師匠系爺に憧れて   作:武神祭

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王宮剣術指南役

「せやああああ!」

 

 老兵の主と同じ赤髪を持つ少女が剣を振るい流される。銀髪の少女が振えば受け止められる。老兵が持つのは()()

 

「ほれ」

 

 ピュンと振るえば斬撃が飛ぶ。慌てて回避しようとした少女達は刃の潰れた刃で殴られたかのように吹き飛んだ。

 

「げほ、ごほ!」

「い、づぅ………」

 

 赤髪は咄嗟に魔力で防御したが銀髪は魔力が足りなかった。しかしどちらも立てないことには変わりない。

 

「早く立ち上がらねば本日の菓子は我が胃に収まってしまいますぞ?」

 

 老兵は片手にずっともっていたアップルパイを一切れ掴むと食べる。赤髪の少女が屈辱に震え銀髪の少女はそれはもう凄い顔で睨む。

 

「お年を考えて節制してはいかがですかお師様! 早死にいたしますわよ!」

「ほほ。早死にと言うにはいささか長く生きすぎてますな」

 

 嘘か誠か、彼女達の師は百年の時を生きているとかいないとか。

 

「私の林檎パイ………!」

「一当てすればよろしいだけなのに、日を重ねるごとに諦観が瞳を染めやる気を失う姫様方が悪いのですよ。子供をやる気にするのは菓子を奪う程度が丁度いい」

「ええ、やる気が出てきましたわ! そのニヤケヅラぶった切って差し上げます!」

「その意気その意気………あむ………では、来なさい」

 

 手に取った一切れを食い小枝を構える。

 

 数分後、最後の一切れが老兵の胃に収まった。

 

 

 

「悔しい! 次は絶対にぶっ飛ばしてやるんだから!」

「ははは、姫様は元気ですね……師匠相手にそこまで出来るのは貴方ぐらいですよ」

 

 そう笑うのはゼノン・グリフィ。若き魔剣士にして銀髪の少女………ミドガルの第二王女アレクシアの兄弟子の一人だ。

 

「…………貴方も剣術大会で優勝したその日にお師様に挑んだと聞きましたが」

「え、ええ………まあ。あの頃の私は若かった…………自分が誰よりも強いと思い上がって……………それで、それ……で…………うわあああああああ!!」

「………………………」

 

 ゼノン・グリフィ。顔良し、地位あり、性格良しと一見欠点のないムカつく男だが師であるハクオウとの授業内容について聞かれると発狂する。アレクシアはその無様な姿は気に入っている。

 

 発狂している時はよく本音を叫ぶのだが、彼は普段かなり猫をかぶっているようだ。そのメッキがはがれた様がとても面白い。

 

「ま、まあそういうわけで、あの方に師事してあの方に挑む意思を持ち続けるのはアレクシア殿下ぐらいでしょう」

「私だけって………結構無礼な貴族見かけるわよ」

「師匠に師事していない者達ですからね。老人だからと学びに来ない愚か者どもも居ますし………あ、もちろん私を含めた弟子の中にあの人に逆らうなんて考える愚か者はいませんよ? ただ、あの人が伝説だったのは半世紀以上も前で、あの人も老いて衰え……………た、はず…です………し……」

 

 彼の剣を知る者からすればあれで衰えているなどとても思えない。肉体が衰えようと魔力強化や技術で補い、いまだ全盛期を更新していると言われても信じられる。

 

「まあ舐めている以外にも、鬱陶しく思って無礼を働いているのでしょうね」

「鬱陶しく?」

 

 ハクオウは政治に関わることを嫌い騎士団長の座を拒み王宮剣術指南になっている。名誉職ではあるが、そこまでして代わりたい地位でもないような。

 

「師匠が立てた商会の影響力は高いですから。チョコレートに緑茶、葛餅、米、珈琲……どれも今や我が国が他国にも誇れる名産品。動く金は大きい………それだけでなく、紙幣………」

 

 金貨何枚も持ち歩くのが面倒という理由でハクオウが作った預かり証。雪狐商会という商会と契約したハクオウが生み出したそれは、早い話が金を引き出すための物だったのだが、それそのものが貨幣として効果を持ち始めたのだ。

 

 それらこれまでの経済を大きく変える力があり、よりによってハクオウは紙幣に王家の家紋を刻む許可を王から取った。

 

 ただの紙に描かれた模様………偽物を作るのは容易かったはずなのに、そこに王家の家紋が加われば話は別だ。王家の威光を穢した者は、裁判をすっ飛ばして断罪出来る。

 

 恐らく戦狂いはそれを狙ったのだろう。愚かしくも王家の家紋入りの紙幣の偽物を作った家に嬉々として向かい彼等が雇っていた私兵、傭兵、暗殺者を皆殺しにした。

 

