エタった小説のラスボス邪神に転生したが、過去の俺の性癖が痛すぎて死にたい 作:超とんでもなくムッチリしたインコ
地下室の錬金釜から吐き出された金貨や金の延べ棒。
俺たちの手元には、一生遊んで暮らせるだけの富が積み上げられていた。
「よし、行くぞ。今日は『買い出しツアー』だ」
俺は号令をかけた。
留守番のジェノ君が寂しそうにジョウロを抱えているのを見て、俺は付け加える。
「ジェノ君にもお土産を買ってくるからな」
『……ワクワク……』
ジェノ君が嬉しそうに手を振るのを見送り、俺たちは王都の商店街へと繰り出した。
王都中央区、高級ブティック街。
まずは、一番の問題児カイの改造だ。
俺たちは高級紳士服店に入った。
「カイ。とりあえず、その服を脱げ。もっと学生らしい、爽やかな服を選ぶんだぞ」
「……断る。これは『
カイが抗議する。
「それにこの鎖には、俺の魔力を封じる意味があってだな……」
「いいから着替えろ!」
エリスが有無を言わさず、カイを試着室に放り込んだ。
数分後。
カーテンが開き、白シャツとチノパンに着替えたカイが出てきた。
「……どうだ」
銀髪のアシンメトリーな髪型が、清潔感のある服とマッチしている。
黙っていれば、どこぞの深窓の令息だ。
「……似合うな」「お似合いですわ!」
エリスとルミナが同時に親指を立てた。
「くっ……! なんだこの防御力ゼロの装備は!」
カイが自分の袖を引っ張りながら嘆く。
「鎖がないと落ち着かない……! 重りがないと体が軽すぎて、空に飛んでいきそうだ……!」
「お前は風船か!」
俺はツッコんだ。
「頼む、せめて『包帯』だけは……! 右腕の封印がないと、俺は俺でいられない!」
カイが縋るような目で俺を見る。
俺はため息をついた。
ここで個性を全否定すると、奴のアイデンティティ(中二病)が崩壊する。
「分かった。包帯は許可する。ただし、洗濯した綺麗なやつな」
「恩に着る……!」
結局、カイは「爽やか王子様コーデ」に「右腕の包帯」という、絶妙にミステリアスな属性を獲得した。
店員のお姉さんたちが「あら、素敵……」と頬を染めている。
イケメン補正はずるい。
次は、二番目の問題児。
俺の番だ。これが最大の間違いだった。
「さあ邪神様! こちらです!」
ルミナが俺の手を引き、子供服専門店へと連れ込んだ。
店内はピンクとフリルで埋め尽くされている。
「学園への潜入には、『変装』が必要です。いつものゴシックドレスでは目立ちすぎますわ」
「それはそうだが……」
「ですから、これなどいかがでしょう? 『森の妖精さんワンピース』」
「却下だ!!」
女子の「着せ替えスイッチ」は一度入ると止まらない。
ルミナは俺を試着室に押し込み、次々と服を放り込んでくる。
「邪神様! 見てください、この『ウサ耳パーカー』! 絶対にお似合いですわ!」
「断固拒否する! 俺の尊厳が死ぬ!」
「尊厳など、昨日の配信ですでに死んでいますわ!」
(的確に急所を突いてきやがる!)
俺は試着室の中で清楚な白ワンピースを前に頭を抱える。
俺は鏡を見た。
清楚なワンピースを着ているのに、顔面だけサイバーパンク。
「……アルテ、着替えたか?」
カーテンの向こうから、エリスの声がした。
「ああ、着たが……これ、やっぱり変じゃないか?」
俺がカーテンを開けて姿を見せると、エリスは腕を組んで唸った。
「服は似合っている。……だが、やはり仮面が致命的だな……」
「やっぱり不審者に見えるか?」
「いや……それ以前の問題だ」
エリスが鋭く指摘した。
「その仮面……王都の民衆にとっては、いまや『救国の英雄・仮面の氷結処刑人』の象徴だぞ?」
「……あ」
俺は凍りついた。
そうだ。先日の謁見式で、俺はこのマスク姿のまま王の前に立ち、あろうことか『二つ名』まで授かってしまった。
「その仮面で学園を歩いてみろ。『氷結処刑人だ!』と指をさされ、一瞬で正体がバレる」
(よし、詰んだな)
潜入捜査どころの話じゃない。
自ら正体をバラしに行くようなものだ。
かといって、外せば毒ガスで学園が滅ぶ。
エリスは唇を引き結び、申し訳なさそうに息を吐いた。
「すまない。お前の事情は理解した上で言うが……他に手段はないか……?」
俺を責めているのではない。
誰よりも状況を把握しているからこそ、苦悩しているのが伝わった。
(くそっ……外すわけにはいかないし、どうすれば……)
俺は記憶の底を探った。
かつて俺が設定した、数々の黒歴史アイテム。
その中に、この毒ガスを抑制できる別の手段はなかったか?
