エタった小説のラスボス邪神に転生したが、過去の俺の性癖が痛すぎて死にたい 作:超とんでもなくムッチリしたインコ
私はルミナ・フォン・ルクス。
聖光教会が誇る聖女。 神に仕え、民を導き、悪を討つ。
それが私の使命であり、誇りであり、生きる意味だった。
「……ふふ」
屋敷の庭に張ったテントの中。
私はひとり、粘りつくような甘い笑みを浮かべていた。
目の前には、一昨日から書き始めた『監視日記』
表紙には『邪悪なる存在の行動記録』と書いてある。
私は想い返すようにそっと、指先でページをめくった。
【監視1日目】
午前6時:
邪神、起床。
ベッドから這い出る様子は、まるで幼虫のよう。
寝ぼけた声で「あと5分…」と呟く。
考察:何らかの呪文?記録しておく。
午前7時:
邪神、朝食。
メニューはプリン。朝からプリン。
栄養バランスを無視した食生活に、思わず注意しそうになったが、監視に徹する。
考察:邪神の力の源は、まさか甘味…?
午前8時:
邪神、庭でゴーレムのジェノ君と会話。
「お前、花の水やり上手だな」と褒める。
ゴーレムが嬉しそうに震える。
考察:邪神が優しい? ……いや、これは忠誠度を管理するための飴と鞭に違いない。
午前9時:
邪神が指先にちょこんと闇の塊を作り、
「うーん……難しいな……」と唸る。
黒いモヤモヤがふにゃっと変形し、一瞬ウサギの形になってから消えた。
考察:なぜか指先で遊ぶような練習……?目的不明。油断ならない。
午前10時:
邪神、エリスにおんぶされて買い物へ。
「歩くの疲れた」と堂々と甘える。
エリスは呆れながらも、優しく背負っている。
考察:誇り高き騎士団副団長がなぜ? 強力な精神支配を疑う。
午前11時:
邪神、市場でチョコパイを爆買い。
店主は見慣れた光景と言わんばかりに笑っていた。
考察:邪神は「常連の子供」として認識されている?偽装工作?
「……おかしい」
私はペンを置いた。
邪神のはずだ。人類の敵のはずだ。
なのに、観察すればするほど――ただの「甘いもの好きな子供」にしか見えない。
いや、違う。
きっと、これは私を油断させるための演技だ。
そうに決まっている。
私は日記を抱きしめ、テントの外を覗いた。
【現在:午後2時】
屋敷のテラスでは、邪神がソファに寝転がってプリンを食べていた。
マスク越しにスプーンを口に運ぶ姿は、どこか不器用で……
「……っ」
いけない。
今「可愛い」と思いかけた。
私は頭を振る。
邪神に可愛いなどあるはずがない。
あれは仮面だ。演技だ。
その時、気配を感じた。リナだ。
エリスの妹である彼女が、ジョウロを持って庭に出てきたのだ。
リナと目が合った。
私は努めて優しく、聖女としての慈愛を込めて微笑もうとした。
「ごきげんよう、リナ様」
「……!」
リナは私の顔を見た瞬間、何も言わず、顔を強張らせた。
ジョウロを取り落とし、ダッ!と駆け出す。
花壇の手入れをしていたジェノ君の背後に滑り込み、私の視線から逃げるように隠れてしまった。
鋼鉄の足にしがみつき、じっとこちらの様子を伺っている。
怯えきった小動物のような目。
『……アブナイ人……』
ジェノ君が、赤い目を光らせて私を威嚇する。
「……ごめんなさい……」
私は視線を落としながらそっと、足早に立ち去った。
やはり、昨日の戦闘で見せた「暴力」がトラウマになっているのだろうか。
それはそうだ、あれだけエリスやジェノ君を痛めつけたのだから。
「怖がられても、仕方ありませんわね……」
私は小さく溜め息をつき、テントの影に身を隠した。
胸の奥が、チクリと痛む。
「あー……こほん。……飲むか?」
不意に声をかけられた。
振り返ると、カイが湯気の立つマグカップを持っていた。
黒いコートを風になびかせ、片手でカップを差し出している。
「カイ……。ありがとうございます……」
私は受け取る。温かい紅茶だ。
カイはコートの裾をバサリと払って、私の隣――テントの入り口に腰を下ろした。
「フッ……。深淵を覗き続けるには、安らぎも必要だからな」
「はい……そうですわね」
カイはどこか楽しげに鼻を鳴らした。
「師匠はな、面倒くさがり屋で、適当な奴なんだ」
カイがテラスの邪神を見ながら言う。
「でも、花を見て『きれいだな』って言ったり、エリスさんの作ったプリン、『うまい』って何回も言って食ってたり……」
「え……?」
「まあなんと言うか……そんなフツーな一面もあんだよ」
「……そう、ですわね」
私は曖昧に頷いた。
だから仲良く? 私と、邪神が?
