師匠系爺に憧れて 作:武神祭
ハクオウの屋敷。
王都の一角に存在する其処は、ハクオウが最も長く滞在した国とされるワコクの木造建築を参考にして建てられている。
とは言えワコクにては当たり前の正座も慣れていないものには辛く、客間は掘りごたつのように机の下に穴があいている。
とは言え珍しいそれに困惑するカレンはオズオズと座る。女中がお茶と菓子を持ってくる。
「っ………美味しい」
トロリとした緑の液体。抹茶のたぐいかと思ったが、とても飲みやすい。これは、ミルク?
「抹茶らてです。今度、新しく雪狐商会の店で出すのですが、女性受けしそうですか?」
「ああ。この飲みやすさなら、人気が出ると思う」
女中はニコリと笑うと部屋から出ていった。
「妖狐族………」
人間族の屋敷で働く………珍しくはないが3尾の妖狐となれば話は別だ。
「数年前、獣人の氏族で争いがありましてね」
戦争をすれば鬼が出る。それは周辺国家に伝わる常識。戦鬼が去った後、戦争で疲弊していた者達が丁度いいと流した噂。
利害の一致もなくただ敵を求めて現れる戦鬼。一度付いた国での仕事が終われば、次の次の戦争で平然と敵として現れる戦鬼。その恐ろしさを利用した噂話は存外的を射ていたようだ。
「その時拾った村の子供達ですよ。優秀な子達が多くて、老後の楽しみが増えるばかりです」
「剣鬼殿のご指導を賜われるなど、羨ましい限りです」
ハクオウが崇められるベガルタなら、ハクオウから直接指導を受けた弟子からでも教えを受けられると聞かされれば多くの者が大金をはたいても参加することだろう。
「それで、ご要件とは?」
「………………」
カレンは言ってもいいのかとハクオウの隣に座るアイリスを見る。アイリスは何も言わず茶を啜る。
「……………ハクオウ殿………貴方に今一度、ベガルタの闇を払ってほしいのです」
「ほう。争いごとですかな」
「お師様………? ソワソワしないでください」
アイリスが横目で睨むとコホンと咳払い。
「闇、というのは?」
「現状はまだ詳しくは………主に人攫い、強盗、暗殺を行い、民のみならずベガルタの騎士にも被害が………」
ベガルタの戦士達も強力な魔剣士ではあるが、国に認められる騎士にまで被害となると中々の使い手がいるようだ。
「一部の貴族は取り込まれ、中には侯爵級まで………」
「それは、それは………」
貧乏貴族なら金で動くだろうが、金に困っていないだろう侯爵まで手を貸すとは。余程魅力的な何かをもらったらしい。帝位でも狙っているのか。
「謀は私の苦手とする所。この身は敵を斬るしか特技はありません………」
実際商会の方も商才のある弟子に任せきりだし。
政治だの謀だの頭を使うことは苦手なのだ。聖教に異端認定された時もとても脳筋な方法で取り消させたし。
「貴方がいるというだけで、牽制になるかと。懐柔できぬ場合連中は最後には武力に頼りますから」
「カレン殿も七武剣では?」
と、アイリスが尋ねる。
「拝命したばかりの若輩者です。この度の武神祭で優勝出来れば名も上がったのでしょうが……………」
「………………」
「あ、いえ。全ては私の未熟の致す所………」
アイリスの顔が曇るとカレンは慌てて訂正する。まあ1回戦敗退でこそあるが剣鬼の弟子相手だ。名が落ちる、まではいかないだろう。上がりもしないが。
「連中の強さは上下が明確に分かれています。下限なら何人いようが、本来なら我が領地の兵達でも対処可能でしょう」
「本来なら?」
「下限の連中は死を恐れません。仲間の死体を踏み台に、生きてる仲間を攻撃の目隠しに………目的のために1つの生物となり手足を失おうと牙を突き立てる………大凡人の戦い方ではありません」
そこにそれなりの使い手が加わるとベガルタの魔剣士でも討ち取られる。何より死を恐れぬ………幹部クラスの連中と思わしき魔剣士の中にはベガルタの戦士にも迫る者達がいる。
「恥を晒すようですが、連中についた貴族達は提示された何かと、