(……あったな)
脳裏に浮かんだのは、連載中期のボツ案だ。
当時、毎回「マスクのパイプが〜」とかいちいち描写するのが面倒くさくなり、もっと手軽に書けるアイテムはないかと考案した、簡易版の抑制装置。
『封魔の包帯(シール・バンデージ)』
設定:『首元(声帯)に直接巻きつけることで、毒素や呪いを魔術刻印で無害化する、黒い包帯』
当時は「なんか首に包帯とか、深いワケありっぽくてカッコいい」という安易な理由で作ったが、結局「やっぱマスクの方がキャラが立つよな(笑)」という理由でボツにしたアイテムだ。
(実はマスクも愛着が湧いてたんだが……仕方ない)
俺は試着室に戻り、虚空に手をかざした。
(来い……! 『封魔の包帯』!!)
シュゥゥゥ……。
俺の手に、一本の長い黒包帯が具現化した。
表面には、びっしりと解読不能な魔術刻印(という設定)が刻まれているが、遠目にはただの包帯に見える。
俺はマスクを外し、息を止めたまま、急いで包帯を首に巻き付けた。
ギュッ。
(……ぷはっ!)
恐る恐る息を吐く。
毒ガスは出ない。包帯が淡く光り、毒素を浄化している。
成功だ。
俺は再びカーテンを開けた。
「……どうだ」
俺が素顔を見せると、ルミナとエリスが息を呑んだ。
「お、おお……」「あらあら……♡」
そこには、首に包帯を巻き、儚げな白ワンピースを着た、銀髪の美少女が立っていた。
マスクがないだけで、誰が見ても「英雄」とは結びつかない。
「……か、可愛い」
エリスが素で呟いた。やめろ。
「お前、もう二度とあのふざけた仮面をつけるなよ」
「なんでだよ! あれもあれでそんなに……悪くないぞ!」
「……こっちの方が、似合ってるのだから……別にいいじゃないか」
エリスが少し顔を赤らめてそっぽを向く。
なんだその反応、ほんとやめろ。
「わぁーっ! 邪神さま、すっごくかわいいっ!」
リナが目をキラキラさせて飛びついてきた。
「お人形さんみたい! リナ、邪神さまのことギュッてしたーい!」
(……かわいいのはお前だぞリナ)
俺は心の中で悶絶しながら、リナの頭を撫でてやった。
天使か。ここだけ癒やしの空間か。
しかし、一人だけ視線の温度が違う奴がいた。
「……首元に、包帯……」
カイだ。
彼は俺の首に巻かれた「封印」を食い入るように見つめ、自分の右腕をギュッと握りしめた。
「そうか……。師匠も俺と同じ、『封印されし者』だったんだな……!」
カイの瞳に、熱すぎる同族意識の炎が宿る。
「言葉などいらない……。その包帯の下にある『痛み』と『業』、俺には分かるぜ……!」
「共感の眼差しすんな! ただの喉ケアだ!」
俺が必死に弁解しようとした、その時だった。
「邪神様ァァァァァ!!」
「うおっ!?」
ガリウスの絶叫が聞こえる。どこからだ!?
シャッ!!
試着室のカーテンが開く。
「その麗しき御尊顔を、再び拝見できる日が来ようとはァァァ!!」
「どこに潜んでんだお前は!」
ガリウスは涙と鼻水でぐしゃぐしゃになりながら、俺の足元へスライディング土下座を決めた。
勢いそのままに、俺の足に頬をすりすりと擦り付け始める。
「なんと神々しい! その首の包帯すらも、世界を縛る『戒めの鎖』! ああ、このガリウス、今こそ昇天しても――」
(じいさんが幼女の足に頬擦りとか絵面ヤバすぎだろ!)