 国に仕える魔剣士の一人として捕縛任務を受けたゼノンは血に染まった屋敷の光景に、数日は肉が食えなくなった。

 

「まあ偽札を作る連中なんて後ろ暗い事をしている商人や貴族なわけで、傭兵や暗殺者を雇うのに紙幣など使えるわけもなく、金貨銀貨をドブに捨てる事になった訳です」

 

 後あの手の連中は『取らぬ狸の皮算用(まだない商品の値段を決める)』………手にするつもりだった金が手に入らないことすら()()()()()()と怒りを顕にする。

 

「つまり偽札で儲けるつもりだった分の金額までも奪われたと思い込んで、お師様を恨んでいると? 馬鹿なのね」

「はははは、姫様? 馬鹿でないなら師匠に敵意を持つわけないでしょう」

「ねえそれ私も馬鹿にしてるのかしら。ねえ?」

「いえ。ほら、姫様は子供なだけですから」

 

 

 

 

 

「さて、貴方は誰でしたか」

「ひ、ひぃ………ひぃぃ!!」

「まあ、誰でもよろしい。こうして王家の家紋を利用した時点で、貴方はこの国の貴族ではなくなった」

 

 と、血塗れの偽札を摘むハクオウ。

 

 話が違う! 決してバレないと、大金持ちになれると、そう聞いたからやったのに!

 

「ま、待ってくれ! 待ってください! 私に命令した者が…………!」

「その証拠ならすでに消されているでしょうな。何より、そちらに興味はない」

「な、何故………」

「派閥争いにも政治にも興味がないのが一つ。命じる者が残っていれば、またいずれ貴方のような者を斬れるのが一つ………いずれ誤魔化しが効かなくなった時に、その者も貴方の下に送りましょう。次はもっと強い剣士を用意されていれば幸いですな」

「……………き、気狂いめ」

 

 その言葉を最後に首が落とされる。

 

「戰場で、()に正気を求めてはいけませんよ………」

「……………どうか、娘だけは………」

 

 

 

 

 

「書類の押収、終わりました………やはり上に繋がる証拠は」

「まあ、こうしてバレたという一件があれば暫くは奴等も偽札作りをする連中も見つけるのに苦労するでしょうが………」

 

 同行した騎士達がハクオウに報告する。ハクオウはあくまで戦力として来て、部隊の隊長ではないのだが隊長までもがハクオウの下についたかのような態度。

 

 茶を啜りながら取り敢えず彼等の話を聞いてやる。

 

「それは残念でしたな」

「……………本当にそう思ってるんすかハクオウ様」

「国の腐敗………斬れる相手が増えるのは望むところであっても願う事ではありませんでな。止める気はありませんが、貴方達が止めようとする事の手伝いならいたしますとも。私もこの国に仕える臣の一人ですから」

 

 まあ本人曰く一番の特技は斬ることなので、そういった政治、思惑のぶつけ合いは任せるが。

 

「ところでその緑の、なんです?」

「抹茶チョコです。新商品ですよ、食べますか?」

 

 と、その時。屋敷内の散策をしていた兵が戻ってきた。

 

「隊長、ハクオウ様………その、地下に………」

「ふむ…………」

 

 

 

 

 立ち込める腐臭に顔をしかめる魔剣士達。地下の檻、その中に無造作に転がされた腐肉の塊。

 

「悪魔憑き………」

「どうします? 聖教に……」

「まて、この屋敷にあの連中をいれるのは………」

 

 貴族が悪魔憑きを飼っていた。その事実が知られるのはまずい。知られる前に処理を、と思っているとハクオウが檻を開ける。

 

「あれ、鍵………」

「うわ、斬られてる。何時の間に………」

 

 ヒューヒューとか細い呼吸を繰り返す悪魔憑きの目がギョロリと己に近付くハクオウを捕らえる。怯えるように身を震わせる悪魔憑きにハクオウは優しく触れる。

 

「怯えなくともよろしい」

 

 翡翠の光が地下牢を照らす。光が晴れると、そこに悪魔憑きの姿はなく代わりに寝息を立てる少女。ハクオウは己の外套を掛けてやる。

 

「な、治したんですか?」

「コツが有りましてね………それで、貴方は?」

 

 そう言ってハクオウが見つめるのは通路の奥。陰から滲むように現れたのは黒衣の女。魔剣士達が剣を構える。

 

「流石………周辺国家群最強と名高い剣鬼殿」

「何者だ!」

「名乗る程の者では………悪魔憑きを回収しに来ただけです」

「ほう。それはそれは………渡せませんな。貴方は怪しい」

「ええ。治ったなら無理に連れて行く必要もない。私は帰るわ」

「待て! この屋敷に居て、はいそうですかと返すわけがないだろう!」

「見逃してやってもよろしいのでは?」

「あんた、何時か育った後摘みたいだけでしょう!? 俺等としては怪しい組織が育つ事自体とめるべきなんてすからね!」

 

