きます!
ウマ娘用X▶︎@chitosejinko