Still in Loves,   作:soradayo

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6.Love

「ごめんね、スティル」

「……私こそ。相応しくない話を、してしまいました……」

 

 コーヒーを握りしめながら、私たちは互いに頭を下げあった。

 そこで私は、あっ、と心の中で声に出した。このままだと、現役時代によくあった謙遜の――あるいは謝罪の無限の応酬になってしまいそうだ。

 そのことにはスティルもすぐに気がついたようで、少し寂しげな、だけどそれ以上に期待に胸を膨らませているような顔で――当然私以外にはわからないくらいの、ほんの少しの変化だけど――話を切り出してきた。

 

「ところで、体調はどうですか?」

「元気。超元気。ありがとうね、スティル」

 

 右腕を曲げて、力こぶを見せるような仕草をして笑いながら言う。スティルは口を抑えて上品に笑った。

 久しぶりにスティルの顔を近くで見た。

 あの時より大人びた彼女は、それでもまだ無垢だ。穢れを知らない少女のような顔をしている。肌は白磁のように白く、唇は新鮮なりんごよりも瑞々しい。

 

「……いえ」

 

 私の視線を受けて、スティルは照れていた。頬に朱が差して、赤ん坊のようにかわいい。

 紅い瞳に見惚れながら、私もスティルに聞いてみる。

 

「スティルこそ、満月なのに平気なの?」

「あの子は……今では静かです」

 

 夜は、あの子が――スティルの本能が強くなる時だった。満月ともなれば本能の欲求は最も強くなる。

 こうして、普段通りのスティルが穏やかに月を眺めているのは、どこか不思議だった。

 まるで夢の中にいるかのような気がするが、突き刺すような寒さが、これが現実であることを物語っている。

 

「……居なくなっちゃったの?」

「いえ……。共におります。ですが、特別な……心躍る時にしか、語りかけようとはしてきません」

 

 スティルが成長するように、あの子も成長していたらしい。トリプルティアラを戴冠した後のスティルからは……走ることに満足したスティルからは、本能がいなくなっていた。あの時と似たような感じ……かもしれない。

 

「大人になるにつれて、私たちは成長しましたから」

「そっか」

 

 なんにせよ、スティルが自分の望むように暮らせているのなら、その事を知られただけで十分だった。

 心を縛り付けていた枷が、一つ一つ解かれていく。ここでまた、私は気がついた。

 こんなに、はっきりと重圧が無くなっていくことがわかるくらいに、私はスティルのことを心配していたらしい。

 ……ふう、とため息と自嘲が漏れた。リリーの言う通りだ。来てよかった。

 表情を隠したくて、スティルの視線を誘導するように上を向く。

 夜空には、月が浮かんでいた。

 雲に隠れ、また現れて、その繰り返し。視界の端では星々がよく見える。

 

「月が綺麗だね」

「はい……」

 

 しずしずと、スティルは頷いた。

 

「貴方のためなら、私は死ぬことだって厭いません」

「……ふふ。それはやめてほしいな。長生きして欲しいもの」

 

 スティルに近づいた。

 冷たい風が、ウマ娘の体温でわずかに和らぐ。微々たるものだけど、なぜか、小さい身体が頼もしい。

 彼女の尻尾がぱたぱたと脚に当たる。次第に遠慮がちに絡めてきて、私が拒まないとわかると温めるように私の脚を包み込んでくれる。

 

「……あの後、ね」

「はい」

「二人に怒られちゃった。……いや、主には一人なんだけど……。正直、だから今ここにいるっていうのもある。情けないなー、私」

「変わりませんね」

「えっ……? そう?」

 

 驚いて、スティルと顔を見合わせる。緋色の瞳が慈しむように私を覗いた。

 変わってると思ったのに。あんまり変わってないらしい。

 

「はい。本来の貴方は、優しさで、自分の意思を我慢してしまう方でした。……変わりません」

「優しさ……なのかな。自分勝手なだけだろ、って怒られちゃったけど」

「視座の違いですね」

 

 変わらないのなら、彼女だってそうだ。

 大きくなったようで、なっていない。ずっと私のことを想ってくれていて、それ以上に大切な人として、彼女の心に刻まれている。

 もう、あの時から何年も経っているのに。

 私はずっと『トレーナーさん』のままだった。

 ……たぶん、彼女の前に立つと、私も同じであの時に戻ってしまう。だから、二人とも変わっていない。

 時が止まって、ずっと一緒にいたかのような――どこか遠い別の世界から、この現実に帰ってきたような錯覚すら覚える。

 

「……スティルも、変わらないね」

「自分では、変わったつもりですが……。貴方にはそう見えますか?」

「うん。いつまでも同じ。あの時のスティルのまま」

 

 はにかんで、前を向いた。

 この場所はちょっとした高台にあって、府中の夜景がよく見えた。

 きらきらと光る地平線の上には雲があって、月があって、星が光っている。

 どこか曖昧な気がして、夢のような時間を過ごしているけれど、今ここにいるのは紛れもないどこまでも続く現実だった。

 

「ねえ、スティル」

 

 無音の時間が暫し続く。冬の風は冷たく、木々にはまだ葉も茂っていない。風が吹く音だけが聞こえていた。

 冷たさを心に受け入れるように、ある決心をした。

 空元気を出して、努めて明るい声を出す。

 