ありえない。私は監視しているのだ。敵を見張っているのだ。
「そういや……リナは」
カイが、ジェノ君の影に隠れている少女に視線をやった。
「師匠に治療してもらって、すっかり元気になったって喜んでたんだ」
「え……?」
私はリナを見た。
確かに、顔色はとても良い。病弱な様子は微塵も感じられない。
「確か……『魔力不全症』とか」
私は息を呑んだ。
教会の秘術をもってしても救えぬ業病。
魔力不全症。私ですら、進行を遅らせることしかできない業病だ。
それを完治させた?
(……あの邪神は、一体何者なのですか?)
その実態は底が知れない。
やはり、油断はできない。
【夕方:午後5時】
夕食の時間。
私はテントで、持参した乾パンを齧っていた。
――カリ……ッ。
その音だけがやけに大きく響く。
味気ない。だが、監視中なのだ。贅沢は敵だ。
「おい、ルミナ」
テントの外から声がした。
邪神だ。
私は慌てて乾パンを隠し、警戒しながらテントの入り口を開けた。
「……何ですか」
邪神は、お盆を持っていた。
その上には、湯気を立てる温かいシチューと、ふわふわのパン。
「お前、乾パンって……。体壊すぞ、これ食え」
「……監視中ですので、敵からの施しは受けませんわ」
「施しじゃねえよ。お前が栄養失調で倒れたら、カイがまた『俺のせいだ』とか言って落ち込むだろ。面倒くせえ」
邪神は強引に、お盆をテントの入り口に置いた。
「食え。冷めないうちにな」
そう言って、邪神は去っていった。
私は、残されたお盆を見つめる。
温かいシチュー。
ふわふわのパン。
そして――小さなメモがあった。
『リナがつくったの。のこさないでね』
たどたどしい文字。
あんなに私を怖がっていた子が?
「……っ」
いや、違う。きっと、私を懐柔するための策略だ。
邪神がリナを利用して、私を油断させようとしているのだ。
そう思いながらも、私はシチューを一口飲んだ。
野菜の甘味が、口いっぱいに広がる。
「……美味しい」
なぜか、涙が出そうになった。
【監視2日目】
午後1時:
邪神、食事を差し入れ。
理由は「カイが心配するから」
考察:邪神は、カイを人質のように扱っている?それとも……本当に心配している?
午後2時:
邪神、カイに指導。
「こうやって闇をまとめる」
邪神の指先で小さく渦を巻く。まるで黒い綿あめだ。
カイは「くっ……深淵が視える……!」と感動している。
考察:邪神は、カイを「駒」として育てている? それとも……「弟子」として?
午後3時:
邪神、ジェノ君と庭で花の手入れ。
「この花、明日咲くかな」と呟く。
ジェノ君が『タノシミ』と応答。
考察:邪神が、花を楽しみにしている? ……邪神なのに?
