師匠系爺に憧れて 作:武神祭
「武の道に頂きなんざねえよ。俺たちが進んでいるのは山道ではなく果無き海原………まあ、行き着く先が同じだから、山に見えるのは否定しねえが」
「成る程…………極めたと、そう思い込んだ時から私は歩みを止めていたのか」
「なら、また歩けばいい………その足はまだ動くだろう?」
「………………ああ、腰を痛めるほど老いてはいない」
『ミドガルの悪鬼』と恐れられ、最強と称えられた男はその日己が停滞していた事を突きつけられた。
剣とは積み重ね。そう自負こそしていたが、九百年近く、頂にいると思い込み進む事なく同じ場所で剣を振るい続けていた。
ならばもう一度進み直そう、と頭では決めた。決めたのだが………
「この俺が鍛え直す!? 今更、あんな若造に言い諭されて!!」
九百年間最強と自負していたプライドはベッキベキにひび割れていても砕けるに至らず。負けておきながら強者の誇りが1年ほど拒絶反応でフェンリルを蝕んだ。
滝に飛び込み火山を駆け抜け岩に頭を打ち付け雪原で座禅を組み、各国に謎の妖精の噂が広まる一年ほどで漸く余計なプライドを完全に破壊する事に成功。
それからは己の剣術を見つめ直す日々。九百年………教団により牙を削ぐべく対魔物に特化した剣術は近年の戦争で対人寄りになったが歴史は浅いと見下していたそれらを敢えて学びにいった。
秘境の奥地にて魔物を斬った。『魔界』の研究を利用し異界から怪物を呼び寄せた。
先を見据え剣を振るい、武の道を駆ける。一歩進む事に新しい頂たる山へと近付き、離れていたからこそ把握しきれなかった高さが正確に見えてくる。
学べば学ぶ程、戦鬼の背中は近付き遠くなる。
『お前達を赦しはしない』
そう剣を取った聖教の聖騎士が居た。
『どうか最期に、ご指南を』
そう剣を向ける老剣士が居た。
『お前達さえいなければ』
憎しみを糧に進み続けた悪魔憑き女魔剣士がいた。
誰も彼もフェンリルは上から目線に百年後が楽しみで、積み重ねが足りないと見下し嘲た。教団の価値観操作がなければ或いは彼等は何百年も積み重ね受け継がれた剣技を修めていたかもしれない。
『やってしまった』と思った頃には彼等の剣を覚えているのは自分だけ。他の永劫を生きるラウンズはフェンリルからすれば若造やフェンリルと同じく傲慢故に他者を覚えないか研究者肌のハゲ。
フェンリルは記憶を頼りに剣を振るう。
嘗て己を打ち破った青年の、その時の領域に至るのに20年を費やした。漸く
数多の剣技を取り込みフェンリルは己の流派の名を改めた。
「ぬぐ、おおおおお!!」
「ほう………」
フェンリルに刻まれたセルゲイが立ち上がる。傷を膨大な魔力で癒したのだ。まるで不死身。
「なめるなよ爺! 俺は混ざり物の一滴で満足していたお前とは違う。原種の血肉を取り込む、第二の魔人だ!!」
剛剣が振り下ろされる。森の一角が吹き飛ぶほどの一撃。されどフェンリルは片手で受け止める。何時の間に剣を?