俺が恐怖で足を引こうとした瞬間、左右から殺気が走った。
「うるさい」 「邪魔ですわ」
ドゴォッ!!
エリスの拳骨と、ルミナの裏拳が同時にガリウスの脳天に炸裂した。
「邪神様ァァァァァ!!」
ガリウスは美しい放物線を描きながら、店の外へ吹っ飛んでいった。
「まったく……なんてことを。ガリウス殿は正気か……」
エリスが眉をひそめ、ボソリと呟いた。
完全に「被害に遭った可哀想な女の子」を守る保護者の顔だ。
その耳元へ、ルミナがスッと顔を寄せた。
「……あら、エリス様ったら」
俺には聞こえないほどの小声。
だが、その場の気温が数度下がったような、ねっとりとした気配を感じた。
「(……邪神様のことを、完全に『守るべき少女』として見ていますわね……? )」
「ッ!?」
エリスの肩がビクリと跳ねた。
彼女はバッとルミナの方を見たが、ルミナはすでに聖女の仮面を被り、ニコニコと微笑んでいるだけだった。
「……ゴホン」
エリスは誤魔化すように咳払いをし、何事もなかったかのように俺に向き直った。
「……さて、アルテ」
「お、おう」
「その包帯も見えない方がいいだろう。この『ふんわりショール』とカーディガンを合わせるぞ」
エリスの声は、いつもの騎士団副団長としての硬さが取れ、どこか声音が柔らかかった。
まるで本当の妹に服を選んでやる姉のような……。
(……なんか、今日のエリスちょっと優しくないか?)
いつもなら「さっさとしろ」とか言いそうなもんだが。
俺は少しむず痒いような、妙な居心地の悪さを感じながらも、大人しくされるがままになっていた。
こうして、俺の学園潜入スタイルが決定した。
「喉に持病がある、病弱な深窓の令嬢(角も生えてるが)」
その後のカフェで、潜入時の設定も決まった。
カイは「地方貴族の三男」
俺はカイの「病弱な妹」
ルミナは「幼馴染の一般生徒」
この世界、角や羽が生えた種族は居ない事もない。
色々無理はあるが、これで押し通すしかないのだ。
買い物の最後は、文具店だった。
学園生活に必要なペンやノートを揃えるためだ。
「……大変だ! 師匠!! こっちに来てくれぇぇぇぇぇ!!」
カイが震える声で俺を呼んだ。
「どうしたっ!?」
文具コーナーの一角で、カイは何かを握りしめ、震えていた。
「……来た……共鳴だ。右腕が震えてる……!」
「ん……?」
俺が覗き込むと、カイが手にしていたのは――
「これは……龍王筆《ドラゴニック・ペン》だ!!」
(観光地のお土産屋にある色物文具じゃねーか!)