 このボケジジイ、と思わず不敬を叫ぶ魔剣士。とは言え、中々どうしてあの少女もやり手だ。

 

「あの若さであの強さ。将来が楽しみなのですがね」

「だからこそ、国に仕える者としてここで捕らえるべきなのですよ」

 

 と、背後から聞こえた声に慌てて振り返る少女。

 

「ゼノン殿!」

「おやゼノン君」

「子供に怪我をさせたくはない。投降してくれると助かるのだけどね」

 

 そう甘いマスクで語りかけるゼノン。彼が頼めば基本的に女の賊はそれだけで投降し、それを見た魔剣士達は舌打ちするのが常だ。

 

「あら、紳士なのね」

「騎士だからね。返答は?」

「無論、断るわ」

 

 ギィンと響く金属音。女の剣をゼノンが受け止めた音だ。

 

「いい剣だ。エルフだから、見た目より年は上かな?」

「お生憎様。見た目通りの若輩よ!」

「私がその年の時より強いね………傲慢にも自分が最強と信じて疑わなかった、高みを知らぬ剣だ」

 

 少女の猛攻を軽く受けながら微笑むゼノン。その言葉に少女が距離を取り、不快げに顔を歪めた。

 

「高みを知らぬのは貴方達の方………孤独に戦い極めた武の高みも、足元の闇の深さも知らず、今を平和と、平穏を守っていると思い上がった貴方達なんかに…………!!」

「怒らせてしまったようだね………すまない」

 

 申し訳なさそうなその顔も癪に障るようだ。

 

「しかし気迫だけで勝てる程、私の弟子は未熟ではない」

 

 魔力量では少女がゼノンより上。ただし魔力制御と剣技は少女が遥か格下だ。幼子を傷付けることを嫌い加減しているとは言え、直に決着がつく。余計な横やりさえなければだが………。

 

「ゴアアアアアアア!!」

 

 床を突き破り現れるは膨大な魔力を纏う異形の獣。人の体など容易く噛みちぎる巨大なアギト、人を引き裂く爪、踏み潰す巨躯………腐臭を放つ肉体。

 

「獣の悪魔憑き!?」

「王都の地下で随分な実験を行っていたようですな」

 

 ただの獣ではない。魔物の類だろう。

 もとより魔力持つ獣がその身を自壊させるほどの魔力を身に宿し暴れる。魔力による細胞崩壊と活性による再生が同時に起きる死ねぬ永劫地獄。

 

「ハフ、ハフ………フー、ハー!」

 

 元悪魔憑きの少女に迫る。エルフの少女とゼノンが止めようとするが意にも介さない。

 

 殺意、ではない。もっと必死な………。

 

「………………」

 

 腐った腹から溢れ出た小さな足。妊娠した雌の()()()()

 

「この子は血を分けていても、貴女の子ではありませんよ」

「ゴギャアアアアア!!」

 

 少女の前に立つハクオウに邪魔だとばかりに吠える魔物。彼女は彼女なりに守るべき者のために戦っているのだろう。

 

「せめてもの手向けです。黄泉路にて、我が子に自慢するといい。最強の(我が)一撃にて、貴女達を苦しめた屋敷は滅びる」

 

 剣が振り上げられる。魔物を切り裂き天井を切り裂き屋敷すら断つ。

 

「魔力を感じなかった………一切の無駄なく操ったとでも言うの」

「これは異事(いなこと)を………魔力で苦しむ彼女を魔力で断つなどしませんよ。屋敷を斬るのに、魔力は必要ありませんからね」

 

 ビキィと切断面から亀裂が走る。

 

「おや………」

「やり過ぎですよ!? まずい、崩れる!」

「退避! 退避いいい!」

「では私は彼女達を瓦礫から守っておくので、先に地じょ──」

 

 もう既にハクオウを置いて走っていた。ハクオウなら瓦礫が崩れてきた程度で死ぬわけがないからだ。

 

「…………信頼されていると見るべきか、人扱いされてないと嘆くべきか」

 

 落ちてくる瓦礫を弾きながら、ふとエルフの少女と目が合う。

 

「行くならばお早く。隠し通路まで壊れてしまいますよ?」

「………何故、隠し通路からと」

「貴方程度では、地上を見張る騎士達から逃れられませぬからな」

「……っ!!」

 

 少女は悔しげに顔を歪める。仮面は顔の目元しか隠してないので噛み締めた唇が良く見えた。

 去っていく彼女の背中を、ハクオウの視界から瓦礫が隠した。

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