「ぬぅ! なるほど硬い。だが、見よこの魔力! 油断なければ、お前如きの攻撃で俺を傷付けることなど出来ない!!」
ただ魔力を放出する。それだけで城壁すら超える防御力を誇るのだ。
「知っているぞ、貴様の空蝉! 気配を極限まで消し放つ不意打ち! だがな、同時に直前まで魔力を抑えなくてはならない! その上雫を絶った貧弱な魔力で俺が斬れるものか!」
「…………………」
「貴様を殺し、空席の第5席の座は俺がもらってやろう!」
「まるで既にラウンズであるかのような振る舞いだな。強さだけでなく、礼儀の質も落ちたか。ああ、さては外部組だな?」
「俺は、ラウンズだ!!」
叫び声に魔力が乗り木々や地面を抉る。それだけで並の魔剣士なら押しつぶされていただろう。
「ウーラさん、ラウンズとは………?」
「教団の最高戦力にして最高幹部……上位十二の規格外の魔剣士達です」
あれが最低でも後11………いや、第5席が空席らしいから10人? セルゲイの席次はわからないが第5席になろうとしている辺りあれ以上が4名。
「くだらんな。実験動物を釣る餌に空席を使うとは…………ラウンズの席も安くなったものだ」
「ぬううう!?」
「空蝉を知っている………だったか? ならば、受けてみろ」
フッとフェンリルの姿が消えセルゲイの背後で残心の構えを取る。セルゲイの身体に赤い線が走り血が噴き出した。
「骨で繋がるか。硬さを見誤るとは俺も未熟よな」
「馬鹿な………魔力は、まるで!」
セルゲイは慢心していても油断はなかった。膨大な魔力に加え攻撃に対して魔力防御も行うつもりだった。だが、見えない斬撃に魔力の起こりもなければ防御も何も出来ない。
「貴様程度斬るのに、なぜ魔力を使わねばならん。所詮城壁程度、鈍らで十分」
フェンリルが持つ血を固めたかのような赤黒い剣。よくよく見れば刃をほぼ潰しており、あれでは言葉通りの鈍ら。なのにあの切れ味………魔力通さぬ枝で鎧を切った師を思い出す。
「第二の魔人? 貴様など、
ビキリとセルゲイの額に青筋が浮かぶ。怒りに呼応するように魔力が膨れ上がり仮面が吹き飛んだ。そこにある口は人の口ではなく鋭い牙の生えた異形の口。
肉体が膨れ上がり内から鎧を砕き左右の目の下にさらに2つの眼球が生まれ全身を鎧よりも堅牢な鱗が覆っていく。
「集え! ニーズヘッグの血肉よ!!」
右腕が竜を思わせるアギトに変化したかと思うと周囲の死体を食らう。与えた血を再び取り込み、セルゲイはさらに姿を変えていく。
『若輩ト侮ルカ老害! 貴様等ナド所詮、過去ノ存在! コレカラ先ハ、俺ノ時代ダ!!』
右腕が巨大な剣と化しフェンリルに向かい振り下ろされる。フェンリルが振るった剣とぶつかり、両者が弾かれた。
「…………ほう」
『グカ、クカカカカ! 力ガ漲ル! ニーズヘッグノ全テヲ喰ラエバドレダケノ!!』
先ほどまでとは比べ物にならない膨大な魔力。異なる世界において頂点に立った王の力の一端。
『コノ魔力ヲ見ロ! 人ヲ超エタ魔力! 最早小手先ノ技ナド不要!! コレコソ最強! コレコソ何者ニモ至レヌ武ノ頂点』
「空蝉の
フェンリルの持つ剣が3本に増えた。一本一本に膨大な魔力が籠もる剣。セルゲイの口から魔力が放たれると同時に剣が重なりセルゲイの光線を貫いた。
「魔力頼りの輩には魔力で返すだけだ…………」
空蝉・九重。魔力出力が自分より上の相手が魔力攻撃を行ってきた場合に備えて編み出した技。体外にすでに放出した魔力を霧散せぬよう維持して再び最大出力で魔力を体外に放つ際に重ねる事で威力を倍増させる。
現状9つまでだが、セルゲイ相手には3本で十分。頭を吹き飛ばされたセルゲイはしかし再生した。まだギリギリ人に見えていた顔もほぼほぼ人の原型を失う。
『グルギャアアアアア! グガアアアアア!!』
「脳まで逝ったか………」
それでもセルゲイの怒りを継いだか、或いは本能で敵と判断したかフェンリルを睨む竜人。フェンリルの持つ剣が磨かれたかのように鋭さを増す。
「混ざり物とはいえ魔王の血だ。
全身に魔力をみなぎらせ迫る竜人の爪。フェンリルの魔力は静かに、しかし膨大に練られる。
「天狼流奥義………
明朝、まだ紫の空に浮かぶ月を見ながら酒を飲むハクオウはおお、と感心したように呟いた。
「何処の誰かは知らないが、この世界には中々の使い手が残っている様子」
「無駄が多いな。いまだ対軍のままか……」
木々が斬れ、砦が崩れ、山がずれ落ちる。セルゲイは真っ二つになりながら空の彼方へ吹き飛んだ。それが意味することは
今の威力を一人に対して余すことなく使うのが今後の目標。何せ…………
「星の外までは流石に無駄が多すぎだ」
真っ二つに裂け、魔王の血が流れていく。星の外で薄れゆくセルゲイの目は確かにその光景を見た。
月に走る1本の線。大質量故に2つはズレることなく互いの重力で引かれ合い直ぐに結合したが、月の表面に刻まれた地上から観測出来ぬ細い切れ込みは今生み出されていた。
「か、怪物…………めが………」
魔王の血は沸騰し細胞は凍り付き、血を失った事で正気を取り戻したセルゲイは戦慄しながら絶命した。