「私、幸せだったよ。貴方に嘘はつきたくないから、本当のこと言うけど。貴方がいなくても、幸せだった」

 

 スティルには言わない方が良いのかもしれない。きっと傷つけてしまう。

 ……だけど、隠していてもわかることだろうから、今のうちに言っておきたかった。

 

「でも……」

 

 いや……言葉を続ける前に、スティルの気持ちを聞いておかないと。

 

「……スティル、私のこと、好き?」

「当然です」

 

 即答が返ってきて、ついスティルに顔を向けてしまう。

 うっすらと目が潤んでしまっていた。

 

「今でも、愛しています……。ずっと、ずっと。貴方とこうして話せることを夢見ていましたから」

 

 なら、良かった。

 私もすぐに言葉を返す。

 

「ならさ……私たち、やり直せないかな」

 

 ……あ。と思った。この言葉はまずい。だけど、出てしまった声は取り消すことはできない。

 ちょっと、話の組み立て方を間違えた。

 これじゃ浮気男みたいだ。

 

「……なぜ」

 

 スティルは俯いてそう言った。

 

「今の貴方は、幸せなのでしょう。あの方たちだって……。同情から言っているのでしたら……それは」

 

 顔を上げた彼女は、睨むように私を見つめる。

 泣きそうになっていて、手も声も震えているのに……。

 彼女は変わらないと言ったけれど、それは違うことに今更ながら思い至った。

 もう、少女じゃないんだ。立派な自立した大人として、彼女はここにいる。

 

「同情じゃないよ。……貴方を都合の良い存在として扱いたいからでもない」

 

 スティルの手を握り、懇願するように声を出す。

 絶対に勘違いしてほしくなかった。

 そのまま、冷たくしてしまった心に、ヒトより温かいウマ娘の体温を流し込む。比喩だけど、そう思うだけで、何も考えずともスティルに言うのに相応しい言葉を思い付く。

 

「私だって、何も知らない新人じゃないんだよ、スティル。あれから何年かな……」

 

 出会ったときに中等部だったスティルが大人になるくらい。

 トレセン学園に入ったばかりの新人トレーナーが、ベテランに足を踏み入れるくらい。

 あれから、そのくらいの時が経った。

 

「私たち、大人になっちゃったね。……なんて言うには、年の差が大きすぎるか」

 

 ただ、年の差は変わらない。スティルは大人になってすぐだけど、私は大人になってしばらく。

 おどけてみせると、スティルは笑ってくれた。真っ赤な口内が覗き、一瞬だけ見惚れてしまうと、彼女は恥じらうように口を隠した。

 気を取り直して、話を続ける。

 

「貴方がいない日常を過ごす中で、何回も思ってたの」

 

 ずっと待っていた。願っていた。

 このときを。

 スティルとまた会う、この夜を。

 

「楽しい場所に行った時――スティルなら、どんな顔をするかなって」

 

 遊園地のナイトパレードを見たときの、貴方の横顔。

 それを思い浮かべて、目の前の景色に貴方を並べていた。

 

「馬鹿みたいな話をした時、貴方はどんな言葉を返してくれるかなって」

 

 お菓子について語っているときの、貴方の楽しそうな顔。

 きっと、貴方ならそんな顔で聞いてくれるって――勝手に思っていた。

 

「どうしようもない出来事にぶつかった時……貴方が傍に居てくれたら……って」

 

 クリスマスのときを――思い出した。そういえば、その時もここに居た。

 同じように、寒い日で……雪が降ってきて。

 場所は覚えていなかったけれど、貴方の言葉は覚えていたんだ。

 辛いときも、ずっと、貴方の欠片は私の傍に居てくれた。

 ……本当の貴方も傍に居てほしかった……。

 

「でも、その感情を無視していた。私は貴方に相応しくないって、そう思って。何年経ってもずっと蓋をし続けて、気付かないふりをしていたの」

 

 しかし――

 私はすべて塗り潰した。

 スティルには相応しくない。その一心で、彼女の欠片が現れるたびに丁寧に消していた。

 いつか、絶対に思い出すことのないように。

 

「だけどね。もう一度会うことができて、気付いたよ」

 

 そこまでして抑えつけていた気持ちは、それでも消え去ることはなかった。

 スティルを見つめる。

 彼女も見つめ返してくれる。

 月光が瞳を照らす。

 長い睫毛、赤い唇、柔らかい髪。

 想いが溢れそうになる。

 

「ねえ、スティル」

「はい、トレーナーさん」

 

 言わずとも察せられる。

 しかし、言わずにはいられなかった。

 

「……私は、貴方を」

 

 スティルの手を引いて、立ってもらった。

 両手を下げて、腰のあたりで握った。

 ――暖かい。大好きなひとの、心の温もり。

 

「穏やかで、優しくて、少し控えめな、等身大の貴方を――」

 

 改まって言うのは結構恥ずかしい。

 期待の視線に晒されながら言うから尚更。

 勇気を振り絞った。

 

「今でも、愛してる」

 

 月に照らされた私のシルエットは、緋色の帳によく映えた。




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してくれてる人はありがとうございます!あなたのお陰で作品は完結まで続きます!

ウマ娘用X▶︎@chitosejinko
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