Still in Loves,   作:soradayo

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7.やっと、お傍に

「んぅ……」

 

 ……朝日が差し込む。

 長い夢から目覚めたような、妙な気だるさが身体を支配していた。

 そういえば、アラームが鳴っていない。起きるにはまだ早いと思い、いつもスマホが置いてあるあたりに手を伸ばすと――

 

「……おはようございます、トレーナーさん」

「……へ」

 

 私は、栗毛の頭を撫でていた。

 栗毛――脳内で記憶が結びつく。

 栗毛の知り合い――教え子だ。となると――リリー? モリブデン?

 やばい、ついに、私は、犯罪を――!?

 

 そこまで思い至って、焦りで頭がはっきりとした。

 いや、違う。

 隣で寝ているのは、元担当――現恋人の、スティルインラブだ。

 

「おはよ、スティ――」

 

 朝の返事を返そうとしたとき、外から大声が聞こえた。

 

「起きろトレーナー!!! 今日朝練だろっ!!!」

「やめなさいイリリ!!! 近所迷惑でしょっ!!!」

 

 ……私の教え子たちが、直々にモーニングコールをしにきてくれたみたいだった。

 スマホを確認すると、いくつものメッセージと着信が来ていた。……完全に寝坊だった。

 

「お寝坊さん、ですね」

「……あはは、そうみたい」

 

 温もりの残るベッドから極寒の外の世界へとなんとか這い出して、最低限の身だしなみを整える。朝練ではあの二人にくらいしか会わないから、必要以上に身だしなみを整える必要もない。

 スティルも同じくらいの時間で準備したのだけれど、彼女はウマ娘……ほとんどなにもせずとも綺麗だった。

 朝食は冷蔵庫に入っていた栄養バー。買い溜めておいたものをスティルにも渡した。早朝トレーニングの合間に食べよう。

 これ以上彼女たちを騒がせると知り合いのトレーナーからクレームが来るかもしれない。

 急いで玄関のドアを開けて、いつの間にか寮の正面に回り込んできていた二人に声をかけた。

 

「やー、おまたせ」

「おう、遅かっ――」

 

 リリーとモリブデンに手を振ると、私と一緒に部屋を出てきたスティルを見て、リリーが固まってしまった。

 耳がぴんと立ち、理解できないものを理解しようとしている――ネットでよく見る、あの猫の画像みたいになっていた。

 

「……? なんでトレーナーの部屋から二人が……?」

 

 リリーが呟いた。

 冬の風が私たちの間を抜ける。

 スティルと顔を見合わせ、モリブデンとも視線を交わす。

 色々と想いが交錯し、私たちは一つの結論を導き出した。

 ……なんか勘違いされてる!

 スティルは顔を真っ赤に染めて、モリブデンは訳知り顔で頷いていた。

 一方のリリーは――

 

「……あ」

「まずい、イリリがオーバーヒートしちゃった……!」

 

 固まっていた。

 

 

 復活したリリーを連れて、私たちはコースまで来ていた。

 まだ朝早いこの時間では、芝に霜が降っている。歩くたびにさくさくと鳴って、少し楽しい。

 教え子たちに準備運動をさせながら、つかの間の触れ合いをスティルと楽しんでいると、リリーが怪訝そうな顔をして吐き捨てるように言ってきた。

 

「……で? 『私たち付き合いました♡』ってか? 信じらんねー。意味わかんねえ……」

 

 まあ、そうなるよね。

 私だってリリーの立場ならそうなる。

 コーチでも監督でも顧問でもなんでもいい。ヒトがやるスポーツの指導者で考えてみよう。

 その人がいきなり入院して、退院したかと思えば、女連れで指導の場にやって来る。

 ……うん、信じられない。意味わからない。

 気持ちはよぉ〜くわかった。

 でも、スティルは違うんだ。

 

「まあまあ。スティル、この子はこう言ってるけど実は優しくてね……」

「はあ」

 

 どうどう、という風な仕草をしながら、流れるようにスティルにリリーの紹介を始めた。

 生返事が聞こえてきたけれど、多分平気。スティルならしっかり聞いてくれているはず。

 けど、これがむしろ恥ずかしかったみたいだった。リリーがぶんぶんと尻尾と手を振りながら話を遮る。

 

「やめろトレーナー! 連れ子に対する継母かよ……」

「イリリは時々面白い例えするね。よろしくお願いします、スティルさん……でいいかな?」

 

 私たちのやり取りを興味深そうに眺めていたモリブデンの適応は早かった。

 誰よりも先に挨拶をする。

 モリブデンはそういう子だ。偉い。

 スティルも礼儀正しく、小さく頭を下げた。

 

「はい、よろしくお願いします。モリブデンさんに……イリリさん?」

「うん、それで良いよ」

「……おう。よろしく、スティルさん」

 

 リリーがしおらしく言う。

 スティルの丁寧で親しげな雰囲気に毒気を抜かれたみたいだ。とはいえ、本来の彼女はスティルに似ている。いつもはキャラを作っているけど。

 表には出てないけれど、ちょっとした親近感も持っていそうだった。担当ともなれば、それくらいは簡単に気付くことが出来る。

 

