師匠系爺に憧れて 作:武神祭
感覚としてはまさにそんな感じ。精々が悪魔憑きの症状を抑えるしかできなかった魔力操作………そのコツとでも言えばいいのか。その感覚を掴んだ途端、黒ずんだ肉は嘘のように元に戻った。
鍛錬と並行して行っていたら、本当に突然「あ、いける……」と感じたのだ。目の前で剣鬼に隙を晒し当然ゴツンと鞘で殴られた。
「おや、おめでとうございますカレン殿」
「そ、そう思うなら止めてくれてもいいのでは」
「立ち合い中に如何なる理由があろうと油断する方が悪い。さて、ではお祝いとしましょう」
そう言って手を差し伸べてくる。手を取り立ち上がるカレン。カサついた老人特有の肌、しかし尻餅をついていたカレンを簡単に立たせるほど力強い。
「お、お祝いですか?」
「ええ。ちょうど新商品が出るそうでしてね…………」
ハクオウの屋敷同様、ワコクの思わせる外観の木造の店。
雪狐商会のミドガル王都支部。内部には通常の店から飲食店に武具屋まで何でもありの複合店舗。
あくまでワコクっぽいだけでハクオウの屋敷より親しみやすく、しかしそれでいて物珍しさも残る絶妙な塩梅。
その中の高級懐石料理の店。
「ようこそいらっしゃいました」
「こんにちは、ユキメ」
出迎えたのは白い髪の美しい妖狐族。力を増す事に尾の数が増えるという特徴を持つ妖狐族の娘………尾の数は九。
「紹介します。彼女はユキメ………貴方にとっては姉弟子にあたるでしょうか」
「ユキメともうしんす。爺様の修行は大変でありんしょう?」
「しゃべり方は変わってますがお気になさらず」
廓言葉というらしいその言葉はワコクの遊女が良く使う。彼女の容姿を思えば故郷が襲われた際に戦場にて人を切りに来た鬼に拾われなければ確かにそういった事をしていただろうが、ハクオウに拾われた彼女達をその手の店に連れ去ろうとした不届き者は切られている。
「だって爺様、こういうのが好きでありんしょ?」
「ワコク文化が好きなのは否定しませんがね」
実際ハクオウが着ている服もワコクの着物だ。
「それにしても、ベガルタの貴族様と聞いておりましたがこれはまた」
スイッとカレンの近くをすり抜け接近したユキメ。同性すら魅了する美しい顔が目の前に。香の甘い匂いもする。
女にモテるとはいえその手の趣味はないカレンでも思わず心臓が跳ねる。
「是非とも広告塔になって欲しいでありんすね。快気祝いを催すなら、どうぞ雪狐商会をご贔屓に」
「あ、ああ………」
ニコリと微笑み離れるユキメ。自分より長く剣鬼の教えを受けていただけあり、強い。そもそも九尾、それも必然か。
「ベガルタですが、やはり教団が動いていたようです。ラウンズ十席、セルゲイ・ゴーマンがアイリス様と接敵したそうですが正体不明の剣豪が介入。山を斬ったとか……」
「山切り……懐かしいですね」
ハクオウが憧れた存在の中には特訓として山をサンドバック代わりに粉々にした者もいるので、ハクオウもそれにならい一日一万回の感謝の素振りの後に山を切りに行ったものだ。戦鬼が動けば山が消え崖が生まれ水が湧き泉は枯れ…………まさしく生きる厄災その者であった。一応人のいない場所や強力生物の縄張りでやっていたが。
「その者については?」
「不明です。調べようとしたのですが、あれ以上監視を続ければ切られていたでしょう」
雪狐商会………各国に支部を持つ大商会。実質ハクオウの配下のようなものであり、主な目的は各国の強者の発見に、ユキメの故郷を滅ぼした男の捜索。ついでにディアボロス教団への対策。
「それから昨今悪魔憑きを我々や教団、テンプラー以外に攫っている者がいるようです」
悪魔憑きを探せば教団に行き着く。おまけにハクオウは悪魔憑きの治療も可能。そういった理由もあり保護していたのがここ近年悪魔憑きを実験台にしたい教団、処分したいテンプラーとはまた別の組織と思われるとのことだ。
「ああ、私も会いましたね。将来が楽しみな娘でした」
「………………」
ハクオウの言葉に祖父に甘える孫の様に膝枕されながら頭を撫でられていたユキメはグリグリと頭を擦り付ける。