故にハクオウがベガルタに付けば忠誠心などない裏切り者は再び裏切るはず、というのがカレンの言い分だ。
「所詮老いぼれと侮られる可能性もありますがな。心配せずとも、貴方達が勝利し続ければ自ずと裏切り者の中の裏切りも増えるでしょう」
「貴方一人の威光に敵いますまい」
「謙遜しすぎですな…………いや、何か慌てているご様子。何をそこまで慌てていらっしゃるのですかな?」
「…………………」
静かに己を見据えるハクオウに隠し事は通じぬと判断したのかカレンは意を決したように立ち上がる。
「不快なものをお見せします」
そう言ってズボンの裾を持ち上げる。
「っ!」
「ほう………」
黒く染まり爛れた肌。悪魔憑きの初期症状。
「切り落としてみましたが、また生えてきました」
「でしょうな」
切り落したと聞きアイリスは目を見開くがハクオウは特に気にしていない。
「不治の病に身を侵され、魔力制御も日に日に困難になっていきます。全身が爛れるよりも早く、槍も握れなく成るでしょう」
実際、このまま放置すればそうなる。そうなる前に彼女は国を救いたかったのだろう。
「治せますよ、私」
「……………………………………………はい?」
そんな覚悟を決めた彼女だから、その言葉を理解するのに時間がかかった。
「しかし魔力操作も行えぬ末期ばかり相手にしてましたからな。それ、やり方を教えるので自分で治してみませんかな?」
外部から魔力を整えて体を慣らすやり方は簡単だが、本人の技量に大きな差は生まれない。魔力量が増えるだけだ。
「これを越えれば貴方はこれまでにない力を得るでしょう」
「…………ハクオウ殿。貴方からの教えを賜われるとしたら、この身には過ぎた僥倖。されど、我が領地において最も強いのは私なのです」
民の為にも、今は直ぐに身を癒したい、ということだろう。ハクオウはふむ、と考え込む。
「…………領地経営に関しては?」
「私も、優秀な部下達が…………」
「………………アイリス。ちょうどいい機会です、領地経営の実習をしてみるつもりはありますか?」
「「…………え」」
「私は剣の師ですが、たまにはこういう助言もしてみるものでしょう…………カレン殿が信用できないというのであれば話は変わりますが」
「い、いえ………アイリス様の人となりは剣を交えて理解しています。しかし…………」
それとこれとは話は別だ。恐らくはミドガル側からの領地経営に明るい秘書を送るだろうが、カレンが何よりも欲しているのは戦力である。
「では騎士団の1つを派遣させましょう」
「お父様が聞いてくださるでしょうか?」
「クラウス殿が私の本気の願いを断ったことはありませんよ」
「お師様………それって脅迫だと私、思うの」
アイリスが笑顔で圧を放つハクオウを前に顔を青くする父を思い浮かべた。
「しかし、それでは国防が………」
「問題ありませんよ」
ハクオウはそう笑い茶を啜る。
「この私がいる。それ以上の国防などありますまい」
「…………………成る程」
確かにこれ以上ないほどの国防戦力だ。さらりと騎士団一つと同等の戦力であると言っているがアイリスもカレンも反論しない。
「カレン殿………」
「アイリス様?」
「貴方はその足、その魔力操作の覚束ぬ身で私と戦っていたのですね」
「…………私はそれでも全力でした」
「だとしても、です。私は万全の貴方と、今度こそ決着を付けたい。これは私のわがままです………どうか、療養してください。その間に領地が不安ならば、この身に代えても守ります」
カレンの家はあくまで男爵。国防に影響が出る領地でもない。ましてやハクオウの弟子ならばベガルタも文句はないだろう。あくまで経営自体はカレンの部下達が行い、アイリスは見学するだけだし。
「……………身に、代えないでください」
「……………」
「貴方はまだ若い。ちゃんと生きて、帰り、また戦いましょう」
「………はい!」
「それに、そんな事になれば戦争に発展し戦鬼に我が国が切り刻まれてしまう」
「…………それは、はい………」
ハクオウはズズッと茶を啜った。