金メッキのドラゴンが軸に巻き付き、背中の翼がこれでもかと張り出している。
その翼が指に当たるせいで、書こうとするとHPを吸ってくるやつだ。
明らかに書くことを諦めてデザインとノリだけで突き進んだ筆記具だった。
「見てくれ……このフォルム。俺の中の『黒龍』が、このペンを使えと囁いている……!」
「おいカイ……。それ、翼が指に刺さって痛くなるやつだぞ」
「師匠! この『痛み』こそが、執筆への代償なんだ!」
「代償ゼロで書けるのがペンの魅力だろうが!!」
カイがシャキーン!とペンを構える。
ダメだ。完全に目がキマってやがる。
(これもう戻ってこないやつだ)
ため息をひとつ落とし、俺は財布を取り出した。
まあいい。中二病の通過儀礼だ。
生暖かく見守ってやろう。
買い物を終えた俺たちは広場に戻った。
「さて……最後はジェノ君のお土産だな」
「ねえねえ、邪神さまー!」
リナがタタタと走ってきた。
「ジェノちゃんのお土産、これがいいとおもう!」
リナが指差したのは、園芸店のショーウィンドウ。
ジェノ君にピッタリの特大サイズだった。
金属製で丈夫そうだが、先端の散水口だけ妙に可愛い花形になっている。
実はジェノ君、ジョウロをずらりと並べたコレクション棚を持っている。
見た目が変わっているジョウロを見ると、つい欲しくなるそうだ。
「ジェノちゃん、ぜったいよろこぶよ!」
「おお、いいセンスだな、リナ」
俺は頭を撫でてやった。
「じゃあ、それ買ってくるか」
「うん! リナもおはな育てたいから、種かっていい?」
「いいぞ」
「やったー!」
リナが嬉しそうに飛び跳ねる。
俺は広場の園芸店で「歌う花の種」と「巨大ジョウロ」を購入した。
巨大ジョウロをヴォイド・ストレージに収納する。
リナも自分のための種を買ってご満悦だ。
屋敷への帰り道、夕日が俺たちの影を長く伸ばしていた。
「……おい、アルテ」
不意に、エリスが立ち止まった。
「疲れていないか?」
エリスが俺の顔を覗き込む。
その顔は、やはり妙に優しかった。
どうにもむず痒い。
「へ、平気だぞ。このくらい……」
「いいから。……日が暮れるぞ」
エリスが俺の前に背中を向け、しゃがみ込む。
俺は少し迷ったが、結局エリスの背中に身を預けた。
俺はふと自分の姿を客観視する。
(……そういえば、俺が一番チビなんだよな)
カイは成長期で背が伸びているし、リナも俺よりは大きい。
身長130cmの俺は、この集団の中で最年少の見た目をしている。
エリスが今日、妙に甲斐甲斐しかったのも、素顔を晒したせいかもしれない。
妹のような、守るべき子供のような素顔。
「……まったく」
俺はエリスの背中に顔を埋めた。
中身は三十路のおっさんだというのに、こんな風に甘やかされていいのだろうか。
だが、その心地よさに、俺は抗えなかった。
「……なあ、アルテ」
しばらくして、エリスがぽつりと呟いた。
「お前は……本当に、邪神なのか……?」
その声は、とても静かだった。
問い詰めるような響きはない。
ただ、確認するような、あるいは何かを期待するような声色。
「…………」
俺は息を呑んだ。
なんと答えればいい?
「俺は邪神だ」と、いつものように虚勢を張ればいいのか?
それとも……。
(俺は作者だ。この世界の創造主で、お前たちの運命を書いた張本人だ)
喉元まで、真実が出かかった。
全部ぶちまけて、一緒に悩んでくれと叫びたい衝動に駆られた。
だが、俺は唇を噛み締めた。
言えるわけがない。
『お前の妹の病気も、全部俺が書いた設定だった』なんて。
そんな残酷な真実、誰が受け入れられるというのか。
俺は沈黙を貫くしかなかった。
いつものように誤魔化すことすらできなかった。
長い沈黙が流れる。
エリスは、俺の沈黙をどう受け取ったのか。
「……まあ、いい」
エリスは小さく笑った。
「お前が何者であっても……関係ないがな」
エリスの手が、俺を背負い直すようにギュッと力を込めた。
「お前はお前だ。……私の、大事な相棒だ」
その言葉は、どんな魔法よりも温かく、俺の胸に沁み込んでゆく。
俺は何も言えずに、ただエリスの首元にしがみついた。
その温もりの余韻を抱えたまま、俺たちは屋敷へ帰った。
屋敷へ戻ると、玄関でジェノ君が正座していた。
『……オカエリ……』
めちゃくちゃ期待して待ってる……。
「ただいま、ジェノ君。ほら、お土産だ」
俺は「巨大ジョウロ」を渡した。
「リナが選んだやつだぞ」
ジェノ君の目が赤くピカーッと光る。
『ウレシイ……アリガトウ……マスター・アルテ……リナ……』
ジェノ君はジョウロを大事そうに抱え、さっそく庭へ走っていった。
リナもトテトテとついていく。
その背中を見て、俺たちは自然と笑みをこぼした。
「……平和だな」
俺は呟いた。
カイの腰には「ドラゴニックペン」が刺さっているが、まあ平和だ。
金もある。仲間もいる。
明日から始まる学園生活も、この調子ならなんとかなるかもしれない。
そして地獄の学園編が、すぐそこまで迫っていた。