【夜:午後10時】
私は、テントの中で日記を書いていた。
「……分からない」
呟く。
あの邪神は、一体何者なのか。
悪なのか。善なのか。
それとも、その両方なのか。
「私は……なぜ、こんなに気になっているの?」
その時、テントの外から、小さな音が聞こえた。
ガサッ。
私はペンを置き、警戒してテントの入り口を開けた。
そこには――
邪神が立っていた。
夜風に銀髪を揺らし、こちらを見ている。
「……な、何ですか」
私は思わず声を上げた。
「あ、いや……お前、まだ起きてたのかと思って」
邪神が、バツの悪そうに頭をかく。
「テント、寒くないか?毛布、持ってきたんだが」
邪神の手には、ふわふわの毛布が抱えられていた。
「……っ」
私は、言葉が出なかった。
邪神は毛布を、押しつけてきた。
「じゃあな。風邪ひくなよ」
そう言って、去ろうとする。
「待ってください」
私は、反射的に声をかけていた。
邪神が振り返る。
「…なんだ?」
「あ、あの……」
言葉が出ない。
私は何を言おうとしているのか。
お礼? それとも――
「……貴方は、なぜ私に優しくするのですか?」
「ん?」
邪神が首を傾げる。
「私は、貴方を監視しているのですよ? 敵なのですよ?」
「知ってるよ」
邪神はあっさりと答えた。
「でも、お前、別に攻撃してこないだろ? だったら、普通に接するだけだ」
「普通に……?」
「ああ。お前も、ここにいる以上は『同居人』だ。飯食わせて、寝床を整えるのは当たり前だろ」
邪神は、マスクの位置を直した。
「それにお前、カイのこと心配してんだろ? 敵っていうより……まあ、ちょっと過保護で空回りしてる幼馴染にしか見えねえしよ」
「かっ、過保護!?」
私は顔を赤くした。
「違います!私はただ、カイを正しく導こうと……!」
「ああ、そうだな」
邪神は笑った。
マスク越しでも、笑っているのが分かった。
「おやすみ、ルミナ」
そう言って、邪神は屋敷の中へ消えていった。
私は、その背中を見送った。
そして――毛布を手に取った。
ふわふわで、温かい。
ほのかに、甘いお菓子の匂いがした。
「……っ」
私は、毛布を抱きしめた。
そして、テントの中に戻り、日記を開いた。
【監視2日目・深夜】
午後10時:
邪神、私に毛布を差し入れ。
理由は「風邪をひくな」
考察:これは……優しさ?それとも……
私はペンを止めた。
そして、日記の隅に、小さく書いた。
あのマスクの下、どうなっているのだろう。
書いた瞬間、私は慌ててその文字を消そうとした。
だが、インクは消えない。
「……いけない」
私は顔を両手で覆った。
これは、危険だ。
私は、邪神に――
「……興味を持ってしまっている」
私は毛布に包まれながら、胸の奥のざわつき抑えようとした。
しかし邪神の声が、頭の中でよみがえる。
『おやすみ、ルミナ』
「……っ」
私は、枕に顔を埋めた。
これは、監視だ。
敵を知るための、観察だ。
そう自分に言い聞かせながら――
私の心は、確かに揺れ始めていた。
【翌朝】
私は、少しだけ寝過ごしてしまった。
そして、テントの外に出ると――
邪神が、庭で花に水をやっていた。
朝日を浴びて、その小さな背中が光っている。
「おはよ、ルミナ」
邪神が、振り返って声をかけた。
「お、おはようございます……」
私は、どぎまぎしながら答えた。
「よく眠れたか?」
「え、ええ……毛布、ありがとうございました」
「おう」
邪神は、また花に水をやり始めた。
私は、その横に立った。
「……あの」
「ん?」
「私も……手伝っても、よろしいですか?」
邪神が多分、驚いた顔をした。
「いいぜ。ジョウロ、ジェノ君が持ってるから借りてきな」
「はい」
私は、ジェノ君からジョウロを受け取った。
ジェノ君は『オハヨウ』と機械音を鳴らしてくれた。
私は、少し遅れて返事をした。
「……おはようございます」
私は、邪神の隣で、花に水をやった。
沈黙。
だが、不思議と心地よい。
「……なぁ、ルミナ」
「はい?」
「お前、監視とか言ってるけど……もう少し、肩の力抜いたら?」
「え……?」
「ここにいる奴ら、みんな変わり者だ。お前も、その一人でいいんじゃねえの?」
邪神は、咲き始めた花を見ながら言った。
「監視じゃなくて、ただ……一緒にいればいい」
「……っ」
私の胸が、ドクンと鳴った。
一緒に、いる?
私と、邪神が?
「そ、そんな……私は、聖女で……」
「知ってるよ。でも、ここじゃ関係ねえだろ」
邪神は、立ち上がった。
「さて、朝飯だ。リナがパンケーキ作るって張り切ってたから、お前も来いよ」
「え、あ……」
「監視だろ?俺の食事内容も記録すんだろ?」
邪神は恐らく、にやりと笑っているだろう。
「……っ、そ、そうですわね!監視ですから!」
私は、慌てて後をついていった。
心の中では、もう分かっていた。
これは、監視なんかじゃない。
私は、ただ――
この不思議で、
邪神は、危険だ。……私の心に、とても。
よし、堕ちたな