ボスと認めた者に甘える性質がある獣人族らしく嫉妬しているのだろう。あるいは成人しているユキメなら、本来は自重できたかもしれないがハクオウとは祖父と孫以上に年が離れている上にハクオウの強さは圧倒的。更に村最強故に今まで誰かに頼ることをしなかったユキメの母も獣人の本能に負けて甘えたのを目撃した日から自重しなくなった。
報告している獣人族の娘も羨ましそうに耳と尾が揺れている。きっと考えなしの子供だったなら「私も撫でるのです」と飛びついていたことだろう。
「ですが、今はやはり月を切った者が知りたいですね」
「月を? ハクオウ様、ついにボケましたか」
「なかなか言いますね。まあ、見えにくいから仕方ありませんか…………」
「…………………」
特に気にした様子のないハクオウだがユキメにジロリと睨みつけられ尾と耳が垂れる。
「新勢力に関してはいかがいたしましょう………」
「悪魔憑きをどうするかが不明ですからね。そこに関して調べてからでよいのでは?」
「話してみた所、案外選民意識が強い者が多いそうです。いえ、どちらかと言うと自分達を理解出来るのは自分達という、一種の人間不信? 兎に角馴れ合う気はないって感じでしたね………『陰を知らない』とか痛々しいこと言われました」
その上で目撃者として殺しに来たから返り討ちにしたが。なかなか質のいい女戦士達だった。
「全員女性………案外元悪魔憑きの集団かもしれませんね」
「爺様の弟子の誰かが勝手に作ったんでありんしょうか」
「別に選ばれし者の特別なスキルではありませんよ。練習すれば誰にでも出来ますし……私が関わらないところでやり方を発見した者がいるのかもしれませんね」
実際雪狐商会にもそれを専門とする治療師がいるわけだし。
「そろそろ公表するのもいいかもしれませんね」
「よろしいのですか? その、聖教が黙っていないかと………」
「大丈夫ですよ。二度と私を異端認定しないと約束してくれましたし、もしするならまた同じ事をするだけです」
ユキメと報告者は顔を見合わされる。何をしたんだろう?
昔々、ディアボロス教団と名乗る組織の勧誘を断り空に空いた穴から降ってきた怪物を斬り殺して数ヶ月ぐらい経った頃、今度は聖教が『その強さは女神の加護だから聖教に仕えなさい』と言ってきたそうな。
「寝言は棺の中で言え」
当時鬼と恐れられていた魔剣士はそう返した。首を切らずにやったのだから、この頃から老後紳士になる片鱗が見えていたようだ。
さて、そんな紳士的な態度を取られた聖教は怒って言ったそうな……。
「神の言葉に逆らうなどと神罰が起こる。我等は神の代行者として異端を討つ」
神父の首がゴトリと落ちた。聖騎士達が剣を抜こうとすると、その腕は床に落ち赤い花を咲かせておった。
そして聖教は戦の鬼を異端認定し世界に発信した。してしまった。
金に目が眩む者、正義に燃える者、国の決定に逆らえぬ者達が先ず動く。
屍が積まれ、口々に言った。
「俺は関係ない!」
「降伏するから許してくれ!」
「騎士達が勝手にやった!」
傭兵団も正義の使徒も国軍もそこで止まる。後は聖教。正面からどうどうと船乗り場に現れ宗教国家オルムに向かった。
船を寄越せと言えば素人に渡しても運転できないと言う。ならお前達が操縦しろと頼めば快く引き受けた。
船ごと沈めようとオルムの軍艦が動けば大砲の射程よりも遠くから船が海ごと両断されたり海の上を走ってきたり………一切の妨害通じずオルムに到着した。
「逃げも隠れもしないとはな!」
そう言って剣を持って突っ込んだ当時最強の聖騎士長は細切れにされた。
「話し合いに来ただけだ。何故俺が隠れる必要がある」
逃げる者は追わない。本当にただの客人とでもいうようにオルムを歩きながら進み、厳重な鉄の扉と民よりも自分を守れと集めた数多の聖騎士に囲まれた部屋で震えていた当時の教皇に挨拶し、その後聖教は異端認定が誤りであったと世界に発信。
各国も聖教も正義に燃える愚か者が現れ、万が一でもその責任を国単位で取らされることを恐れその事実を徹底的に隠した。故に…………
「悪魔憑きは、天に返すしか救いようがないのです。剣鬼様、どうか世に広がる「剣鬼に頼めば悪魔憑きを癒せる」などという偽りの希望を、貴方から否定してください。縋り、裏切られる事はきっと辛いことなのです」
聖教の若き聖女は悪魔憑きと剣鬼を思いこうして訪問した。