 雑談を終えて、二人をウォーミングアップに戻らせた。

 ヒトのスポーツとも共通することで、ここを怠ると怪我に繋がる。

 正直面倒くさいという気持ちはよく分かるけれど、基礎練みたいなものだ。やらない事によるメリットよりも、やらない事による損の方がはるかに大きい。

 

 普段は彼女たちがアップをしている間にちょっとした準備とかを整えておく。

 私一人だから、事前に全部準備を終えておくことは難しいから。……それに、朝は寝る時間を多く取りたいし。

 けど、今はスティルがいた。

 私がぺーぺーの新人だった頃に担当していたから、準備を手伝ってもらうこともままあった。だからか、何も言わずとも阿吽の呼吸で作業を進めることが出来た。

 普段の日常にスティルがいることを不思議に思いつつ、特別な幸せを感じながら――つつがなく時間は過ぎていく。

 

 

「あ、ありがとうございます。――それで、スティルさんはどうしてここに?」

 

 一足先にアップを終えたモリブデンが、渡された水筒を飲みながらスティルに聞いた。

 飲み終えた水筒をモリブデンがスティルに渡すと、交換するようにタオルが手渡された。

 汗を拭くモリブデンを尻目に、スティルはそっと視線をよこしてきた。

 

「ふふ。トレーナーさんといろいろありまして。……ね?」

 

 意味深な視線だった。

 ……なにもしていないのに、赤くなる。本当に何も起きてないのに!

 強いて言うなら、時間も遅かったから寮に招いたのは私から……だということだけど……。

 

「え、あっ、う、うん。そ……うだよ」

 

 顔も耳も熱くなっているのがよくわかった。外気がすごく冷たい。

 スティルはそんな私を見て、くすりと微笑んだ。

 からかわれた。あのスティルに……!

 ちょっとした感動もあるけれど、それよりも恥ずかしさの方が強い。

 照れ隠しにクリップボードで熱くなった顔を扇いでいると、今の担当たち二人が私を見ながらひそひそと話していた。

 

「うげ……トレーナーが照れてるところ見たくなかった」

「……なんか複雑な気持ちになるね」

 

 ……しっかりと聞こえている。

 私は、コースに向かって彼女たちを追い立てるようにクリップボードを振り回した。

 

「……失礼なこと言うな! ほら、さっさとトレーニング始めるよ!」

「へいへい」

「やろっか」

 

 二人は逃げるようにコースへと向かう。しかし……朝から大声はキツい……!

 ただでさえ整えられていない髪を更に乱しながら肩で息をしていると――

 

「頑張って下さいね」

 

 ひらひらと、スティルの手が揺れた。

 

 

 トレーニングの最初は併走することに決めている。

 上手く言えないけれど……準備運動とはまた違う、エンジンをかける為に大切……な気がするからだった。それに、一緒に鍛えられるスピードや体内時計、競り合うことで培われる粘り強さというものは、合って困るものではない。

 今日もいつも通りのトレーニングを行うつもりだったものの、ふいに思い付いた。

 ――そうだ、スティルに聞いてみよう。

 トゥインクルシリーズを走ってきた当事者として、指導者の立場からは見つけられないものもあるはずだ。

 

「スティルから見て、どうかな? あの子たちは」

「そうですね……」

 

 向正面を走るリリーとモリブデン。

 朝日を煌めかせる栗毛を、紅の瞳が捉えた。

 

「負ける気は、しません。今でも」

「えっ」

「あ、ああ――す、すみません。違いますよね……えっと、その、すごく成長が楽しみです。まだ完成していない、そんな感覚がします……」

 

 急に何を言い出すものかと思ったけど、スティルは普段通りだった。本能が暴走する様子もない。

 久しぶりに、走るウマ娘たちを生で見て、昔を思い出してしまったのかもしれない。……私も隣にいるし、そうだといいな。

 

「そ、そっか。完成……か。理論的にはわかるけど、肌感覚はウマ娘にしかわかんないのかな、そこら辺は」

「おそらく……。本格化した後のピークの瞬間は、よくわかりますから。他人のその瞬間も、漠然とわかります」

「へえ。一回体験してみたいなあ」

 

 なんてことを話しているうちに、二人は直線まで戻ってきていた。時計は悪くない。

 緩く走って戻ってこようとしているところ悪いけれど、この寒さならもう一本くらいやった方が良さそうだ。

 ホイッスルを鳴らして、鋭く声を上げる。

 

「いいペースだね。もう一周!」

 

 二人は一瞬だけ嫌そうな顔をしたものの、素直に従ってくれた。

 走り出すのを見届けて、疑問に思っていたことをスティルに訊ねてみる。

 倒れた後、誰から聞いたのか。どうしてスティルは私の場所がわかったのか。

 会いに来るなら、まずはトレセン学園に来るのが普通なのに、いきなり病室に来ていたのが不思議だった。

 

「そういえば、どうしてあの時スティルは来てくれたの?」

「あの子が珍しく、語りかけてくれたのです」

「へえ……なんて言ってたの?」

 

 あの子――恐らく、スティルの内に潜む本能だ。

 彼女はスティルであり、スティルではない。どちらもスティルではあるんだけれど……。まあ、ややこしい。

 コースを走るリリーとモリブデンもしっかりと見ながら、横目でちらちらとスティルの様子を伺う。私の質問には答えずに、どうしてか俯いてしまっていた。

 

「……その」

「うん?」

「……えっと……」

 

 ようやく口が開いたものの、なにやら言い淀んでいる。

 

「い、愛しのトレーナーさんが呼んでいるわよ……って……!!」

 

 その様子がかわいくて、抱きしめて撫でてしまった。

 スティルは……もう……!

 恥ずかしがり屋で、それなのに、隠したいことなのに大きな声で言ってしまうくらい無意識に大胆で――全部好きだ。

 なんて思っていると――

 ……遠くから、荒い息と一緒に声が聞こえた。

 

「なあ……なにやってんだあの人たちは……」

「大人の関係ってやつじゃないの?」

「……意味わかんねー」

「まだまだガキだね、イリリ」

「はあっ!?」

 

 

「なあ、ちょっと良いか?」

「はい、どうかされましたか?」

 

 朝練の終わりごろ。

 にわかにトレセン学園が騒がしくなり始める時間。

 紙に書き込んだデータをタブレットに取り込んでいると、リリーがスティルに話しかける声が聞こえた。

 タブレットから顔を上げて、声の方へ振り向く。

 スティルは抱えていた荷物を地面に置いて、リリーに耳を傾けた。

 

「アンタ、ティアラで三つ取ったんだよな」

「はい。昔の話ですが」

「ならさ、相当速いんだよな?」

「程々には……」

 

 あまり要領を得ない話だった。昔のことが聞きたいのか、走りのコツでも知りたいのか。

 なんであれ、あんまり悪い結果にはならなさそうだ。内心安堵した私は、またタブレットへと顔を落とす――と、また別の声が聞こえた。

 

「イリリ、なにしてんの? スティルさんに迷惑かけちゃダメだよ?」

「迷惑はかけてねえよ。併走の誘いだよ」

「併走? トリプルティアラウマ娘と……!?」

 

 併走!? スティルと……!?

 心の中でモリブデンと同じような言葉を吐きながら、勢いよく顔を上げた。

 スティルは……あまり嫌ではないみたいだ。

 いきなりの誘いに驚いてはいるものの、耳を絞ったり、尻尾を荒く振ったりしていない。

 とはいえ、そこまで乗り気でもないようだった。年下に言い聞かせる上級生のように、困ったように笑っていた。

 

「そ、それなら。スティルさんっ!」

「は、はい」

「私も、走っていただきたいです……!」

 

 ――昔のスティルなら、私はすぐにでも割って入った。でも、彼女ももう大きくなった。

 ここは彼女に任せておこう。

 

「ええっ」

 

 そう思ってやりとりを見守ろうとしたのだけれど――

 

「と、トレーナーさん……。如何いたしましょう……」

 

 スティルは目を潤ませながら、縋るような視線で私を見てきた。

 ……よし、あとは私に任せておきなさい!

 

「こら、二人とも。スティルはもう一線を引いてだいぶ経つんだから……無理言わないの」

 

 スティルを遮るように間に立つ。

 こうすれば少しは落ち着いてくれるだろうし、モリブデンなんかはリリーの説得に加わってくれると期待したのだけれど――

 

「でもよー。トリプルティアラだぜ? わかるか? 史上何万人とウマ娘が走る中で、一桁しか居ないんだぜ?」

「そうだよ、トレーナー。ヒトの貴方にはわからないかもだけど……言ってしまえば、シンボリルドルフさんと走れるようなものなんだよ?」

 

 彼女たちの本能には、既に火がついてしまっていたようだった。

 正直……走ることが生きる理由になる、彼女たちの気持ちを全て理解することは出来ない。

 私はヒトだし、アスリートでもないから。

 でも――

 

「まあ、憧れの人の隣に立てる……ってことなのかな」

 

 その気持ちなら、理解できた。

 この想いは抑えられるものではない。

 スティルにちらりと目配せをする。……うん、あまり乗り気ではないのは変わらないけれど、嫌、という訳でもないみたいだ。

 私に委ねる――ゆっくりと瞬きをして、目で伝えてきた。

 それなら。

 

「そうだね、一本だけなら……。どうかな? スティル」

「わかりました。トレーナーさんがそう仰るのでしたら」

 

 スティルがゆらりと立ち上がる。

 その仕草はどこか妖艶で――燃える炎のように、他人の視線を惹きつけるものだった。




ハメでの感想評価お気に入り、ほかにも感想ツイや支援絵等々どれか一つだけでもすごく嬉しいです!よろしくお願いします!
してくれてる人はありがとうございます!あなたのお陰で作品は完結まで続きます!

ウマ娘用X▶︎@chitosejinko
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